声
部誌に載せたもの。テーマは3キーワード「たけのこ・星座・メッセージ」を使って書く、というものでした。
こんにちは。
あなたもですか?あ、違いましたか、失礼しました。
この前、ここで列車事故があったでしょう。花を供えに来る人が多いもので、あなたもそうなのかと。
お買い物ですか。この近所にスーパーなんてあるんですね。私はここに住んでいるわけではないので、知りませんでした。
今晩は青椒肉絲でしょうか。あ、いえ、その水煮竹の子が見えたものですから。
ああ、お好きなんですか、竹の子。私もです。たまに、無性に食べたくなりますね。ええ、この歯触りが良いですよね。
……竹藪、ですか?はい、田舎育ちなもので、小さい頃はよく行きました。昼間でも薄暗くてひんやりした感じでしたね。この辺りにも前は広い竹藪があったそうで……。今はもう、影も形もありませんけどね。
うちの近所にあった竹藪も、小学生なんかはよく遊んでましたよ。たまに、勝手に竹の子を掘って持ってきちゃう子もいて……。そういえばあの土地、誰のものだったんでしょうね。
ご存知ですか?竹の子って、半分以上は大人になれないんですよ。生まれて地面から顔を出して、そのままそこで枯れてしまう………。
そういう竹の子を止まり竹の子と言うそうです。
すべての竹の子を成長させると栄養が少なくなってしまいますから、一部に集中させるんでしょうね。
……ええ、普通はそう思いますよね。初めから、成長できる数だけ生えれば良いのにって。
でも、仕方ないんですよ。成長するまでに、どれが何時どんなことで折れたり枯れたりするかは分かりませんから。
え?あ、いえ、詳しくなんて…。前に調べたことがあるものですから。
何故、と言われると、少し長くなりますが……。
子供って、たまに不思議なことをしますよね。七つまでは神のうち、と言いますし―――これもそんなようなものかと思っているんですが……。
小さい頃に、何かに呼ばれたような気がしたこと、ありませんか?
振り向いても誰もいなくて、不思議には思ってもすぐに忘れてしまう。そういうことってたまにありますよね。
まあいわゆる空耳、というか。
私の場合、小学生の時に引っ越しをしてからそういう『呼ばれる』感じが時々するようになったんです。
子供でしたから最初は気に留めてもいなかったんですが、そんなことが度重なって、だんだん(あ、またか)って思うようになって………。でも別に実害があるわけではないので、誰に言うこともありませんでした。
…竹の子と何の関係があるんだ、という顔ですね。
遠回りですいませんが、もう少し待ってくださいね?
引っ越してから半年くらいだったと思います。夜、一人で星を見に、外に出たんです。
理科の授業で星座の話をやって、夜空を見てくるように言われたもので…ふふ、確かに宿題にしては素敵ですね。あのクラスのうち何人が本当にやったかは分かりませんけど。
星はたくさん見えましたが、何の星座かまではほとんど分かりませんでした。ああ、おとめ座だけはなんとか見分けられましたけどね。あのやけに明るい星は何だったんでしょう…。
親には何も言わずに出てきたので、早めに帰ろうと思ったとき、また『呼ばれた』気がしたんです。でもやっぱり誰もいなくて、いつものことでしたからさほど驚きはしませんでしたが、なんとなくいつもよりも呼び方が強いような感じがして、不思議でした。
でも、帰ろうとすればするほど頭の中を全部占領するような勢いで《声》はどんどん大きくなって、他に何も考えられなくなって……私は駆け出しました。
《声》が告げるとおり―――と言っても道案内をしてくれたわけではなく、もっとなにか、直接感覚に働きかけるようなものでしたが―――五分か十分か三十分か、それすらよく分からないのですが、何処かに向かって進みました。
ふと声が止んで、気づくと私は竹藪に居ました。
濃い闇の中でそれだけはなんとか分かりました。夜の竹藪はとにかく不気味で、慌てて元来た道を引き返そうとしましたが、すぐに草に足をとられてしまって―――地面に倒れこんだとき、また声がしたんです。
今度はもっとはっきりと言葉が聞こえてきました……いかないで、とか、さびしい、あそんで、とかそれから………、
いっしょなんだから、って。
呑みこまれる。理屈も何もなくそう感じました。
体を起こそうとしても草が絡まって地面に吸い付いたみたいにうまく動けないし、声はまた大きくなってきて………。
その時初めて、慣れきっていた《声》を怖いと思いました。
その後、どうやって家まで帰ったのかは正直覚えていません。
ただ、玄関の前で泣きじゃくっていた私を両親がすぐに見つけて、事情は分からなかったでしょうけど慰めてくれたことだけは覚えています。
さっき親には何も言わずに出てきたと言いましたが、その頃私はまだ引き取られたばかりであまり家に馴染めていなかったので、夜にわざわざ声をかけるのも気が引けて何も言えなかったというのが本当のところです。
そんな有様でしたから親の前で泣いたのも勿論初めてでした。
え?……ああ、いえ、孤児だったわけではありません。すいません、言い方が紛らわしかったですね。
ええと、私の実の母親は、父と昔付き合っていましたが結婚はしませんでした。母が言うところの『ありきたりな別れ話』をして……その後に、私を妊娠していることを知ったんです。
でも父にはそのことを知らせていませんでした。父は母と別れてすぐに別の人と婚約していたからです。
結局母は一人で私を産み、育てました。―――私が一二歳の時、交通事故で急死するまで。
私を産むと決めた時から親戚とは絶縁状態で、私は自分の祖父母の話も聞いたことがありませんでした。唯一、母が私に時々もらしたのは父のことだけでしたから、葬儀が終わっても身を寄せるところは顔も見たことがない父親だけだったんです。
初めて父の家に行った時のことは今でもよく覚えています。
母と住んでいたアパートまで迎えの人が来た時から少し違和感はあったんですが、実際に家を見て、私びっくりしてしまって…田舎ではありましたけど、当時の私からすればお屋敷と言ってもいいくらいの日本家屋だったものですから。
父は、その地域では有名な、いわゆる名家というような家柄の出身だったそうです。
いえ、別に…狭い世界の話ですよ。
でもそれまで自分には全く縁がなかった世界で、正直戸惑いました。自分が場違いなことがはっきり分かってしまって、父に会う前から逃げ出したくなっていたくらいです。というより、父がすぐに私のところに来てあんなに引き留めていなければきっと本当に逃げ帰っていたと思います。
……ああ、まあ、そうですよね。
とっくの昔に別れた恋人の子供だなんていきなり言われても、喜んで引き受ける人はほとんどいませんよね。
私も疎まれて当然だと思っていたので、とても驚きました。
でも実際は、……そうですね、歓迎、と……言っても良いんじゃないでしょうか。
今よりはだいぶ費用もかかったでしょうが、DNA鑑定のようなことはしたみたいですよ。
正式に引き取られた後は身の回りの世話をしてくれる人まで付いて、少し窮屈でしたが、そんなこと言ったらばちが当たるくらいでした。
母……というか、父の妻という人には嫌がられるだろうとは、私も覚悟していました。でも実際にはそんな素振りもなくて…失礼ですけど、お嫁さんだから立場が弱いのかななんて考えてしまったこともありました。
まあ、嫁といってもあの人は父の従姉妹にあたるそうで、小さなころから家族ぐるみの付き合いだったらしいので、これは完全に邪推でしたけどね。
それにこれは後から知った話ですが、彼らの一人息子―――私にとっては弟のようなものですが―――あの子は幼い頃少し病弱だったそうです。それに心臓に病を抱えていて、大きくなってから手術もしました。私があの家に引き取られた頃には言われなければ気づかないくらいには普通の生活をしていましたから、このことを私が知ったのは成人する頃になってからですが、そんな時に他の子を引き取るなんて…よくその気になったなと思いましたよ。
つまらない身の上話が長くなりすぎてしまいましたね。どこまでお話しましたっけ?ああ、家に帰ったところからですね。まあ、こちらも大した話ではありませんが。
そのまま私、気を失ってしまったみたいで………目が覚めたら朝で、ちゃんとベッドに寝ていました。
夢、だったのかもしれないと思ってしまうくらいに全てがいつも通りでした。
ただそれ以来なんとなく竹が気になってしまって……。
あら、こういう話は竹の子ほどお好きではないんですね。ふふ、すいません、怖がらせるつもりではなかったんですが……。
まあとにかく、私が竹の子について調べてみたのはそういうわけです。
少し暗くなってきましたね。
……ここから先は、お好きな竹の子とは何の関係もない話です。人に話すようなことでもありませんが…実は、この話には続きがあるんですよ。
さっき言った、弟の心臓病が完治したのは私が一九歳の時です。親の薦めで地元の大学に進学して、自宅から通っていました。
それから数年で、弟が大学卒業後すぐに結婚しました。
私は大学を出て、大学院に行きたいと親に相談しましたが、猛反対されてしまって……その少し前に父の仕事が行き詰っていたようで、経済的な問題もあってか、そもそも大学に行くこと自体あまり良く思ってはいなかったみたいでしたから。
それでその頃は父の知り合いの会社に勤めていました。ここも家からすぐ近くでした。
それから少しして、弟の子供が生まれました。
あの時はすごい騒ぎでしたよ。特に父と母がね。
そしてさらに三、四年経った頃、私は父に呼び出されて、
……家を出ていくように言われました。
弟夫婦は近所ではありますが別居していましたし、出ていくと言っても次に住む場所を決める時間も無く、着のみ着のまま今日限りでこの家を出ていけと。
理由は、…分かりますよね?
簡単なことですよ。
弟の子供、つまり父にとっての孫も少し成長して、跡継ぎの心配がなくなったからです。
まさか、ですか。そうですよね、初めは私も信じられませんでしたから。
あの人達にとって大切だったことは、父の…あの家の〈血筋を絶やさない〉ことでした。
それだけのために父は私を引き取り、ごく近い親戚だった母も、血を引いているというだけの理由で私を笑顔で受け入れたんです。
呆然としたまま家から放り出されるように出て、その時、あの竹藪での出来事がいったい何だったのか、ようやく分かりました。
あれは、竹の子達からの精一杯のメッセージ、だったんです。
正確に言えば、「止まり竹の子」達からの、メッセージ。
生まれ育って地上に出たその時に、全体のために切り捨てられて、そこでそのまま枯れて、腐って、死んでしまう…………。それを知った時、私はなんだか可哀想と思いました。
――――でも。
私もあの人達にとっての「止まり竹の子」だったんです。
あの竹藪で今まで枯れてきた、それはたくさんの止まり竹の子達が、よく似た私を引き寄せた。ただそれだけのことでした。怖がることなんて何もなかったんです。
きっとあの子達は、私を救おうとしてくれていたんですから。同じ仲間だと感じて、私を何度も何度も呼んでくれて、でも私があんまり嫌がったから家に帰したんだと思います。
とにかく私は家を出て、一人で暮らし始めました。
こんないきさつですから家族の誰にも住所も電話番号もアドレスも教えずに。
教えたって連絡なんて来るわけもありませんでしたしね。
でも弟一家は、この前、ここの列車事故で全員死んでしまいました。あっけない、ものですね。
親は、まあ随分悲しんだでしょうね。会っていないのでよく知りませんが。
探されなかったか、ですか。さあ、どうでしょう。あの人達のことですから探したかもしれませんね。
もう二人とも亡くなりましたから、そうだとしてもあまり意味はありませんけど。
ええ、弟一家の葬儀が終わって―――私は出席しませんでしたが―――それからまもなく逝ったと聞いています。随分突然だったようです。
あら、もうこんな時間なんですね。
このまま家にお帰りになるんですか?
……そうですね、もう夕ご飯の時間ですもんね。
………私ですか?ええ、帰らなければいけませんね。
私、とても申し訳なく思っているんです。あの子達は私を仲間だと思ってくれたのに、あんなに一生懸命呼んでくれたのに、私はそれを無視してあの人達のところへ帰ってしまった……。
あの日、あのままあの子達とひとつになるべきだったのに。
最近、気が付くとあの時のことを考えている時間が増えていて―――きっと、またあの子達が私を呼んでいるんだと思います。
でももうあの竹藪はありません。
私も《声》を聞くことはできません。
ねえ、私は、
わたしは、どこにかえれば いいんでしょうね?
「そうだ、怪談書こう」という感じで書き始めました。ちょっとコレジャナイ感がありますが、友人には『ぞくっとした』と言われたのでまあ満足。感想等いただけたら狂喜乱舞します。