第六話『張遼。苛立ちを隠せないのこと』
そういえばタイトルがネタばらしですね。すいません。
※関西弁が上手く理解出来ておりません。不自然な口調になるかもです。ご注意下さい。
漢中城内の食堂では、今まさに酒池酒林かくあるや――と言った形の宴が催されていた。
20を超える数の美姫達が琴を鳴らし、文官たちが酒盃を掲げて大笑する。
領土より集められた珍味が振舞われ出席者は舌鼓を打つ。
勿論、主催者は張脩である。
宴の中心で満足そうに酒を浴びる彼に、多くの豪族、商人達が現れ次々と頭を下げていく。
「あの中央の張譲様より漢太守任命の確約を頂いたとか……おめでとうございまする」
「これより尚一層のご繁栄を、お祈り致します」
「よおくみみがあまわるものどもよお。ぐ、ふうふふ」
おべっかをする男達。それを甘んじて受け入れる太守となる男。
その様子を末席に座る一人の女が、目を細め見ていた。
首に掛かる程度に髪を切り揃えた女性だ。
上着を豪快に羽織り、開かれた胸元にはサラシを巻いている。
何よりその眼光。鍛え抜かれた四肢から発する力強さは、頭を下げていく男達をあざ笑う風格すらあった。肩に掛けられた、その身ほどある偃月刀がその印象に拍車を掛けている。
流石に一人で宴に佇んでいられたら気になったのだろう。
来客の相手をしていた張脩が彼女の前に立った。
「たのしんでおいでかあ?張遼どのぉ」
「はっ。あんたにはうちが楽しんでるように見えるんか」
突き放すように女性、張遼は言う。
その熾烈な言葉に周囲はどよめくが、対する張脩は笑みのままだ。
「かんちゅうのおさけは、せいりょうのものとはちがいますかなあ」
「はん。えらい違うわ。濁っておって口触りも悪いし。よっぽど管理されてない手法で製造されとるんやろ。最も、それは酒の話しだけじゃないけどな」
「どおういういみですかなあ」
鋭い双眸が肥えた体を睨んだ。
「さあ?うちはもう部屋に戻るわ。どうもこの場は合わん」
一言吐くと、張遼は席を立ち、食堂を後にする。
その退室するまでの後ろ姿を見送ると、張脩はおもむろに近くの席を蹴飛ばした。
近くに座っていた美姫が悲鳴を発しながら飛び上がり、料理を入れた皿が割れる音が響く。
出席者がその怒りに怪訝な顔を見合わせた。
「なあ、あの女は誰だ?」
「お前、知らないのか。西涼の一大勢力。并州牧が董卓様の将、張遼殿だよ」
「な、あ、あの千を超える黄巾兵を一夜にして壊滅させた!?どうして漢中に」
「使者だとさ。張脩殿は南とは盟を結んでいる。だから、今度は北の董卓様との結びつきが欲しいんだよ。最もあんなのを見られちゃ難しそ――」
そう言いかけた出席者は、突然顔を青くした。
「お、おい。どうした?」
怪訝な声を挙げる。
しかし突然、目を見開いた男は喉を掻き毟るような姿勢を見せた。
次には音も無く、その場に倒れこんでいる。
伏せた男を急いで仰向けにすると。
その首筋には小さな鍼が一本突き刺さっていた。
事実に気づいて飛び上がる。
視線を感じ顔を向けると、その先には無言でこちらを見る、張脩。
「ひ、ひい!?お許しを!」
食堂を幾つもの鍼が煌いた。
突如発した光点は収束するように、軽口をした男に向かっていく。
◇
全く、気に入らんわ。
長い廊下をあてがわれた部屋に戻りながら、張遼は一人独白する。
そもそも今回の使者も彼女は懐疑的だったのだ。
漢中が混乱し、邪教の主が頭角を成していたことは知っていた。だからいっそのこと、潰してしまえば良い。その方が天下の為だ、っと主張した。
すぐさま軍師である少女に却下された。
『あのねえ!物事はそう単純じゃないの。軍を出せば疲弊するし、官職についている以上、皇帝の許可もいるんだから!そんなに戦がしたいなら、仕事を上げるわよ!』
そしてこれだ。
はあ、っと力なく息を吐いた。
凱旋の最中、罪もない子供が殺されるのを見た。
少女が連れ去られるのを見た。
幾ら統治が裁量性だからと言え、明らかに鬼畜の所業だ。
しかし都に送った間者からの報告によると、高官である張譲という者の計らいで特例の任官が決定されるのは明らかだという。
つまりは、使者である自分が本当に勝手なことは出来ないということ。
それこそ、主に迷惑が掛かってしまう。
「なんや、自由の身の方が良かったなあ。わずらわしいわ」
それならばこの腐った豚共を捕殺し、どこへなりとも消えられた。
若干本気で出奔を考えながら歩く張遼は、ふと半分空いている扉を見つけた。
漂ってくる匂いに気になり、ふと影から覗いてみる。
そこは寝室だった。悪趣味な円状の文様に、二人用の寝所を無理やり繋いだような空間。
桃色に塗装された空間の趣味の悪さに絶句する。
その中心に髪を綺麗に結われた風が、縛ったまま座らせられていた。
――何故か小気味の良い寝息を上げている。
「今から何されるか分かってるのに、ようこんな顔して寝とられるなあ」
呟く。綺麗な整った容姿であるのに、幸せそうに崩してしまって。
張遼は不意に、不意に強い衝動を覚えた。
それは西涼の荒れた大地で生まれた騎馬民族だったからかもしれない。
あの口火を切った、自分が言いたかったことを言った少女を見殺しにしていいのだろうかという憤り。
――ちょっと、試そうか。
張遼はつんつんとその頬を突いた。
目の前の少女の瞳がゆっくりと開いていく。
あの男はお眼鏡に叶わなかったが、こいつはどうや?
もし、もし漢中を敵に回しても惜しくないと判断したら。
全てを斬り捨て、領土に逃げ出そう。戦うことが生きがいの彼女は、本気でそんなことを考え始めた。
◇
漢中の城下街を城を隔てた城門前。
見回りの兵はいつもより多かった。
もう夜も更けている。交代を待ちながら、歩く兵は緩慢そのもの。
だが、突然一人の兵が倒れた。
「ん?どうした?酒の飲みすぎか?」
異変を感じた同僚が駈け寄ってくる。
その首筋に、音も無く投げられた鍼が突き刺さった。
意識が刈り取られ、崩れ落ちる二人目。
門の下を歩く二人の異変に、門の上の兵隊が異変を告げる鐘を鳴らそうと走る。
だが、眼前に、一人の影が降り立った。
「ごめん。鳴らせる訳にはいかない」
その男の左手に装着された鉄鋼が、兵の腹部にめりこむ。
衝撃で意識を閉じる衛兵を尻目に影は音を建てぬように門を開ける取っ手を倒した。
野太い音を上げながら門が開き、その下をいくつかの影が掛けていく。
その進入を知る者がいない兵隊など、彼らにとっては贄でしかなった。
影の正体は、一刀。星。師愉。そしてゴッドヴェイドウの信者、40人。
倒した兵達の衣服を回収した彼らは、それぞれの目的地へと向かう。
信者は兵の寝所、馬小屋に。
師愉は出席者の確保。
星は張脩の殺害。
そして、一刀は風の救出に。
それぞれの意図を掛けて、城下に力が吹き荒れようとしていた。
というわけで、張遼さんでした。
次回は城下混乱です