大好物はやめられなくて止まらない
俺たちはユキネと共に研究所へ戻った。外の喧噪はあらかた落ち着いたようだ。
「夜も更けてしまっての事で悪いけど、もう少し付き合ってもらうわね」
ユキネが町と周辺の地図を開きながら説明する。
テーブルに両手をついて話をする姿を正面から見ると、地図ではなく胸の谷間に目が行ってしまう。
「ちょっとゼロ、どこ見てんのよ」
「え、いや、地図をだな」
「地図? ふ~ん。どうせ近くにある大きなお山が気になるのでしょうよ!」
ルシルが俺のつま先を踏みつけた。
「いってぇ!」
「あら失礼」
なんだかルシルの声に棘がある。
それを気にせずユキネが説明を続けた。
「エイブモズの町は見ての通り平地にある町でこれと言って主たる産業はないけれど、牧畜を初めとした食肉産業で生計を立てているわ。そして中央にあるここ研究所が学術都市と言われるゆえんなのよ」
学問に注力しているという事は聞いていたし、魔術師やその研究者も多いらしい事は知っている。なにせ錬金術などというあまり有名でない学問について、ここは大陸一の研究施設だったり研究者を輩出していたりするらしいからな。
「だからこそ魔力量の多い人がたくさんいるんだけど……それがゾンビの好物だったっていうのはつい最近判った事なの。魔力の強い人が街道を通ると多くのゾンビに襲われるという結果が出たのよ」
「ほう、だとすると俺たちが襲われたのも魔力量が多かったからという事なのか」
「そうとしか言えないのよ」
シルヴィアは商人だからともかくとして、俺は勇者でルシルは魔王、カインも猫耳娘の身体変化能力を持った身体。魔法の影響は強い者ばかりという訳だ。
「ただ、闇雲に戦いを始めても奴らにゾンビ化される者たちが多いと、ゾンビ討ちがゾンビにって言うくらい奴らの戦力を増強させかねないの。だから少数精鋭でお互いが助け合いながら目の届く範囲で戦おうと思うの」
「おびき寄せつつ、餌にならないように、か」
「そうなのよ。あ、ちょっと待ってくれる?」
ユキネは作戦会議を中断して奥の部屋に入っていく。
「おいユキネ、何をやっているんだ。話はまだ途中だぞ」
俺が奥の部屋をのぞき込むと、何やら水の滴る音と柔らかい物を引き千切る音。
「ごめんなさい、もう我慢ができなくなっちゃって……」
ユキネが俺たちの方へ振り向いた。口の周りを赤く染めて。
「おい、それ……お前まさか……」
「安心して、これはエイブモズの町の特産品、牛の生肉よ。血抜きをしていないから普通に食べると生臭いと思うけどね」
にやりと笑うユキネの口の端から一筋の血が伝って床へ落ちた。
【後書きコーナー】
ブラッディーユキネ。いきなりのしゃぶりつきでした。