やられたままではいられない
「ゼロっ!」
「大丈夫だルシル、これくらい……」
後頭部をエールのジョッキで殴られた俺は、目眩で倒れそうになるのを我慢しながら踏ん張る。
「なんだあそっちの嬢ちゃん……つ、角!? こいつ魔族か、おい、魔族の生き残りがいやがったぞ」
コクーバウがルシルの頭に生えた角を見て驚く。
「なに、本当だ、こいつ魔族だぞ、引っ捕らえれば恩賞が出るって話じゃねえか」
「お、オレはそれを知ってこいつの頭を殴ってやったのよ、ヒヘヘッ!」
「出た出た、お調子者、コクーバウの嘘が出ました~」
「嘘じゃねえし!」
怒りにまかせてコクーバウが近くのテーブルを蹴飛ばす。
「さあ、場所を空けてやったぜ、無抵抗のまま捕まえるのもつまらねえ、ちょっとした余興に相手してやるからよ」
騒ぎを聞きつけて宿屋の親父がやってくる。
「お役人様、店が壊れます、どうかここでは……」
「宿屋風情がすっこんでろ!」
入り口近くにいた役人が宿屋の親父を蹴り飛ばす。
「おいおい、親父には優しくしておけよなぁ~、ヒヒヒ。オレ様はムサボール王国の徴税人コクーバウ様だぞ、税の徴収を邪魔する奴はさらに重い税を課してやるからなあ、ヒヘヘヘ」
「なるほどな、王国の権威を笠に着ての悪行三昧か」
「はぁん? よく聞こえねぇなあ。お前も魔族と一緒にいるってことは、魔族の手下かなにかなんだろう? 魔族隠蔽税で身ぐるみ全部置いていきなぁ!」
そう言いながらコクーバウは別のジョッキを持ってきて何度も俺の頭を叩いてくる。
「ゼロ! ゼロ!」
ルシルをかばったまま痛みに耐える。
見ている役人やその護衛連中は、笑っているか宿屋の親父が割り込まないように押さえているかのどちらかだ。
「過去のこととはいえ、こんな奴がいる王国に仕えていたとは恥ずかしい。恥ずかしくて死にそうになる」
「だったら今すぐ徴税執行妨害で死刑執行だぁ!」
コクーバウがエールジョッキを大きく振りかぶり俺の頭に狙いを定めて振り下ろす。
肉と骨が潰れるような音が酒場に響く。
「うっ、ぎゃぁあ!」
床に落ちる血まみれのエールジョッキ。それをつかんでいる男の手。手首から先の手だ。
「王国の役人程度じゃあ俺から税を徴収するなんてできそうもないな」
俺は食事用のナイフを床に向かって投げる。ナイフはジョッキを持っていたコクーバウの手を串刺しにして酒場の床に刺さった。
「ひぃ、手、オレの手ぇ~」
コクーバウが自分の右手を床から引き剥がそうとするが、左手だけでは床に深く刺さったナイフを抜くことができない。
「手、手ぇ……」
痛みか精神的な苦痛か、コクーバウはそのまま気を失ってしまう。
「ゼロ……」
「そうだなルシル。本当にこれで王国とは手切れだな」