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四人と仕事

 「そう言えば、名前とか言ってなかったね。俺はトロイ。トロイ・ハースランド。騎士団の下っ端」

 「一部隊隊長が何言ってんだよ」

 席に着いた四人は、夕食がまだの二人が注文した料理を待ちながら話を始めた。

 さっそく適当な事を言い出すトロイの頭をヴェルデがど突く。

 「部隊長様なのですか? 凄いですね」

 「そう言や街でたまに噂を聞くな。去年くらいに遊撃隊が新設されたとか聞いたけど、もしかしてそれ?」

 「そ。まあ、あんまり何か出来てるって実感無いけどね。まあ、騎士団の、ましてや特殊部隊なんて、それくらいが丁度いいのかもしれないけど」

 そう言って、トロイは肩を竦めた。

 「それに、俺なんかよりヴェルデ団長の方がずっと凄いよ。何てったって、騎士団長だからね」

 「おい、トロイ」

 「え、何だそうだったの? 適当に扱わないで媚び売っときゃ良かった」

 「オイコラ!」

 「とか言って、ハイドは誰にも媚びなんて売らないじゃないですか」

 歌姫の彼女がクスクスと笑いながらそう言うと、今度はハイドと呼ばれた絵描きがひょいと肩を竦めた。

 「ハイドさんって言うんだ」

 「そ。紫陽花ハイディオージャのハイド」

 「へえ。カッコいいね」

 トロイが言うと、ハイドはすっと目を逸らす。

 歌姫がクスクス笑った。

 「照れ隠しですよ」

 「ああ、なるほど」

 「エミリア! 適当なこと言うんじゃねえ!」

 「エミリア?」

 ハイドの言葉に、ヴェルデが首を傾げる。

 ハイドが頷く。

 「そう。こいつの名前がエミリア」

 「エミリア・フィクシーと申します。以後、お見知り置きを」

 そう言って、エミリアが軽く頭を下げた。

 すると、トロイがにこっと笑って、少しエミリアの方に身体を寄せる。

 「へえ、エミリアか。今度はかわいい名前だね」

 「へ……? そ、そうでしょうか?」

 「あ、エミリア何赤くなってんだよ。そんな軽そうな奴との交際なんて、父さんは認めないからな!」

 「ハイド……! 何を言っているんですか!」

 「ふーん、そう言うの俄然燃えるなあ……」

 「トロイ様まで!」

 早くも打ち解け始めた三人がぎゃいぎゃいと騒ぐ。

 そんな中、一人ヴェルデだけが、どこかぼんやりと三人を見ていた。

 「エミリア……か……」

 そう、小さく呟く。

 「え、オッサンが何か言ってんだけど、あんまり大丈夫じゃない人?」

 「んー……。おそらく大丈夫だけど、ハッキリとは言い切れない人?」

 「つまりあんまり大丈夫じゃないって事ですか?」

 「………………人が真面目に考え事してりゃあお前ら!!」

 ヴェルデが顔を赤くしてダンッ! とテーブルを叩くと、三人は楽しそうに笑った。


 「んで、今回の件は結局どうなるんだ?」

 ハイドとエミリアが注文した食事が届き、ヴェルデとトロイも新しく酒を頼んだところで、ハイドが言う。

 店内はすでに落ち着きと騒がしさを取り戻しており、先ほどの出来事が嘘のようだった。

 「ああ、そう言やそういう話だったな。……何か事件があった時の取り調べや事情聴取は騎士団の管轄じゃねえから、今俺たちが詳しく話を聞くって事はねえよ。もし、あのウェイトレスの子かエミリアが警察団に報告したいって言うんだったら、俺たちが仲介をしよう」

 「なるほどな。じゃあ、エミリアは明日にでもウェイトレスの子に、警察団に行くか聞いた方がいいんじゃね? 身体ベタベタ触られたのはあの子だし。今日はもう帰っちゃったんだろ?」

 「ええ。お店のご主人の奥様が、家まで送って行かれたようです。明日は一応来ると言っていたそうですが……。もしいらっしゃらない様でしたら、ご主人か奥様に伝えておきますね」

 「そうしてくれ」

 ヴェルデが言うと、エミリアは微笑して頷いた。


 「そう言えば、一つ気になってたんだけど」

 それからしばらくして、トロイは食事を終えナフキンで口元を拭うエミリアを見た。

 エミリアが首を傾げる。

 「君のその目って、義眼……って、言うの?」

 魔女や魔法使いたちの身体の欠落した部分は、どうやったって直すことが出来ない。

 けれど、先人たちが残した魔道具やその技術、それから魔法などでその欠落を補う事は可能だ。

 むしろ、健常な場合よりも高い機能を持つことすらあった。

 エミリアの澄んだ水色の目は、一見すると盲目には見えない。

 正確に会話をする相手の方を見て、目の前を動くものにも反応する。

 つまり彼女の目も魔道具や魔法で補われているという事で、その補う為の道具が、先ほど彼女の肩から飛び出したあの目玉なのだろう。

 そんな事を考えながらトロイが尋ねると、エミリアは一つ頷いた。

 「ええ。性格には、体内眼インタ・イイーズと言います」

 「体内眼?」

 ヴェルデが首を傾げると、エミリアはまた頷き、おもむろに目を閉じた。

 そしてまたゆっくりと開けると、途端に目の焦点が合わなくなる。

 「体内眼は、名前の通り体の中に目を持つことです。体内の魔力を制御する事で、目の大きさを変化させたり、体表の好きな場所に出現させる事が出来ます」

 そう言うと、彼女は左右の手の人差し指を立てた。その指先に一本の細い横線が入ったかと思うと、次の瞬間、横線がぱかっと開いて、水色の瞳の小さな目が現れる。

 ヴェルデとトロイは、おお、と声を上げた。

 「それは、どうやって装着するものなんだ?」

 ヴェルデが言うと、エミリアは体内眼を目に戻してから、

 「私の場合は、体内に埋め込まれています」

 「埋め込む……」

 トロイが呟くと、エミリアは薄く笑う。

 「私の場合は両腕でしたが、身体の左右のどこかを切って、そこにとても小さくした体内眼を入れ、針と糸で縫うんです。体内に異物を閉じこめる訳ですので、上手く馴染んで制御が出来るようになるまでは拒否反応に苦労しました」

 連日違和感と吐き気が続くんです。と、当時のことを思い出しているのか、遠くを見ながらエミリアが言った。

 「錠剤のように水で飲むタイプもあるんですが、私が子供の頃は、まだ埋め込むタイプの方が主流だったんです。

 飲む体内眼は比較的制御が楽ですが、先ほど私がやったように身体から切り離すことが出来なかったり、体内を移動出来る範囲も狭いんです。また、一ヶ月程経つと体の中で消滅してしまうので、定期的に飲み直さなければいけなくて。まあ、大した欠点では無いのですけどね」

 そう言ってから、エミリアは少し困ったように笑う。

 「ですが、私はこうして色々な場所に赴く仕事ですので、この体内眼は護身用にも使えてなかなか便利ですよ」

 ヴェルデとトロイは先ほどの光景を思い出しながら、なるほど、と頷いた。

 そんな彼らを見て、水のグラスに入った氷をガリガリと噛んでいたハイドはエミリアを見る。

 「だからこんな仕事しなくても、養ってやるって言ってるのにサ」

 「ハイドだって大した稼ぎじゃないじゃないですか」

 「にゃーにおー。これでも売れっ子なんだからなー」

 そう言ってハイドが膨れると、エミリアはクスクスと笑う。

 しかし、ふと何かを思い出したように顔を上げ、辺りをキョロキョロと見回した。

 「エミリア?」

 「ハイド。時間は大丈夫ですか?」

 エミリアの問いかけに、腕時計に目を落としたハイドは、ああ、と言って立ち上がる。

 「ホントだ。そろそろ行かなくっちゃ」

 椅子に掛けてあった上着から財布を取り出し、食事代をテーブルに置いた。

 「美味いし安いし、良いよな。ココ」

 「とか言って、腕時計も財布も高いやつじゃん。本当はもっと良いもの食べてるんじゃないの〜?」

 そうトロイが言うと、流石良く見てるな、とハイドは笑い、

 「言ったろ。売れっ子なんだヨ」

 と、気取ったように肩を竦めた。

 じゃあな、と手を振って、ハイドが店を出ていく。

 ドアベルの音は相変わらず店内の喧噪に紛れ、バタンとドアの閉まる音に気が付いたウェイターが、ハッとしてから気まずげに頬を掻く姿が見えた。

 「エミリアは帰らないの? まだステージがあるとか?」

 いつも通りの店内の様子にクスリと笑ってから、トロイが今度はエミリアに目を向けて尋ねる。

 「いええ。ですが、お店のご主人に次も歌わせて頂けるか聞かなければいけませんので、お店が落ち着くまで、もう少し待っています」

 「そっか。じゃあ俺もまた居ようっと。夜道は危ないから、送って行くよ」

 「よろしいのですか? ……ありがとうございます」

 エミリアが微笑むと、トロイもニコリと笑った。

 そんな二人を見ていたヴェルデはフッと苦笑すると、

 「んじゃ、邪魔者のオッサンは帰るかね」

 「あ、助かりまーす」

 「本当に遠慮がねえなあお前は!」

 このっ、とヴェルデがケラケラ笑うトロイの頭を軽く叩くと、エミリアも楽しそうに笑う。

 「ま、くれぐれも気を付けて帰れよ」

 ヴェルデは言うと、椅子に掛けてあったコートを着て、ハイドと同じように食事代をテーブルに置いた。

 「じゃ、おやすみ」

 「おやすみなさい、ヴェルデ団長」

 「今日はありがとうございました。おやすみなさい」

 二人に軽く手を挙げて、ヴェルデは店の出入り口に向かう。

 ありがとうございました! と背後からウェイターの声が聞こえた。

 外に出ると、路地の奥と言うことを差し引いても、辺りはすっかり暗く、左を向くと見える商店の連なる通りも人通りは多くないようだった。

 その通りに向かおうとしたヴェルデは、ふと刻み煙草を切らしていた事を思い出し、足の向きを変える。

 この時間に、表通りで開いている煙草屋はもう無い。だが、路地を通りとは反対に抜けたところにある歓楽街には、老婆の営む煙草屋があったはずだ。

 ヴェルデは一つ溜息を吐いて歩き出した。

 ずいぶん前に煙草は止めて、もう吸う事も無いだろうと思っていたが、少し前から無性に吸いたくなって日を追うごとに一日の本数が増えていく。

 決して美味いとは思わない。けれど、吸っていないと何だか落ち着かなかった。

 ヴェルデは俯き加減で路地を歩く。表通りから離れるにつれて、人がぽつぽつと増えていくのを感じた。

 路地を抜ける直前、ヴェルデはふと顔を上げ――そしてすぐに後悔した。

 咄嗟に隣の細い道に入り込み、その見てしまった物を、もう一度盗み見る。

 そこには二つの人影があった。

 「はい。これどーぞ」

 「ありがと。……あれ? ちょっと多いよ。これ」

 「いーのっ。ハイドだからぁ、と・く・べ・つ! お小遣いよ。支配人にはナイショね?」

 「ホントに? 嬉しいなぁ。じゃ、こっちも特別に……」

 そう言って、ハイドは金を渡してきた女の頬に軽くキスをする。

 キャッ、と女が嬉しそうに飛び上がった。

 それから女はハイドにしなだれかかり、ハイドは女の肩を引き寄せる。

 二人はそのまま路地を抜け、向こうの通りへ出て行った。

 『売れっ子なんだヨ』

 先ほどの、ハイドの言葉を思い出す。

 それと同時に、何故かグッと胸が詰まるような感じがして、ヴェルデは壁に寄りかかったまま顔をしかめた。

 別に、ハイドのような仕事をしている人は大勢居るだろう。中には止むを得ない事情がある者が居ることも分かっている。偏見など、抱いていなかったつもりだ。

 しかし何故か、ハイドは、ハイドだけはこんな所に居て欲しくなかったと、そう思ってしまった。

 通りに出れば、まだあの二人が居るかもしれない。

 刻み煙草を買いに行く気も失せて、ヴェルデは踵を返すとまた路地に消えた。

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