ゼロ・レイヌールとルシル・ファー・エルフェウス
森での騒ぎが過ぎ、木のなくなった辺りは新しい牧場地となった。
獣人化を自由に行えるようになったモココたちは、俺の住む小屋とその周りの牧場、そして新しい森の中の牧場地を上手く活用して生活圏を広げていく。
「ねえゼロ、このところピカトリスを見かけないけど」
俺たちの小屋の前。薪を作っている俺にルシルが話しかけてきた。
「ああ、あいつは人造人間の研究に、エイブモズの町へ戻っていったよ」
「それでこの間ユキネが来ていたのね。珍しい検体があるとかってはしゃいでいたけど」
「へえ。来ていたのかユキネ」
「あ。ええ。ゼロが狩りに出かけている時だったかな?」
「そうか~」
ユキネは喰らう者という、動く死体の一種だが、普通の人間と変わりがない。会話もできるし、肌も生きている人間のように綺麗で滑らかだ。
「それにかわいいし、おっぱいも大きいからね」
「なっ、別にそんな事言っていないだろう」
「言っていなくても考えていたんじゃないの?」
「そ、そんな事は……」
「どうだか~」
からかい半分でルシルは切り株に腰を下ろした。
そこへ荷馬車が数台、列をなしてやってくる。
「あの……ゼロさん?」
「ゼロ様、ルシルちゃんといちゃこらしているにゃ~!」
薪割りをしている俺に、馬車を停めて降りてきた美人姉妹が声をかけてきた。
実際には美人の姉と、女体化した弟なのだが。
「シルヴィア! カイン! 来ていたのか!!」
俺は斧を置いてズボンに付いた土を払う。
「お久しぶりですゼロさん。交易路はかなり整備されたご様子ですね。通行が楽でしたわ」
「護衛もしっかりやってるにゃ~!」
元気な様子で挨拶をする二人。
シルヴィアたちの後ろには幌の付いた馬車が並んでいる。
「たいした商隊だな。肉や油などを持ってきてくれるからこっちは助かるが、出せる物なんか……木材とか、獣人の毛で編んだ敷物とかしかないんだよな」
「それらもよい品なのですが、それよりももっと価値のある物がございますよ」
シルヴィアは懐から石を取り出して俺に差し出す。
「これは、灰を溶かした石か? 俺が森で作った」
「ええ。溶融石として、好事家にことのほか人気なのですよ」
「へぇ、こんな石がねえ。確かに角度によってはキラキラして綺麗かもしれないが」
「こうした石は火山の近くで見つかるという事なのですが、ここまで純度の高い物はなかなか流通しないんです」
「そんなものかねえ」
戦いの副産物というか、こうでもしなければあの大量の灰を処理できなかった、俺にとっては必然であって苦肉の策だった物なのだが。
「それなら森の中にいくらでも転がっているから、好きに持って行くといい」
「ありがとにゃぁ~!」
カインが俺にしがみついてくる。猫耳娘の姿で、柔らかな身体を俺になすりつけるようにして。
「こらこらカイン、ゼロさんがお困りですよ」
「にゃ~」
カインは頭を俺にこすりつける。隣で見ているルシルは、きっと鋭い視線を俺に投げかけているに違いない。
「こらカイン」
優しげではあるが芯の強さを感じられる声でシルヴィアは、カインの首根っこを捕まえて俺から引き剥がす。
「今夜はゆっくりできるのか? いろいろと周りの国の話も聞きたいし」
「ええ、水と食料を補給しつつ休憩を取らせていただきますので、一夜の宿をご提供いただけるとありがたいのですが」
「それなら俺たちの小屋……」
と俺が言いかけたところでルシルが割って入る。
「牧場脇の小屋ならみんな入れるからいいと思うんだけど、どう、ゼロ?」
「あ、ああ。そうだな、広さとすればそっちの方がいいな、うん」
シルヴィアたちは俺たちに礼を言って、休める場所を作りに牧場の小屋へと移動した。
「ルシル、今日はにぎやかになりそうだな」
「そうね……」
「どうした、機嫌が悪いのか?」
「そんな事ないけど」
でもルシルは少し不満そうな顔を見せる。
「もしかして俺たちの小屋を案内しようとしたからか?」
「そうじゃないけど」
きっとそうだ。このむくれた反応を見れば。
「俺の考えていること、そんなに判り易いかな」
「別に、悪気があって言ったんじゃないってのは判るけど」
「そうだよな、どうせ俺が考えている事は、お前の思念伝達で判っちまうし」
「そんなずっと聞いていたりなんかしてないよ」
「どうだろうな」
「疑うの?」
ルシルは頬を膨らませて俺の正面に立つ。
「なら、思念伝達を使わないで、今俺がなにを考えているか……判るか?」
あえて挑発的に聞いてみた。
「そうね……」
そう言いながらルシルは正面から俺の首に腕を回してゆっくりと抱きつく。
華奢だが結構ふっくらとした胸が俺の身体へ押し付けられ、俺の両足に割って入るようにルシルの右膝が差し込まれる。俺たちの太ももが触れ合って、互いの汗も判るくらいに密着していた。
魔王としての力を宿す小さな一対の角が長い黒髪をかき分けて突き出している。
金色の瞳が俺を見つめ、だんだんと近付いてきた。
甘い髪の香りが俺の鼻をくすぐる。
「ルシル……」
俺たちの視線が重なり合う。
少し開いた唇から漏れる吐息が俺の顔にあたった。
「こうしてずっと見つめていると……少し恥ずかしくなるね」
押し付けられた胸を伝ってルシルの鼓動が判る。いつになく緊張しているような、少し速いドキドキが俺の鼓動も速くしていく。
「俺の考えていることは……」
言いかけた俺の鼻を、ルシルがペロリと小さい舌でなめる。
「ふぁっ!?」
「へへっ」
急に身体を離すルシル。その勢いで俺は尻餅をついてしまう。
「ちょっ、ルシル!」
「あははっ、私、思念伝達なんか使ってないからね!」
照れ隠し。俺たちは互いに恥ずかしがってしまったのだろう。その緊張が、付き合ったばっかりの恋人みたいな行動になってしまった。
「まったく、犬みたいな事をして」
俺は立ち上がって土を払う。
「あははっ」
ルシルがゆっくりと駆け出す。
俺の追いつけない速さじゃない。
「俺がルシルの鼻の頭をなめてやろうと思ったのになあ」
「し~らない」
互いの照れ隠しで、でも考えている事は同じだった。
わざとゆっくり走るルシルの後ろから、俺は優しく抱きしめる。
「きゃっ」
ルシルが俺の腕の中で小さい声を上げた。
「捕まえたぞ、俺の小さな魔王」
小さな、小さな、そして偉大な魔族の王。世界を創り出した神の身体に宿る魂。
勇者としての旅の終わり、そして王として歩み出した俺の始まりを、共に支えてくれた魔王。
「うん、捕まった。捕まっちゃった、私の勇者」
腕の中で振り向いた金色の瞳。
「ゼロ……まだ、やりたい事はある?」
甘えるような、ふんわりとした声。俺がずっと聴いてきた、俺と共に過ごした声。
「そうだな。まだまだやりたい事、行きたい場所、会いたい奴ら……いっぱい、いっぱい」
なぜか、俺の目から涙が一筋流れ落ちた。
「うん、長い、長い旅だったね……」
ルシルは俺の腕に手を添えてなでてくれる。知ってか知らずか、俺の顔は見ないようにしてくれていたようだ。
「ああ、長い。長かった」
「うん。少しゆっくりしようよ。私はこれからも一緒にいるから」
「ああ。そうだな。俺も……一緒にいるさ」
俺たちは草原の風に吹かれて、互いの肌を感じていた。
「今夜は私……」
「うん?」
「征服されちゃってもいいかな、って」
いたずらっ子が見せるような顔を俺に向ける。
「お、おい……」
「私の世界、全部捧げるわ」
小さく笑うルシル。
「それは征服のし甲斐がありそうだな」
「さあ、できるかしら。私の王様、私だけの小さな王様……」
「世界を征服できるかな? その見返りがとんでもない事にならなければいいけど」
「そうね」
俺の腕の中からするりと抜け出したルシルが、手を後ろに組んで振り向いた。
「新しい命、とかね」
小悪魔のように笑う魔王。
「えっ? おい、ルシル」
笑いながら草原を走るルシル。
「私の考えている事、のぞいてみたら?」
「待てよ、俺は思念伝達使えないんだぞ」
「そんなの知ってるし」
俺は走るルシルの手をつかむ。
「じゃあ俺の考えている事とルシルが考えている事、一緒に言ってみよう」
「答え合わせね?」
「ああ。いいか?」
「うん、じゃあいくよ……せぇの!」
一瞬、草原を吹き抜ける風の音で俺たちの声がかき消される。
ゆっくりと、俺たちの唇が触れた。
俺たちは互いに口にした言葉がなんだったのかを理解している。
それはただ一言。
ありがとう。
【後書きコーナー】
1000話到達にして、2021/07/07、七夕の日に二人が重なり、完結です。
1000万PVも達成し、感謝感謝です。
二年半、毎日投稿を続け、一時はランキングにも載ったのはいい想い出です。
閲覧、応援、ありがとうございました。
また続きが書きたくなった時に、完結を解いて次話を投稿するかも。
それか次作でお目にかかりましょう。