レベル1 選ばれた主人公、俺!
薄暗い部屋の中にテレビゲームの電子音が響く。椅子に座りコントローラーを持った俺は、ゲームのキャラクターに指示を出していく。
筋肉ムキムキな武道家が正拳突きを放ち、ヒゲモジャ魔法使いが大魔法を唱える。勇者たちと対峙する魔王が強大な炎を吐くが、回復役の美少女魔法使いが呪文を唱えると、たちどころにダメージが回復していく。
俺はゲームの主人公に自分の名前を付けるタイプなので、勇者の名前はアキラである。
勇者アキラが魔王に向かって稲妻に包まれた凄まじい剣技を放ち、それがトドメとなり魔王は倒れる。倒れた魔王は勇者たちに意味深な捨て台詞を残し、闇に消えていくのだった。
いかにもという感じの不気味なダンジョンとおどろおどろしいBGMから画面は一転、救われた世界をバックに厳かなBGMが流れ始める。すでに二十回は見ているであろう、エンディングシーンだ。
このゲームは「ワイバーンクエスト3」という、大人気シリーズの三作目である。
小学生の頃に友達の家でプレイした時にあまりにも面白かったので、シリーズをすべてそろえることを決意した。
当時はお金をあまり持ってなかったため、親のすねかじりクエストを何度もしつこく行った。結果、無事シリーズ五作をそろえることに成功。
親の視線が氷山フィールド並みに冷たく突き刺さってきたが、そんなものは気にしていられない。勇者というのは苦難を乗り越えるものだからな。
「俺も勇者になって冒険したいなぁ」
「目指してみますか? 勇者」
な、なんだ? 急に頭の中に声が響いてきやがった。部屋の中を見回してみるが、人の気配はない。気のせいか?
「いやー、丁度良いです! 女神である私が作った面白いゲーム……じゃなくて異世界を冒険してくれる人を探していたんですよ」
俺は何も聞こえていない。これは気のせいだ。もしも本当に声が聞こえているとしたら、俺の頭がおかしくなってしまったことになる。俺は正常だ。だから気のせいだ。
謎の幻聴はまだ何かを喋っていたが、俺はそれを無視して眠りについた。怪しいモノには関わらないに限る。
徹夜でゲームをやっていたということもあり、布団に入った俺はすぐに眠りに落ちていった。
◇
「う、うーん、もう朝か……」
カーテンを閉め切った部屋ではありえないはずの太陽の陽ざしに違和感を覚えながら体を起こす。
眠い目をこすりながら辺りを見回すと、そこには見たこともないような虹色にきらめく湖と森が広がっていた。
「は?」
やばいやばい、ゲームのやりすぎで頭がおかしくなったかな? いや、ゲームは脳の運動に良いという話を聞いたことがある。学校をサボって一日十時間ゲームをやってる俺の脳はかなり鍛え上げられているはずだ。ボケるなんてのはありえないな、うん。
そんなことを考えながらふと下を向くと、これまた見たこともないような服を着ていることに気が付いた。
俺が普段来ているのは上下で五百円の安物の部屋着だ。こんないかにも「今から冒険に行くんだぜ!」みたいな服は買ったことないし、もちろん着たこともない。
やべぇ、マジでヤバい。そう思いつつも視線を巡らせると、地面に一冊の本が落ちているのを発見した。
『アースアルフ物語3 ―集いし勇者たち― 完全攻略本 ~この世界の歩き方~』
「……」
タイトルの下を見ると、俺が着ている服とソックリな服を着た、今風のRPGゲームに出て来そうな細身のホストのような少年が、笑顔で剣を持ちポーズを決めているイラストが描かれていた。
まさかと思い本をめくって中を見る。
『運命と出会いの湖』
そう書いてある下には、見覚えのありすぎる虹色にきらめく湖と森のイラストが描かれていた。どう見ても俺が今いる場所だった。
朝起きたら、地球には存在しないような虹色に光る空間にいたという事実。寝る前の怪しげな幻聴が、異世界がどうのこうのとか言っていたな。まさか、異世界に転移したのか!?
待て、いったん落ち着け。異世界転移を願い続け、ついに異世界に転移したぞ! と思ったら夢でした、なんてのは今まで何回もあった。同じ失敗を繰り返さないために、もっとよく調べてみよう。
取りあえず怪しいのはこの攻略本だ。アースアルフ物語3、まるでゲームのようなタイトルだな。ていうか、1と2はどこに行ったんだ。いや、今はそんなことはどうでもいいか。中を読んでみよう。
ふむふむ、なるほど。最初の数行を読んだだけだが、この世界がアースアルフという世界で、魔王が存在するということはわかった。これはマジで勇者を目指すべき時が来たのかもしれない。
俺は小さい頃からずっと勇者に憧れてきた。だからいつ異世界にトリップしてもいいように、訓練は欠かしていない。
近所の公園で小学生に向かって、異世界からトリップしてきたという設定で話しかけまくっていたら通報されて、親にものすごく怒られたり、毒沼を歩く訓練が必要だと思い沼地に行ったら下半身が完全に埋まってしまい、救助隊のお世話になって親にものすごく怒られたり……。
「ふぅ、今思い出しても厳しい特訓の日々だったぜ」
過酷な特訓ばかりだったが、得るものも多かった。引きこもりがちな男子高校生としてはありえないような鍛え上げられた筋肉もその一つだ。もちろん、得たものは自慢の筋肉だけではない。他には、えーと、何だったか。まあ、色々と得たのだ。
過去のつらい修行の日々を思い出しながら攻略本のページをさらにめくる。最初の数ページを適当に流し読みしていると、気になる文章が目に飛び込んできた。
『女神に選ばれた小柄な少年は、運命と出会いの湖にて同じく女神に選ばれた三人の仲間たちと出会うことになる』
女神に選ばれた小柄な少年。
選ばれた小柄な少年。
小柄な少年。
「ハッハッハッ、まさかな」
女神に選ばれた小柄な少年というのが、アースアルフ物語3の主人公なのだろう。攻略本の表紙にデカデカと描かれているのが脇役であるはずはないので、たぶん表紙の少年が選ばれた少年だ。
つい先ほどまでは「攻略本の表紙のキャラと同じ格好ということは俺が主人公!? やったぜ!」とか考えていたが、この一文を見て、嫌な予感が俺の頭をよぎる。
攻略本のあらすじの文から見て、アースアルフ物語の主人公の外見は小柄な男で固定なのかもしれない。もしもアバター固定の主人公に俺が選ばれてしまったら一体どうなるのか。
そういえば、いつもよりも地面までの距離が近いような。
それに、体の動きも鈍い気がする。冒険者なんだから服の下に鎖かたびら的な重量感のある装備をしてて体が重いのかと思っていたけど、よく考えたら肌に伝わってくる感触は布百パーセントだ。
ついでに髪もやたら伸びている。
「俺は高身長でガッチリとした体格の男前な勇者だ。俺は高身長でガッチリとした体格の男前な勇者だ」
現実逃避をしながら独り言をぶつぶつと呟いていると、攻略本の表紙の隙間から、一枚の手紙が落ちてきた。
『やっぱり主人公は可愛い少年じゃないとね! 顔は合格ラインだったけど、体格がアタシ基準で不合格だったから、一年ほど肉体年齢を巻き戻させてもらったわ。髪はアタシからのプレゼントよ by 女神』
「あんのクソやろぉぉぉ!」
あの幻聴野郎、無茶苦茶な転移をさせやがったな!
「返せー! 俺の身長と筋肉を返せー! あと俺はハゲじゃないから髪なんかもらっても嬉しくねぇぞー!」
ここ一年で大幅に成長した身長と筋肉を奪われたショックが心を満たし、俺はしばらく立ち直ることができなかった。
◇
「ずっとこうしているわけにもいかないな。考え方を変えよう」
あまりにもショックな出来事だったが、考えてみればここは普段から妄想しているようなファンタジーの世界だ。これから起こるであろう大冒険の日々を考えれば、身長と筋肉なんてささいなことだ。
クソ女神には腹が立つが、いつまでもそれを考えていても始まらない。意識を切り替えて行こう。
「よし、こういう状況になったからには、まず初めにやらないといけないことがある」
やろうとしたことは勿論、邪悪な女神の贈り物であろう邪悪な攻略本の処分である。つまり八つ当たりだ。
全然意識を切り替えられてないじゃないかと言う考えが浮かんだが、俺はそれを無視した。それはそれ、これはこれだ。
「そおれ! 湖の肥やしになあれ! ……くっ、なんだ攻略本が手から離れないっ」
放り投げようとしても、攻略本が不自然に手にピッタリと吸い付いて離れない。怪しい、なんて怪しい攻略本なんだ!
その後しばらく頑張っていたが、結局本が手から離れず捨てることもできなかったため処分は諦めた。
ロールプレイングゲームでは大事なものやキーアイテムは捨てることができなかったりするが、どうやらこの攻略本もそういう括りのアイテムらしい。
呪われたアイテムだから捨てられないっていう可能性は極力考えないようにした。冒険の初めに唯一持っているアイテムが呪われているなんてのは嫌すぎる。
取りあえず、アイテムを鑑定するスキルとかってないのだろうかと考えながら攻略本を眺めていると、突然辺りが真っ白に光りだした。
「やばい、もしかして敵か?」
一瞬身構えたものの、どうやら敵ではないらしい。光から漏れる気配はとても暖かで心地よく、敵意のかけらもないものだった。
様子を見てみようと思いあふれだす光に視線を向けていると、不意に攻略本の一文が頭に思い浮かんできた。
『運命と出会いの湖にて同じく女神に選ばれた三人の仲間たちと出会うことになる』
よく見ると強い光が三つある。もしやこれは仲間が増えるイベントなのか?
見知らぬ場所に独りぼっちだという状況から解放されるという安心感や、本格的に冒険が始まるんだなという高揚感などが心を満たし、俺のテンションは自然と上がっていった。
筋骨隆々の戦士だろうか、それとも威厳あふれる魔法使いかな。かつてないほどのワクワク感を胸に抱きながら様子をうかがっていると、やがて光は収まり、そこには三人の人物が現れていた。
一人は怪しげな全身黒タイツを装備し、頭に女性用下着を装備した黒髪の少女。一人はドブネズミを両手で握りしめた金髪の少女。そして最後の一人はヤバそうな注射器を腕に打ち込み恍惚の表情を浮かべるゆるふわ銀髪少女だった。
「この変質者たちが仲間なのか?」
思わず考えていたことが口から出てしまい急いで口を閉じる。見た目はかなりアレだが、女神に選ばれるほどの人物だ。見た目で判断してはいけない。
ふと黒髪の少女と目が合う。
「そこのあなた、パンツの匂いを嗅がせてくれませんか?」
どうやら見た目通りの変態だったようだ。セーブポイントに戻ってやり直したいところだが、この世界にそんな便利なものはなさそうだ。
いや待て落ち着け。何もこいつらと仲間になる必要なんてないじゃないか。今すぐに立ち去ってしまおう。
「すまないが俺は用事があるんでな。それじゃあな……」
*ユリカ と キナコ と カンナ が 仲間に加わった!*
祝福するような穏やかなBGMとともに、謎の文章が頭に浮かんできやがった。
名前に見覚えはないが、どう考えても目の前にいる三人のことだろう。やばい、勝手にパーティに侵入してきた!
アキラは 逃げ出した!
しかし現実からは逃れられなかった……。




