34)お誕生日会その3 声楽家として
本日の1話目の投稿です。
今日も2話、投稿する予定です。
私は、すっかり虚脱感に打ちのめされてしまいました。
私は、歌の巧さを求め、練習に励んできました。
けれど、そんな巧さなど、なんだというのでしょう。
聖女の一声で、私の歌など、雲散霧消してしまうのです。
あまりにもがっかりしてしまい、ハヤトさんが私の肩を抱いていることすら、どうでもよくなってしまいました・・いえ、やっぱり気持ち悪いですけど。
「ああ、そういえば、カリンも歌を歌うんだったね」
とジュンヤさん。
「そうだわ、カリンにも歌ってもらいましょうよ」
とレミさん。
・・なにか企んでいますね。このふたり。
「私が伴奏してあげるよ」
というジュンヤさんの言葉で、これから起こることが判りました。
そうですね、ジュンヤさんの腕前なら、私の『歌を台無しにする』技術くらいありそうですわ。
「いいえ。聖女の歌の余韻を壊したくありませんから」
と、私は逃げることにしました。
「遠慮することないだろう。
アノス声楽コンクールの学生の部で二位だったそうじゃないか」
とジュンヤさん。
声が大きいです・・それに、二位じゃなくて、一位なんですけど。
もう、注目の的です。
逃げづらくなりました。
最悪です。
でも、たしかに、私は、コンクールの学生の部で、入賞を果たしたのです。
聖女の歌とは、分野が違うかもしれませんが、私なりの歌の世界で、それなりの結果を出しているんです。
私は、歌で身を立てようと考えているのですから、ここで逃げてどうするのです。
受けて立ちましょう。
でも、ジュンヤさんの伴奏はお断りです。
ソラの伴奏も頼めないでしょう。
伴奏なしでいきます。
伴奏なしで、なにを歌いましょうか。
あまり技巧的なオペラなどは、あのレミさんの歌のあとですと、かえって、嫌みに聞こえそうです。
私は、ふと、ソラと譜面興しをした前世の記憶の曲にしようと思いつきました。
歌詞は、私が、つけたものです。
もとは、聖母マリアへの祈りの歌。
それは宗教的な、厳かな歌です。
残念ながら、私は、歌詞を覚えていなかったのです。
私は、『使えない前世記憶持ち』ですから。
私が前世の記憶で、とくによく覚えているのは、「感情」でした。
たったひとりの家族であるお母様への思慕。
大きな四角い建物の街への憧憬。
死へ向かう病の不安。
そういった感情が、記憶のほとんどを占めていました。
その代わり、詳細な記憶は抜け落ちています。
私の、そんな特質は、私の鑑定の能力にも、微妙に関わっていました。
私が、前世の世界の、聖母への祈祷の歌を覚えていたのは、その美しさゆえに、印象深かったのでしょう。
清らかに澄んだあのメロディだけは覚えていたので、私が恋歌の歌詞をつけて、仕上げたのです。
私は、ジュンヤさんに、
「伴奏は要りません」
と答え、そっとハヤトさんの手から逃れて、壇上に歩を進めます。
聖女のあとに何を歌うのだろう、という好奇心からでしょうか。
視線が痛いほど集まっています。
私は、静かに息を整えました。
レミさんの歌は、声楽を志すものにとっては、異形な歌でした。
私たち声楽を学ぶものは、難しい曲を、ときに、重厚で激しい表現もちい、あるいは、音の高低を揺さぶり、声で美を表現しようと、日夜、修練を積んでいるのです。
私は、私の歌の世界で、私の歌を表現するべきでしょう。
なにも、臆することはありません。
聖母への祈祷の歌は、繊細な高音から始まります。
会場の空気を、澄んだ黎明の鳥のように美しく響く声で震わせましょう。
『過ぎし日の恋よ・・。
あふるるこの想い。
夢、語るときは、いつも。
あなたのことが浮かぶ』
いつかきっと、夢叶う日が来る、想いを歌に託します。
ソラにだけは、届いてくれるでしょう。
ああ、本当に、この聖なる歌は、祈祷の歌にふさわしい、神々しい旋律です。
この旋律は、精緻に制御されたソプラノでなければ、美しさを表現できないのです。
ですが、技術だけでは足りない。
この旋律を愛する心をもつ芸術家だけが、歌に酔うことができます。
最後の高音の響きが、さざ波のような余韻を残して消えます。
歌い終わりました。
・・あら・・拍手、ナシですか・・。
と、思いましたら、キリアン様が、拍手してくださいました。
サヤ様も、ソラも・・。
たくさんの拍手をいただきました。
やっと帰れます。
もう・・帰ってもいいですわよね。
私、へとへとです。
気疲れです。
歌は、気持ちよく、歌えましたわ。
サヤ様に、「サヤ様、お暇いたしますわ、今日は、お招きありがとうございました」と、ご挨拶しました。
サヤ様は、
「ええ、来てくださって、ありがとう。
素晴らしかったわ、なんて綺麗な声なの、カリン。
芸術の女神の歌のようだったわ。
涙が出ました」
と、潤んだ目で褒めてくださいました。
「ありがとうございます」
不機嫌そうなジュンヤさんとレミさんは無視です。
もう、私の貧弱な忍耐力は限界超えてますから。
私が、エントランスのほうへ向かいますと、「カリン、送っていくよ」と、ハヤトさんが追いかけてきました。
女癖の悪い彼に送ってもらうなんて、嫌に決まってるでしょうに。
「けっこうです!」
「歌、素晴らしかったよ、婚約者として鼻が高い」
「だから、冗談は止めてくださいと・・」
「遠慮するなよ」
このひと、話が通じませんわ。
私が困っていると、キリアン様とネストル様が来てくれて、
「私たちが送っていくよ」
と言ってくださいました。
「なんだね、君らは。関係ないだろう」
とハヤトさん。
「アレク様は、同じ学園なんですわ。
ですから、ハヤト様より、よく存じ上げてます。
我が家の迎えの馬車のところまで、アレク様に送ってもらいますわ」
と私。
「なに言ってるんだ、カリン。僕は、婚約者・・」
「まだ、決まっておりませんわ」
「でも、僕が・・」
「じゃぁ、行こうか、カリン」
アレク様が、ハヤトさんをまるで無視して、優雅にエスコートしてくれました。
私は、アレク様たちと、無事、ハノウ家の馬車のところまで来ることができました。
帰り際、お気遣いにお礼を申しますと、アレク様は、
「君の恋人は、ちょっと、頼りにならな過ぎるようだね」
と苦笑しました。
「・・今日は、運が悪くて・・」
私は、いたたまれなくなりました。
アレク様が、いたわるように、私の頭を、ぽんぽんと叩きます。
私は、緩んできた涙腺をなんとかなだめながら、我が家の馬車に乗りました。
これからは、カイトお兄様が一緒に居てくれないときは、夜会に出るのは辞めましょう。心に誓いました。
また午後8時に、本日の2話目を投稿いたします。
よろしくお願いいたします。




