勇者ゼロは解雇されました
新作小説始めました。1話ずつは短く区切っています。隙間時間にちょちょっとどうぞ。
目の前にある荘厳な建物。
大きな石造りの壁に囲まれた宮殿は、頑丈な中にも洗練された造りで、戦いよりも居住に適した館の趣がある。
俺は魔王との戦いに打ち勝ち、諸国を渡り歩きながらムサボール王国に凱旋した。
「ちょっと寄り道しちまったからな、戻ってくるまで三年もかかっちゃったけど」
ドワーフの職人が作ったとされるレリーフが壁や天井を鮮やかに彩り、物語を紡いでいく。王国の始まりから、今のムサボール三世の時代まで。
「最後のところは俺が魔王を倒した戦いが彫刻されたりしてな」
それくらいはしてもらってもいいと思っている。
なにせ、魔王の恐怖からようやく解放されたのだから。
魔王は俺が生まれる前からずっと、世界を闇と混沌に引きずり込もうと、魔物を大量に引き連れて人間の町や村を襲っていた。
何度も討伐隊を繰り出してその度に返り討ちされ、いつしか人間は魔物を討伐するより魔物からどうやって生き延びていくかを考えるようになっていた。
俺は貧しい農家の次男坊で、食うために衛兵になった。
王国の兵士という扱いではあったが、単なる消耗品だ。町を、村を魔物から守るために死んでいく駒に過ぎない。
だが俺は生き延びた。
初めは雇ってくれる王国のため、そこで暮らす人々のため、そして俺の……。
「勇者ゼロ様、ご到着~」
長い廊下に敷かれた赤い絨毯がフカフカする。
行き止まり、大きな扉の両脇に近衛兵が立っていて、俺が着いたことを扉の向こうの人たちへ伝えた。
「ゼロ様、お腰の物をお預かりいたします」
近衛兵が俺の剣を見る。
「そうだな、謁見の間に武器を持ち込むわけにはいかないよな」
俺は腰に差していた魔法の剣を近衛兵に渡す。
魔王を倒した聖剣グラディエイト。俺の相棒ともいえる剣だ。
「確かに。それではお入りください」
俺の背の二倍はある両開きの扉が内側から開く。
その奥には広い謁見の間。一番奥には華美な装飾の椅子に座る初老の男。豪華なビロードの外套を羽織り、頭には金の王冠をかぶっている。
玉座の奥のステンドグラスから差し込む光が、虹色になって部屋を照らしていた。
「陛下の忠実なる臣下である衛士ゼロ、ただいま魔王討伐より戻って参りました」
国より禄をいただく身。上の者に対する礼儀は新人の頃に嫌というほど教わった。
俺はその教本を思い出しながら挨拶を行う。
「よくぞ戻った勇者ゼロよ。長きにわたって王国を苦しめておった魔王を討ち果たし、王国に平和を取り戻してくれたこと、予は非常に嬉しく思うぞ」
「直々のお言葉、恐悦至極に存じます」
「これはそなたの働きに対する褒美じゃ、受け取るがよかろう」
王が指示をすると、大臣がうやうやしく盆に乗せた革袋を持ってくる。
「衛士としての給金に、魔王討伐の特別報償、締めて百ゴルドでございます」
「ははっ、ありがたく頂戴いたします」
俺は大臣の持っていた革袋を受け取る。
金貨のずしりとした重みのある袋だ。
「それでな、勇者ゼロよ」
「はい、陛下」
王の目が細くなる。
「そなたは解雇じゃ」
お読みいただきありがとうございます。突然の解雇は辛いですよね。現実では就業規則や雇用保険などもあるのでしょうけど、ファンタジー世界では解雇は死刑宣告と同じかもしれません。
こんな出だしですが、ご感想いただけると小躍りして喜びます。
よろしくお願いします。
※2019/05/19 挿し絵を入れると検索のところで「挿絵あり」ってなるという事で、トップに入れてみました。