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 朝だった。

 電気はつけたままで、僕は深夜から早朝にかけてのぼんやりとした時間をぼんやりと過ごしていた。気が遠くなるようでいて、僕はしかしながら存在している、しかし存在しているとはどういうことか、いやそれよりも存在しているとはどういうことかを言語で考えることとはどういうことか、言語が先か思考が先か、まあよく分からない、よく分からないけれど意識は続き、僕はここにいるのだなあ、といった具合に。

 何の変哲もない六畳ワンルームの部屋からベランダのある方を見ると、レースカーテンのかかったガラス越しにベランダの柵と、その向こうに街路樹が瑞々しい緑を夏の朝に淡く溶かしていくのが見えた。梅雨も明けたばかりでまだこの時間帯は窓を開けておかなくても、充分過ごしやすい気温だ。もっとも昼と夜の温度差は激しく、日中の気温は三十度を越える日々が続いてはいるが。

 車の音はいまだしない。僕は霞む頭を抱えたまま、手元のノートパソコンをカチカチやることに戻った。蓄積する価値が少しもないインターネットサーフィンだが、太陽に支配される前の手つかずの夏の中ででもやれば、なんかとても心地のいい有徳な行為をしている気分になった。

 僕はyoutubeでエレクトロニカ系の適当なBGMをかけ、友人のブログを徘徊し、facebookで無駄にイイネを押した。そして来ていたtwitterのリプライを返したあと、スカイプのチャットが来てたので、そこで恋愛の話やら高校の思い出やらくだらない話をする。まるで、自らがオートマシーンになったような気がした。

 僕は肩を回して、ふうと息を吐いた。

 僕はキッチンに立ってインスタントコーヒーを手早くつくって、それをマグカップに注ぐ。

 遠くでバイクの排気音が聞こえた。こうして少しずつ、街が目覚め、動き出していく早朝というのは、自分が街の外から街を見ているような気分になる。それはどことなく小学校時代にひとりで下校をしているような気分に似ている。犬が吠え、虫が飛び、他の人は誰も見たことのない人でしかない、安全と危険の境界が混じり合ってて、それは今では体験の機会が滅多にないような時間の流れだ。

 しかし、こうして大人になった日常の中ででもそうした流れが感じられるような早朝は、やはり大切なものなのだ。僕はスプーンでクリープと砂糖を混ぜながら、カップを手に机に戻った。

 僕はカップの熱を感じながら、腰を下ろそうとして、なんとなくベランダの方を見た。

 そこには誰かが立っていた。

 ガラスの向こう側に、標識のように立つひとつの人影があったのだ。僕は立ち竦んだままでそれを見た。

 そいつは両手で黒く長い金属バッドのようなものを握りしめていて、僕の目の前で、一連の動きに疑念を挟むそぶりすらないままに、ゆっくりとそれを上段に構え、躊躇する暇もなく、雀がさえずる間も与えずに、次の瞬間、空を切ると言わんばかりの勢いで、それをガラスに叩きつけた。

 ガラスは一度は亀裂を生じさせるにとどまったが、再度の衝撃には耐えられず、耳を劈く音と共に脆くも粉々に砕け散って、僕の足元までその破片を飛ばしてきた。僕は、三階のベランダに人が立っていることや、自分が見知らぬ男に突然窓ガラスを破壊されたことや、早朝でマンションの他の住民たちはまだ起きていないだろうといったことなどのもろもろの情報を頭の中で縦横無尽に泳がせ、錯綜させ、それらを綜合してアウトプットされる態度として、結局のところぽかんとしたまま、手元のマグカップの感触だけに神経を集中させていたのだが、そいつが桟を跨いでベランダから部屋の敷地に入ってくるところでようやく喉から声が出た。

「お、おい」

 そいつが白いスニーカーで落ちたガラスを踏むたびにそれらはガシャガシャと鳴り、からからと引き摺ったバッドは工事現場を思わせる音響になった。そいつは身長が高くキャップをかぶっており、冬に着るようなくすんだ緑色のミリタリージャンバーを身につけていた。彼がキャップのつばの下から見ると、その眼の鋭さが強調され、こんな状況も相まっていくらか僕は気圧されることを免れえなかった。

 彼は部屋の中を見回しながら言った。「なんだ?」

 僕は胸の内で、言葉が自らこそがふさわしい言葉かどうかを、逡巡する運動が起こっているのを感じた。それは客観的に見ても、非常に納得のいくことだった。

 だってこんな時、僕は何と言ったらいいのだ?

 器物破損? 不法侵入? しかし、どうやって? それともまずは自己紹介を求めるべきだろうか? 一体何が自然な対応なのだろう。一体何がこの場合自然な対応になり得るのか。

 僕が何を言ったらいいか戸惑っていると、彼は部屋の中をうろうろと動き回っていて、金属バッドの床を擦る音、これがまた僕の思考回路が潤滑に接がれることを大きく阻害しているように思われた。

 彼は動き回って、テレビの裏側を覗いたり、本棚に並べられた文庫の表紙を指でなぞったり、頬に手を当てて考え事をしているような仕草をしては、キッチンの上下に嵌め込まれた収納場所なんかを綿密に調べたりしていたが、突然立ち止まって大きく肩を落とした。

 そして、僕を一瞥したあと、冷蔵庫から金麦をひとつ取り出して、プルタブを開けた。彼は窓の周辺に散らばる硝子の破片をスニーカーで窓際のサッシの方に寄せながら、酒を飲んだ。そして彼は、

「はあー。ダメだなあ、全然ダメだ」と呟いた。

 何がダメなんだ、と僕は思った。

 単純に、自然に、冷静に現象だけを見た場合、何がダメだというのだろう。どういう視点から見たところで、僕の部屋は惨憺たる有様に変貌を遂げていた。これ以上、何をダメなことがあるというのだろうか。

 とりあえず僕は頭に浮かんだ言葉を熟慮もせずに並べ立ててみることにした。

「こ、これは、何なの? キャトルミューティレーションか何かの予行練習とか?」

 彼はこちらに視線を向けたが、沈黙したままだったので僕は更に言ってみた。

「それとも誰かに頼まれたのか? 僕の体内に巡る遺伝子コードには遥か昔から伝わる国家の極秘重要データが埋め込まれているとか、そういったことなのか?」

「は? 何言ってんだ、お前」彼は訝しげに言った。

 不条理という言葉が僕の頭を支配し、僕はマグカップをもってない方の手でガッツポーズをした。やはり、世の中は不条理だった! そうだよな、そうだよな! これは不条理だよ、やっぱり、どう考えても、それで正しいんだ。

 僕はいくらか胸を撫で下ろし、収縮した全身の筋肉を弛緩させるよう努めながら訊いた。そうすると、さっきより随分とすらすら声が喉を突くようになった。

「じゃあ、一体何が目的で家賃五万二千円のうちのガラスをメチャクチャにしたんだ? 僕はこのあとどうすればいいんだ?」

 僕はコーヒーを一口啜ったが、彼は壁に凭れたまま中空に虚ろな目を向けていたが、ぽつりと言葉を吐きだした。

「お前の言ってることは分からないが、ガラスを割ったのは悪かった。けれどそうするしかなかったんだ、俺にはな」

 口調からは反省してる心情が垣間見えたが、言い終わってから呑み終えた空き缶を乱雑にシンクに放り投げる様子を見るに、彼が反省とはほど遠いところ、あるいは真逆の位置にいるとしか僕には考えようがなかった。

 彼は突然見えない糸に引っ張られるようによろよろと歩きだし、玄関の鍵を開けて、少しも振り返ることもせず、そのまま外へと出て行ってしまった。僕は咄嗟の事態に何の反応も取れず、一瞬のち我に帰ってからすぐにドアを開けて、廊下を見たがもはや誰もおらずエレベーターのランプは既に一階を指し示していた。

 僕は諦めてゆっくりと玄関の扉を閉めて、変わり果てた部屋の中を見つめた。もうそこには異常事態は何もなく、廃れた日常が横たわっているだけだった。僕の心が伸ばした手の先は形をつかむことができない。もう、ここにあるのはどこにでもある空気だけになってしまったのだ。

 以上、終わり、なにもなし。スピーカーからはRei Harakamiの軽やかなサウンドがビー玉のように部屋に転がり出していた。

「嵐というのは理不尽なことだ」僕はひとりためいきを吐いて、立ったままそっとコーヒーを飲んだ。ぬるくて酸味の強い味が僕に唯一のリアルを与えていた。


 木っ端微塵になった窓ガラスはいつまで見つめていても、死んだ身体を起こそうとする気概を見せず、むしろ壊した張本人ではなく、僕を責め立てるような視線を部屋中に投射し、残響が反響し、僕はとうとうその幾重にも増幅された怨嗟の声に我慢がいかなくなって、その日の正午までにはわざわざダイソーで小さなセットになっている箒とチリトリとを買ってきて、散らばった部分を掃いて、袋にまとめて、翌日の朝に出した。

 夜の冷え込みが気になったが、実際過ごしてみれば夏という季節柄、特に何ら問題なく睡眠を享受することはできた。粉雪舞う冬や、花粉の飛ぶ春先であれば、こうもいかなかっただろうが、僕はどうやら運が悪い中では運がいい方であるらしかった。あの男がまた来たら、損害賠償を請求しようかとも考えたが、彼の姿を考えるとどうもそういう気分には到らなくなるのだった。なぜ自ら不条理の再来を願わなければいけないのだろう。あんなことはもう二度とお目にかからないのが一番に違いない。

 どうしようもないことはどうしようもないことだし、過ぎ去ってしまったことはいくら考えても仕方がない。僕はそう思って、窓のことを極力気にしないようにして、元の生活に戻ることに努めた。正午過ぎに目を覚まし、PCを立ち上げ、SNSで知り合いの動向を確かめ、ブックマークに入れたブログやニコニコ動画などの更新具合を調べ、内容のないまとめスレを梯子する。とりあえず五時間くらいそれを行なったのち、気を紛らわせるために、憂鬱っぽい少年がガールとミーツしてハッピーになる感じのラノベをパラパラめくったりして、またPCに立ち返ってyoutubeやツイキャスの巡回をし、白んでくる夜と共に床に就く。要はPCと読書、その繰り返しだ。そのルーチンは別に窓があろうがなかろうが関係ない。基本的にこの生活はLANケーブルとペーパーバックの二、三冊さえあれば事足りるのだ。住めば都、郷に入っては郷に従え。どのような状況でも、環境に自らを合わせる心づもりが重要になる。

 窓が壊れて一週間くらい経ったある時、skypeにチャットが飛んできて、少し通話をすることになった。相手は高校の同級生で、facebookやinstagramを介して文字上の間接的なやり取りはあったものの、顔を見ることは高校卒業以来ないといった間柄だ。彼女は実家近くに残り、僕は実家からは離れた大学の近くで下宿を取ったものだから、それも自然なことではあった。友好は暮らしに依存するのだ。

「やあやあ北田、ひさしぶりー」彼女の声は第一声からして、僕の過去に存在する彼女と同様の明るさと弾みを有していた。

「暫くぶりだね」

「大学の方はどうよ」

「まあ、ぼちぼちやってるよ」

 もう三カ月も大学に通ってないなんて僕は口が裂けても言うつもりはなかった。

「そっかあ」彼女は画面の向こう側で、何でもないように頷いた。

 僕は話題の矛先を変えるためにも、彼女に訊いた。

「君野の方こそどうなの? 実習の時は大変だって言ってた気がするけど実際やってみてさ」

 高校の時、誰にでも話しかけ、正義感の強かった君野はその後の進路を保育士に定め、専門学校に進学した。それで三年間の履修を終え、資格もつつがなく取得し、今年度からは現場に出て働いている。もう立派な社会人なのだ。彼女は謙虚に言った。

「やっぱ学校だとさ、実習だ演習だなんて言っても、なんだかんだ基礎理論とかどこか机上でやってる感じが抜けないんだよね。でもそれは練習でしかなくて。それが就職して現地でやるってことになると毎日が本番だからさ。予想外のことに戸惑ったり、理論が通用しなかったりすることも多くて、まだまだ見習いだなって痛感させられるばっかだよ」

 そうして君野は職場である都内の幼稚園でどれだけ大変で、子供から目が離せないかをさも嬉しそうに語った。どれだけ想像できないようなことが起こるか、どれだけ自分らが常識っていうものに縛られているか。まるでそこで起こることが自らの内面の変化に直結しているような口ぶりだった。しばらくすると、僕の返答が生返事に聞こえたのか、彼女は声のトーンを変えて、僕に訊ねた。

「ところで、まだ北田って子供が好きじゃないの?」

「そんなこと言ってたっけ」

「うん、子供は嫌いって。あたしの進学だって大学の方を勧めてたじゃない」

「まあそりゃあ、君野は頭だって良かったわけだし、わざわざそんな初めから現地に身を埋めるみたいなことはしなくていいんじゃないかとは思ったけど。今ではそれも合ってるみたいだし、君の選択は間違ってなかったと思うよ」

 それを聞くと彼女ははあ、とためいきを吐いた。

「なんかさあ、北田って根本的な認識がひねてるよね」

「根本的な認識?」

「だって、頭の良い人は絶対理論的な行動を取らなくちゃいけなくて、頭の悪い人はずっと頭が悪いままだってそう信じ込んでいるでしょう?」

「そうなのかな」

「そうだよ」

 僕は自分が普段どんな根本的認識に基づいて思考しているか、考えてみたがよく分からなかった。しかしもしその根本的な違いが僕と彼女の現状の差まで引き起こしているのだとすれば、それは大きな問題に違いなかった。片や幼稚園に勤務するしっかりとした社会人、片や四年目にもなって引きこもって碌に日々を過ごしていない大学生。それに今や風を防ぐ窓ガラスすらもない。

「高校の時は子供なんかよりもっと大きなことを相手にした方が良いに決まってるって言ってたけど、それは変わった?」

 彼女の言葉に刺は見えない。おそらく単純な疑問として訊いているのだろう。僕は答えた。

「子供っていうのも充分大きな相手に違いないね」集団心理、モンスターペアレント、責任問題、危険と体験するべきこととの判別、創造性を開かせる教育、考えることはたくさんあるだろう。どれも僕にはできそうにない。「それと相対するって大変なことだって今では思ってるよ。僕はどこかで道を間違えたんだろうな。君は立派だよ。数多くの物事の中から世俗の誘惑に惑わされることなく、自分に合ったひとつのことをつかみ取って、大事にしている。それは僕ができなかったことだ」

 僕の言葉を聞くと彼女は笑った。

「別に褒められたくて言ったんじゃないよ。あたしは北田が心配なの」それから彼女は親に呼ばれて、通話を切った。

 僕は電気も点けない部屋から夕焼けのにおいも消えた青い闇を眺め、煙草を吸った。閉まらないガラス戸のおかげで換気扇をつける必要はなかった。透き通った空に小さな鳥が数羽群れをつくって横切っていった。

 果たして僕は君野に心配されるような人間だっただろうか。僕は他人を心配するようなことはあっても、自分が心配される立場であるなんてあの頃は露にも思わなかった気がした。自分の考えに絶対の自信を持っていたのだ。確かに考えは間違っていなかったかもしれない、しかし行動が伴っていなければすべては無意味だ。自らの実力に合ったことをしなければいけないのだ。有言実行しなければ、大言は虚勢でしかなく、理想論から脱け出ることはない。

 遠くで車のクラクションが響いた。それは長く続き、まるで僕の意識に警鐘を鳴らしているかのように聞こえた。


 ベランダに続くガラスの仕切りは外界と内界とを区切る、いわば境界の役割を負っていたのだ。そして何事においても大切さというのは、失くしてから身に浸みて分かるというものである。七月が終わり、八月に入って、僕は窓の存在が愛おしくなった。

 七月はまだ夜は心地いいし、日中も寝ていれば耐えられたのだが、夏が深まるにつれ、そんなことも言ってられなくなった。クーラーをつけても意味がないので三十七度やら八度の暑さを甘んじて受け入れなければならない上、日夜を問わず僕の家は虫たちの格好の遊び場になった。電気を灯せば、カチカチと蛾やら黄金虫やらがそこにぶつかっては群がり、壁には背の光沢が色鮮やかな甲虫や小さな虫たちが這いまわり、昼間にはスズメバチが飛びまわって僕の安寧な睡眠をおびやかす有り様だった。

 僕はその対策として、日中は近所の喫茶店にPCを持ち込んでそこでアイスコーヒーを飲んで過ごし、夜は部屋に寝袋を敷いて寝ることにした。既に住めば都とか言ってる場合ではなくなったのだ。まあ、少なくとも例年使い過ぎてしまうクーラーの電気代分が浮くわけだし、喫茶店に行ってもそんなに変わらないだろうという考えだ。しかし、同じ喫茶店に一日中いると店員の目が気になるのも事実で、一日に二件か三件の店を回るともすれば、一日の飲食代は家に籠もっている場合に比べて目に見えて膨れ上がった。

 ある日、これはどうにかしなければと思い立って、僕は本屋に向かった。大学に入学した当初にバイトの面接を受けて落ちた全国チェーンの店舗だ。暑い時にわざわざ来る人は少ないのか、駐車場はほとんどガラ空き状態で、アスファルトが日光に白く焦げていた。電柱に貼られたストーカー注意のポスターを横目に、僕は額の汗を手の甲で拭い、背中に張りつくシャツをぱたぱたとはためかせながら店の中に入った。自動ドアをくぐると、空調の効いた涼やかな空気が身体を包んで、滴る汗を冷やした。僕は振り返ってガラス越しに陽炎がゆらめくような外の様子を見つめた。扉を抜けてしまえば、外気が異様な熱気ということも途端に忘れてしまいそうで、それは改めて思うと魔法のようなことだった。

 僕は文庫本や写真集の棚を抜けて、コミック棚の裏側に並べられた雑誌類の中から役に立ちそうなものはないかと探った。主婦の知恵や料理本、FXや株式投資入門、エクササイズのはじめかた……、どれも微妙に違う。僕が捜してるのは生活費を工面する節約の本だ。僕は周りを見渡し、丁度本の整理をしている従業員に訊ねてみることにした。

「あの」

 声を掛けると、店のエプロンをつけた大学生風の女性アルバイターが棚にしまう本を片手にこちらを向いた。彼女は細身でメガネをかけ、理知的な相貌をしていた。

「あの、生活費を工面するタイプの本ってどこにありますかね?」

 彼女は僕の内面を透かすように目を細めた。どうやら機嫌があまりよろしくないようだった。家の窓でも割られたのかもしれない。

「いや、だから……」僕は言いかけた口を噤んで、黙っている彼女を見るに、言葉の選びが悪かったのだろうかと思い到った。

「えっとですね、節制とかのやり方、つまりどうすれば生活が豊かに送れるかを記した本を探しているのですが、そういった類の本はどちらの棚にあるんでしょうか」

 彼女は「ああ」と言うと、持っていた本を棚に挟んで、先だって歩き始めた。僕が後をつけると、彼女はある棚の前に立って、本を指し示した。嫌な予感がした。

「それなら、ここら辺のを読めば?」

 僕らの前には学術書が置かれ、彼女が示した先には、プラトンの著作があった。

「もしかして節制だから、……ですか?」

「何、違うの?」

 彼女の眼は鋭く、迫力があった。背は僕よりやや低いし、歳もひとつかふたつ下に見えるのに、濃密な敵意を露わにされると僕は完全に圧倒されてしまうのだった。

「ええっと、おそらくその節制よりももっと現実的な節約とかエコロジカルな方面での策を求めているのですが」

「哲学を馬鹿にしてるの?」

「そんなことはないけど」

「じゃあ何か問題があるのかしら」

 彼女はぐいと一歩足を踏み出し、僕は逆に一歩足を引いた。彼女に下から睨まれると、僕の身はまるで蛇を前にした蛙のように自由をなくしてしまうように思われた。

「何ひとつ問題はありませんでしたね……」

 僕が答えると、彼女は「最初からそう言えばいいのよ」とでも言いたげに鼻を鳴らして、踵を返し、さっさと元の作業場へ戻ってしまった。彼女も本屋の店員で、しかも哲学書を勧めてくるとなれば本を読まないわけではないだろう。どうやら最近の読書家というのは、性格が大人しいという一般的イメージと必ずしも合致するということはないようだ。

 ひとりになった僕は緊張した肩をほぐし呼吸を整えた。まあ、それもそうか。何もかもが一般化の枠に適合するわけではない。一般というイメージは科学と一緒で、結果から導かれた蓋然性でしかないのだ。

 僕は諦めて、プラトンの『国家』を手に取り、元いた雑誌棚に戻り、二冊ほどを適当に選んでレジに向かった。

 レジカウンターにはさっきの女子が会計を行なっていた。僕が前に立っても、彼女は気づかずに俯き、差し出された本のバーコードを読み取るばかりだったので、僕は彼女に礼を言った。

「さっきはありがとう」

 彼女はさも面倒そうに顔を上げると、僕の目を真っすぐ覗き込み、手を煩わせた罪を責めるような目つきで僕を貫いた。

「はい?」

「……なんでもないです」

 僕は口ごもって怒られないうちにとすぐに請求額を札で払い、とっとと逃げるようにして店を出た。外は相変わらず苛烈な熱気を伴っていたが、彼女の視線に耐え続けるよりは随分と気軽なものだった。


 本業の大学生ですら家に籠城する夏休みだというのに、引きこもっていた僕が毎日のように外をうろつかなければならないというのは不思議なことだった。虫の棲み家にされては家でおちおち食事もとれないし、落ち着いてインターネットの情報網を漂うことすらできないのだ。本屋で買った本はまったくと言っていいほどに使いようがなく、考えた挙句、丸めた雑誌で窓から飛び込んでくるカブトムシを打ち返す始末だった。夜になると、たびたび僕は電気の点かない部屋からぼんやりとベランダの方を眺め、闇の中に影が潜んでいないかを窺っていたが、あの男が姿を現すことはなかった。

 新たな生活が進むにつれて、家の周りを目的もなく散策することも増えた。僕はよく家から少し離れたところにある土手に足を向けた。そうして土手の上から階段を下り、川岸に設けられたベンチから流れる水の表面の様子を観察した。夕闇に漂う川のせせらぎに耳を澄ませていると、心が徐々に緩んでくるのだった。環境の変化でPCに向かう時間は減ったが、なかったらなかったで思っていたよりわだかまりというものは残らず、今では他人との連絡などの必要なこと以外に格別に執着することもなかった。

 甲高い声が聞こえて土手の方を仰ぎ見ると、等距離に置かれた電灯の元、高校生っぽい女子が二人、自転車を並走させながら喋っていた。見たところ部活帰りのようだった。僕は川面の方に姿勢を戻し、コンビニで買ってきた金麦を開けた。冷え切ったアルコールに乾いた喉が喜びの音を上げた。熱された地面の底に澱んだ空気が一陣の風にさらわれる心地がする。そうして目を瞑り、身体を傾けると、草や土の匂いが色濃く感じられ、それは幼少の頃に嗅いだ匂いを懐かしさを伴って呼び起こすのだった。

 瞼の裏には輪郭のはっきりしない記憶が風船のようにふわふわと押し寄せてくる。そこには主体が抜けていた。何があって、誰がいて、どこの場所でということは、まるで表層に浮かんでくることはなかった。思い出すのは、いつかは知らない昔の刺激や感覚だった。複数の経験が混在してるのかも分からないほど、曖昧な記憶で、捉えどころのないように次から次へと移ってしまうものだったが、実際にあったことだというのは疑う気になれないほど、僕の身に宿っているものたちだった。僕は金麦を口元に運び、肩の力を抜いて闇に身を預けながら、胸の内を飛び回るかつての欠片たちを見つめた。

 そこでは誰かが僕の名前を呼び、僕は誰かに向けて走っていた。転んで膝から血が出ることもあった。土で汚れた手のひらが涙で滲むこともあった。僕は負けず嫌いで、サッカーやら缶けりやらの競技でも、自分が失態を犯すとそれをあとに引き摺ってまで悔んだものだった。神社、砂利道、グラウンド、木々。風が林を揺らせば、夜がやってきて、戸の外で風の掠れる音が聞こえるだけで身をちぢ込ませた。悔しさがあって怒りがあった。けれど、湧き上がる嬉しさも明日が続く希望に満ちた確信もあった。朝になれば家に来る友達に連れられ見知らぬ土地に行き、見知らぬ人に出会い、夕に帰れば家族が温かな食事をつくって僕を待っていてくれ、夜には安心が敷き詰められた布団に身を滑らせてゆっくりと眠った。

 漠然とした経験の残照はいくらか追うごとに様々に分岐し、その様態を明確にした。僕はそれらに辿り着くごとに新たな自分に出会うような心地がして、それはとてもくすぐったいような、恥ずかしいような気持ちになった。

 そこには今の感情の源泉が至る所に吹きだしていた。今の僕はそれらのところどころをパッチワークしてできているに過ぎない。しかし僕の底には、これほどに多様で大きな経験の渦が力強く、唸っているのだ。

 それをいつ僕は忘れてしまったのだろうか。

 気がつくと辺りの闇は深まって、僕の周りにしんしんと降り積もっていた。頭を上げると軽い眩暈がした。どうやら酔いがまわっているらしい。見上げた夏の夜空は明るく、そこにはいつか見た星空が僕のことを変わらず見つめ続けていた。

 その帰り道、僕はふらつく足でふらつく頭を運びながら、子供の頃の僕と今の自分を比べて見ようとした。けれど、それはなかなかうまくはいかなかった。二つの像を隣同士に置こうとすると、どちらの顔も薄れてぼやけてしまうのだった。だから僕は代わりに、全国の家の窓を壊して回る男のことを考えた。彼の目的は侵入や窃盗にはないだろう。では何か。おそらく彼は窓を破って生き別れにされた世界に一人だけの血縁である妹を探しているのだろう。引き裂かれた悲劇的な兄妹。離れ離れにされた運命共同体。兄が捜し、妹は待っている。その二人は出逢いが叶うことだけを心の支えにして、沈む日常を乗り越えてゆくのだ。

 僕は頭を振った。

 まとわりつく湿気と熱気でまたまどろみそうになっていたのだ。これでは赤信号を渡って轢かれてしまってもおかしくない。そう思って、僕は立ち止って道端の自動販売機で水を一本買った。それを胃に流し込み、空を仰いで目をまたたかせると、軽い頭痛がだるさとなって全身に行き渡っていくのが感じられた。

 疲れているのか、ペットボトルのキャップを閉めていると、反対側の路地の電柱の陰に何かが潜んでいるような気がした。僕は目を凝らそうとしたが、少し距離があったのではっきり何かがあるかは分からなかった。

 闇が濃いので見間違いかもしれない。そう思って、僕は帰路に歩み出した。動物か、人間か、はたまたUMAか。仮に、それらのうちのどれかだとして、僕は面倒事に巻き込まれるよりも先に一刻も早く眠りに身を任せてしまいたい気分だった。


 日中の暑さはいまだ耐えがたいものがあったが、夜は次第に涼しい風が吹くようになった。夏の終わりを感じてか、夕暮れに差し掛かると鈴虫やコオロギの鳴き声がどこからともなく聞こえてきた。

 それと並行して僕にも二つ良いことがあった。ひとつは鈴虫やコオロギは三階にある僕の部屋まではさすがに来ないということ。もうひとつは、家の中で蝉が鳴かなくなったことだ。死骸をベランダから捨てるのは面倒だったけど、あの気違いじみた声を延々リピートされるのに比べればなんてことはない。他の虫たちも一時期の勢いはなくし、僕にも若干の平穏が訪れ始めた。結局は虫や草や花はすぐに死ぬし、人間の方が強いのだ。

 幽玄な夜に僕は煙草をふかし、相変わらずに青い夜を割れたガラスの隙間を通して見つめていた。蛍光灯も消し、PCの電源も入っていない。情報網にダイブせずに、呆然としたい日だってあるのだ。インターネットから導かれる欲望は誰かに唆された欲望で、そのイメージに浸っている間は楽しいが、それはどうしたって自らの中で造成された欲望には劣る。それらはまったく違う属性をもっているのだ。

 僕はゆっくりと君野の言葉を思い出していた。そしてそれは自然と僕を問いへと舞い戻らせることになった。

 僕はいつから子供が嫌いになってしまったのだろう。

 僕は子供が嫌いだ。理性が通用しないし、言葉によるコミュニケーションが取れないし、何をするにもいい加減に見える。しかし、僕もいつかは僕自身子供であったことに変わりはないのだ。僕はいつしかその頃の自分を削ぎ落とし、本質的には誰かの欲望を消費することを最もすぐれたことだと思い込むことに終始するようになって、そうでない人を見下すようになった。いつからだろう。子供を扱うことだって全然小さなことではない。好きなことを好きなふうに行なうことは、それ自体で卑小なことではないのだ。そんなことは当たり前のことだ。そして結局他人がつくった幻想で自分の欲望を満たすことは、その場しのぎの策にしかすぎず、都合のいい言い訳なのだ。そしてそれは何のための言い訳かといったら、おそらくそれは死ぬための。自分をなくすためためのものなのだろう。。

 インターネットの海に浸り、多くの情報によって自らの感情の隆起を呼び起こすのは、ただ自分でない自分を愛でていたいからだ。何かを感覚したと思い込みたいがために僕はそこに落ち込んでいくのだ。それがすべて偽りであることに目を瞑って。

 月光に照らされた街路樹の葉がさわさわと揺れて、光の粒を路上に落とした。小人たちがそれを拾ってモグラの巣穴へと帰って行った。

 僕は煙草をもう一本取り出し、火を灯し、長い息と共に煙を吐き出した。そして頭の中を空っぽにして天井を見上げ、視線を元に戻して、灰皿のふちに煙草の先を軽く叩きつけた。

 何かがおかしいと思った。

 僕がもう一度顔を上げて、ベランダの方を見るとあの男が夜の中に立っていた。

 彼はあの時と同じように冬に着るような厚着をして、メッシュのキャップを被り、手には長くて黒いバッドを持っていた。そして、割るガラスがないのを認めると、そのまま僕の部屋へと靴のまま上がり込んできた。

 なんだか懐かしい光景だった。

 彼は僕の部屋を見回すと、そそくさと冷蔵庫のところに行った。そして冷蔵庫の扉を開けて中を確認してから声を上げた。

「おい、酒がないじゃないか」

「丁度切れてるんだよ、仕方ないだろ」

 僕が言うと、彼は釈然としない面持ちで扉を閉め、部屋の中を徘徊し始めた。とはいっても僕の部屋は狭いので、彼が四角い床の上をぐるぐると回る形になった。

 彼は本棚を調べていたが、ふと本の隙間に入り込んだクワガタの死骸をつまんで、それを興味深そうに見つめてからそれをあった位置に置き直した。彼は改めて、部屋の天井や部屋や床を見て、そこら中にまだ生きている虫やもう息の根をとめてしまった虫があることを確認した。そして景色に飲まれたような、うっとりした調子で「いい部屋だな、ここは」と漏らした。

 僕は穏やかな気持ちで「ああ」と頷いた。

 彼は一体何を探しているのだろう。生き別れになった妹?

 彼はしばらくきょろきょろしていたが、じきに何かに納得したようだった。彼は両の手をパチンと鳴らした。そして二、三度首を縦に軽く振り、自分に言い聞かせるように呟いた。

「うん、ここにはいない。しかし俺は失望する必要はない、なぜならそれは失敗ではないからだ。成功の元で成功を支える失敗は失敗とは言わない。それは成功に属しているのだ。だから俺はこれをまた繰り返すことだろう。何回も、何回も。けれどそれはその時々で意味を持ちうるし、俺は結局のところそれを望んでいるのだ」

 僕は堪え切れずに訊いた。

「何がいないんだ?」

 しかし、彼は僕の言葉が聞こえないかのように、そそくさと玄関を飛び出して行ってしまった。引き止める気は起こらなかった。それほどまでに彼の横顔は生き生きとしたものになっていたのだ。

 彼のいなくなった部屋で、僕は全国の窓を壊して回る男のことを考えた。彼の探す生き別れの妹、自分と裏表の存在。それは鏡に映る自分と自分のような関係だ。と、するならば男はもしかして自分自身に出逢いたいのではないだろうか。妹というのはメタファーで、実際のところは失くしてしまった自分の姿とまた一体になることを望んでいるのではないだろうか。そんなことが何となく頭に浮かんだ。もちろん、うちの窓ガラスを壊した彼がそうであるとは限らないが。

 僕が安らぎを取り戻した夜に耳をこっそりそばだてていると、玄関のチャイムが勢いよく鳴った。何の前触れもなく連打で鳴った。それは空間を貫くような冗談めいた騒音だった。僕はどうせ、酔っ払いの大学生かなんかが部屋を間違えているのだろうと思った。しかしその時、ドアノブがガチャリと開けられる音が聞こえた。窓ガラス割りの彼が出て行ってから鍵がかけられていなかったのだ。

 新たな侵入者は鍵の掛かっていないことが分かると、扉を引き抜くかと思われるほど強くドアを引き、パッと中へ飛び込んできた。それはさっきの彼よりも一回り小さい身なりをしていた。

 そいつがてきぱきと部屋の様子を確認していると、窓から射し込む明かりにスカートの裾が幻想的に揺れた。呆然と隅でそれを見ていると、僕はその姿に見覚えがあるような気がした。

「君は、あの時の……」

 彼女はこちらを見ると、さも煩わしいと言った顔つきで言った。淡々とした口ぶりだった。

「私はあなたなんて知らないけど」

「本屋で働いてるでしょう」

 彼女は片手を自らの口に軽く当てた。

「気持ち悪い……、何? ストーカー?」

 それはあの本屋のこわい彼女だった。しかし、家に勝手に上がり込んだ挙げ句、その住人に向かって罵倒を浴びせるとは、彼女は精神にしっかりした軸を持っているようだった。僕は弁明した。

「いや、別にストーカーでもないし、君を見たのはたったの二回目だよ。それに君が覚えていないのも無理はない。ところで今日は何の用?」

「私は魔法使いなのよ」彼女は割られてほとんどサッシしか残っていない哀れな僕のガラスを観察しながら言った。

 僕は頭に手を当てて、質問を重ねた。世の中には不思議なことがある。

「それはつまりどういうことだろう。君は窓ガラスを直しにきてくれたわけではないよね?」

 彼女はキッとこちらを睨むと、さも苛立たしいような顔をした。

「私には時間がないの。だから事実確認だけさっさとするわ。さっき背の高めな男がここに来なかった? 私は彼を追っているの」

「君が彼の妹か!」

「そんなわけないでしょ。で、どうなの? 来たんでしょ?」

「うん、数分前に」

 それを聞くと彼女は肩を落として嘆息した。

「やっぱりね……。このところ人目を忍んで彼の入りそうな家の前で待ち構えてて、今日はビンゴだったのに、携帯ゲームに夢中になっている隙に彼が来てしまうなんて、ほんとついてないわ」

「ああ。あれも君か。慎重にやった方がいいよ。ストーカーに間違われるから」

「ストーカーにストーカー呼ばわりされる義理はないわ。ああ、もう目の前で魚に逃げられたと思ったら、やる気が一気になくなったわ。ビールないの?」そう言って、冷蔵庫に向かった彼女はたちまち悲鳴を上げた。そして冷蔵庫の扉を壊しそうなほど思いっきり閉めた。

「ちょっと! 蛾が死んでるんだけど。冷蔵庫の中が標本みたいになってるんだけど!」そして「気持ちわるっ」と吐き捨てて、両の手のひらを合わせて穢れを払うようにごしごしと擦った。

「そりゃあガラスが割れてるんだから仕方ないだろ」僕はまた煙草に火を点けた。

 手持無沙汰になった彼女がちらちらとこちらを見るので、一本渡して火を点けてやると、満足げな表情になって煙を吹いた。

「ところで何でガラス直さないの?」

「大家に行ったら追い出されそうじゃない?」

「ふうん。虫が蔓延るよりマシだと思うけど」

「魔法使って直してくれよ。魔法使いなんだろ?」

「嫌よ。私の魔法は用途が限られてるの」

「そうか、それは悪かった」

「いいわよ、別に」

 彼女は当初の剣幕を和らげていたので、僕は気になっていたことを訊ねてみることにした。

「ところで彼って本当は何を探しているの? 妹でもなく自分でもないのだとすれば」

「彼はツチノコを探しているのよ」

「ツチノコってあの?」僕はびっくりして訊き返した。

「そう、あの」

「それは驚きだな」

「そうね」

「いもしないものを求めるのは人間に課せられた罰なのかなあ」

 そういうと彼女は怪訝な顔をして言った。

「何言ってるの? ツチノコはいるに決まってるじゃない。あなた本気でいないだなんて思ってるの?」

 そう言われれば、いないと思う方がおかしい気がしてくるのがおかしかった。

「確かに」と僕は言った。「確かに、それはいるかもしれないよね。ツチノコがいないことなんて誰も証明してないわけだし」

「当たり前よ、だっているものはいるんだから。それで私の魔法はツチノコを彼の前に顕わしてやることなの」

「でも彼は目の前のツチノコに精一杯で君の方を見てはくれない、と」

「そうなの」

「つまり、純情なんだね」

「うるさい」

 街が白さを取り戻していく中、彼女は肘で僕を小突いた。

(了)


大人になって虫が嫌いになりました。

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[一言] 生活感を出そうとしているように見えたがふわふわとしている、不条理さに対する重力として機能しきっていない印象
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