↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

雨降ルコノ径

作者: 空白スラ
掲載日:2013/08/15

これもさして恐くはなさそうです

 暑かった先日、タイムカプセルを掘り起こしたんだ。土色に染まったそれからは色々な思い出のある品々と共に、12の自分が今の自分に向けて書いた手紙があった。

『5年後の自分へ。やりたい事は見つかっていますか?』

 1行しか無い手紙は文字もくしゃくしゃで、でも他の誰の言葉よりも重かった。

 思い出す小6のあの頃。よくある『なりたい職業について調べる学習』で、1人だけそれが見つからなくて、先生に「やりたいことは無いのか?」と言われて、首をかしげて唸る事しかできなかった自分。それは今になっても変わらない。

 高校2年生の夏ともなればそろそろ目標の大学を定め、それへと向けた勉強を始める時期。当然、俺にそんなものはなくぼうっとしていても勝手に過ぎていく時間に、どこか諦めながら焦っている。

 気分が重いと不思議と天候は雨ばかりになるようで、このところ晴れわたった空を見ていない。おかげさまで、活動場所が外しかないうちのテニス部は休みになっているが。

 雨は嫌いじゃない。うちの近所の空き家に雨の時だけルビー色に光って見える花があるからだ。名前こそ知らないが、その花を見ていると何だか落ち着く気がした。だから、今日も雨かと言いつつその花を見に行った。

 傘をさして外を歩くと雨が打ち付ける音が少しする。糸のような細長い雨粒が空中を走り、流れとなって道を下る。足元には水溜まりができていて、半透明の俺が地面から俺を見おろす。5分もしない内に、もやがかった視界にあの花が現れた。

 だが、先客がいたようだ。

 驚いたことに傘もささずに、じっとその花を見つめていた。俺はしばらく足を出せなかった。

 先客は少女。黒ずくめの和服のようなものを身にまとい、アスファルトの上に白い足で立っている。顔も色白で目はどこか虚ろ。花を見ているのか、それさえもわからない。

 しかし問題なのは少女に濡れている様子が無い事だった。それどころか、乾いている髪は風も無いのにひらひらと揺れている。

 やばい、と直感的に感じ何歩か後ずさりしようとしたが、突如ポケットの携帯電話が音をたてた。途端少女はこちらを向いて、ぺたぺたと音を立てながら頭の高さを変えずに俺に近づく。少女の口元が上がっているのは気のせいだと思いたい。

 俺は傘を捨て雨に逆らうように全速力で家まで駆けた。振り返るなんて馬鹿な事をする余裕も無いし、家に帰るなり自室へ飛び込んだ。幸い、携帯電話はポケットから落ちていなかった。

 後で、気になって外を見たがただ雨が降っているだけだった。


 翌日、久しぶりに晴れた日に傘を取りに行った。慌てて放り投げた傘はきちんと綴じられていて、あの花の下に置いてあったんだ。悪寒を抱きつつ手にとって部活へと向かう。

 しかし帰り際ににわか雨が降った。前の雨より少し激しく、上空で水が喧嘩して稲妻がどこかへ落ちる。花のある空き家は帰宅路の都合上避けては通れない道で、恐る恐る足を進めると当然のように少女がいた。

 俺は何事も無いようにわきを過ぎ去ろうとしたんだ。だがちょうど少女の真後ろに来た辺りで振り向かれてしまった。その瞬間金縛りというのか、体が全く動かなくなった。最悪な事に傘があまり体を覆わない状況で。しばし俺を見つめてから少女は口を開いた。

「私が見えるようになったんだね」

 足をなんとか動かそうと力(りき)むがビクともしない。雨風さえ凌げない俺にできる精一杯の事は『南無阿弥陀仏』と唱え続ける事だけだった。

 しかし、それを聴いて少女は微笑み「ありがとう」とまで言い出した。俺は為す術も無く、目を閉じた。まぶたに冷たい水が押し寄せる。

「怖がらなくていいよ。悪さをするとか、そういうのじゃないから」

 その言葉と共に、ふっと体が動いた。雨の冷たさに慌てて傘を立て、唐突に鳴った雷鳴に怯み、状況が呑めず目をぱちくりさせていると少女は付け加えた。

「ごめんなさい。ああしないとまた逃げちゃうと思って」

 今まさに逃げ出そうとしていたが……そんな事を思っていると、その考えが少女に聞こえていたかのように雷がこだまする。なんとなく金縛りにされそうなので話を聞く事にした。

「俺が……なんかしたのか?」

 すると少女は横に首をふって答えた。

「違うの。探し物を手伝って欲しいの」

「探し物って……何を?」

 いやな予感が頭を巡った。そのまま向こうの世界に連れていかれるんじゃないだろうか。

「それが……」

 少女はうつむいた。やがて、顔をあげ言った。至極真面目な顔で。

「私にもよくわからないの」

 ……はい? 一気に拍子抜けしたというか、ずっこけたくなるシュチュエーションに目が点になる。

「随分と遠い昔、ここで何かを失ったの。でもそれが思い出せなくて……探せなくて……」

「ちょっと待ってくれ。そんな持ち主でさえ忘れている何かを探せってのか?」

 そう言うと少女はまた地面を黙視した。横に下ろされた手は握りしめられていて、下唇は歯が噛んでいた。かの有名なゲームなら、俺の声と共に雷が落ちて聞かなかった事にしてくれるのだが現実はそう甘くない。

 とりあえず、何かやばいぞこれ。下手に怒りをくらうと本当に道連れにされかねん。相手は多分幽霊。俺は凡人勝ち目ゼロ。

「あなたも」

 地獄の底から響くような声だったし、地面が揺れるのもわかった。

「探し物……してるのに……どうして私をわかってくれないの……」

 雨風がいっそう強くなって、傘がへし折られそうだ。持ち上がった少女の瞳は俺をきつく睨み、怨(うら)んでいるようでもあった。その背中で轟く轟音。

「みんなそうだった。私を突き放して、一人で探し物を続けて勝手に一人で探し出して……取り残された私の事を考えもしないで」

 少女の目からは滴が雨に混じって落ちていた。

「あなたも、そうなんだ」

 突然風と雨は止み、太陽が身を出した。今までの天気が嘘だったかのように蝉が鳴き出し、道路も乾いていた。ただ、少女が立っていた辺りは少し水が染みていた。

 少女の姿は、もう無かった。



「絶対に、許さないから」



 つい先ほど、母から郵便が届いたんだ。何でも、17の俺が今の27の俺に書いた手紙だそうだ。よくそんなものを母に送らせるように言ったものだし、母もよく覚えていたものだ。

 早速封を開け、文字を見る。まるで10年前のタイムカプセルを掘り起こした日のプレイバックのようだ。

『27の自分へ。探し物は見つかっていますか。もし見つかっていたのなら気をつけてください』

 こんな手紙、書いただろうか? 記憶に無い。

 これまでを振り替えれば、俺は結局流れに任せるままにやりたい事なんて見つけて無い気がする。

 しかし『気をつけてください』はひっかかる所がある。確かに10年前に何かあった気がするのだが思い出せない。

 手紙の続きに目を通す。

『あの少女の事を忘れないでください。雨の日は必ず現れたあの少女の事を』

 目を瞑り記憶を辿っていく。しかし、そんな事があっただろうか? 雨の日に必ず現れた少女……全然記憶に無い。

 次の文章を読もうと目を急がせる。だが次のところは文字がほとんど掠れていて、意味を掴めない。

『そして__を__うとし__でください。記__中を____しないでください。探し物は__』

「見つかった?」

 後ろから声がした。

 咄嗟に声が出なくなって、体の自由も効かない。逆に、10年前のあの日が昨日の事だったように甦る。

 どうして少女の事を忘れていたんだ。自責しても既に遅く、あの、黒い着物のきれはしが視界の隅に見えた。気のせいか赤い紋様が加わっている。

「私を探してくれてありがとう」

 耳に口が迫って、荒くなっている少女の息づかいが聞こえた。

「唱えてくれないんだね、なむあみだぶつって……ああ、声も出さなくしたんだっけ。でもずるい。自分だけ探し出しちゃって私を忘れていたなんて……」

 白い手が、音もせずに首に回った。少女の顔が正面にまわり、大きく開いた目で俺を見ていた。口元は間違いなく歪んでいる。

「だから、手伝って、く、れ、る、よ、ね?」

 手は首を撫でて、俺の目を塞いだ。感覚が無くなっていって、後はあの綺麗だった花が光っている様子がわかった。

 



 それから、何かを探している。



 夏の雨の日。あの花は盛りに、赤い花弁には黒の蝶が舞うように線が入り、伸びるつるは石垣をしなやかにうごめいて。

 それをじっと見つめる少女が、一人。

 その黒い着物には赤い蝶が一匹、白い鳥が一羽踊っていた。亡くした何かを探して、身を寄せあっていた。

 それは、少女も一緒だった。


 ちょうどその少女の真下、地下深くに眠る少女もまた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。