少し長すぎた、一年
初めて参加した『冬の童話』に向けて書いた、初めての童話です。
「困ったわ」
「困ったわねぇ」
「ええ、困り果てましたわ」
そう代わる代わる口にするのは、四季を司る四人の美しい女王様のうち三人。
春を司る女王様、ハル。
夏を司る女王様、ナツ。
秋を司る女王様、アキ。
女王様たちの部屋では暖炉が鮮やか炎を放っています。美しい女王様が纏う服は華やかでありながらとても暖かそうでした。
だというのに、三人は膝を寄せ合って体を震わせていました。
火が弾ける音以外に、閉じきった窓から漏れる風が鳴っていました。
彼女たちは難しい顔をして頭を悩ませている理由は、この寒さにありました。
この国では、四季を司る女王様の一人が国にある塔、通称『季節の塔』に住むことによって、その女王様の季節になるのでした。
決められた期間その塔に住んだ後、次の季節の女王様と入れ替わって暮らし始めることで、季節は変わります。
ですが冬を司る女王様、フユは交代の時期が来ても塔から出てこなかったのです。
そのため国には春が訪れず、冬のまま時は過ぎ、大地には深く雪が積もることとなったのでした。
何故フユは塔から出てこないのでしょうか?
「でも、フユも災難よねぇ」
ナツがしみじみと言いました。
「本当。まさか、扉が凍りついて出てこれなくなるとは思ってなかったわ」
アキはそれに同意を返します。
そう、二人の言う通りフユは出てこないのではなく、出てこれなくなってしまったのでした。
「まあ、こうなったのも二人のせいだとは思うんだけど」
「えーっ!? そんなことないよぉっ!」
「そうだよ! ハルちゃんヒドイ!」
ハルの言葉に噛みつく二人であったが、その発言はあながち間違ったものではありません。
この夏、一際大きな嵐がこの国を襲いました。城下にあった家屋を吹き飛ばし、城壁の一部が欠けてしまうほどでありました。その時、塔にも僅かに罅が入りました。
またこの秋、過去に類を見ないほどの大雨がこの国を覆いました。大地は水浸しとなり、川はあと少しで氾濫する所でした。その時、塔では雨漏りが起こりました。
塔に入った罅から雨が侵入し、その時に残った雨が扉を凍りつけたのでした。
天災と言えることなのに、何故ナツとアキのせいだと言われるのでしょうか?
この二つは、季節の終わりに起こりました。
そしてこの年の夏と秋は、例年より少し長かったのです。
実はこの二人も、今年はいつもより長く塔に住んでいたのでした。
季節の女王様以外入ることのできない『季節の塔』。人に会わない塔の中で過ごす一シーズンは、王族として忙しなく働かなければならない彼女たちにとっては、最高の休暇と言えるものだったのです。
今年はついついその休暇をいつもより長く楽しんでいたのですが、その結果起きたのが二つの大きな災害だったのです。
災害が起きると彼女たちはすぐさま塔の中から出て、次の女王様に塔を明け渡したのでした。
そんな二人の女王様の行動に呆れたのがハルでした。
二人の女王様を叱り付けた後、ハルは災害の爪痕の対処に追われます。
そうこうしているうちに時は過ぎ、フユからハルへと交代する時期になりました。
ですがフユもまた出て来なかったのです。
ナツとアキという例があったため、塔へと足を運びました。
しかし扉は開きません。
鍵でも掛けているのかと疑問に思っていると、塔の頂上から叫び声が聞こえました。
「ハルー! 助けてー!」
最上階のテラスから声を上げているのはフユでした。
何事か問うハルは、扉が凍りついたと聞いてとても驚きました。
急いで城へと帰り、凍りついた扉を動かせるよう準備を整えますが、今度は大雪がこの国を襲いました。
雪の重さで民家の屋根が落ち、積もった雪が城門を固く閉ざしました。
どうにか城から出て、兵士たちと共に塔へたどり着きますが、凍りついた扉は雪の中に埋もれてしまいました。
扉の顔を出すべく兵士たちも力を尽くしましたが、掻いても掻いても降り続ける大雪がその穴を埋めていくのでした。
努力むなしく、ハルはフユを助け出すことが出来ず、城へと帰ってきたのでした。
城に戻ってきたハルは、他の女王様であるナツとアキを集めて、どうにかフユを助け出すための知恵を絞りだそうとしていたのでした。
「次の季節の時、塔に沢山の仕事を持ってって貰いましょうか? それとも塔の修繕を一人でする? どちらがいいかしら?」
そんな折に先ほどのナツとアキの発言を聞き、温厚なハルも流石に怒りを覚えました。
「そ、そんなに怒らないでよぉ。冗談よ冗談」
「わ、私たちも反省してるから、ね? ね? 今一番大事なことは、フユちゃんをどう助けるか考えることでしょ?」
ハルの怒りに触れ、すぐさま態度を改める二人。溜飲を下げた訳ではないが、今一番大切なことであるフユの救出方法について考えるため、保留することにしたハル。
ひとまずの怒りを回避できた二人はほっと息を吐き、会話を続けました。
「でも本当に早くフユを助け出さなきゃねぇ。このままじゃあ食べ物もいずれなくなっちゃうかもしれないわぁ」
「ホントそれだよ。このまま城下町どころか、城まで雪で埋もれちゃうんじゃない?」
「雪で……埋もれる……っ! それよっ! アキっ!」
何気なく言ったアキの一言。ハルはそれに勢いよく反応しました。その顔には満面の笑みが浮かんでいました。
「えっ。……まさか?!」
「何か思いついたのハルちゃん?!」
その言葉に力強く頷いたハルは、こう答えました。
「その通りよ。開けない扉を開けようとしてたのが間違いだったわ」
ハルの発言にナツとアキは疑問符を浮かべました。まるで扉を無視すると言っているような発言だったからです。
二人の表情を見て、ハルは自信満々にこう言いました。
「道がないなら、作ればいいのよ!」
「ううぅぅ。寒いよぉ。何で私が冬の女王様だったんだろう?」
ここは『季節の塔』、その最上階から一つ下の階にある寝室。冬を司る女王様であるフユは布団にくるまってそう呟くのでした。
寒がりの彼女には、雪が舞う今の気温はとても辛いものだったのです。他の女王様は最上階で寝ているところを、他所より少し暖かいからという理由で今の寝室を使っていました。
「何で扉が凍っちゃうかなぁ。訳わかんないよ」
そろそろ交代の時期ということで塔の扉に手を掛けたとき、フユは初めて凍りついていることを知ったのでした。
そのようなことがなければ、寒いのが嫌いな彼女はすぐさま塔から出ていたことでしょう。
「早く春が来ないかなぁ」
自分が『季節の塔』に居る限り一生叶わないような願いを口から零すのは、フユが今の状態に不安を覚えているからでした。幸い塔の中には何年でも暮らすことのできるだけの食料があるため、餓死する心配はありませんでしたが、閉じ込められたという状況に随分参っていたのでした。
室内に一際強い冷気が流れ込んできました。
「ひゃっ! だ、ダメだ~」
彼女は亀のように縮こまって頭からすっぽりと布団に身を隠すのでした。
「こら、起きなさい。フユ」
「無理。寒いもん。……ふぇ?」
自分以外の声が聞こえたことに驚いたフユは布団から顔を出しました。
果たしてそこに居たのは、温かい服でその身を包んでいた次の季節を司る女王様、ハルでした。
幻かと思って伸ばした手を掴まれて、フユは確かにハルであると確信しました。
フユはその顔を見て、思わず泣きそうな顔をしてしまいました。
「こらこら、なんて顔をしているの」
「だ、だって、すっっごい不安だったんだもん!」
我慢の限界を超えたフユはハルに抱きついて泣き出しました。ハルは何も言わずにただ抱きしめて、あやすように頭を撫でるのでした。
「さ、それじゃこの塔からでなきゃね」
フユが落ち着くのを待ってからハルはそう切り出し、彼女の手を引っ張ります。導かれるまま階段を降り……ずに、反対に上へと向かいました。
疑問を浮かべるフユの顔を見て、ハルは微笑みを浮かべます。
そのまま二人は最上階へと到着しました。
「あ、二人とも来たわねぇ」
「お久しぶりフユちゃん!」
「ナツ! アキ! ……うわぁ、スゴイ」
フユは最上階のテラスに居たナツとアキと会話を交わし、二人の後ろにあったそれを見て驚きの声を挙げました。
テラスの向こう側には、塔の外に寄りかかる様な雪の山が出来ていたのでした。
その山の中央に階段が作られていて、簡単に降りられるようになっています。
ハルは扉を開けるのを諦めて、最上階のテラスから出入りすることを思いついたのでした。
山を作るときに使った材料はそこらじゅうにあります。ほぼ一日中ベッドに籠っていたフユは知らぬことでしたが、何日も掛けてこの山を作ったのでした。
「……ありがとう、三人とも。私のために」
「気にすることないわよぉ、当然のことだしぃ」
「そうそう。別にフユちゃんのせいじゃないし」
「そうね。そもそもこうなったのはナツとアキのせいだもの」
ハルのその発言に、やいのやいのと姦しく騒ぐ四人の女王様たちだったのでした。
その後ナツとアキとフユは城に戻り、ハルはそのまま塔に残って暮らし始めました。
フユが塔から去ると雪は止み、次第に温かな光が差すようになりました。
そしてその後は植物を育む夏が来て、収穫の秋が来て、また冬が来たのでした。
こうして、国には再び四季が戻ってきたのでした。
なお、春の季節がいつもより長かったのは、雪が全て溶けるのを待ったため。それ以外の理由は、ありません。
他の女王様同様、塔に長居したかったわけなどでは、ありませんとも。
拝読ありがとうございました。