そんな彼女は彼と真逆だ
この学校で俺のことを呼び止める奴は少ない。またはからかっている、と言った奴ばかりだ。事実、入学したばかりの頃はそういうのが多かった記憶がある。
しかし目の前の少女はそういったことはないように思えた。
俺は他人が自分をどう見るか、ということを分析する力はあると思っている。まぁ長年変な目で見られてきた賜物のようなものなのだが、悲しいことに。
その少女は腕を見たところ、同じ学年で『宮崎』というようだ。つまり、約一か月前に一緒に入ってきた新入生。俺が『無知な空気』であることは恐らく知っているだろう。今は棚に上げておくか。
「何の用ですか、宮崎さん」
「私の名前、覚えてくれてたんだぁ!」
「そうですね」
名前など微塵も覚えていないのだが、好意的に接してくれるというのならばこちらも好意的に反応しておく。決して体操服を見た、などと答えてはいけない。
俺から見た宮崎さんはとても活発的な生徒と見た。運動系の部活動に入っているだろうと推測させる。というか体操服という格好の所為でそういう先入観を持たざるを得ない。
肩にかからない程度に切り揃えられた髪に、澄んだ瞳。パッと見で分かったのはこれくらいだ。あまり女性の容姿をじろじろ見るものでもない。
「で、どのような要件で?」
「いやさぁ、久保田君と仲いいでしょ? 訊いてみたら入る部活探してるって聞いたからね」
お誘いときたか。茶道部のお誘い(という名の強制連行)の所為で勧誘にはちょっとしたトラウマがあるんだが。まぁそのことはいいが、彼女はどう見ても運動系の部活に入ってるだろう。
ここは丁重にお断りせねばなるまい。
「生憎ですが」
「え?」
「運動系のお誘いはご遠慮したいです。運動系に入るぐらいなら適当に文化系に入るので」
キョトンとした表情を見せ、立ち尽くす宮崎さん。
もういいだろう、と俺が玄関へ向かおうとした時、彼女は待って、とカバンを掴む。
「……何ですか」
「私、運動部じゃないよ?」
「じゃあ吹奏楽部ですか? 華道部、それとも茶道部?」
「ううん、違う」
俺はしつこい彼女に嫌味っぽく言う。茶道部ほどではないが、あの部活もそれくらいしつこかったし、いやそれ以上だ。
俺は彼女を睨みつけ、その手を振りほどこうとした。
そんな時、彼女はそれを口にした。
「『同行会』って、知ってる?」
――――
その翌日。
とりあえず明日見学に行く、という旨を伝えて解放してもらった。昨日は時間が遅かったし、まだ期限まで時間はある。
一般的に言われる『同好会』は、部活動に顧問が付いていない部類のものを指す。しかしその名を部活動名に充てているのだからそれとはまた違いのだろう。
ならば彼女の言っていた、『同行会』とはいったい何なのか。
「……で、俺に訊いてきたわけか」
「そういうことだ、情報通」
「誰が情報通か」
今は生徒会室前。何故そんな場所かと訊かれれば、こいつが生徒会に所属しているからだ。
和希は生徒会に所属している立場上、この学校についてある程度知っている。俺はともかく、他の新入生よりか遥かに知識量は多い、と断定できる。それは部活動関係も然り。
「同行会ねぇ……。俺も知らないなぁ……」
「申請されているとかでもないのか?」
「そっちにも目を通したけど、申請はなかったよ」
「そうか」
「ドライだな」
「特に落ち込む理由もないだろう。命が懸かってるわけでもなかろうに」
部活動紹介のプリントにも載ってなかったから仕方ないか。一応予想してなかったわけでもないし。因みに部活動紹介プリントを発行しているのは生徒会である。そんな管理で大丈夫なのか。
それはともかく、と和希は一拍置く。
「俺は寧ろ、何でお前が宮崎さんを知らないのかを知りたい」
「……知っているのか? あのしつこい女」
「知ってるも何も、あの子は俺達と同じクラスだし、新入生女子の人気筆頭だぞ!?」
件の女子生徒の名は宮崎鈴音。俺と同じ1‐4の生徒であり、新入生の中で一番可愛いと評判の子らしい。
容姿端麗、運動神経抜群ときた。勉強関係はあまり知らないそうだが、あまり深くは知らないほうがいいだろう。
そういう俺は今日の今日まで知らなかったわけだが。何しろ俺はこの学校に興味がないもんで。
「興味が湧かないし、どうせ分からないしな」
「お前……。それは高校三年間を無駄にするぞ……」
「特に思い入れもないし、勉強さえできていれば文句も出ないだろ」
「うん、知ってた」
まぁ、勉強さえできていればいいしな。学生の本分は勉強、ってね。
一応俺は新入生総代を頼まれていた。それはつまり、入学試験で点数が一番高かったことを意味する。まぁ面倒だから断ったが。
話が逸れた。
「で? お前は何部に入るか決めたのか?」
「……興味を持てるのは無かったな」
そうか、と和希は溜息交じりに言う。
「もう生徒会にでも入るか? お前何かと効率いいし、俺は大歓迎だぞ?」
「死んでも嫌だな。お前の下に付くなんて天地がひっくり返ろうがあり得ない」
「そう言うと思ったよ……」
肩を竦め、答えを知っていたかのようにわざと苦笑する。
和希にお礼を言ってその場を離れると、和希がポツリと言葉を零したのが耳に入った。
「お前はいつ、何に興味を持つんだろうな……」
「お前はお袋か」
――――
生徒会室へ行った後、彼は屋上へ来ていた。
告白の定番な場所として有名な屋上。その中で必死に言葉を紡ぐ女子生徒。そしてその言葉の終わりを待つ男子生徒。何たるラブコメ。ここにリア充爆誕の瞬間だ。
恥ずかしさ、加えてそこへ緊張感も入り混じり、彼女の紅潮具合は少し日が傾居ているのも相まって最高潮に達する。
彼女は、永遠のように感じられる時の中で彼からの返答を待った。
「えっと……」
「……返事は……?」
ゴクリ、と息を呑む音が聞こえた気がする。
「いや宮崎、ちょっと……」
「答えは……どうなの……?」
彼女の不安が混じった声が、彼の耳を刺激する。運動部の喧騒が耳から追い出される感覚が彼女にはあったが、それを自覚はできなかった。
口から出る言葉を今か今かと待つ彼女。
彼は大きく息を深呼吸する。
「――で、いつまでこんな茶番をするつもりだ?」
否、彼――俺――は溜息を吐いた。
「いやいや、今ちょっと告白するときのシチュを考えてまして」
宮崎鈴音という生徒は、妄想好きな少女らしい。
しかし今のは真に迫っていた。普通の男子であれば一撃だっただろう。普通の、であればだが。
「俺をこんな茶番に付き合わせて、いったいどういうつもりなんだ? そもそも桜吹雪なんて舞ってないだろう」
「仙台君にも通じるかなぁ……って思いまして」
「俺は基本、他のことに興味は持たないらしい」
「……自分のことだよね?」
「らしい」
「完全に他人事だね……」
宮崎鈴音は肩を竦めながら言うが、それは俺の耳に入らない。いや事実だし、和希にも口酸っぱく言われてる。俺の生活には何も影響がないから特に問題視はしていないけど。
彼女は一息ついて、でも、と区切る。
「ようやく他人行儀はやめてくれたね」
「そういえばそうだな」
「いやぁ~、仙台君も意外と間抜けだね!」
「……」
少しだけイラッと来て、思わず目を細める。ここへ来てものすごく後悔している自分がいるのは気のせいではないはず。
俺は溜息をつき、少しだけ睨むようにして彼女の方へ目を遣って催促を掛ける。
「……で? 結局お前の言う『同行会』っていう部活は何なんだ?」
自分でも分かるぐらい、イラッとした口調だった。止まった様な時間を感じさせられていて焦っていたんだと思う。
俺にはもう時間がない。しかし今日中に入部届を提出しなければならないわけではない。だがやはり自分にとって、なるべく面白いと思うことができる部活に入りたいと思うのは道理だと思う。
候補はあるがピンとこない。
実際、先ほどまではこの『同行会』なる部活に期待を寄せていたのは事実だ。さっきの茶番のせいで候補からは外れそうだが。
だが、これで『同行会』がどんな部活なのかハッキリと分かる。
これまでにない気分が高揚していく感覚が脳裏を過りながら、俺は彼女の言葉を待つ。
そして彼女は動きを見せた。
「じゃあ今から、白鳥公園へレットゴー!」
「え? は?」
「え?じゃなくて、活動だよ! さぁいくよ~!」
予想外すぎる彼女の言葉に俺は困惑しながらも走っていく彼女を目で追う。
……え? 俺も行かないといけないの?
そんな疑問を抱えながらも、俺はアクティブすぎる彼女の後を追って駆け出した。