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「誕生」

 猫の手も借りたいという状況は日常生活において、重々おきる。テレビを観ているときにぐうぜん流れたCMでアイスが食べたくなったとしよう。自分は風呂上がりで引っ張り出してきた毛布でぬくぬくだ。外は寒い。10度以下だ。そうしたら、もう外に出たくないと思うのが人間の心理だ。そんなとき、アイスを買ってきてくれる人がいたら、できれば自分が心を痛めないような寒さを感じない人がいい。そんな自分にとって都合のいい人がいたら、きっと自分の生活は今よりも充実したものになるだろう、そう思った。

 それが、端暮ひまり(はしくれひまり)を造り出した理由だ。


 我ながら完璧な造形に出来上がった。見た目は人間そのものだ。年の頃は14くらい。大人を作るには材料が足りなかったというのはここだけの話だ。見た目はどうせだから美少女にした。色の白い肌に瞳を縁取るアーモンド色の睫毛は人形みたいに長い。瞳の色はヘーゼルだ。茶色のようで日に当たるとオレンジ色にも見え、緑色もはいっている。髪は栗色だ。ボブヘアーは毎朝愛されゆるふわヘアになるように設定されている。風を受けてふわりと浮く巻き髪に男の心も軽くなる。長い手足、スレンダーな体型、自分の理想をすべて注ぎこんだといっても過言ではない。これで性格が春の日差しのように暖かく、優しい子であれば完璧だろう。ロボットに性格を設定することができるのかは分からないが、心配はない。過大評価も頷けるほど、自分は天賦の才を持ち合わせていた。


 ひまりを起動する。両方のこめかみを3秒間親指の腹で強く押す。そうすると、ひまりは起きる。地の轟きみたいな重低音を響かせて、ひまりの瞳は開いた。

「ひまり、おはよう。調子はどうだい?」

「異常なしです」

 小鳥の囀りのような高い声だ。ヘーゼル色の瞳が自分を見つめる。

「博士、ひとつよろしいですか?」

「もちろんだとも、話してごらん?」

「世間一般的に朝の4時というのは人間の就寝時間のようですが、あいさつはおはようで正しいのでしょうか? そして、博士は人間だとお見受けしますが、起きていても大丈夫なのですか?」

「うん、まぁ、私は世間一般的な社会人じゃないしね」

「そうなのですか。情報を修正しておきます」

 ひまりから静かなロード音が響く。

「それより、ひまり! お前に頼みたいことがあるんだ」

「なんでしょうか」

「アイス買ってきて!」

「アイス、冷たい氷菓子のことですね。それはここより最寄りのコンビニに買いにいけばよろしいのでしょうか」

「うん、お金渡すね」

 ひまりの手に500円玉を握らせる。小さな手の平は雪のように白い。

「他に買いたいものはございますか?」

「ない」

「そうですか。それでは行って参ります」

「待って、ひまり! その格好じゃいろいろ問題がある!」

 回れ右をしてさっさと家を出ていこうとするひまりを引き留める。

「なぜ引きとめるのですか。この表皮はマイナス100度まで耐えられますし、このくらいの寒さでは何の問題もありません」

「うん、でも裸の女の子が夜のコンビニだなんて危ない人もびっくりしちゃうから、ね!」

「博士は犬猫にも服を着せる派ですか?」

「ひまりは犬猫じゃないし、とりあえず洋服は着てください。お願いします」

 まだ出会って数分たっていない。それでもすれ違う意見に戸惑いが隠せなかった。ひまりは春の日差しのような暖かい優しい子で敬語がいじらしい子になる予定だった。何かが違う気がする。声は思い描いていたように小鳥の囀りみたいだし、見た目は本当に理想通りなのに何かが違う。敬語もなんだか心に響かない。

 洋服ダンスから洋服をあれでもないこれでもないと放り投げながら今は深く考えないことにした。疲れているのだろう。アイスを食べて頭が冷えればきっと良策が浮かぶはずだ。

 タンスの底が見えるころ、真っ白なセーターを発見した。確か母親が編んでくれたものだ。自分にちょうどいいサイズであればひまりは一枚でワンピースみたいに着られるだろう。

「とりあえず、これを着て。一応マフラーも巻いて。なにかおかしなことがあったらすぐに知らせるんだよ」

「メール機能で博士のスマートフォンに通知すればよろしいでしょうか?」

「それでいいから」

「それでは、いってきます」

 ひまりがはにかんだ。菜の花が綻ぶようなそんな暖かい笑顔だった。閉じられた扉を眺めながら床に座り込む。「いってきます」に笑顔は自分で付けた機能だった。

「やっぱり、可愛い」

 自画自賛も仕方がない。ひまりは理想的な女の子だった。


 携帯電話に連絡がないことをこんなに不安に思うことはないだろう。はじめてのおつかいに出す親の気持ちはこんな感じだろうか。まぁ、車に轢かれてもひまりは壊れないし、危ない大人が近付いたら工事現場の騒音なみの80db以上の音で危険を知らせる。ひまりに万が一が起きることは憶に一つもないのだがそれでも不安は募る。

「博士、戻りました」

 ひまりの声に玄関まで迎えに走る。

「ひまり、おかえり。よく戻ってこられたね」

「最新の地図データが入っておりますので迷うことはないです」

 手渡されたビニール袋には、ガミガミくんのクリームシチュー味が入っていた。

「一般観衆の興味がある氷菓子第一位の商品を選んでみました」

「俺はバニラがよかったんだ!」




(続く)

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