三十二話『誰が為に』
一刀は見えてきた光景に左手を上げた。
垂直に掲げられた手は、行軍の停止を現すものだ。
寸分違わず静止する万の軍勢を確認し、一刀は馬を進める。
単騎ではない。付き従うように師愉、閻圃、周倉、廖化、星が続く。
風が背後、彼等の先の巨大な軍影を確認していた。
漢中軍の前方。現れたのは彼等の倍は超える兵達だ。
掲げられた旗は、董という一文字。
その傍ら、更に居並ぶように点在する旗は、
「李傕と郭汜のものです。なるほど。お出迎えという訳ですねー」
呟き、そして風は配下に指示を出した。
万が一を備えて、漢中軍の伝達を早めるものだ。
自分を中心に意思が走っていくことを確認して、風は思う。
――風の最悪の予想。外れていれば楽なんですが。
言葉にせず、しかし彼女は主の背を見守った。
まもなく、先行する兵に接触する主の姿を。
◇
「お待ちしておりました」
「お待ちしておりました」
声を被らせるのは二人の少女だ。
万の軍勢を従えるように現れた彼女達を、一刀は見る。
軍には似つかぬ、社交場に現れるような派手な衣服だ。裾は長く、しかし幼い肢体を包むようにだ。髪を左右対称に流し、髪は白と黒に分かれている。
黒の少女が言った。
「私は李傕と申しますわ。字は稚然」
白の少女が言う。
「私は郭氾と申しますわ。字は阿多」
そして声を揃えた。
「お見知りおきを、北郷一刀様」
反響する声に、一刀は思考する。
――まだ長安の門すら見えていない。
陽炎の先。恐らく数里はあるだろう。しかし、行軍を見越しての大規模な歓迎だ。恐らくここまでの自軍の動きを察知する為に間諜や斥侯を手配していたに違いない。
つまりは都まで五胡の兵討伐の噂や情報は流れている。
――ならば、張譲が動く可能性がある。
出来れば情報が行き着く前に洛陽に到着したかった。一刀を将軍位につけた宮中は、しかし用が済めば潰しに掛かる。今の都はそういう場所なのだ。
この眼前の万の軍勢も味方とは限らない。
身を堅くさせ、しかし一刀は表情に笑みを見せた。
「ご足労感謝致します。漢中郡の、北郷一刀と申します。皇帝の命の下、五胡の王を討伐しその報告に参りました」
「報は都にも届いておりますわ。陛下も大層お喜びです」
「格別の賞を以って忠臣に報いることでしょう」
再度、彼女達は声を揃えた。
「まずは我等が守護する長安にお越し下さいませ。長旅で兵もお疲れでしょう」
――きた。
事前に自分と軍師が予期した流れだ。だから、一刀は言葉を紡いだ。
「申し出は誠に嬉しい限りです、両将軍。ですが――現在、洛陽に続く虎牢関を逆臣たちが攻めていると聞きます。洛陽におられる陛下の身が気がかりなので、軍を先に進ませたいのですが?」
言って、だが二人の少女は笑みで返した。
喉の奥より、愉悦の色を持ったものだ。
「ご安心を、一刀様。虎牢関には呂布、張遼将軍が戦果を上げておられます。いずれ逆臣を討ち滅ぼし、凱旋されることでしょう。それに」
続ける言葉は絶対の威を以って告げられた。
「この申し出は皇帝の気遣いにもよるものですわ」
言葉の意図にその場にいる誰もが息を飲んだ。
つまりは彼女達の背後には皇帝という絶大な権力がある。
それは即ち――風の最悪の予想が当たったということだ。
一刀は事実に天を仰ぎ、そして頷いた。
「――畏まりました。長安に参りましょう」
眼前の二将軍が微笑を浮かべたのを確認して、一刀は背を向けた。
「そうだ」
そして思い出したように、
「いま、董卓殿はどちらにおられるのですか?相国になられたということで、祝辞の使者を送りたいのですが」
「現在、洛陽にて宮事に取り組んでおられます。お気遣いなきよう」
言われ、一刀は頷く。
分かりました、っとだけ告げて、だ。
軍に指示を送る為に自陣に戻る彼に、星が馬を近づけた。
「主」
「星。悪いけど兵に指示を頼む。事前の通りに」
「承知しました」
彼女は頷き、馬を先に走らせた。
自陣を裂き先行する彼女に、後ろから続いてきた生気の無い無気力少女、閻圃が疑問を主にぶつける。
「あれ星様どこにいかれるんですかあんまり剣呑な雰囲気じゃないですね」
事前に話したことをすっかり忘れている配下に、しかし一刀は苦笑するように返した。
「決まってるだろ。俺達は今から虎穴に入るんだ――虎狩りの準備だよ」
◇
長安の凱旋は歓迎を以って行われた。
戸という戸は開き、市民の歓声が軍を包む。
清められた道を行くのは漢中の軍だ。
北郷家の牙門旗が長安の大通りを列を成して進む。
先頭、北郷一刀の姿に市民は手を振り、ある者は頭を垂らした。
五胡の兵を下し、漢を救った彼を逆臣と呼ぶ者はもういなかった。
手を振り歓声に応える軍を、長安の城、五階層の窓辺より見下ろす二人は微笑で迎える。
先に入城した李傕と郭汜の二人だ。
「きたわよ、りかりか」
「そうね、くしくし」
「準備は順調なの?」
「良好よ。奴等の兵が滞在する兵舎も、あの手なずけた間諜も、ね。北郷一刀は一手として程イクという軍師と、二手で従える兵、どちらも失い、最後は」
「自分も失うのね?りかりか」
「そうよ、くしくし。ここは奴等にとっての死地。それに私達には切り札があるもの」
言って二人は手を繋ぎ、そして背後に目をやった。
彼女達の秘蔵の玩具がそこにある。
見えるのは巨大な十字の形を取った木造の磔台だ。鎖を幾重にも巻かれた先、吊るされているのは引き締まった肢体の女性だ。糸のような色の髪を持つ女性は、しかし今は瞳に力なく頭を垂れていた。
肩より腹部に掛けて痛ましい切り傷が赤く滲んでおり、その足元には巨大な爆斧が置かれている。
「虎牢関の先で大敗し、汚名を雪ごうと増援を求めてやってきたお馬鹿さん。前々から武力馬鹿でイラついてたけど――でも今は私達の可愛いおもちゃ。ね、りかりか」
「そうね、くしくし。一生懸命、心も体も調教したもの」
二人は妖艶に口をあわすと、声を鳴らした。
「さあさあ目覚めなさい。私の可愛い玩具」
「さあさあお出でなさい。私の可愛い玩具」
「貴方に獲物をあげましょう」
「貴方に狩猟を許しましょう」
そして二人は。
口をそろえて、名を呼んだ。
「時間よ。華雄将軍。貴方の好きな武、存分に振るいなさい」
言って――
頭を垂らしていた女性は顔を上げた。
普段なら厳格で生気に満ちた瞳のはずだ。
しかし今あるのは、狂気だ。爛々と血のように瞳を滾らせ、華雄は表情を作る。
そこには頬が裂けるかのような笑みを浮かんでいた――
◇
一刀達が入城し、数刻後。
既に陽は落ち、辺りは暗い。
星空の下、一人影を歩くように紛れる少女がいる。
小柄でたおやかな茶の髪を揺らす姿は、漢中の軍師、風だ。
路地は間諜の報告で把握している。
人ごみの中、彼女は警戒しながら曲がり角を曲がった。
そこは街の死角だ。陽があれば影がある――長安の豊かな生活環境に馴染めず、また没落した者達が形成する貧民外だ。
そこに男が立っていた。
両手を布で包んだ男だ。短髪で影の薄い印象を相手に与える。
風は知っている。彼は漢中から派遣し、情報網の構築を依頼した間諜の一人だ。
「約束どおり一人で来ましたよー」
言って、彼女は懐より紙を出す。
それは先刻、入城した際に一人の民より差し出された物だ。
続く言葉は、
「間諜の耳を警戒して極秘の内容ゆえに口伝で伝えたい。でしたっけ?」
「はっ、程イク様。ここまで情報を掴むのには苦労致しました」
男は言って、目を伏せた。
「私以外の者は全員、殺害されました。私自身も捕まりましたが何とか逃げ延び、今はこうして身を隠して御身の来城をお待ちしておりました」
「――苦労を掛けちゃったようですね。お疲れ様なのです」
風は眉を潜め、そして告げた。
言う言葉は本来の意図だ。
「それで伝えたいことは何なのですか?」
「はっ。現在。漢中の軍内には多くの間諜が紛れております。そのほとんどが李傕と郭汜、二名の者。彼女達は情報戦に優れ、董卓の軍でも裏方で功を上げておりました。しかし呂布、張遼等の将軍とは仲が悪く、虎牢関に送る援軍を拒んでおります」
「続けてください」
「また、両名は張譲とも多くの書簡、金銭を交わし距離も近いようです。今回の長安入城にも裏があるかと」
――やはり、っと風は思う。
彼女は一つの仮説を立てていた。それは董卓軍が張譲という男に急に付き従うようになった理由だ。西涼を馬騰と上手く治め、優れた政務を見せた彼女がこのような暴虐に積極的に加担するわけが無い。
つまり、董卓には協力しなければならない理由がある。
最初は皇帝の身を守るためかとも思った。しかし、それならば十常侍や張譲は真っ先に処断しているはずだ。彼女の軍師、武将は苛烈で知られる。先の禍根をあとまで残す真似はしない。
それが出来ない理由。
――董卓自身の身が動かせないことだ。
であれば、やはり長安は危ない。
主の身が危険だというのに、あの悠長な二将の表情。
――同調していると確信出来ますね。
「分かりました。このことは早速お兄さんに伝えますー」
「いえ、実はまだ一つ情報がございます」
風は急ぐ気持ちを静め、再び間諜を見た。
足は既に一刀のいる宿舎に向かう準備が出来ている。
急いでこのことを報告し、正式に対策を立てねばならない。
故に、風は珍しく若干の焦りを以って言う。
「何ですかー?風は急いでお兄さんに伝えないといけないのです」
「いえ。実はこの最後が一番重要なのです。ご覧下さい」
言って――
男は懐より鉈を取り出した。
分厚く、しかし錆びた身が月明かりで輝く。
その自然な動作に――突然の武具に。
風は思考を停止した。
「実はですね。私はもう、李傕様と郭汜様に心より寝返っておりまして。お二人の寵愛を頂いた身なのですよ。ですから――漢中軍の内情や他の情報等は既に彼女達は知っております」
そして、男は笑顔を見せた。
どこか螺子の外れたような笑みを。
「そしてお二人の伝言です。楽しませて、苦しんでから死ね、っと。ですから、逃げないで下さいね。この鉈、切れ味鈍くて、痛いですよ?」
言葉に、風は動いた。
思考には恐怖がある。しかし彼女はここで捕まる訳にはいかない。
鉛のような体を、冷静な思考で解除し身を翻して駆けようとする。
しかし、男は斥候として肉体を鍛えた男だ。
駆ける、その華奢な足首に向けて、容赦なく錆ついた鉈が振るわれた。
月光の下。鮮血が夜空に跳ねた。
その悲鳴を聞く者は、誰もいない。
◇
同時刻。宿舎。
あてがわれた幕屋で漢中の兵達が食事を取ろうと詰め寄せていた。
今までは強行軍で、つまりはあんまり美味しい食事は出来ていない。
温かい食事に温かい寝床。それだけでも彼等にとっては至福の時間である。
そんな様子を音として別室の周倉と廖化の二人が聞いていた。
彼女達は二人とも、座敷に座り、身を崩している状態だ。
「にゃー。水も浴びれたし、よくやく一息つけたって感じだにゃー」
「え、え?」
周倉の何気ない一言に、廖化が目を丸くする。
「ちょ、ちょっと待って下さい。水浴びって――さっき兵の人たちで埋め尽くされてましたよね!?」
「そうにゃ?何か変かにゃ?」
「変に決まってるじゃないですか!男の人たちに裸見せたんですか!?」
「別に減るもんじゃなしにゃ」
平気に告げる彼女の肢体を廖化が見つめる。
同性としても羨ましいものだ。胸は綺麗な湾曲を見せ、腰は細く引き締まっている。瞳は野生気たっぷりの艶やかなもので、快活な印象は決して悪くは無い。
「……兵士達に何かされませんでした?」
「うんにゃ?まあ身を屈む姿勢で皆そそくさと消えていったにゃ。その後海産物の臭いがいたるところでするようになったから恐らく自」
「わーわーわー!女性の身で何言っちゃってるんですかー!」
「でも男が溜まるのは当たり前にゃ?子孫を残す雄の意思。体が正常な証にゃ」
うんうん、っと周倉が頷く。
「今回の行軍は兵士達にろくな遊興を当たえられない物だったからにゃ。このくらいしてあげるにゃ」
「いまその理由考えましたね絶対――」
だが周倉の言うことも一理ある。
長い行軍だと兵士達に欲求や不満が溜まる。
それは兵士であると同時に男だからだ。
人間は命が掛かっているときにこそ、子孫を残そうとする意思が働く。
故に兵士達の暴行事件は、行軍中に最も気をつけなければならないことだった。
早く漢中に戻るか、遊興でも手配出来れば、っとも思う。しかし。
「そこは規律で耐性作りたいですよね……一刀様も大変ですよね」
言って廖化は視線を見やる。
そこは併設するように建てられた長安の城だ。
五階層。そこでは今宴会が行われている。
出席者は一刀と星。そして師愉と風だ。
しかし今、風は用事があると中座し、
「あれ?そういえば閻圃さんは何処ですか?」
「ちょっとお手洗いに行ってるにゃ。そろそろ帰ってくると思うけどにゃー。もしかして強敵相手にしてるのかも」
「……周倉さん下品です」
「にゃっはっは。黄巾党では男連中に紛れて生活してたから、うつってるかもしれにゃい」
言って、しかしすぐに周倉は目を細めた。
その反応は廖化も同様だ。
身を潜め、武具である手甲を填める。
周倉も立掛けていた槍を手に持った。
「にゃあ、廖化ちゃん」
「はい。静か過ぎますね」
気付けば声が消えていた。
群がるように食事にありついていた兵達の声がない。
それだけではない。長安全体の生活の音が途絶えていた。
異常を感じた後の行動は迅速だ。
周倉が武将用に用意された部屋の戸を開ける。
そこにあるのは大広間だ。先ほどまで鍋に兵達が群がっていた。
しかし今は全員が腹部を抑えて悶絶していた。
ある者は嘔吐し、ある者は顔を蒼くして倒れている。
「毒!?早く師愉様を!」
言う仲間を、しかし周倉は静かに左手を上げて押しとどめる。
疑問をぶつけようとした彼女も、すぐに気づいた。
入り口。闇夜に紛れ蠢く人影がある。
浅黒い肌を持つ、それは漢の人間ではない。
「にゃるほど。食事に毒入れたのは貴様らかにゃ?旅をしている時に聞いたことがある。五胡の民で毒を自在に操り、故に五胡の民から追放され漢の宮中に仕えている者達がいる、っと」
返答はない。
しかし闇夜の迷彩色――黒服に身を包んだ男達が兵たちを超えて駆けて来る。
数は数十人。手に持つ武具は小刀や槍など細めの武器が多く、しかしその切っ先は何かの液体に濡れていた。
周倉は事実を理解して、微笑んだ。
「――始めるかにゃ」
そして彼女は挑発するように右手を掲げた。
その姿に敵が殺到する。
高速の波は廖化が止めるより早く、一人に向かい。
幾つもの肉を裂く音が連続して行われた。
◇
長安城。五階層。
華美に飾られた場所では宴席が行われていた。
月夜。窓辺を開放され支柱で支えられた場所だ。
次々と珍味が運ばれるが、しかしその場にいる誰も手をつけなかった。
今、席に座るのは一刀、向かい合うように李傕と郭汜だ。
一刀の傍には師愉と星が立ち、気を配っていた。
「召し上がってくださいませ。折角準備をしたのですから」
「召し上がってくださいませ。折角調理をしたのですから」
少女二人が声を合わせ、対して一刀は手を左右に振った。
「いえ、我が軍師が席を外しておりますから。来てから頂きます――しかしすいません。長く席を外しておりまして」
「お気になさらず。何か火急の用事があったのでしょう」
「お気になさらず。何か至急の用件があったのでしょう」
くすくすっと二人が笑う。
言葉に星の眉が若干動いた。
彼女は人を見る目があり――故に不快な気分は隠さない。
それを感じながら一刀は微笑を浮かべた。
「そうですね――このまま待っているのも暇なので、何かお話でもしましょうか」
「お話?」
二人が左右対称に首を傾げるのを見て、一刀が頷く。
「天の世界では歴史に、たらればはない。っと言います。もしこうだったら、とか。こう出来ていれば、とかそういう言葉には意味が無いと。でも、ありませんか?過去の失敗を悔いて、こうしていれば良かったと、過去を憂うことが」
「ありますわ。人間ですもの」
「失敗を悔いて、二度と犯さないように注意しています」
良いですね、っと一刀が続ける。
「私も同じですよ。だからどんな事柄でも、最悪の事態ばかり想定するようになってしまいました。この世に生を受けて。逆臣になってからは特にね」
口元を綻ばせ、李傕が尋ねた。
「興味深いですわ。では今一刀様が想定する最悪の事態は何ですか?」
「そうです。聞いてみたいですわ」
郭汜が続く。
一刀は頷いた。そして握りこぶしを掲げる。
唐突に人差し指を上げた。
「一つ。董卓殿、若しくは身内が張譲に拘束され軍の権利が奪われている」
続いて中指。
「二つ。李傕将軍と郭汜将軍の二名が張譲に従い、呂布将軍、張遼将軍の妨害をしている」
続いて薬指。
「三つ。張譲の命を受けて私達をここで謀殺しようと考えている」
そして小指。
「四つ。そしてその行動は長旅に疲れた私達に向けて、今日行われる」
最後に親指。
「五つ。そして――行動はもう行われている。さて、どうでしょう?」
指を全て掲げて一刀は問うた。
対して身を険しくさせるのは星と師愉だ。
大胆な発言だ。どう相手が動くか分からない。
しかし、まずは小さい音がした。
「ふ、ふっふっふ」
「く。くっくっく」
それは笑い声だ。
眼前。少女二人が肩を震わせ、笑った。
「なんて面白い人なんでしょう!?ねえ、くしくし」
「なんて愉快な方なんでしょう!?ねえ、りかりか」
二人は立ち上がり、手を繋ぐ。
表情には喜悦だ。
本来の素の態度に戻っていた。
「大当たりー。って言って上げてもよろしいわ、北郷一刀」
「大正解だー。って言ってあげてもよろしいわ、北郷一刀」
隠そうともせず言ってのける二人に星が語気を強めた。
「可愛い女子は好みでしたが――残念ですな。しかし、何故このようなことをする?将軍位を持つ人間を謀殺など、世に響くに決まっている」
「あー。それなら簡単よ。ねえ、りかりか」
「ええ。貴方達を皆殺しにした後に、その軍服を着た人間が今から長安で暴れまわるから。そうねー。一区間ぐらし皆殺しするんじゃないかしら?」
言葉に一刀が身を堅くさせた。
代弁するように、師愉が言う。
「あんた等。自分達の民を殺害し、その罪を押し付ける気かいー!?」
「罪を押し付ける?人聞きが悪いわね。漢中軍の兵が都で大暴れをするのを忠臣の私達が止めに入って、混乱の中でやむなく殺害した。まあこんな所ですわ」
「本当、人聞きの悪い。貴方達がこれからすることでしょう?」
詫びもせずに笑顔で言ってのける二人に師愉の背筋は言いようもない悪寒で震えた。
理解できない感情だ。だが目の前の幼い少女達は実行する――それだけは分かった。
対して黙っていた一刀が口を開く。
「何故だ?何故、董卓殿か――その身内か。分からないが、しかし君主が危機に瀕しているんだぞ。何故、助けようとしないんだ」
あら。ここまで当ててるのに分からないんだ――?
そう、二人の少女が笑った。
「西涼の大地の掟よ。弱い人間はいらないの」
「あの地では董卓が強かったわ。でも、ここではただの捕らえられた愚かな娘。だから強い張譲様に従う。自然なことでしょう」
「民を殺しても、か?」
縋るように続ける一刀に李傕と郭汜、両名が眉を潜めた。
「ねえ。さっきから善人ぶってるけど、私達は優しい方よ。ねえ、りかりか」
「そうね、くしくし。だって、貴方はもっと多くの人間を殺すもの」
――なに?
一刀は予想外の言葉に息を詰まらせた。
聞いては駄目だ、っと声がする。
しかし、
「天の御遣い……漢の王朝の兵を跳ね除け、大陸を襲った危機を一日の戦で沈めて――今や名声は鰻登り。貴方の名前を信じて、多くの人間が参列する」
「漢王朝とは決して相容れない存在になりつつあるわ。時代の流れは貴方に向いているんでしょう。だから――その波に乗れない人間が沈んでいくでしょう。貴方を信じた人たちも逆らう流れできっと、大勢死ぬわ」
「王は二人も大地にいらないの」
「だって頂く天は一つしかないもの」
言葉が、一方の脳裏の記憶を抉った。
過去の思い出だ。
全てが戦火に包まれるもの。
魏、呉、蜀。全ての天下。
――その後だ。
自分はどうなったか。
「それでも、それでも俺は!」
一刀は一歩を踏み出した。
しかしそれより先に音が動いた。
天井が割れたのだ。
破砕する音を以って、木々が降って来る。
一刀は見た。破壊の中心。下降する人影を。
それはとある過去で見たことがある女性だった。
凛々しく、獰猛で。
相容れたことの無い女性だ。
名を告げる。
「華雄!?」
驚きの声は、振りかぶられた大斧でかき消された。
再び、破砕の音が空間を包み込んだ。
っというわけで長らくお待たせしました。
感想、評価。共にお待ちしております