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二人と掃除

 この街は、住居区でも『一般民区』や『中流階級区』など、様々な区画に分かれているとされている。

 だが基本的に正式な境界線などはなく、主に人々の心理的な線引きだ。

 そんな、人々が決めた『一般民区』と『中流階級区』の境界線辺りに、ヴェルデの家はあった。

 中流階級区にある家のように白に塗られた壁の一軒家で、しかしそこまで豪華では無い。

 「案外質素なんだな。騎士団長様だし、上流階級区まで行くのかなって、ちょっと怖かったんだけど」

 「贅沢すぎる生活は身を滅ぼすからな。変に装飾がキラキラしてるってのも落ち着かねえし」

 「ナルホド」

 ハイドは頷きながら玄関へ向かうヴェルデに着いて行く。

 しかし、玄関の扉の前で、突然目の前に手の平を突きつけられた。

 「持ってくるからココでちょっと待ってろ」

 「……へーい」

 ハイドが返事をすると、ヴェルデは一つ頷いて木製の扉を開け、さっさと中に入る。ドアの上には小さなベルが付いているようで、チリンチリンと良く響く可愛らしい音が鳴った。

 その時に一瞬見えた家の中。

 そこにあった物を、ハイドは見逃さなかった。

 

 ヴェルデは家に入り廊下の灯りをつけると、直ぐに二階へ続く階段を上った。

 二階には三つの部屋があり、ヴェルデは早足で自室へと向かう。

 中に入って灯りをつけると、数週間前からほとんど何も変わらない、散らかった部屋がはっきりと見えた。

 ヴェルデは昔から片付けが苦手で、読んだ本を本棚に戻さず床に積んだり、脱いだ服をベッドの上に放っておいたり。ゴミもついつい分けずに捨ててしまうことがある。

 どの種類のゴミをいつ出せば良いかも、正直曖昧だ。

 だが、数週間前まではヴェルデが外出から帰ると、いつも部屋はきれいに片付けられていた。

 本は本棚に戻されていたし、ベッドは整えられ、その上にはきちんと畳まれた寝間着が乗っていた。チェストにも洗濯された服が納められていた。

 ゴミの分別もちゃんとしてあって、キッチンの流しにも、食器が溜まっていることはなかった。

 数週間前までは。

 「…………」

 ヴェルデは散らかった部屋を俯いて歩き、部屋の奥にある机へ向かった。

 机上には積まれた本の他に一枚の紙が置いてあり、ヴェルデはそれを手にとって、すぐさまドアへ引き返す。

 人を待たせてるから、と、頭の中で言い訳をした。

 廊下に出て、階段を途中まで降りた所で、ヴェルデはふと立ち止まった。

 一階で、人の気配がするのだ。

 ハイドが勝手に入ってきたのだろうか。だが、玄関の扉が開くような音はしなかったし、ベルの音も無かった。

 あのベルは元々装飾の目的で取り付けたものだが、僅かな振動でも音が出て、しかも二階にいても小さくだが音が聞こえるため、防犯にも役立っていた。

 ヴェルデはピリピリと警戒しながらゆっくりと階段を下っていく。

 そして、その人物の姿が見えた。

 「燃える燃える、燃えない燃える燃えない燃えない燃えない、燃え……燃え……る? あ、いや、分解するのか」

 「何やってんだお前!」

 「わっ! ……何だ、案外早かったな」

 「何だじゃねえよ! 何やってるのかって聞いてんだ!」

 ヴェルデがそう言うと、振り返ったハイドは、手に持っている物を指さして、

 「分別」

 「はあ!?」

 「だから、ゴミの分別!」

 そう言って、手に持っているゴミ袋の口を広げて見せた。

 中には大量の紙屑や布切れ、それに混ざって、羽のペンやガラスの破片などが見える。

 「アンタが玄関を開けた時、廊下がやたらと散らかってるのが見えて、何か、ムズムスしてさ。ドアが閉まる前に体滑り込ませたら、破けてるゴミ袋があって」

 「破けてる……?」

 ヴェルデが眉間にしわを寄せると、ハイドは頷いて、持っているゴミ袋を両手で持ち上げた。

 すると、カラン、と高い音がして、白い艶のある破片がいくつか床に落ちる。良く見ると、少し前に誤って割ってしまった皿の破片だった。

 ハイドはしゃがむとそれを素手で拾う。

 「おいっ、危ねえだろ」

 「こんくらいじゃ切れねえよ」

 そう言って、ずいっとヴェルデの目の前に破片を突きつける。

 「割れた食器の破片は、陶器でもガラスでも、厚手の紙袋か、紙袋を二枚重ねてその中に入れ、燃えないゴミの日に出すのがルールだ。そうじゃないとこういう風に袋を破いて外に出てくることがある。床に落ちた破片を踏んで怪我をすることだってあるんだ。それに、捨てた本人だけならまだしも、ゴミを回収しに来る奴らが怪我をするかもしれねえ」

 ハイドは言うと、床に落ちっぱなしだった残りの破片も拾い集めた。

 それからゴミ袋の中に手を入れ、紙屑を一枚取り出すと、それで破片を包む。

 「あと、カミソリも紙袋に入れて出すもんだ。刃の部分が危ない。それから羽ペン。これはペン先の部分と羽の部分を分けて出す。当然ペン先が燃えないゴミで、羽が燃えるゴミ」

 言いながら、ハイドは次々とゴミ袋からゴミを出して、燃えるゴミと燃えないゴミに分けて、燃えないゴミを外に出していく。

 「カミソリの刃の鉄やガラス片とかってのは熱するとめちゃめちゃ高温になる。ただ、ガラスは焼却所の炎で溶けるかもしれないけど、鉄はとても溶けねえ。高温のそう言うのが、たとえば紙や布の燃え残りだったり、焼却所の設備なんかに付着したりすると……」

 「……発火する」

 「そ。ゴミの処理って、アンタみたいなお偉いさんには縁遠い仕事だけど、それでも誰か人が関わってる。そんなやつら別にどうでも良いって思ってるかもしれないけど、ゴミの分別ぐらいはちゃんとやっとけ。…………あー、まあ、不法侵入者が何大口叩いてんだって感じだけど」

 悪かったよ、と言いながら、ハイドがきゅっとゴミ袋の口を縛った。

 ずっと廊下に放置していた頃よりだいぶ小さくなっている。

 「…………本当だよ。不法侵入者が偉そうなこと言いやがって」

 ヴェルデが苦笑しながら言うと、ハイドはうっと言葉に詰まった。

 「だから、悪かったって。……でも、こんだけ荒れてるの見ちゃ、気になるでしょ」

 そう言って、ハイドが左側に続く廊下を見る。

 そこには膨らんだゴミ袋や、古い本の山がいくつも置かれていた。本の山は所々崩れている。

 「奥の部屋リビング?」

 「と、キッチンと食堂」

 「洗い物溜まってんじゃねえの?」

 「…………」

 ハイドが首を傾げると、ヴェルデはふっと苦笑した。

 ハイドは呆れたように肩を竦める。

 「……袋を持ってくる」

 突然、ヴェルデはそう言うとリビングの方へ歩いていった。

 それから少しして、ゴミ袋と紙袋の束を持って帰ってくる。

 「どうでも良くなんてねえ」

 「は?」

 ヴェルデは言いながら、燃えないゴミを種類ごとに紙袋へと入れていく。

 「国を……国民を守るのが騎士団だ。それなのに、誰かを危険にさらしちゃあいけねえな」

 その言葉に、ハイドは少しぽかんとした後、ふっと笑った。

 「明日は燃えないゴミの日だぜ」

 「よっしゃっ」

 

 

 窓から柔らかな朝日が射し込んで目が覚める。

 部屋を出て階段を下ると、香ばしいコーヒーの香りが廊下に立ちこめていた。

 廊下を歩き、リビングに入るとその香りはさらに強くなる。

 早足で食堂とキッチンに繋がる扉を開けると、見慣れたブロンドが、小窓から入る朝日を反射してキラキラと輝いていた。

 キッチンに立ってフライパンを振るう彼女が、ドアの開く音に開いてこちらを振り返る――。

 

 「……い。おーい。朝だぞ。そろそろ起きろよー」

 「!」

 「よっす」

 ヴェルデが目を開けると、ハイドが軽く片手を上げた。

 辺りを見回すとどうやらリビングのようで、寝ころんでいるソファが窮屈だった。

 固くなった身体をほぐしながら起きあがる。

 だんだんと昨日のことを思い出してきた。

 

 昨夜は家中にあるゴミの分別に始まり、部屋の床やキッチンを掃除している内にあっという間に夜が更けて。いつソファに寝たのかは思い出せなかった。

 「朝飯出来てるから、勝手に食って。洗い物溜めるなよ」

 「何だ、帰るのか?」

 「そりゃ帰るよ。絵描けって言ったのはアンタだろ? てか、アンタも今日からまた仕事って言ってたじゃん」

 そのハイドの言葉にヴェルデはハッとして辺りを見回す。

 壁掛け時計を見ると、まだ朝は早い時間だった。

 「時間ぐらい考えて起こすヨ」

 と、ハイドが笑う。

 「掃除好きに、朝食の準備に、起こしてもくれるのか。ずいぶん家庭的な男だな」

 ソファから立ち上がりながらヴェルデが言うと、ハイドは一瞬黙ったと思ったら、にやあ、と笑った。

 「多趣味で家庭的な方が女ウケが良いんだよなあ、これが」

 「…………なるほど」

 今度はフッとヴェルデが苦笑する。

 そこで、ふとある事を思い出した。

 「そうだ、請求書の写し。忘れてたぜ」

 「ああ、そう言えばそのために来たんだった。忘れてんのはお互い様だな」

 ソファの隣のローテーブルの上に置かれた一枚の紙を、ヴェルデがハイドに差し出す。

 ハイドはそれを受け取りざっと目を通すと、

 「確かに」

 と言って折りたたみ上着のポケットに仕舞った。

 「んじゃ、受け取る物も受け取ったし、そろそろ帰るわ」

 「ああ。……色々助かった」

 「掃除しかしてねえよ」

 ハイドは笑い、リビングを出る。ヴェルデも玄関までは送り届けようとそれに続いた。

 ハイドが廊下の途中で昨夜分けた燃えないゴミの袋を持つ。

 「そうだ。家の掃除と朝食のサービスどうよ。1ヶ月に1回からで良いぜ?」

 玄関のドアを開ける直前、ハイドがおどけたように言う。

 もちろんハイドにとってはそれは冗談で、何言ってんだ、と返されると思っていた。

 しかし、

 「……悪くねえな」

 「…………は?」

 「昔から掃除は苦手でなあ。料理もやってこなかったし……。とりあえず一週間に一回来てくれよ」

 思わぬ返事に、ハイドの目が点になる。

 「おい?」

 「え、え……あ、うん。支配人に話しとく」

 「頼むぜ」

 ヴェルデの言葉にハイドはぎこちなく頷いて、玄関の扉を開けた。

 外に出ると、暖かな朝日がハイドを包む。

 「…………まあ、いっか」

 ぽつりと呟いて、ハイドは歩き出す。

 自分は何かとんでもない事をしてしまったのではないかということは、必死に考えないようにした。

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