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真・恋姫大戦記  作者: 明火付
第一部・漢中争奪戦
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第七話『漢中争奪戦のこと 壱』

三話連動で動きます。

場面変換が多いので、お気をつけ下さい。

賊、進入す――

甲高い銅鑼が城内に鳴り響いたのは、一刀たちが潜入してから一刻も経たない内だった。

偶然、警邏の番ではない兵士が夜風に当たろうと外に出た際に、門が開け放たれ、兵士が裸で倒れているのを発見したのである。


「敵襲――敵襲だ――!」


一方、食堂。

不埒者を二人誅伐し静まり返った広大な空間。

鍼を仕舞う張脩の前に、走ってきた人影が膝をつく。

茶の髪を構えた若き兵士が息も絶え絶えに告げた。


「ご報告を申し上げます。門が開かれ、兵が倒されておりました。賊でございますっ!」


「ふうん。しゆめえ。ようやくうごきおったか」


しかし張脩の表情に大きな変化はなかった。

寧ろ、ほくそ笑むその表情、まるで予期していたかのようである。

動揺が広がる参加者たちに向き直ると、張脩は声を張り上げた。


「きょうはよいひになるぞ、みなのものを。よがなぜこのかんちゅうをてにいれられたか、そのちからをおみせしよう」


肉を揺らしながら、一般の人間の腕ほどある指を鳴らす。

ぱちん!甲高い音。それに連動して、天井より何かが降って来た。

それは奇妙な衣服を着た者達だった。

その数4人。全員が藁帽子を深く被り、口元には『米』と書かれた黄色の布を巻いている。

全身を覆う黄土色の外套の下には黒の鎧が見えていた。


「楊昂、楊松、楊任、楊柏。わが五斗米道のお、四大漢将よお。めいじよう、しゆとぞくをころせえ」


『……御心のままに』


くぐもった声を残し、一陣の風が過ると男達は音も無く消え去った。

あまりの素早さとその迫力に呆気に取られる参加者達に、張脩は盃を上げる。


「さあ。あとはかんらんしましょうぞ。ぞくどものころされるすがたを」


全く動揺していないその姿に、怯えていた人間達は次第に活気を取り戻していく。

その流れに満足しながら、残っていた伝令兵に張脩は命じた。


「ではあ。にこめのえんしゅつといくぞお。あの、きょうとらえたむすめをつれてこいい。みなのまえでせいたいのしんぴをおみせするからなあ」


「はっ。その娘は何処におられますか?」


「にかいにあるわがしんしつにつかまえておる。まだきむすめだからなあ。てをだしたらころすぞお」


「畏まりました」


平伏し、彼は食堂から立ち去る。

また宴が始まった食堂を背に、扉を閉めていく兵。

大口を開け酒精を放り込む張脩を一瞥するその口元は、見えなくなる瀬戸際、静かに笑みを作っていた。





星は一直線に食堂に向かっていた。

先に先行した一刀、師愉より遅れた理由は増援の阻止だ。

既に門を閉じてそれを操作する取っ手は壊している。

城下の兵を集めて自力で開けない限り、城にいない兵達は入れない。

事前に調べた情報によると、今日は豪族、豪商を集めた祝宴が催されているという。

急ではあったが、確かに都合の良い日程ではあった。

――ふ。主殿は運と思い切りが良い。

歩を止めない星に、廊下より張脩の兵が飛び出してきた。

槍兵5人。その背後には弓を構える兵、2人。

狭い廊下だからこそ、横一杯に穂先を並べられれば、どうにも前進が取れない。

だが、星はその判断を嘲笑うかのように歩速を上げた。

ひっ。っとその迫力に兵達に動揺が走る。

故に星は告げた。


「我が名は常山の趙子竜!命惜しくば退け!無駄死にをするな!」


声には見る者を圧倒する威の力があった。

負けじと、指揮しているであろう無精ひげの男が抗いの声を発する。


「退くな!やつは1人だ!」


「では、我が槍を守るべき者の誉れとするがいい」


自分が報いるのは言葉ではなく、武だ。

それしか武人である自分には出来ない。

体を全面に傾け、更に速度を上げる星。

槍兵が改めて槍衾を構築し、その肩。間を縫うように弓兵の鏃が放たれた。

瞬間、星は自分の手にある槍を投擲した。


「投げた――!?」


2本の鏃と、槍が交差する。

星が放った槍は刃の群の中心の男に突き刺さった。

苦悶を上げ、背後に倒れていく兵。

その唯一空いた穴にねじ込むように、星は飛び込んだ。


「馬鹿な――!鏃は直撃する位置と距離のはず!貴様何故、無傷なんだ!?」


悲鳴を上げる無精ひげの男は、しかしその疑問の解を目で確認した。

星の両手には、先ほど射出された鏃が左右一本ずつ握られていたのだ、つまり――


「受け止めた、だと。貴様――!ッ、第二射――」


だが叫ぶ声は、眼前を掻き切るように2本の矢が抜けたことで押し止まる。

背後の兵士が先に射た?否。違う。

鏃は、その刃を背後に向けて進んでいた。

つまり撃たれた方向は前方から後方。弓兵の元に帰結する。

直後、背後で二つの倒れた音がした。

苦悶の疼きを聞き、即座に男は思考ではなく行動を選んだ。

見れば、目の前。

無手になった女は悠然と槍を引き抜き、残りの4人の腱を凪いでいる。

少し距離が離れていたために、唯一倒れなかった男は、その槍を振りかぶり――

それより早く、星の槍がその喉を貫いた。





液体が洩れ出る音が響いた。

ごぽ、とも、ぐぱ、ともした表現のしにくい音。

星は自身の得物が目的を達したことを感覚で感じていた。

――その程度では、私に届かない。

自身の武術は攻防一体、変形の型だ。

槍を失っても、弓を放たれても、どんな状況でも生き残ることの出来る、単騎の武である。

即座に思考を切り替え、倒れた男達の止めをさそうと、星は得物を引き抜こうとする。

だが、その手は予期せぬ反発を感じた。

引力だ。

驚き見れば、首に刺さった槍を深く貫くにも関わらず、両手で押し止める不精ひげの男。

赤い液体を止め処なく流し、その表情を汗と苦悶の表情で歪めながらも。

しかし、硬い石に突き刺さったかのように、願として抜かせない。


「いがぜる、っは……ものがよお!」


その執念たるや。

目からは紅い涙を浮かべ、歯を食いしばる。

これが一兵卒か。これが……!

星の驚く顔に、してやったり、っと男は笑った。


「へ、へへ。ぎれいなねえちゃん、よお。あんだをおしとどめていれば、それだけで、おれのつがまっだづまが、こどもがいきでいられるんだ。いがせねえ、ぜっだいに……!」


そして星は気づく。

太守は逃げ帰った。では、その率いていた兵はどうしたんだ?

何故こんなに大勢の兵達が、張脩に仕えている?


「まさか。貴様等。漢の兵達なのか!張脩に家族を人質にされていたのか!?」


「はっ。その問いに、なんの、いみがある?おれば、まもるんだ、ぜっだいに……」


しかし、流れる朱に比例して男の鼓動が弱まっていく。

先ほどあった石のような硬さも、波を退くように失われていった。

しかし星は引き抜かなかった。

男の焦点は既に星を見ていない。黒の瞳は膨張し、しかし、はっきりと前を見つめている。


「ははっ。うだつのあがらないおれも、やるじゃないが。あんだみたいな凄い武将を、数刻押し止めたんだ」


「――」


応えない。それが最後の独白であると、星は知っている。

熱が冷めていく兵の姿は、その現世の重みが抜けていくように。体を弛緩させていった。

最後に、一息。そして顔を上げ、男は笑う。


「なあ――父ちゃん、凄いだろ?」


それが最後の一呼吸だった。

その言葉が誰に向かわされたかは分からない。

だが、恐らく今はここにいない、大切な誰かにだろう。

星は、動かなくなった手から、しかし簡単に槍を引き抜いた。

槍の血を懐から出した布で拭くと、倒れた男に寄り、その目を閉じさせる。

致命傷となった傷を布で巻くと、星は立ち上がった。


「漢中の武人よ。あの瞬間だけは確かに、届いていたよ」


応える者はなく。

しかしその感触の残る手を、星は力強く握り締めた。

一度振り返り、すぐさま脚を廊下に走らせる。

この戦を終わらすために。

その、悪の首魁に対する感情を、更に鋭利にさせながら。

















はい。漢中争奪戦。星編でした。

次は師愉編になります

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