第四話『お散歩へ』
あれから数日が経った。
まあ、ここは本当に異世界らしいので、厄介になっている。
なんでもこの世界には魔物がいるらしい。
じゃあ、冒険者ギルドもあるのか?と聞いたら、向こうの町にはあった気がする、と言いながら命を狙われた森の方向を差された。
閑話休題。ってそこまで話逸れてなっしぶるですな。
俺の今の寝床は村の空き家だ。
なんでもちょうど住んでた男が兵役で、争っているところとの前線に駆り出されたらしいのでいないそうだ。
やっぱり戦争とかあるんだな~。
ちなみにこの村も前線に近いところにあるため、前線が崩壊したら真っ先に潰されるそうだ。なぜこんなところに?
そう思っていたら、いろいろ役に立つものがあるんですよ、と教えてくれた。
さて、こんな感じで異世界に放り込まれたわたくし。
今現在助けた少女ルルの家にて雑談中です。
こんな風に、のんびり異世界ライフもいいですが、やっぱり異世界に来たらあれをやるでしょ!
「え? マホウってなに?」
「え…………?」
そう魔法!
なのだが、俺が、魔法の使い方を教えて!と言ったら逆になにそれ?と言われてしまった。
え?魔眼とかあるのに魔法はないの?中途半端ファンタジーめ!
いや、こういう異世界に行く物語は眠っていた力が目覚めるとかそういうのがあるはずだ!
すなわち! 俺にも内に秘めたる力が宿っているということ!
さあ、今こそ目覚めのとき! 我に力を授けよ!
「ユウタ? 万歳してなにしてるの?」
「…………なんでもない」
突然名前を呼ばれて意識が妄想から抜け出す。
両手を頭上に掲げて天を仰いでいる俺をルルは見ていた。なんか死にそう……
俺ってたまに変にテンションが上がって自分でも、頭おかしいんじゃねぇか?と思うことがあるんだよね。
今回がそうだな。まさに。
「ふ~ん。……それなら……あのぅ……お散歩にでも、行きませんか?」
おざなりな返事をしたルルは、俯いてもじもじしだした。
突然声が小さくなり、俺を散歩に誘う。俯いていた顔を少しだけ上げ、伺うような上目遣いは俺に効果覿面だ。
「お、おう!いいぞ、行くか!」
やはりこんな可愛い仕草をされた俺は声が少しどもってしまった。
そういえば、ここ最近ルルと一緒にいることが多くなったな。
まあ、今まで女の子と二人になるとかそんな機会がなかった俺は終始緊張しっ放しだったがな。そう簡単に慣れてはくれない。
それに、最初はあまり喋らなかったけど、どんどん打ち解けていって、かなりお喋りなことが分かった。
そういえば、俺が見る限り村でルルが他の子と遊んでいるのを見ていない。あ、この世界ではあれくらいの年はもう働くのか? でもルルは俺とよくいるし……
と、かなり深く考えていたら不意に手が引っ張られた。
目を移すといつの間にか対面から横にきていたルルが俺の手を掴んでいた。
その掴み方は控えめで、俺の指の先だけをルルの小さな手が包んでいる。
「さ、早く行こ!」
声がしたのでルルを見てみるが、既にルルは扉の方向を向いていて顔は見えなかった。
小走りになり、ふわりと浮いた金髪の中からは真っ赤に染まった尖った耳が見えた気がした。
家を出て、村を歩いていると数人の男女が走り寄ってきた。全員ルルと同じくらいの容姿だ。
相変わらず髪の色がはっちゃけてる。まあ異世界だと分かった今ではこれが普通だと受け入れてるからな。髪の色がカラフルとか異世界の常識だろ。
「こんにちわ~!」
「おう! こんにちわ!」
男の子が気持ちのいいあいさつをしてきてくれたので俺も返す。男相手なら変にどもったりせずに話せるのにな……それどころかアメリカ人並にすぐフレンドリーになれる自信がある(アメリカ人=フレンドリーという認識なのだ!)
「ルルちゃん久しぶりだね!」
燃えるような赤い髪をした女の子がルルを見てフレンドリーにあいさつをした。
一方のルルはというと、
「お、お久しぶりだね!」
と、若干引き気味に言いながら、俺の後ろに隠れようとする。手はつないだままなので腕が後ろに引っ張られる。
そんな様子のルルとは逆に女の子たちは、本当に久しぶりだね~、などと言いニコニコとしている。
「二人でどっか行くの?」
雷を表すかのような黄色い髪の毛をした男の子が問う。
「ああ、ちょっと…………」
「それにしても、ルルちゃんが外に出るなんて珍しいね。いつもお母さんの看病で出てこれないのに」
俺が答えようとしたらルルにあいさつをした真っ赤な髪の活発そうな女の子が俺の言葉を遮った。
お母さん?看病?
ああ、時々どっかに行くとこがあったがそういうことか。ずっとトイレだと思ってた。
体の半分を俺の体で隠しているルルを見るとぎこちない笑顔を顔に張り付け、乾いた笑みを浮かべていた。
そして、俺の指先を握るルルの手はわずかに力がこもり、震えていた。
これは…………
「ちょっと大事な話があるからさ、ごめんだけど失礼するね」
俺はそう言うとルルの手をしっかり《・・・・》と握り子供たちに手を振りながら森へと歩きだした。
子供たちはなんの疑問も持たずに俺らに手を振るとどこかへ走り去って行った。
ルルは突然のことに戸惑いながらも俺に引かれるままだった。
俺は森までそうやって早足で来ると、村から見えない程度に奥へ入り、立ち止まる。
森は相変わらずざわざわと騒ぎ、なにか嫌な予感を感じさせる。
俺はルルの手を離し、向かい合う。
ルルはやはり、なにがなんだか分からないと言った風に目をパチクリしている。
俺はこの緊迫した空気を壊すべく口を開いた。
「お前全然こけなかったな。あんなに早歩きでたくさん歩いたのに」
「……! もう、そんなこと言わないでよ」
俺がからかうように軽い感じで言うと、はっとしたルルはいじける子供みたいに頬を膨らませた。
空気が多少和んだっぽいので俺は聞きたいことを聞く。
「で、あの子たちはなんだ?」
「…………」
ん? どうした?
ルルはピシッと固まると動かなくなった。
俺を見つめたまま体のどこも動いていない。お腹すら動いていないので呼吸をしているかさえ怪しい。
あれ? なんかこの光景前にも見たような…………
「ひっぐ……」
「え?」
ルルの目が潤んできて、口が歪む。
あ、これは俺とルルが出会ったときと同じシチュエーションだな。ってこのままだとルルが動けなくなるやん!
くそ! 俺なにかしたか? 本題に入るのが早すぎたか?
…………だーーーー! ダメだ、思いつかん。
必死に頭を働かせるも解決策は見つからず、俺は頭を抱えた。
「……ふふ」
俺が頭を抱えて掻きむしっていると不意に笑い声が聞こえた。
顔を上げて見ると若干涙目だが、ルルは先ほどまでの泣き顔が嘘のように笑っていた。
今度は俺が呆然と見ているとルルが俺の視線に気づいて口を開く。
「ごめんなさい。なんかユウタすっごい怒ってる感じがしたから……私が泣いたらあのときみたいになるかなって思って……」
少し俯いて、しゅんとなりながら答えるルル。
ああ、さっきまでの俺ってそんな風に見えてたんだ。
「それで、泣いてみたらすっごく効果覿面でね、ユウタ面白かった」
ルルはそう言うと口に片手を当てて、ふふ、と小さく笑った。
「ははは、まんまと罠にかかったってわけか。ま、冷静になれたし、よしとするか」
そう言って俺はニコリと笑う。今度は自然な笑みで。
ルルも笑う。そして俺はもう一度問いかける。今度は冷静に。
「それでさ、あの子たちはなんなの?」
俺はいつの間にか笑みを引っ込めていた。
真顔でルルを見据える。
あのときのルルの顔、手の震え。あれはイジメられてるやつの顔と手だった。
俺の後ろに隠れようとしてたし、そんな感じだろう。
短い付き合いとはいえ、こんなに俺によくしてくれた子だ。悩みがあるなら聞いてあげたい。
まあ、聞いたからと言ってどうにかするわけでもないが。こういうのは余所者が介入すると余計にイジメが酷くなるんだ。
でも、話すだけでも少しは楽になれると思うんだ。
すると、ルルは両手を前に出して、違う違う、と言いながら手と首を振る。
「あれはね、ユウタが思ってるのと逆で、私にすごく気を使ってくれてる子たちなの。小さい頃は遊んでたんだけど……」
「話したくないなら別にいいんだぞ?」
だんだん暗くなっていくルルの顔を見て俺の胸が締め付けられるような錯覚に陥った。
嫌なら話さなくてもいい、とは言ったがこれは逆に俺が逃げてることでもある。
だが、ルルは首を横に振ると話を続ける。
「これを話す前にこの前のこと話さないとね」
「前のこと?」
俺は首をかしげてルルを見る。
今の俺は頭の上にハテナマークが出ていることだろう。
ルルはそんな子供みたいな俺を見てクスリと笑うと口を開いた。
「私たちが最初に出会ったときのことだよ」
「あ~、そういえばそのことについて話してなかったな」
今の今までそのことには触れてこなかった。
確かにあの時なんであんなとこらにいたのかとか知らないな。
近寄ったらダメだとか言われてたらしいのに、なんで近寄ったのか。
「実は私には、病気のお母さんがいるの」
え?お母さんいたんだ。って失礼だな、俺。
まあ、さっきも言ってたしな。ならなんで驚いたんだって話だが。
俺は続きを促す。
「うん、それで?」
「お母さんの病気を治すにはあの近づいたらダメって言われた村の近くの森にある薬草が必要だって見たの」
ほうほう、それであそこにいたと。
いい子だな~。でも一人は危険だろ。
と、思っているとルルは少しだけ俯き、続けた。
「私ってすごい人見知りというか、ほとんど外に出なかったから怖くて誰にも言えなかったの」
あれか、自分がどんな風に思われてるか分からなくて怖くなるあれか。
確かに外に出るのが怖くなるな。
「それで、お昼でみんな家に帰ってお昼ご飯を食べてるときにこっそり森に入ったの」
「それで、あんなところに一人でいたのか。危険を承知で」
「うん、それでちょうどユウタが現れて私頭が真っ白になって…………」
ルルは小さな声で言う。
それに対して俺が咎めるように言うと、ルルは幾分か声のトーンが下がり、だんだん尻つぼみになって言葉は消えていった。
「それでね、気づいたらユウタの腕の中で寝ていたの。なんか包み込まれてるって感じがしてとても頼もしかった…………」
俯いた状態からやや顔を上げての上目遣いはやばい。今すぐ鼻血出して搬送されそう。
「あそこで助けてくれたから薬も手に入ったし、無事に帰れたの。本当にありがとう」
「お、おう」
俺に向けられた今までで一番の笑顔に俺は少したじろいだ。
夏の日の光を受けているひまわりを思わせるその笑顔は、間違いなく俺が見てきた笑顔の中で一番だ。
っていうか、本題はどうしたんだ?忘れてないか?
ということに気づいた俺は見惚れてぼーっとしていた意識を戻して声をかける。
「で、結局あの子たちはなんなんだ?」
「あ、そうだったね。つまり、あの子たちは友達なの。震えてたのは本当に久しぶりに会ったからちょっと怖かっただけ」
俺はルルからその言葉を聞いてようやくほっとした。
イジメはすごいからな。人の心を容易に壊す。
ま、ルルが無事ならいっか。
俺は話すこともなくなり帰るかと声をかける。
「それじゃ、帰るか。ルルのお母さんも待ってるだろ?」
そういうとルルは一瞬名残惜しいと言った顔になったあと、地面を見つめてぶつぶつとなにか言い始めた。
あれ?ルルってこんな子だっけ?
そして、数秒経ったのちルルは顔をバッと上げ、俺を見据えた。その瞳は澄んだ青色をしており、まるでサファイアのように綺麗だ。
ルルはその小さな口を恥ずかしそうに視線を逸らしながら開いた。
「ま、まだお母さんは大丈夫だから……えっと、そのぉ……お散歩しない?」
胸の前で左右の人差し指の先を合わせてくにくにさせながら俺を見つめてくるルル。
ときおり恥ずかしそうに視線を逸らしたり、でもまた俺を見つめてきたり……
これは……まるで好きな人をデートに誘ってるみたいじゃないか。
いや、ダメだ、勘違いするな、俺。ルルは引き篭もってたんだ。人との接触がほとんどなく、人と話すことさえ恐る恐ると言った風だったんだ。
最近では普通に喋れるようになったけどまだ頼みごととかはしたことがなかったはずだ。
そうだ、これは初めて人に頼みごとをするからこんな風になっているだけなんだ。
…………ふぅ、なんとか落ち着いた。
可憐な少女が俺の大好きなポーズを決めるものだから、危うく襲っちまうとこだったぜ。
落ち着いたところで俺はニコリと微笑む。
「おう、大丈夫なら少し歩くか。最近外に出てなかったしな」
「っ! そうだよね! しばらく森の中歩こ!」
「おっと」
そういうやいなやルルは俺の手を引っ張って走り出さんばかりの勢いで歩き始めた。
俺は苦笑しながらもルルについていく。
柔らかな感触が伝わる俺の右手にはルルの左手が重ねられ、ギュッと握られている。
俺は興奮気味なのか、暴れるルルの金髪を眺めながら強く、だが優しくその手を握り返した。
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