僕と故郷と、君と......
......夏。
「よっ! 久しぶりだな」
風鈴の音が一つ。僕は君に話しかける。
「最近どうだ? 元気にしてたか?」
僕はしゃがみ込み、君の目線に合わせる。が、久しぶりすぎて恥ずかしいのか、口を開こうとはしない。
「そんな恥ずかしがるなって。 久しぶりに来てやったんだから、楽しもうぜ?」
恥ずかしがり屋な君に、なだめるように笑いながら話しかける。つられて君も、少し笑ったような気がした。
「都会暮らしも、なかなか良いもんなんだな。 でも、ここみたいな田舎暮らしも懐かしくって...。 やっぱり、ふるさとが一番だな」
遠くを見据えるように、そう呟いた。君の奥には、昔と変わらない、木々のしげる山がそびえている。
懐かしい......。 そんな一言が、今の気持ちにぴったりと当てはまる。
「あ、そうそう。 これ、お前へのお土産な」
と、バッグの中から、都会の世界で買ったお菓子を取り出し、君に渡す。ただ、目線は合わせようとはしてくれなかった。
和室にポツンとあるちゃぶ台の横に、背負っていたリュックを置き、昔ながらの座布団のうえに座った。
風鈴の音が二つ。僕は外にいる君に話しかける。
「そんなところに居ても、暑いだけだろ。そうめん作ってやるから、中に入れよ」
僕は台所へと向かう。うるさく鳴くセミと、そうめんを入れた鍋の中の水が沸騰する音。そして、ガスコンロの火の出る音だけが、自然に囲まれた田舎の、この家に響く。
それから、しばらく時は過ぎた。
風鈴の音が一つ。僕は君に話しかける。
「ほーら。 できたぞ、そうめん」
透明なボウルに盛られたそうめんが、ちゃぶ台の上に置かれた。
「いただきます」と同時にボウルからそうめんをつかみ取り、少し醤油につけてから食べる。
さっきまで熱かった自分の体が、嘘のように冷えていく。
僕は夢中で食べた。
食べた。食べた.......。
そしていつの間にか、箸は止まっていた。
ボウルの中には、まだそうめんが残っている。
....................
ふと、外を見ると、いつの間にか昼だった空は赤く染まり、夕日が僕を照らしていた。
セミの鳴き声は、相変わらずうるさいまま。時計が、時を刻む音が聞こえる。
ゴーン。 と、午後の五時になったことを、振り子時計は知らせてくれた。
「なぁ......」
風が吹く。部屋の中に、暖かい空気が入り込み、いつしか僕の耳に、セミの鳴き声も、風鈴の音も聞こえなくなっていた。
「どうして...」
視界が滲む。重力に負け、それは醤油の中へ、ポタポタと落ちてゆく。
「......どうして」
花を啜り、目を擦る。
風鈴の音が二つ。僕は外にいる君に話しかける。
「どうして... 急にいなくなっちゃったりなんかしたんだよ...
夏美...」
風鈴の音が三つ。僕のいる部屋に、風が入り込む。
部屋に暖かい空気が入り、心には、冷たい風が吹く。
風鈴の音が一つ。僕は君に話しかける。
君に... いなくなってしまった君に......
僕の涙が五つ。君の眠る、その地に落ちる。
君の笑みが一つ。僕の心を溶かしていく。
風鈴の音が幾つも。僕は、どこか遠くに行ってしまった君に話しかける。
風鈴の音が、やがて止む...........
僕は、君と...
「また、会えるといいな」
って......