第四話『北郷一刀。漢中獲りに動くのこと』
はい、第四話です。
久しぶりの創作活動は楽しいですね。
漢中の一大勢力、ゴッドヴェイドウ。
その目的は自分達の国の治療。安住出来る場所を作ること。
確かに言葉にすれば分かり易いですな、っと宣言を聞きながら星は思う。
この惨状と国の振る舞いを見て、憂う者が自分達以外にもいた、というのは喜ばしいことだ。
だが。傍らに立つ一刀は違う。
ただ目つき険しく、張魯を視界の中心に入れていた。
――不服なのですかな?
自分で国を作ると言っていたお方だ。誰かの勢力に属することに抵抗があるのかもしれない。
だが、一刀は言葉も無く一歩進んだ。
「ではその治療とやらの先で、誰がこの集団を率いるんだ?」
「あたしさね……と言いたいが。残念ながら、もうあたしにはむいていないだろうねえ。あたしはアンタにしてもらいたいんだ」
首を振る張魯に信者の一人が声を上げた。
「そんな!張魯様がここまで勢力を作り上げたのです。弱気になる必要などございません」
「我らが理想は、張魯様の下でこそ……」
別の信者も続く。
「第一、このような素性の分からない者を一番大事な今の時期に入れる必要などありませぬ!」
しかしその言葉に反応したのは張魯だった。
最後の言葉を告げた信者が突如、体を浮かせた。まるで片足を無理やり掴まれているような形、体の向きを逆にして宙吊りになる。張魯は小指から折り曲げている。張り巡らした糸を使ったらしい。
「お黙りさ!この中の誰が天の軍の将、波才を討ち取れるんだい!言ってごらんねっ」
激昂する姿は妙齢の女性ではなく武人のそれだった。信者達は押されて黙る。
星はこの女性の人生を思案する。この技術を取得するのに並大抵の努力ではなかったはずだ。
そんな彼女が、
「ねえ。どうだろう、北郷。その力を以って、あたしたちを救ってはくれないかね。天下を目指す御遣いならば、その名声がついていく。代わりにあたしたちは武力を貸す。どうだろう?」
会ったばかりの人間に文字通り命を掛けた条件を提示したのだ。
この数百人の規模を率いることになれば、この漢中の足がかりとなる。
――断る理由がない。
勢力も基盤もない二人には破格の条件だ、と星は思う。
だが傍らに立つ主は、その考えを両断した。
「お断りだ」
◇
「――え」
それは信者、星、張魯の口から洩れ出た疑問の声だ。
対する一刀は憮然とした面持ち。
聞き間違いではない。
眉を潜め、口を矢の如く紡いだ表情。それは。
――失望しておられるのですか、主殿。
傍らの星は敏感な表情の変化を見ていた。
だが張魯はその変化に気づかず、抗議の気勢を上げる。
「な、なんでだい?あんたには悪い条件ではないだろう」
「嘘だからだよ、張魯さん。ああ、貴方の言葉を借りるなら不合格だ」
嘘?
「嘘、ですと。どういうことですか。主殿」
星の言葉に、一刀は頷いた。
「戦っていうのは、とても浪費するんだよ。国も、民も。そして兵も。つまり多くの痛みが伴う。荒療治をするなら構わないっていう考えかもしれないと最初俺も思った。でも、よく考えたら違和感があるんだ」
「何なのさ、それは」
張魯の表情は疑のそれだ。
「だって、張魯さん。貴方は優しい人じゃないか」
笑顔だ。目を反らし、一刀は微笑む。
それは自嘲を含んだ複雑なものだ。
だがその変化に、張魯は息を飲んだ。
「あんな技術があるなら星を人質にでもして、俺を無理やり旗印にも出来る。しないにしても、それこそ技術を見せつけ、怯えさせることも出来た――でも貴方はそれをしなかった。更に、星の治療まで行った」
勿論、と星に向かって、
「方法は決して褒められたものじゃないよ。それでも、感じた。貴方は人を傷つけるのを嫌がる人なんじゃないかって――そんな人が身内同然の信者の命を使って、見ず知らずの他の地に住む民の為に大陸を巻き込んだ戦を起こすか?」
違和感があった。
確かに国を憂い、その為に身命を注ぐという行動原理もある。
しかし、それは覇王の道だ。
誰にも頼れず、兵を切り捨て、しかしてその身は自分の物ではない。
多くの血を流し、時には信条を汚しながらも、涙すら流せず、たが前を見据える。
一刀は知っている。
その王の道を進んだ、小さな女の子の姿を。
だから、あまりにも違いすぎた。
一刀にとって、目の前の女性の言う言葉は、あまりにも軽すぎた。
「貴方は国を治療したいんじゃない――この漢中だけで良いんだ。それさえ取れれば、貴方には何もいらない。その走り出す切っ掛けを俺達から求めている。違いますか?」
「参った。そこまで分かるもんかい」
あっさりと、張魯は認めた。
その素直さに星は冷ややかに口を出す。
「認められるのですな?では容赦しませんが」
「いいや、85点って所さね――まあ、もう腹の探りあいは止めようかね。勘違いするでないさ。あたしは本気で国を治したい。それは変わらないさ。この身を戦で没しても――だがね」
一息。
その呟きにも近い言葉は地下の空間に木霊した。
「そう。心優しい張魯様が信者を駆り立てるのには今回が最初で最後さ。この漢中を支配する兄弟子を殺す為にね。それが今のあたし等には国獲りよりも大切なことなのさ」
◇
兄弟子?
言われた言葉に一刀は疑問の思考を作った。
確かに現在漢中には太守を始め中央の官職についた者がいないと聞く。
では現在、この漢中を治めている者は誰なのか。
まがりなりにも城下を維持し、税を徴収しているのは誰か。
「張脩。それが奴の殺したい奴の名前さね。同時に現在この地を治める男の名前だ」
張魯の出した名前に信者の表情が変化する。
眉を逆立て。手の筋が加えられた力で浮かぶ。
明確な殺意を、居並ぶ数百人が発していた。
「奴は元はゴッドヴェイドウの導師の一人だったのさ。しかし利に目がくらみ、黄巾党なんて連中と盟を組んじまった。信者連中を大勢抱き込みあたし達から離反、太守を強襲しちまった。そのまま居座っているのさ――重い税を課して、ね」
飢えた民を思い出す。
出された手は握り返すことしか出来なかった。
少しは政に長じていれば、あんな民草は生まれない。
一刀と星は、それだけで張脩という男の力量を察した。
「病人が出たら五斗の米。けが人が出たら五斗の米。子供が生まれたら五斗の米――ことあるごとに農作物を要求する奴らに民草が付けた名前は――」
腹部に力を入れ、張魯は感情を走らせる。
それは懺悔に近い、悲鳴のような声。振るわせた。後悔の念。
「五斗米道。あたし等は与える者だ。それを奪う者に奴らは変えちまった――だから、あたしは許さない。どんな手段を使っても、奴らを地に戻さないといけないのさ」
◇
決意に近い独白だった。
すすり泣くような声が信者達より発せられる。
だが一刀はそれを聞いて尚、憮然とした面持ちのままだ。
「つまり――信者を使うのは今回の同胞の殺害だけ。後は自分達の力でしてくれってことか」
「ああ。騙そうとしてすまないね。ここにいる者は才能ある一騎当千のゴッドヴェイドウの使い手達。その癒しの力は大陸に必要になるんだよ――だから。漢中を支配したらここを拠点に全員の信者を全国に散らし、傷つく者たちを救わないといけない」
非情な宣告だ。
徴兵も内政も兵がいる。人材がいる。
それを、最も信頼出来る人材が二人では国を獲っても回らない。
あまりにも勝手ではないか。星は思う。
力を貸すだけ貸して、目的を達したら好きにしろとは――!
「なら、引き受けよう」
対して、一刀は一転、頷きながら答えた。
無言のまま星が目を細める。一刀は視線に気づき、うん。っと頷いた。
「星の言いたいことも分かる。でも、まずはここからだろ。さっきまで意図が分からなかったから信用出来なかったけどさ。寧ろここまでしか力を貸せないって言われたほうが信用出来る」
「しかし主殿。漢中を掌握しても、兵が足りませぬ。それに人材も。大変ですよ?」
「そんなものは後から見つけようよ。今は、この地を救おう。まずは出来るところから始めないか?」
無謀だ、っと武人としての信条が星の中で叫ぶ。
しかし眼前の一刀の強い瞳に、別の心が蠢いた。
やれやれ。っと嘆息するように熱を吐く。
「その目は反則です、主殿。しょうがないですね」
「ありがとう星」
微笑み、向き直る一刀。
「では張魯。俺達は貴方に力を貸すよ。それで、君は俺達に何を示してくれる?」
試されている、っと張魯は思った。
万全の状態ではない勢力で名を挙げ、地盤を得る。その歩みは最後まで止めることの出来ない。
しかし貸すであろう兵力は今回限りだ。
つまり約束出来るのは一時的。走り出すのは恒久的――その差異をどう埋めるか、を聞いているのだ。
容赦がないさね―― 張魯が苦笑する。
同時に甘さだけではないところに、戦乱の才を感じる。
なら、差し出せるのは一つだけだ。
息を吸い込み、目を見開いた。
「ゴッドヴェイドウの掟ではね。私利私欲で他者を傷つける為に力を振るうの者は破門される。たとえ道を外れたとは言え、兄弟子殺害の罪は長である私が被るさ。故に、北郷一刀」
一息。
「我が真名。師愉の名に誓おう。漢中制圧後は我が血の一滴に至るまで、貴方に捧げるさね」
信者達から声は上がらない。
先ほどまであった忠誠心は、しかし、その決意の表れには逆らえない。
「ゴッドヴェイドウが元導師。張魯の力だ。不満はあるまいね?」
その不適な笑みの言葉に、一刀は鷹揚に頷いた。
「ああ。充分だよ。宜しく頼む、師愉」
流れが変わっていく。
今までに無い配下と手を繋ぎ、確かに一刀はその変遷を体で感じていた。
そういえば張魯の容姿、あんまり描写してないですね。
次で細かくやります。