パラオ・トラック太平洋諸島連合共和国 - ウィキパディア
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正式名:パラオ・トラック太平洋諸島連合共和国
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パラオ・トラック太平洋諸島連合共和国(通称:パラオ・トラック連合共和国)はミクロネシア地域にあるパラオ諸島とトラック諸島の二つの諸島からなる連合共和国である。
公用語:スペイン語・パラオ語・チューク語・日本語
首都 :ハル島(2022年現在)
人口 :82,532人
民族 :パラオ・トラック・日本・メキシコ
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目次
1.国名
2.国旗
3.第二次世界大戦後の歴史
3.1メキシコ統治時代
3.2独立への動き
3.3独立
4.国民
4.1人種構成
4.2言語
4.3宗教
4.4対メキシコ感情
4.5対日感情
5.地理
5.1地方行政区分
5.2首都
6.政治
6.1外交
6.2天皇の訪問
6.3日本との経済共同体構想
6.4韓国との軍を巡る対立
6.5日本の支援による海軍再建
7.経済
8.軍事
8.1陸軍
8.2海軍
8.2.1防衛軍海軍失踪事件とその後
8.3警察軍
8.交通
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国名
パラオ・トラック太平洋諸島連合共和国の国名はメキシコ帝国統治時代のメキシコ帝国領パラオ州とメキシコ帝国領トラック州の州の統合によって誕生したパラオ・トラック太平洋諸島州から大幅に引き継がれている。
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国旗
国旗のデザインは太平洋を表す青地の左上に縮小された日本国旗が入り右半分の中央に島が画かれたデザインとなっている。この国旗はメキシコ帝国の統治時代に使用されていた州旗と殆ど同じで違いは島が画かれているか画かれてないかだけである。この州旗のデザインはメキシコ統治時代に当時のメキシコ帝国の植民地省が外務省との緊密な意思疎通を図らなかった為にパラオ・トラックは日本人の人口が多いので、いずれ日本に返還しなければならない土地であると独自に判断した結果だった。この話は当時のメキシコ帝国の植民地管理がずさんであった有名な話である。さらに当時の皇帝や軍部はパラオ・トラックに関心が無かった事も州旗のデザインには関係している。
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第二次世界大戦後の歴史
・メキシコ帝国統治時代
1947年の日本の敗戦によってパラオ諸島とトラック諸島は日本の統治が終了しメキシコ帝国の執政下に入ることになった。メキシコ帝国植民地省は当初、パラオ諸島にはパラオ州、トラック諸島にはトラック州を作っていた。しかし、メキシコ帝国はパラオとトラックに大きな関心を寄せていなかった。軍の補給拠点としては重宝されたものの政治的には興味を持っておらず1952年には両州を統合しパラオ・トラック太平洋諸島州とした。教育ではメキシコ帝国の公用語であるスペイン語の教育が実施され食糧支援や医療支援は行ったが日本のように産業開発は行わなかった。
・独立への動き
1959年にメキシコ帝国の南米植民地で内戦が激化するとメキシコ帝国はパラオ・トラックへ支援を全面的に中止した。支援はメキシコ帝国の友好国であるアルゼンチンに引き継がれたが生活水準の著しい悪化に伴い一部で独立運動が巻き起こった。この事態にメキシコ帝国は他国の介入を防ぐ為に迅速にパラオ・トラック太平洋諸島州を帝国から独立させる事を決定した。
・独立
1966年、メキシコ帝国は軍の補給基地の使用継続を今後160年間保障することを条件にパラオ・トラック太平洋諸島州の独立を承認した。これによってパラオ・トラック太平洋諸島連合共和国が正式に樹立された。
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国民
・人種構成
パラオ・トラック太平洋諸島連合共和国では約55%未満をパラオ人とミクロネシア人が占めている。また約40%以上が日系人である。残りをメキシコとフィリピンからの労働者が占めているという現状である。ここまで日本人が多いのは戦後メキシコ帝国が統治下のパラオとミクロネシアの日本人を帰国させなかった為で当時、メキシコ帝国は各国で行われた日本国外に滞在する日本人の帰国事業にはまったく興味を示さずその結果多くの日本人が島に根付いてしまった。これらの日本人は現在、国内での政治的、軍事的にも大きな影響力を持っている。もっとも日系人の人口が多いのはパラオ諸島である。
・言語
パラオ・トラック太平洋諸島連合共和国でもっとも一般的に使われている言語はパラオ語やチューク語や日本語で共通語としてスペイン語が使用されている。その他、フィリピン語やカロリン語も使用されている。
・宗教
主な宗教はキリスト教で、カトリックやプロテスタントの他にカトリックと伝統宗教が融合した新宗教モデクゲイ、エホバの証人、モルモン教などその他、日本系人の間では神道や仏教も信仰されている。また土着の宗教も存在しトラック諸島ではキリスト教によって抑圧されていた儀式の復活も行われている。
・対メキシコ感情
多くの国民はメキシコ帝国に対して良い感情は抱いていない。2012年に民間のシンクタンクによって行われた好感度の調査ではメキシコ帝国は韓国の86%についで67%の人々が嫌いと答えた。
・対日感情
日本の旧統治地であったことから関係が深く日本に好意的な人が多い親日的な国である。
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地理
・地方行政区分
パラオ・トラック太平洋諸島連合共和国は大きく分けてパラオ自治州とトラック自治州の二つの州に分かれている。
・首都
パラオ・トラック太平洋諸島連合共和国の首都はパラオ自治州のマルキョクとトラック自治州のハル島である。両自治州は互いの平等性を保つ為に憲法によって政府機能を3年ごとに交代で移している。
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政治
・外交
2021年現在、日本や台湾、アルゼンチン、フィリピンを含む53カ国と外交関係を樹立しているがその中でも日本とアルゼンチンとの関係を重視している。
1996年にパラオ自治州で韓国が建設したKBブリッジが崩落すると再建を始めとした多くの援助が日本によって行われパラオと日本の関係は信託統治時代以降も深い。
アルゼンチンは最大の貿易相手国であり軍事面でも協力している。
パラオ・トラック太平洋諸島共和国防衛軍は1992年のカンボジアPKOからイラクやアフガニスタンの等のPKO活動に積極的に参加している。
・天皇の訪問
2015年6月8日から11日にかけて日本国の天皇はパラオ自治州とトラック自治州を戦没者慰霊の為に訪問した。天皇の訪問は国内で大きく報道され防衛軍による歓迎式典のほか沿道には多くの日本国旗が掲げられた。パラオ自治州の天皇が来島した島々では来島した日を「天皇皇后両陛下ご訪問の日」と各島ごとに法律で定めた。さらにトラック自治州のハル島では昭和天皇の誕生日や平成天皇の誕生日が新たに休日に加えられた。
・日本との経済共同体構想
2020年に日本政府との間で両国の経済共同体構想が持ち上がっている事がパラオ・トラック太平洋諸島共和国と日本の共同記者会見で明らかになった。この構想が実現すれば両国民のビザが免除され輸出入品にかかる関税などが撤廃される事になる。
・韓国との軍を巡る対立
2006年に韓国の外務省はパラオ・トラック太平洋諸島共和国防衛軍の制服のデザインが旧日本軍の物と殆ど同一の物であるとパラオ・トラック太平洋諸島共和国に抗議した。これに対してパラオ・トラック太平洋諸島共和国政府は韓国政府に対して内政干渉であると強く反発しこの対立は国連やユネスコでも繰り広げられた。
・日本の支援による海軍再建
2019年に発生したパラオ・トラック太平洋諸島共和国防衛軍海軍艦隊の失踪事件後に日本政府は事実上壊滅状態に陥った防衛軍海軍の再建の支援を発表した。日本政府はパラオ・トラック太平洋諸島共和国にカーフェーリー1隻とうわじま型掃海艇2隻を貸与し2027年までに3隻のフリゲートを建造し寄与する事となった。
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経済
パラオ・トラック太平洋諸島連合共和国の主な産業は漁業、農業、観光業、軽工業である。現在は政府が工業の振興を推進している。観光客は日本や台湾などの近隣諸国が最も多い。パラオは海軍の船舶を修繕する為の簡易乾ドックが建設されているなど工業が強化されておりトラック諸島は漁業や農業が強化されている。
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軍事
パラオ・トラック太平洋諸島連合共和国には防衛軍と呼ばれる軍が存在しており陸軍と海軍が存在している。設立は独立と同じ年で旧日本軍の関係者を中心に設立された。軍の制服が旧日本軍の制服と同様の物を使用している事で有名で2006年頃からは韓国と制服のデザインを巡って対立している。ただし、軍司令官などの軍の階級上位者の制服は陸軍海軍問わずブレザータイプの制服が使用されている。装備の多くはアルゼンチン製である。
・陸軍
兵力:3500名
装備:キャタピラ式兵員装甲輸送車30両・95式軽戦車8両・輸送トラック15両・野戦砲50門・ロケット砲10基・その他、旧日本軍が島に放置した車両や砲を少数保有。歩兵装備はアルゼンチン製の銃器を使用。
・海軍
兵力:2000名
装備:ヘリコプター18機・セツナ機3機(有事の際は国営企業の「エア・パラオ・トラック・ライン」が所有するボーイング737-300、3機を含めた航空機が海軍に組み込まれる)
以下は保有している艦船
〔パラオ級戦車揚陸艦パラオ〕
建造 :1958年(独立時にメキシコ帝国から寄与)
全長 :128m
兵装 :8cm連装砲1基
航空機:甲板をヘリコプター甲板として使用すれば1機の発着艦が可能。常時ヘリ1機が搭載。
乗員 : 士官11名+曹士138名・揚陸部隊600名
概要 :メキシコ帝国が建造し太平洋地域で運用した戦車揚陸艦。パラオ・トラック太平洋諸島連合共和国が独立した際にメキシコ帝国から寄与された。メキシコ帝国時代はカラカス級と呼ばれていた。主な活動は軍のパラオとトラック間の輸送や海外派兵の輸送である。防衛軍海軍の旗艦であり海軍唯一の航空機を運用できる艦船である。1ヶ月に1から2回ほどパラオ~トラック間の輸送任務として民間人や民間の車両や荷物を輸送している。現在は行方不明。
〔ハル級フリゲート1番艦ハル〕
建造 :1981年(アルゼンチンから購入)
全長 :97m
兵装 :10cm単装速射砲1基
:2連装機関砲砲塔2基(ソ連の2M‐3のアルゼンチン版)
:3連装魚雷発射管2基
概要 :1981年にアルゼンチンから購入したカルメロ級フリゲート艦。艦の形状からポルトガル海軍のコルベット、ジョアン・コーチニョ級やバッティスタ・デ・アンドラーデ級を参考に作られたと推測されている。10cm単装速射砲が艦首側にあり2連装機関砲砲塔は1基が10cm速射砲の後ろに。もう一機が艦後部に設置されている。主な任務は領海、排他的経済水域の警備やパラオ、トラック間の航路の防衛である。現在は2番艦3番艦共に全艦行方不明。
〔ハル級フリゲート2番艦ナツ〕
〔ハル級フリゲート3番艦アキ〕
〔バランキージャ級潜水艦救難艦ぺリリュー〕
建造 :1971年(メキシコ帝国から寄与)
全長 :58メートル
兵装 :固定高射砲1門
搭載 :小型救難潜水艇1隻
:クレーン1基
概要 :メキシコ帝国が第1次次期潜水艦救難艦建造構想で開発した小型の潜水艦救難艦。およそ38隻が建造されメキシコ帝国全土に配備されたが1979に起きた潜水艦の沈没事故で救助を試みたところ失敗し乗組員全員が死亡するという事態になり有用性が疑問視され建造後10年も経たない間に海軍から転属になるか退役した艦。当艦艇はメキシコ帝国が防衛軍海軍に無償で寄与しその後はハル級フリゲートが就役するまで防衛軍海軍の救助艦兼警備艦として使用された。ハル級が就役した後は救助艦という名目で使用されている。警備艦時代に島内に残されていた旧日本軍の高射砲を装備し当時の防衛軍海軍の艦艇では最大の砲を搭載していたが高射砲を艦の構造上の問題で回転させる事ができなかった為シールドを設置し固定砲とした。しかし、当時のパラオ・トラック太平洋諸島連合共和国には砲弾の製造技術がなかった為、島内に遺棄された旧日本軍の砲弾を使用するしかなかった。当艦の高射砲の砲弾が年に数発のペースで製造が可能になったのは1990年代後半の頃である。現在は行方不明。
・防衛軍海軍失踪事件とその後
2019年5月3日、防衛軍海軍艦隊はトラック諸島から113kmの沖合いで海軍の主力艦全艦が参加した演習を実施していたが午後8時13分の連絡を最後に全艦が行方不明となった。原因は現在も不明で沈没の可能性やクーデターの可能性も考えられたがどの説も確実性が無く理由は分かっていない。失踪海域を中心に各国の海軍により共同で捜索が行われたが何も見つからなかった。この事件によって防衛軍海軍は事実上壊滅状態へと陥った。しかしその後日本政府は海軍再建に協力する旨を発表しカーフェーリー1隻とうわじま型掃海艇2隻を貸与した。さらに2027年までに3隻のフリゲートを建造し無償で寄与する事も決まった。フリゲートの設計は三菱重工業が行い「はやぶさ型ミサイル艇」をハル級と同じレベルまでスケールアップしたような形状で大きさの艦を建造しており兵装は62口径76ミリ単装速射砲を2基(前後部に1基ずつ)、JM61-RFS 1基、三連装魚雷発射管2基が装備される。さらに現在、日本政府、台湾政府、アルゼンチン政府と戦車揚陸艦の建造について交渉中であることが明らかになっている。これら一連の艦船の寄与は日本が初めて大々的に行った外国との武器の輸出取引で日本では今後これを期に海外との武器取引が本格化するのではないかと期待の声が出ている。
・警察軍
兵力:500名
概要:陸軍が管轄している組織でパラオ・トラック太平洋諸島連合共和国の警察である。
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交通
パラオとトラックの間は船舶での交通や「エア・パラオ・トラック・ライン」等の航空機での交通手段がある。日本の成田空港からも国際便が存在する。