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第五話『なにかの予感』

 気づけば空は茜色に染まり、深い森の中には既に闇と化している部分がある。

 肺に送られる空気は冷んやりとしていて、火照っている体の内部を冷やしてくれる。


 ルルとの散歩はとても楽しかった。

 特に女の子と二人で、しかも女の子から誘ってくれたこともあのテンションの原因だろう。

 散歩中、ルルといろんな話をした。あのときみたいに暗いものじゃなく、笑えるような話をたくさん。

 ルルは終始笑顔でいた。今までとは違うとても魅力的な笑顔で。

 やはり俺は惹かれていった。


 家でやっているうちに気づいた家事のコツ、コツを分かっててもたまに失敗してしまうこと、なぜかお母さんの看病をしているうちは失敗しないこと。

 本当に楽しそうに話している姿を見て俺も本当に楽しくなった。

 女の子と一緒に喋るのってこんなに楽しいんだ、と思った。

 いや、この楽しさはルルとだから感じるのだろうか?

 今までにない感じだ。


「あ、もう太陽が沈んじゃうね」


 物思いにふけていた俺は、ルルの声で現実に戻された。

 そういえば、こちらの世界でも太陽と月ってあるんだよな。不思議だけど、そう思うと神さんから手紙がくるからやめておこう。


 俺は隣で歩いているルルを見る。

 ルルの頬は緩み、幸せを噛み締めているように感じた。夕陽のせいか、赤く染まっている。

 そこで、手の温もりが感じられた。

 俺たちはあれからずっと手を繋いでいる。最初とは違って、より強く、より深く握り合って。

 それはまるで、もう離さないと言っているようだった。少なくとも俺はそうだった。

 あれ?なんかこれって恋人っぽいよな。やっべ、恥ずかし!けど嬉し!


 こんな感じでたまに変なテンションになりながらも顔は平常を保てた。

 でも、やっぱりこれって俺結構好意持たれてんじゃね?

 まさかとは思いながらもそんな期待を抱くようになっていた。


「本当だな。もうこんな時間か」


 俺は、楽しい時間はあっという間に過ぎるんだな、としみじみと感じながら言った。

 俺は続けて言う。


「それじゃあ、そろそろ帰るか。ただの散歩でかなり時間経っちゃったし」


 俺らが出て来たのは昼頃だ。

 多分五時間くらいは散歩してたんじゃないだろうか。

 話してくれたお母さんのこともあるし、早めに帰らないと。

 って今更だけどな。

 俺は自分で思いながら苦笑して、ルルを見た。


「………………」


 ルルは俺の横でじーっと俺の顔を見つめている。

 身長差のため、自然と上目遣いになる。

 なにかを期待しているような目で俺を見つめるものだから、俺はドキンと胸が高まった。


 俺が見つめられて硬直し始めるとルルは急にニパッと笑い、


「うん!お母さんのこともあるしね!」


 と言って俺の手を引っ張って歩き出した。

 くそう、また俺は騙されたのか。

 いや、騙されたというより、弄ばれてる?

 ま、俺も楽しいからいいけどさ。

 可愛い女の子には甘い俺である。


 手を引かれて前を歩くルルについていくと、急に立ち止まった。

 今や夕陽はほとんど落ち、森の中は光が皆無と言ってもいいくらい暗くなっていた。

 自信満々で歩いてたものだからその特別な(・・・・)で見えてるのかと思って俺は無言でついていっていた。

 かろうじてお互いの顔が見える程度の距離でルルは振り返える。手は心なしか細かく震えてる気がする。

 振り返ったルルの顔は始めて会ったときのように崩れていた。


「ここ…………どこ?…………」

「……………………」


 ルルの顔からそんなことだろうと思っていたけど、本当だったとは…………

 俺は表に出さないように嘆息すふと、周りを見渡した。

 村が近ければ光が見えるだろうと思ってのことだ。

 だが、見渡しても真っ暗でなにも見えなかった。


「…………迷ったな」

「はわわ……ごめんなさい……」


 ルルは手を離してぺこりとお辞儀をして謝罪した。

 勢いよく頭を下げたにも関わらず綺麗な金髪は滑らかに滑り落ちた。


「こんな暗いとしょうがないよな」


 俺はそう言って、ほら顔上げて、とルルの上体を起こさせる。

 ルルの顔は、不安と申し訳なさが滲み出ていた。

 俺はルルの頭をポンポンとして、笑う。


「離れるといけないから手を繋ぐぞ」


 はい、そうです。手が離れたからもう一回繋ぎたいのです。

 まあ、本当にはぐれたらいけないというのもあるけど、まあ……ね?


 俺は手を差し出す。

 だが、ルルはなにやらモジモジして手をとろうとしない。

 え?さっきまで繋いでいたからいけると思ったのに。


 と、片手を出したまま固まっているとようやく手を握ってくれた。

 なんなんだ?さっきの謎の数秒は。

 俺は疑問に思っていたが、女の考えることは分からないってのは当たり前か、と納得して歩き出した。

 ふと、気づいたのだが、いつの間にかルルの手の震えは止まっていた。





 どれくらい歩いただろうか。

 すでに周りは闇に包まれ、生き物の気配が薄くなった。いや、そんな達人みたいに、……いる、とか分かるわけじゃないけど。

 夜の冷たい風が吹き、木の葉をざわめかせる。それがこの雰囲気にとても合っていて恐怖心を倍増させる。俺のジョニーも思わずぶるっちまうぜ。

 隣のルルはすっかり縮こまってしまい、小動物のように俺にくっついている。女の子特有の柔らかさが右半身に……!

 双丘は控えめなのが残念だが。


 ってそれはいい。

 今俺たちは完全に迷ってしまったわけだ。

 話に夢中でかなり奥まで入ってしまったようだな。

 ただ、あの精神異常者(仮)の方角には来ていないから大丈夫なはずだ。


「ユウタ? ……私たち大丈夫なの?」


 ルルは不安そうに瞳で俺を見つめる。

 くっつきながら+上目遣い+不安そうな瞳=これ最強。

 ん? 最強が何個もある? 最強とは常に変わるものなのだ!

 俺、思わずガッツポーズ。


 なんて興奮してると手の甲を抓まれた。


「もう、ユウタは緊張感なさすぎだよ」


 そう言うルルの顔は先ほどよりも幾分強張りがとれたように思える。

 あ、怖いけど頑張って笑顔を作ってる顔…………なんかいいな。


「ルルが緊張し過ぎだったからな。これで少しはマシに……!」


 俺の言葉は突然の発光によって遮られた。

 反射的にルルを抱きしめるようにして守る。不死身とか関係なしに女の子は守らんとな。

 俺は発行源へと視線を向けた。なぜか目がチカチカしない。ま、気にしたらいかんな。


 俺が視線を向けた先には幾つもの白い光る球が浮かんでいた。しかもかなり遠くのほうに。

 木々の隙間からわずかに見えただけだから分からないが、複数あった気がする。

 それよりあっちが村なのか?俺らを探すために光を作り出して?


「むぐっ!」

「あ」


 俺の胸の辺りから苦しそうな声が聞こえてきた。

 俺はギュッと抱き締めていた腕の力を緩める。

 ルルが、ぷはー!と大きく息を吸った。顔が真っ赤になっている。

 ルルはしばらくぼーっと虚空を見つめていた。

 そして、周りが明るくなっていることに気がつくと、どういうこと?!と切迫詰まった感じで問い詰めてきた。

 俺はそれにたじろぎながらも、ルルの様子が真剣味を帯びていたので答えた。


「向こうに白い光る球が浮かんでいた」


 俺がそういうとルルの雪のような真っ白な肌からみるみる血の気がなくなっていった。

 ルルは心ここに在らずと言った風に呆然とする。

 俺はなにがなんだか分からないので問うた。


「なにが起こっているんだ?ルルは分かっているんだろ?教えてくれ」


 ルルは俺の言葉で我に返ると鼻声で答えた。


「多分、ぇぐっ……敵が攻めてきたの。ぅ……昔からお母さんが、白い光る球が出たら家で大人しくしていなさい、って……言ってて……ひぐっ……村長さんも、争いが起こるからじゃ、……ぅぅ……とか言ってたからそうだと思う」


 両手で涙が溢れる目を擦りながらルルは言った。

 普通ならあざといと思うかもしれないが、これは本気でやっていると分かるのでそうは思わない。てか可愛いし。

 それよりも敵が攻めてきたってことは前線が戦っているってことか。

 …………俺の家の持ち主、大丈夫かな……

 じゃなくて! 


「それじゃ俺らも早く村に戻ろう!」


 俺はそう言うとルルの手を掴み、行こうとした。

 が、ルルは足がすくんでいるのか動こうとしない。

 また抱えて走ってもいいのだが、それだと遅い。

 よし、なんとか宥めてみるか。

 俺は手を離し、ルルと対面する。手を離したとき、あ、とルルが小さな声を出した。不安なのだろうか?

 俺は出来るだけ優しい声色(こわいろ)で話しかける。こういうのは苦手だけどやるしかないよな。


「大丈夫だ、ルル。ルルと出会ったとき俺すごい攻撃されてたけど平気だったじゃん。俺の特殊能力みたいなので『不死』ってのがついてるんだよ。だから俺は死なない。つまり俺は全力でルルを守る事が出来る。村まで絶対に怪我なんて負わせない。

 俺が信用出来たなら一緒に行こうぜ」


 そう言って俺は手を差し出す。

 ルルは俺の言葉を一言一句聞き逃さないといった目でずっと俺を見ていた。

 ルルはしばらく俺の目を見つめていた。真面目な瞳の中にはやはり不安や恐怖といったものが見え隠れしている。それでもルルは一切俺から目を離さなかった。

 俺もそれに答えて真摯にその瞳を見つめ返した。俺の言葉に二言はない! とでも言うように。

 

 どれくらい経っただろうか。数秒? 数十秒? いや、数分かも……それはないな。

 てか今思ったけどこんなことしてる暇があるならさっさと抱きかかえて走れって話しだよな。さっきから喧騒とか金属がぶつかり合う音とかめっさ聞こえてきてるし。

 そんな感じで余計な事を考え始めた時、ルルの顔が急にボンッと爆発したかのように赤くなり、目を逸らされた。

 止まっていた時が動き出したかのようにずっと固まっていたルルの体が動き出す。しかも手をわたわたと動かす姿は可愛らしい。今すぐ抱きしめたいが、そんなことをしたら嫌わ……そんなことをしてる場合じゃないからな。


 ルルはぺこりと頭を下げた。さらさらな金髪が流れ落ちる。


「よ、よろしくお願いしましゅ!」


 あ、噛んだ。

 ルルは噛んだことで、はわわ……とまたわたわたし出した。…………可愛い。


 っと、ついほんわかしてしまった。今は多分戦争中なのにな。

 てか戦争とか言われても現実感ねぇよな。魔眼の時点で現実感なんてゴミクズと化したけど。


 ま、とりあえず行きますか。

 俺はルルに目で、行くぞ、と伝えるとルルに背を向けて歩き出す。だいたいの方向は明るくなったので分かった。……多分……


 そして歩き出そうとしたとき、なにかが俺の服を引っ張る感触がした。


「ん?」


 振り返るとルルが俯きながら俺の服の裾をちょこんと掴んでいた。

 そしてわずかに顔を上げて蚊の鳴き声ほどに小さな声で呟いた。


「手、繋いでくれないかな……?」


 俺は体温が一気に上がるのを感じた。

 手を繋いでくれないかな? ……だと?

 急な申し出で、口を半開きにしているとなにと勘違いしたのかルルが胸の前で小さく手を振って否定し始めた。


「あ、違うの違うの。え~っと、あれだよ! ユウタが怖くて震えて動けそうにないから手を繋いであげようと思っただけであって……」

「ああ、俺の心配してくれてたんだ。ありがとな。でも俺は動けるから大丈夫だぞ」


 いや~、こんな可愛い子に心配されるなんて俺は幸せものだな~。

 出来ることなら手を繋ぎたいけど、そうすると遅くなっちゃうからな。なるだけ早く村に行かねば。

 俺はルルの頭をポンポンと叩いてからまた歩き出そうとした。


「~! 馬鹿!」


 ルルに罵倒されされた。そのままルルはずんずんと村と思われる方向へと歩いていく。

 俺は急なことで呆然としていたが、ルルの姿が木の向こうに消えようとしたときに我に返り、走り出した。


「え? あ、待ってくれ!」

「知らない! 早く村に帰ってお母さんに会うの!」


 なぜだ? なんでそんなに怒るんだ?

 …………ま、いっか。そこまで本気じゃないっぽいからな。

 ………………本気じゃ……ないよな?


 それはおいといて、ルルが戦争って言った割には落ち着いてるってことは、そうそう砦が落ちるわけがないって信頼してるからなのかな。

 それなら安心していいんだけど……


【一番近くの人間の村の人たちの全滅を防げ!】


 つまり村を守れってことだもんな。ということは、ルルたちが信用している砦は落ちるってことだよな……悪い予感がするな。

 俺はルルの横に並ぶとルルに問いかけた。


「もしさ、その砦が落ちたらどうなるの?」


 ルルはむーっと膨れたまま応えた。


「もしでもあの砦が落ちるなんてないの!」

「いや、真面目に聞いているんだ」

「………………ルルたちの村が一番最初に攻撃されると思う」


 俺が真剣に聞いているということが伝わったのか答えてくれた。相変わらずこっちを見てはくれないが。

 やっぱり砦は突破されるのかな。指令の通りだと突破されて、すぐに狙われそうだな。

 ………………早く逃げないと村のみんながあぶねぇ! 短い間だったけど、よくしてた人たちが死ぬのを見るなんて嫌だしな。指令だけなら今からルルを連れて逃げれば達成出来るけど、そんな人でなしなことなんて出来ない。


「ルル、すぐに村に戻ろう」

「言われなくても!」


 俺はルルに声をかけて走り出した。ルルはまだ機嫌を直してはくれない。ま、それはあとで考えよう。今は村人の避難だ。


 俺は一刻も早く村に着こうと全力で走った。

 結果、ルルが徐々に遅れてきた。

 ああ! 今は一大事なんだ! すまんが許してな。


「あ…………」


 俺は後ろを向くとルルの手をとり、引っ張った。ルルは一瞬驚いたが、すぐに無表情になった。だが、どことなく笑っているような気もした。


 てかなんか体が軽いなぁ! ルルを引っ張って行こうって思ったのもこの体の軽さのおかげなんだよね。

 ま、これも多分神さんの仕業かな?


「わぷっ!」


 突然顔に紙が覆いかぶさり視界が塞がれた。

 俺は大慌てでそれをとり、見る。やっぱり神さんの手紙だ。


【もちろん俺っちのおかげだよん。神様の不思議パワー、なんつって】


 相変わらず唐突だな。ま、それはいいからなんでこんなことしたん? やっぱ砦は突破されるのか?

 俺が心の中でそう問うと文字が浮かび上がる。


【そうそう当たり~! てかもう突破されそう~!】


「なに!」


 俺は驚いて思わず大声を出してしまった。

 ちなみにずっと手紙を読みながら走り続けてるんだが、木にぶつかったりはしていない。不思議と方向が分かるのだ。しっくすせんす?ってやつだな。


「ユウタ? この前もだけどそれなに? すごく綺麗で薄っぺらいものだね」


 後ろからルルが話しかけてくる。意外に体力あるんだな。

 じゃなくて、これのことか。なんて説明したらいいんだろう。嘘だとバレるし……

 俺は少し考えたのち前を向いたまま答えた。


「……えっとな。これは、不思議な手紙ってやつだ。見てるとイライラしてくる」


 うん、嘘は言っていない。俺が質問すると文字が浮かび上がる不思議な手紙だし、神さんは俺をイライラさせてくる。

 ルルはしばらく黙ったあと、そう、とだけ言ってしゃべらなくなった。


 よし、もう一度神さんの手紙を見るか。

 俺は前を向いていた視線をまた手紙へと落とした。


【え? もうないけど?】


 俺は無言で紙を握りつぶし、前を向いて走り続けた。






 





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