ステージ1-1 魔界【契約を果たす為に】
いつも何かから逃げていた。
子供の頃は勉強や宿題、大人になってからは仕事や人との付き合い。あらゆることを適当にこなしていた。
しかし、今。目の前に現れた「悪魔」から告げられた死の宣告。逃げてばかりの人生であったが「死」からは逃げられないものなんだとぼんやり思った。
「これで苦しい人生から逃げられる」と思った。だがその一方で「まだ生きたい」と思う自分もいた。
死ぬことが怖くて苦しい人生でも自殺を考えたことはない。だが生への執着もそれほどなかった。しかし、死んでしまった―悪魔談であるが―現在の自分は二十数年の人生では物足りないと思っているらしい。
なら今回は「死」から逃げてみよう、何故かそう思えた。とっさに出た理由はデタラメではないにしろ根拠の薄い物ではあったが生き返りたいという意志は嘘ではなかった。
あとはこの悪魔の話を信用できるかどうかであるが、現時点で魂だけの存在になっているらしい俺には悪魔との会話と思考以外の行動が全く取れない、つまり生殺与奪権を―死んでいるが―握られている状態である。というわけで生き返ると決めた以上答えはイエス一択である。
◇
で、その悪魔様は俺にどんな手伝いをご所望で?
「あまり僕が悪魔であることに驚かないんだね。」
こんな怪しげで生き返らせるなんて願いを叶えられるって言ったら悪魔っぽくかなと予想してたしな。
神や仏がこんな契約迫ってきたら世も末だと思うし。
「そうでもないよ?君達の言う神は自分達のためなら人間を使い潰す事に躊躇いないから似たようなことしているやつもいるよ。」
悪魔の言うことだし嘘か真かはさておいて、手伝う具体的な内容はよ教えろ。
「世界征服。」
は?
「だから、世界征服。君を僕の仲間である悪魔が治める王国に送るから、君なりに頑張って王国で世界征服してきてよ♪」
いい笑顔で言いやがったよこの悪魔。しかも見た目が小学生くらいの金髪碧眼美少年である。
自称フツメンの俺は個人的にめっちゃムカつく。
「フツメンとか言われても魂に顔はないからわからないね!」
心が勝手に読まれると話が前に進まないな。
ちなみに悪魔様は俺に世界征服が出来ると思ってんのか?こちとら一般人だぞ?
「できないと思う人には頼まないよ、それと僕の事は気軽にロノウェとよんでくれ。こう見えても名のある悪魔なんだよ。」
悪魔の名前なんぞ聞いたこと無いが一応覚えておくか。
「その代わり君の事も『タクト』って名前で呼ばせてもらうよ。」
馴れ馴れしいながまぁいい。
ところで気になったんだが悪魔とは日本語で話せるのか?
言葉すら通じないじゃただの人間の俺には世界征服どころか自活すら無理だぞ。
「ソレに関しては大丈夫!僕の得意分野だからね。僕の力でタクトには『あらゆる言語に精通する能力』と『どんな意見でも聞くに値すると思わせる能力』を与えるよ。」
前者はいいんだが後者の能力がいまいちな気がするな。
そんなものより他人を思いのまま操る力とか世界を滅ぼす力とかくれないの?
「結構図々しいね…。そんなものあるわけ無いでしょ。まぁ『どんな意見でも聞くに値すると思わせる能力』はぶっちゃけ凄く注目を引く演説が出来るとかその程度でしかないけど…何事も使い方次第だよ!」
世界征服は言葉だけ通じれば出来るわけじゃないだろうに…。これなんてムリゲだろ。
「それでもタクトなら出来ると信じてるよ♪そろそろ時間だし君を魔界に送るよ!」
いやおいちょっと待て!何がいい時間だよ、説明不足&能力不足じゃね!?笑顔で手を振ってんじゃねーよ!あれ意識がなくなって…
「最後に・・・ビスで・・・忠実な・・を送るから・・・張ってね。」
何言ってんのか聞き取れんが次あったら絶対殴ってやる…
◇
背中と後頭部が痛い…
どれほど意識を失っていたかわからないが俺は固い地面に仰向けで倒れているようだ。
うっすら目を開けると紫色の葉が茂る木々が見えた。ゆっくり起き上がり自分の状態を確認する。
手足がある。服もジャージだが一応着ている。顔は…鏡がないから見えないがきっと不細工にはなっていないだろう。
魔界に送られたら悪魔になるかと思ったりもしたが、角も尻尾も生えてないし肌の色が変わったりもしていないので大丈夫だろう。
しかし…
「ここが魔界か。」
鬱蒼と生い茂る森の中に一人立ち尽くしてそうつぶやく。
見たことのない植物(主に食虫植物の巨大ver等)ばかり、おまけに薄暗さで不気味度急上昇である。
「いかにもって感じがするな。というかこんな薄気味悪いところに手ぶらで置いとくなよあの悪魔!」
この場所に俺を寄越したあの悪魔のサービス精神のなさに腹が立つ。
「とりあえずどっちに行けばいいんだ?」
いきなり周りに道もない森の中にとばされては方向感覚もクソもない。
などと考えていると周囲から草木を揺らす音がかすかに聞こえてきた。
風は吹いていない。つまり何らかの生き物が近くにいる可能性が高い。
この怪しすぎる森の中で最初に出会うのが友好的かつ知的な生き物と考えるほど楽観的ではない。近くにあった棒きれを拾い上げる。こんな事なら剣道なり武術の一つでもかじっておくべきだったと後悔しつつ棒切れを目の前に構える。
「出てこい!」
震える声で精一杯声を上げてみる。
すると音のした方から大きな影が近づいてきた。そして、
「人間か、珍しいな。」
現れたのは2mを超える身長を持つガタイのいい農家風の、紫色の肌に頭部に巨大な2本の角を生やしたおっさんであった。
作家さんてあんなに長い文章をよく書けるよねぇって愚痴りたい。