15)男装のワケ
今日の投稿もひとつだけです。m(_ _)m
さて、次の試練は、ソラ様の祝賀パーティです。
実は、ソラ様に誘われて、パーティのときに、連弾でダンスの曲を弾くことになったのです。
何度か、一緒に練習させていただきました。
これが激しくも難しい曲で、大変でした。
でも、ソラ様との練習は、とても楽しかったのです。誰かとこんな風に練習するなんて初めてですから、刺激的でした。
ソラ様の足を引っ張らないようにがんばらないといけません。
パーティの前日も、トキワ家で練習をいたしました。
ミスなく弾けるようになりましたので、まぁ、大丈夫でしょう。油断は禁物ですけれど、少なくとも、コンクールのような緊張はナシで弾けそうです。
練習が一段落したところで、ソラ様と休憩しました。
ソラ様は、侍女がお茶をいれ終えますと、下がらせました。
どうしたのでしょう。
二人きりです。
ソラ様は、お茶を飲みながら、なにか考えているご様子でしたが、
「カリン、少し、聞きたいことがあるのだけど」
と言いました。
「なんでしょう?」
「カリンは、ときどき、ジュンヤのことを、『彼女』と言うだろう?
それは、どうしてだい?」
と、ソラ様は尋ねました。
どう答えましょう・・。
私は、たしかに、ジュンヤ様が話題にのぼると、つい「彼女」と言ってしまうときがありました。
だって、実際、女性なのですから、「彼」とは言いづらかったのです。
しばし悩みました。
ジュンヤ様が男装しているのは、秘密のことでしょう。
でも、ジュンヤ様は、ソラ様の親しいご友人のご様子。
知っておいて良いのでは? とも思うのです。
さて、困りました。
私が、答えかねていると、ソラ様は、
「答えにくいかい?」
と苦笑しました。
「ジュンヤ様が、男装している事情がわかりませんので」
「やはり、カリンは、ジュンヤが女性だと思っているんだね」
「・・ええ」
「ふうん」
ソラ様は、ふたたび、思い詰めているような表情をされたのち、
「どうしてそう思うんだい?」
と言いました。
「あの・・男性と女性という、性別の違いは、とても基本的なことですよね」
「うん、まぁ、そうだね」
「ですから、間違えようがないと思うんです」
「ハハ・・。
カリン、でも、ジュンヤが女だと思ってるひとは、少ない・・というか、居ないんじゃないかな?」
「そうですか?」
「うーん。僕は、少なくとも、カリン以外には知らないな」
「私が、以前に、ジュンヤ様を、『彼女』と言ったとき、ソラ様の叔父様は、微妙なお顔をされてらっしゃいましたけど・・」
「微妙な顔?」
「そうです。
どうして、この娘は、それを知っているんだろう、みたいなお顔ですわね」
「え・・本当?」
「ええ、まぁ・・」
「カリン。
君は、すごく、不思議なひとだね」
「え? そうですか?」
「うん。
あのさ、実は、カリンが、ジュンヤを『彼女』と呼んだとき。
ジュンヤの生い立ちのことを思い出したんだ。
ジュンヤの祖父は、とても厳しいひとでね。
おまけに、血統主義なんだ。
ジュンヤの母は、ユキノ家に嫁入りし、娘を3人産んだ。
それで、厳しい祖父に、『男児を産めない嫁』と罵られ、次も娘が産まれたら、離縁させる、と言われていたそうだ」
「まぁ・・」
「それで、ジュンヤが生まれて、離縁しなくて済んだ、という話だ」
「そうだったんですか・・」
ジュンヤ様の性格が悪くなった理由がわかったような気がしました。
「あの・・ソラ様。
もしも、ジュンヤ様が男装しているとすると、やむを得ない事情があるのでしょうから、言わない方が良いですよね」
「うん、そうだろうね」
ソラ様は、考えながら答えました。
「気をつけて口にしないようにしますわ」
「ああ。そうしてくれ」
「判りました」
「それから、カリン」
「はい」
「僕のこと、ソラ様じゃなくて、ソラと呼んで」
「え・・と。
良いのですか?」
「うん」
「あ、あの、じゃぁ。
ソラ・・」
「うん。いいね。親しみが増す」
「ふふ。ピアノ友達が出来て、嬉しいです」
「ピアノ友達かぁ・・そうだね。
僕も嬉しいよ。
カリンと居ると、ピアノを楽しめる。
僕がピアノを始めたのは、楽器の好きな母の影響なんだけどね。
父は、僕がピアノにのめり込むにつれて、『楽器など、たしなむ程度で良い』と反対するようになったんだ。
それに、幼いころから上手だったジュンヤと比べられて・・おまけに、僕は、コンクールのたびに、緊張して失敗ばかりしてて。
もうすぐ止めさせられるところだったんだ」
「そうなんですか? びっくりです。
ソラは、才能がおありですのに・・」
「僕のピアノの師も、そう言ってくれてね。
そうでなかったら、とっくに止めさせられていた。
ジュンヤは、小さいころから、聡明で、器用なんだ。
ピアノも苦も無く上手く弾けた。
父方の親戚の子なんだけど。
同い年なので、比べられることが多かった。
ピアノの師が彼と同じなものだから、とくにね。
この間の、ユイナ妃音楽コンクールにジュンヤが出場しなかったのは、キースレア帝国で行われた国際コンクールに出場するためだったんだよ。
僕らのピアノの師が、コンクール出場のために、キースレアの演奏家の推薦をもらってくれてね。
僕とジュンヤは、特別に、国際コンクールの予選に出られたんだ。
でも、僕は予選敗退だったけど・・。
ジュンヤは予選で良い成績を修め、本選出場を果たした。さすがに本選では入賞できなかったけど。でも、大国キースレア帝国の国際コンクールでの予選通過だからね。
あの結果を見たとき、父に言われた言葉は、『おまえがピアノの前に座る時間は無駄だ』だったな」
ソラは遠い目をして言いました。
「そうでしたか。
では、ソラがコンクール前に緊張したのは、追い詰められていたからなんですね」
「追い詰められて?
うーん。まぁ、たしかにそうかもしれないけど。
追い詰められているときほど、実力を発揮すべきじゃないのかな」
「それは・・そういう場合もあるかもしれませんけど。
でも、芸術は、繊細なものですもの。
必ずしも、追い詰められれば良い作品できるという単純なものではないのでは・・」
「そうかもしれないね。
でも、僕は、もう、負けないつもりだよ。
さて・・。最後にもう一回、弾いておこうか」
「弾きましょう。ソ、ソラ・・」
なんだか、声がうわずってしまいました。
お読みいただきありがとうございました。
また明日、午後7時に投稿の予定です。