表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真・恋姫大戦記  作者: 明火付
第一部・漢中争奪戦
9/34

第九話『漢中争奪戦のこと 参』

師愉編。そして一刀編に続きます。

戦記物なのにバトルばっかりになってますね。早く兵をもたせたい

ゴッドヴェイドウの主な技術のうち、特筆すべきは鍼である。

鉱脈より取れた銀を丹念に加工し、一本一本に体の点穴を刺激する秘伝の薬草が塗られている。

そこに術者本人の気を流し込み、投擲。若しくは直接処方するのだ。

今は修行の旅で離れているが、ゴッドヴェイドウの祝福を受けたと言われるほどの大天才、華陀という青年にまでなると、その病魔を姿として捉え処理することが可能になる。


閑話休題。


では戦闘技術に関してはどうか。

人体には幾千のツボがあるとされるが、ゴッドヴェイドウの者は更に細かく、万の点穴を学習する。

気を高める場所。血の巡りをよくする場所――等だ。

逆に言えば、体に不具合を催す箇所も存在する。

しかし、それは、毒の内情を知らねば血清が作れないように。

痛みがなければ、人体が危険を察知しないように。

必要な場所であるからだ。

故に、元同胞を相手取りながら、師愉は眉を潜める。

――全く、嫌な戦いだよ。

ゴッドヴェイドウに致命傷はいらない。

それを治めた者には鍼一本もあれば、相手の動きを、命すらも奪えるだろう。

代わる代わる弾丸のように投擲される鍼。

4人ともに達人だ。風を切り、時にはフェイントを入れながら、撃たれるそれはすべてが必殺。

身を避け、鍼で迎え撃ち。人数の差で師愉は防戦の一方となっていた。


「どうされました張魯様!貴方の実力はその程度ではありますまい!」


「ぎゃーぎゃーうるさいねえ楊松。あんたは昔から身の丈小さいのに声はでかかった」


「存在に気づかず何回も蹴り倒して来た人間の台詞ではないですな!」


交差しながら鍼の陣を作る4人の中で、一番の低身長、楊松が突貫した。

小さい故の利だ。師愉に向かう味方の鍼も、人の膝までで全身が足りてしまう彼には届かない。

鍼で最も効果があるものは直接突き刺して効果を出す事だ。

故に鍼の対処で両手が埋まっている師愉の、その無防備な脚首に鍼を煌かせる。

だが、その動きが止まった。

いや、止まらされた。

見れば。自身の足元。まるで粘りつくように絡まる複数の糸。


「これは」


「医者ってのは腕も大切だが、大切なのは知識さ。どう処方すれば拒否反応が出ないか、どの行為が正しいか考え、実行することさね」


だから、っと師愉は脚首を振り上げた。


「あんたが来ることは今までの症例から分かりきっていた。故に先に縫合させてもらったよ。向かっててくる場所と大地をね。だから治療が終わった患者は」


振り下ろされた踵が楊松の脳髄を打ち貫いた。

全身の意識が衝撃と共に薄れていく中で、彼は最後の言葉を聞く。


「安静にしときな。目が覚めれば嫌な病気も無くなっているだろうさ!」





「楊松がやられましたか」


声を掛けたのは細身手長の男、楊昂。


「は。良い夢見ているだろうさ。で、次に向かってくるのはあんたかい?」


「まあ、そうなりますな。遠くから鍼の投げあいではつまらないでしょう――絵面的にも。それに教えておきますが、楊松は我ら4人の中で最弱です」


「昔から変に律儀だねえ、あんたも」


そう言って、楊昂は手を振るう。

細く長く発達した常人の二倍の長さを誇る指を持つ手は、右手に鍼を十本揃えさせ。

その左手に無数の糸を巻いている。


「如何ですか。私の発達した骨格は、一度に貴方の倍の糸を操り、倍の鍼を扱える。貴方は鍼と糸を同時に扱えない。攻撃と攻撃の二段構え、受け切れますまい」


「ほう。大したものじゃないか」


「お褒めに預かり光栄です。では、参ります」


声を合図に、その糸が投擲される。

指の骨格を器用に動かしながら放たれる、それは治療用ではない。

――切断用です。

鋭利に結ばれた特殊な糸は気で強化され、それは刃物以上に身体を絶つことのできる。

雑菌も入りにくく、すごぶる衛生的なものだ。素晴らしい。

鹹め取るように、投擲した糸と平行に、鍼も投擲する。

糸に対抗すれば、鍼が。鍼に対抗すれば、糸が。

どちらも同時に扱える自分だ。一度に片方しか操れない張魯様では対処出来ない。

しかし、糸が得物に取り付こうとした瞬間、左手に持つ感覚が失われた。

――な。

操っていたものが根こそぎ奪われた。全く反応しなくなった糸に、楊昂は動揺を隠せない。


「一体、何を」


「指が長くて、手先が器用。確かにあんたの体は恵まれているよ。でもね、だからといって片手にある神経や気が、人の倍って訳じゃないだろう?」


なら、っと。その両手に、向かってきたはずの糸を容易に手繰り寄せながら師愉は告げる。


「なら対するあたしは一度にあんたの倍の力で抗える。奇を照らした治療なんてのが一番危ない。処置も縫合も、順序よく行わないとね」


そして手繰り寄せた糸を。楊昂に向けて投擲した。

操られるそれは向かってくる鍼を全て叩き落し、楊昂に殺到する。


「し、死ぬ――」


「馬鹿言うんじゃないよ。患者を殺す医者がどこにいるんだい」


両手の指の間接を曲げながら操作された糸は、人の拳のような形を取ると、楊昂の腹部にめりこんだ。

肺にある空気を全て吐き出し、倒れる。


「手に持って気を流せば鋭利な切れ味も鈍らに出来るってもんさね。まあ、あんたも安静にしときな」





「二人がやられましたか。では私が―ぐあああ!?」


腹部を肥大させた男、楊任だったが、突然苦悶の声を挙げ倒れた。

その腹部には鍼が一本刺さっている。

師愉がひそかに糸で操った針を、向かってくる箇所に配置していたのだった。


「あんたの手の内は知ってるんだよ。いちいち相手にしていられるか――って。何だい何だい。もうあんた1人かい。楊柏」


唯一、無言で佇んでいた平凡な男、楊柏。

手も出さずにずっと戦いの様子を見ていた彼は嘆息した。


「ええ。そうなりますね。やれやれ、こいつ等は最後までゴッドヴェイドウの術を捨て切れなかったのですよ。それで勝てる道理はないでしょう――」


「ほお。あんたはやけに素直じゃないさ。降参するかい?」


「降参?はっ。笑わせないで頂きたい。私は張魯様。あなたのように諦めたりはしない」


その目は虚ろではあるが、しかし感情が渦巻いている。


「目の前にある者は全て救って見せると決めたのです。貴方に教えを乞うた、あの日から」


「楊柏、あんた――」


「だから、ここから先は私の矜持です」


そして、楊柏は手に持つ鍼を両手で首筋に突き立てた。

肉を元から抉り、かき回す音が月明かりに響く。

そこまで表情の変化のなかった師愉が、険しく目を細めた。


「死ぬ気かい」


「いいえ。生きます。生きて、漢中の民を救うのですよ」


処置を終わると、楊柏は手に持つ肉片の付いた針をかなぐり捨て。

その手に腰に差していた刀を取った。


「私はいま、全身の点穴を閉じる場所を突きました。これでもう痛みも感じなければ、体が制限をかける必要もない。貴方の鍼も効かない。限界を超えた力で、お相手しましょう」


「でも、一刻も絶たず、あんたは死ぬ」


「ええ。そう教わりましたね。でも、この方法を使わなければ、貴方は倒せません」


「馬鹿だね。あんた」


「不出来の悪い弟子で、すいません」


笑い、そして。


「参ります」


僅かな光の中を、楊柏は掛けた。

――張魯様の技術は並大抵のものじゃない。

普段の歩速の倍以上の速さを以って、接近する。

――しかしそれは点穴があればを前提とする。

ならば、命を閉じてでも相対する。

――でなければ理想を達成出来ない。

思考、行動。それらをまとめ、刀を振り上げる。

糸が来るか、鍼で止められるか。

それらを考えた楊拍は。

相手の光景に息を呑んだ。

目の前で両手を広げ、まるで家族の帰りを迎え入れるように師愉。

口元には苦笑を含んだ笑みがある。

しょうがない、仕方が無い。っといった顔だ。




それは遥か昔の、自分が弟子時代だった頃に一度だけ見た。

倒れた三人たちと共に、夜、ゴッドヴェイドウの宿舎を抜け出して、夜の町に出かけた。

遊楽禁制を破って、酒を飲み。帰り道で少女を襲う悪漢たちを見つけ、大乱闘を繰り広げた。

なんとか少女を救って泥塗れのぼろぼろになった姿で宿舎に帰ると、師愉は顔に青筋を浮かべながら腰に手を当て待っていた。

1人に1回ずつ拳骨を振るうと、そして手を広げた。


――あんた等が無事でよかった。さ、家にお入り――





「う、あ」



楊柏の動きが止まる。

あと1回振れば全てが決まる。

救うと決めたのだ。民を。だから振るわないと。

――なんでだ。

その疑問が唐突に浮かぶ。

――どうして私は、民を救いたかったんだ。

ゴッドヴェイドウの力を世に示すため?違う。他の三人に比べればそんな考えは以っていなかった。

じゃあ、どうしてだ?何故、私は民を救わないといけないと、強迫観念に取り付かれた?

命の必然さも、その脆さも知って。何で、私は張脩の凶行に手を貸していた?


「どうしたんだい?」


その声は、労わる声。


「あんた等を全員救えると思ってたんだ。馬鹿なあたしはね。でも、それは失敗したよ――良いよ、弟子の不始末はあたしの責任さ。付き合ってあげるさね」


言葉が切っ掛けだった。

認めまいと、思っていた感情が、その心の臓より湧き上がる。

気づいてしまった。そうだ。


「私は、褒めてもらいたかったんだ――」


元を辿ればなんて幼稚。

自分を育てた師匠に、こんな世を作ったのは貴方の弟子です、っと。

ただ一言、凄いねえ、っと。言って貰いたかっただけだった。

その為に、自分を偽り、多くの者を殺めてしまった。

不意に淡い光の中で、一筋の閃光が揺らめく。

強化された感覚でそれを察知した楊柏は、しかし体を動かさず。

甘んじて飛来してきた鏃をその身に受けた。

口元に、師匠と同じ笑みを浮かべながら。



「な――!?」


どっと音をたて倒れる楊柏に師愉が目を見開く。

今の言葉。

そして――鏃?どこから。

飛来してきた方向を見れば、松明と武具を掲げた兵と言うにはお粗末な者達が徒党を成してやってきていた。


「やったぞ。俺が射たんだ!」


そう言って近づいてきたのは薄汚れた布を纏う農民たちだ。

全国に散ったゴッドヴェイドウの蜂起に呼応したのだろう。

見れば城のあちこちに武装した者達が乗り込み、戦火を上げている。

近づいてきた彼らは、倒れた男と、その傍らに立つ張魯を見て声を挙げた。


「ちょ、張魯様!ご無事でしたか!?」


その声に師愉は反応しない。

鏃を受け、瞳を閉じるその横顔を、そっと撫でた。

全てを悟って、師愉はぽつりと呟いた。


「馬鹿弟子が。こんなことしなくても、あんたは立派なあたしの弟子だったよ」


それは呟くように。


「馬鹿だね――本当に、あんた馬鹿だよ」


その言葉はもう、届かない。





寝室で風の言葉を聞いた張遼は、その言葉に頷きを以って返した。

彼女の知略を他者に渡すには惜しい。だが、


「誰にだって譲れないところはあるわな。うん、分かったわ。でもここを抜け出す力は貸すで。張遼お姉さんに任しとき」


そう言って笑みを見える張遼に、目を弓状にして応える風。


「はい。お世話になりますよ」


「よっしゃ、じゃあ早速出るで!」


元気良く立ち上がった時だ。

扉が勢いよく開いた音がした。

即座に身を強張らせる風。

偃月刀を向ける張遼。

その視線の先には、殺気を向けられ立ち尽くす、あの茶髪の伝令兵がいた。


「……なんや、あんた」


張遼に殺伐とした声でたずねられ、すぐさま兵は怯えるように肩膝を突く。


「し――は、はっ。私は張脩様よりの命を受けて参りました。その、捕虜を連れて来いとの命令でして」


「うちが聞いているのはそんなことじゃないで」


え?っと仰ぎ見る風。

先ほどまで呵呵大笑をしていた女性ではない。

力を滾らせ威圧を持った鬼将軍その人が。

ただの一兵卒に、ここまで手に力を入れ構えるものなのか。


「もう一度、聞く。なんや、あんた。走ってきたように見せてるけど、なら扉が開くまでうちが気づかなかったなんてありえへん。一体、何者や?」


その言葉は疑問ではない。確認だ。

言葉に、怯えた表情を見せていたはずの、兵士がすくっと立ち上がった。


「参ったな」


鎧を外し、顔を上げる。

兵の服を着ていたのは一刀だった。

左手に黒い鉄鋼を嵌め、腰には刀を一本携えている。


「俺は敵じゃない。名前は北郷一刀。この反乱の指揮者だ。そして」


一息を入れて、風に視線を送る。


「その子を助けにきたんだよ」




今回で終わらなかった……だと。

漢中争奪戦。次で最後です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ