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真・恋姫大戦記  作者: 明火付
第三部・洛陽燃ゆる
26/34

第二十六話『張譲、宮中にて企むのこと』

オリジナル武将の拠点フェイズは、すいません。

基本的に恋姫キャラのみ拠点フェイズを行うことにします。

では、本編です。

※今回の話では史実では絶対に行わない振る舞いを、物語風に行われています

洛陽、宮中。

 朱に塗られた支柱が延々と立ち並び、白亜の床が鋭利に輝いていた。

 玉座の間である。百官が収容される場所、そこは見渡すことの出来る広大な空間だ。

 いま、壇上。皇帝のみに許された座席にその姿は無い。だが変わりの姿がある。

 金銀に装飾された官服に、柄の長い帽子を纏った男だ。

 肌は病的なまでに白く。充血した瞳と、漆塗りの如く装飾された唇が異質な雰囲気を出している。瞳は既に右往左往しながら、組まれた手は音を建てて震えていた。


 皇帝の席に臣下に過ぎない男が座るなど、本来なら許されないことだ。しかし彼は遊興と称して、時よりこのような戯れを行っていた。勿論、人払いをした後、であるが。

 だが男――張譲は怯えていた。皇帝、劉宏の体調が予想以上に優れないとの報を受けてだ。


 「皇帝陛下が亡くなられたら、私の立場は、どうなるのだ」


 張譲は呟き、そして自身の肩を浅く抱いた。

 そもそも十常侍――本来の官職名は中常侍という――は皇帝陛下の世話役に過ぎない。

 それを彼が長年を掛け、様々な手管を用いて皇帝を己の傀儡と化させたのだ。

 世話役と言っても、伝えることは皇帝の言葉と同義である。故に諸侯は彼らを恐れた。中常侍の集団、十常侍を――だが。


 「汚点がつきはじめたのは、あの北郷一刀のやらのせいよ……」


 順風満帆だった筈なのだ。

 だが漢中に現れた天の御遣いという男。彼が資金源の一人を倒し、漢中を切り取った。すぐさま邪魔だった西涼の主、董卓に同士討ちを誘わせようと腹心である趙忠を送った。

 しかし結果は張遼、呂布という二大将軍を破ったことで一刀の名声が上がった。そして参軍中に董卓の内情を捏造しようとした趙忠は逆に董卓に内情を暴かれ皇帝の命によって首のみの帰還となった。

 その書状に張譲は著名している。もう、それ以外に方法は無かった。宮中に集められた書類は、全てが彼の関与を肯定していた。勿論、そこに張譲の名前は無かった。

 ――だがあれは奴らの言葉よ。もし、これ以上圧力を掛ければ、私の関与もばらす、っと。

 董卓、それに北郷一刀。彼ら二大勢力は張譲にとって害でしかない。


 しかし彼には力が無かった。


 宮中での暴虐も、その行為も全ては皇帝の後ろ盾があったからだ。

 董卓の部隊が撤退した後、張譲は宮中より多くの使者を各地に散らした。それは蜀郡の劉璋であったり、西涼の馬騰であったり、袁術であったりした。

 しかし彼らは黄巾党の乱での兵の疲弊を理由に、派兵を先延ばしにしている。これは当然の判断だ。第一、漢中には道教であるゴッドヴェイドウが浸透している。その絶大的な信頼を得ている一刀を倒しても、後の治世は大きく難航するだろう。民の宗教の恐ろしさは、黄巾党の乱で群雄は学んでいた。

 第二に、あの一騎当万の呂布と、鬼将軍張遼。その両名を打ち破った勢力を正面から相手にしたくない、というものがあった。故に馬騰は袁術を、袁術は劉璋を、劉璋は馬騰を――といった風に他の群雄を推薦し合う有様である。

 また一刀も何もしていないという訳ではなかった。

 張譲の力の及ばない、軍閥――大将軍である何進や、三公を輩出した名家、袁紹の屋敷にも使者が入っていると聞く。それは貢物や書状と言ったものだが、どのような約束が成されているか分かったものではない。

 万が一にでも、次の皇帝が選出された際に、彼ら軍閥の手の者が即位したら、どうなるか。


 「我が名は張譲。それは宮中並びに世の全てが私のものという意味だ!」


 だから彼は許さない。

 自身の意に背き、逆臣という名を受けて尚、倒れる気配のない若者を。

 ――力だ。力が欲しい。

 誰にも負けぬ最強の軍を。天下がその名を聞いて恐怖する、最強の将を。

 言うことを聞かぬ軍閥を、日和見する文官共を、すべからく跪かせ、掃討する。その部隊が、必要だ。

 


「張譲殿!」


 悩む張譲の名を、呼ぶ声があった。

 疲弊した表情を隠さぬまま、壇上より張譲が顔を向ける。

 そこには十常侍の一人が息を切らして立っていた。


「なんだ。私はいま忙しいのだ」


「はっ。二点ほど急な報告です。皇帝陛下のご容態ですがもう先は長くないと――」


 言われ、告げられた言葉に張譲は息を呑んだ。

 予期していたことだ。

 しかし顔を青ざめながらも、無言で張譲は次を促した。


「また洛陽に滞在する董卓が陛下の見舞いに来られたそうです。いかがなさいますか?」


 その言葉が彼の脳裏に悪魔の囁きを生み出した。

 沸騰する血の巡りが思考を蹂躙し、一つの解を生み出した。

 歓喜。懈怠。そして策――それら全てが彼の全身を支配する。


「ほ、ほほほっほ。そうか。こうすればよかったのか――そうだ、私は今までだってこうしてきたではないか」

 

 狂ったように笑い、狂喜する様子は配下である十常侍でさえ背筋を震わせるものだった。

 自分の弱みを潰し、力となる策だ。

 彼は一言二言部下と話をつけると、董卓を玉座に通せと命を発した。

 その瞳に、一物を抱え込んで。



「うちはあんま気乗りせんけどな賈クっち。今の洛陽は化物の集まりやで?」


 玉座の間に繋がる道、そう言うのは霞だ。

 いつものように身ほどの刀を肩に持たせるように掲げ、歩く。

 彼女を含め四人の少女がいる。

 一人は深紅の髪に浅黒い肌を持つ少女、恋だ。方天画戟を垂らし、無言で歩を進めている。


「ボクだって分かってるわよ!でも(ユエ)がどうしてもしたいって言うんだからしょうがないじゃない!」


 そう反論するのは眼鏡に浅緑の髪を垂らした小柄の少女だ。賈クと呼ばれた彼女が帽子を被りなおす仕草は、小動物のような愛らしさがあるが、しかし反面目つきは鋭く険しい。

 そしてその傍ら、寄り添うように歩く人物がいた。小柄ながら官職を表す浅黒い絹の服を身にして、頭には表情を隠すような装飾が布を通している。白く、しかしたおやかな綿を彷彿とさせる白の髪を靡かせていた。触れたら崩れてしまいそうな、そんな儚い印象がある。


「ごめんね。詠ちゃん、私、無理を言っちゃったよね」


 か細く言う彼女に、賈ク――真名、詠は目を泳がせた。


「月は気にしなくていいの!家臣は主の命に従うもんなんだから。それにこっちには天下無双の呂布に、鬼将軍の張遼がいるから大抵のことなら何とかなる。万が一に備えて、華雄と陳宮を軍と待機させてるしね――でも何で今更、お見舞い、なの?」


 疑問の声に、 月は浅く微笑んだ。


「今の皇帝陛下――私の働きを最初に認めてくれた人だから。軍を起こして、故郷を守った私に、董卓良くやったって、玉座から下りて頭を撫でてくれた人。だから、早く治って欲しい」



 詠はその言葉に瞳を細めた。

 それは今より四年も前の話しだ。まだ張譲含め宦官が勢力を伸ばしている最中のとき。

 しかし時節は変わった。恐らく皇帝は以前の人物ではない。不器用ながらも娘二人を愛し、民を慈しんだ彼ではないのだ。

 だからこそ、主君である彼女、月の思考は危険だ。

 戦乱から民を守る為に西涼の長になった彼女は、いまだ自分の価値を良く理解していない節がある。成り行きではあったが、華雄、張遼、呂布――それに自分と陳宮なる軍師。広大な地盤に加えこの将の厚さは、天下を狙える一大勢力だ。

 しかし月には野心がない。

 ただ自分の手の者を守れれば良い。

 ――だから他人の悪意に鈍感となる。 


「呂布。嫌な予感はする?」


 聞かれ、恋はフルフルと首を振った

 彼女の感は時として大きく当たる故の投げかけだ。


「この都、入ってから嫌な感じ。だから分からない。でも、大丈夫。月は絶対に守る」


「無理はしないで――でも、お願いね」


 こくりと頷く一騎当万。

 打てる手は打った。万が一襲い掛かられても、それぞれの身を犠牲にすれば月は守れる。

 それに宮中は神聖な場だ。流石の張譲も無理はすまい。

 ――そう考えてしまった。



 玉座の間の前、巨大な扉の前で門兵が言った。


「申し訳ありませんが、これより先、董卓様と賈ク様のみ通せとのことでございます」


「何や?うちらを通したら不都合でもあるんか?」


 張遼が真っ先に噛み付いた。

 恋もその隣で目を細め、柄を握る手が強まる。

 千の雑兵を相手にしても怯まない武人二人の眼光だ。一般人に耐えられるはずが無い。吹き出すような汗で顔を青くしながら、しかし門番は職務を全うする。


「ですが!この先、百官が居並ぶ場。そこで皇帝陛下直々に前将軍をされた董卓様と、校尉である賈ク様に労いのお言葉があるとのこと」


「職務を振舞えるまでは治られたんだ……」


 顔を笑みに向ける、月。しかし詠はその不自然な言動に気づいていた。

 校慰である自分が呼ばれて、何故、張遼や呂布が呼ばれないのか。先の漢中の戦での労い?それとも黄巾党?どちらも彼女達二人の活躍は宮中を賑したはずだ。なのに何故――?


「ちょっと。中覗かせてもらうわよ」


「は、はあ!?」


 許可を得ずに詠は少しだけ扉を開き、中を見た。

 そこには広大な空間がある。朱の支柱が立ち並ぶ中、微動だにしない百官たち。

 そして奥。遠目に見る壇上の先、玉座には確かに人の座る影がある。

 たしかに正式な場だ。ここでは張譲も何も出来ないだろう。


「確かに正式な場みたいね。分かったわ。呂布、張遼。貴方達二人はここで待ってて。ボクと月が行ってくるから」


「賈クっちがそう言うなら……」


「気を、つけて」


 渋々といった形だが二人が矛を下ろした。

 それに頷きを見せ、詠は月の手を握る。


「絶対に私が守るから。行くわよ、月」


「うん、詠ちゃん」


 ――絶対に離すもんか。

 決意を新たにする詠と、月は扉を通る。

 すぐさま、巨大な門は二人を飲み込み、入り口が閉められた。

 入ってすぐ感じたことは、

 ――薄暗いわね。

 普段なら陽の入る場所を全て黒い布で覆っているのだ。

 光なく、立ち並ぶ百官の表情も読み取れない。 

 陽の光すらも皇帝には害なのか。しかし、それでは公務など取れないはず――

 そう頭を回転させる詠に、しかし声が飛んだ。


「董卓、近うよれ」


 それは玉座よりの声だ。

 そこにいるのは皇帝のみ。

 月が、「はいっ」と頷き駈け寄る。

 彼女にとっては皇帝は自分を認めてくれた最初の人だ。勿論、詠や張遼、呂布という仲間もいたが、それでも皇帝に、そして男性に触れ合ったのは初めてだ。

 だから彼女は喜んだ。自分にとっては父親に近い感情を持つ相手だ。慈悲深く、寛容で、西涼の田舎者と馬鹿にせず一人の人間として対等に見てくれた。その人物の快方に彼女は喜んだ。


「ちょっ、月!?」


 だから詠の手を振り切り、彼女は駆けてしまった。


「もっと近う」


 詠が呼び止めようと手を伸ばす、


「もっと」


 しかし暗がりでその手は触れることなく、


「もっと」


 駆けた彼女を追おうとするその手を百官の一人が掴み上げ、


「もっと」


足も口も伸びてきた手が塞ぎ、


「もっと」


そして月は駆けることに成功してしまった。

玉座が置かれた壇上の傍ら。皇帝のみ許される限界の位置に駈け寄った彼女は顔を上げ。

――凍りつく。





「 も っ と 近 う よ れ 」





 そこには白い肌を輝かせ目を充血させた張譲が、悪鬼が如く爛々と立っていた。

 月はその異質な姿に悲鳴を上げ、逃げようと背をむけた――しかしそれより早く飛び掛った張譲が後ろより抱きかかえるようにその矮躯を掴みあげた。


「や、やだ!」


「ほっほっほ。西涼の主もこうすればただの幼子よの」


 笑う張譲に、詠はようやく塞がれた手を噛み、悲鳴を上げる百官より這い出た。

 そして状況を即座に理解し、叫ぶ。


「呂布、張遼!」

 

 呼ばれ、音が答えた。

 それは轟音だ。巨大な門が崩れ、陽の光りを背景に二人の将が姿を現す。

 門を破壊した方天画戟を恋が振り上げ、門兵を切り殺した霞が状態を見る。

 言葉は今の二人にはいらない。体を前傾に傾け、一気果敢に駆け抜けるのみだ。

 しかし、


「待てい。小娘の命がどうなってもいいのかのう」


 言ったのは張譲だ。

 全員の視線が向けられ、見れば細い月の首筋に小刀が突きつけられている。


「やってみい……その瞬間にアンタの素っ首が転げ落ちるで!」


「絶対に、殺す」 


 霞が叫び、恋が頷く。

 天下の猛将二人の気炎の前に、張譲は若干顔を歪め、


「ふ、ふん。天下無双に神速の槍。届く前にこの細首、刺し貫くこと可能ぞ!」


 そして当てた小刀を、押し込んだ。

 赤い光点がぷくりと白い肌に浮かび、月の顔が痛みに歪む。


「ま、待って!呂布、張遼!お願い!矛を捨てて!」


 対して詠が叫んだ。

 彼女にとって月は全てだ。

 ――油断してしまった。

 まさか宮中でこんな大胆な手は絶対に行わないと、そう信じてしまった。

 そして詠の計算では、どう行っても月の首のほうが呂布たちの矛より先に落ちる。

 だから彼女は叫ぶ。


「し、しかし賈クっち!」


「駄目」


 霞と恋が否定の声を上げるが、


「お願い、月はボクにとって全て!だから!」


 嘆願の声が二人を揺さぶった。

 目に涙を浮かべた小柄な軍師。

 彼女こそが一番の責任を感じている。

 普段は上よりの物言いだったが、しかしいま手を突き請う声は。


「くそっ。最近こんなんばっかや!」


「……」


 霞と恋が武器を放り上げる。

 堅い音が響き、そして静まった。

 張譲とて賭けだった。もし彼女達が自分の主君の命より名誉を取れば、自分達は消し飛んだだろう。

 しかし彼女達は武人としての誇りの、武器を捨てた。

 ――我が策なれり。


「ほっほっほ。素直で宜しい」


「張譲!あんた。自分が何やってるか分かってるの!?神聖な玉座の間で、皇帝の名を語るばかりじゃ飽き足らず玉座にまで座り、この横暴。諸侯が黙ってないわよ!」


「何を言っておる。いま、この瞬間、確かに皇帝陛下と董卓は謁見しておるぞ?」


「そんなわけないじゃない。ここに官職に就いた者達が証明してくれ――!」


 言って、詠が見た時だ。

 門より入る光りで百官が照らされ、ようやく理解した。

 列侯や文官達の顔は能面のようで、しかしその内容は。

 ――全部、張譲の手の者や親戚達!


「皇帝陛下の政務を筆記しておる者はこう書いておる。病を推して、董卓と会話に興じた皇帝陛下は、跡継ぎの貢献を張譲に託すこと、それに大陸最強の軍を持つ董卓が力添えすることと頼んだ――とな」


「そんな無茶、通るわけ……!」


「通すのだ!軍閥の何進や袁招は今だ洛陽の中で変化に気づかず、それ以外の宮中は一部の臣を除き我が配下よ。そしてその一部の忠臣たちは先日より暇を与えておるわ――皇帝陛下の命でのう」


 ここまで横暴を行うとは思っていなかった。

 これでは皇帝陛下の名を借りたただの謀反人だ。

 前回の趙忠のときはこのような行いに出なかった。それは事が露呈した際に、自分の立場が危うくなることが分かりきっているからである。

 この博打に近い振る舞い。意図。時節。全てを脳裏に刻み付けた詠は、出された答えに愕然と顔を青くさせる。


「まさか、まさかアンタ……!」


「ほう。流石は頭が切れるようだの」


 張譲の下卑た表情に詠は自分の予感が当たったことを知る。

 そして頭が良いのは彼女だけではなかった。

 月だ。


「駄目!私のことはいいから、お願い。私達の軍でそんなこと、させないで!」


 彼女にしては珍しく音の鳴る声だ。

 だが張譲は押し黙らせるように口をその手で塞ぐと、刀を押し付けた首筋を舌で舐め上げた。

 蛇のような動きで細い首筋を這わせ、刀で零れた血を粗食する。

 身を抜く悪寒に瞳に涙を浮かべる月に、愉悦の表情を浮かべる張譲。


「ほっほっほ。西涼の女子は荒野の大地で逞しく育つという。確かに流れるものも美味じゃ。血も肉も、良い精力剤になるに違いないのう」


「この、腐れ、外道!月に、月に触るな!」


「こちらとしても命綱じゃ。そう簡単に壊しはせん。――じゃがわかっておるな?丸薬になって涼州に帰るか、五体満足で帰るか――それを決めるのはお前達の行動次第だということを」


 問われる言語は一つだ。

 服従か主君の死か。

 どちらも選べるものではない。


「賈クっち。臣下として主の命を大事にするのは大切や」


 悩む詠に、霞が諭すように言った。


「でも、いまウチらの大将は命を張ってこの外道を止めろ言うとる。それを叶えてやるのも、臣下の役目ちゃうんか。ウチの武人しての心が、こいつを殺せって、頭で叫んで五月蝿いんや。アンタの命があれば、ウチも呂布っちもすぐこいつら皆殺しに出来る。なあ、賈クっち……」


 それは嘆願に近い。

 月が身動きが取れなくなったいま、実質董卓軍の指揮権は補佐を勤めた詠のものだ。

 だから彼女の決定は軍の決定に近い。

 そして、


「……駄目」


 詠は判断を下した。


「もしいまここでこいつらを皆殺しにすれば、逆臣は私達の方になる。そして月という指導者を失えば未来はないわ……もう、こうなった時点でボク達に抵抗は出来ないのよ」


 それは軍師の言葉だった。

 納得できるものだ。しかし霞はその中に軍師だけではなく、詠という個人の感情が強く含まれていることを感じた。だから、言った。



「分かった。アンタの決定に従う。でも、大将が救出されたらウチはこの軍抜けさせてもらうで。これから先の戦は張文遠の矜持を汚す戦や」


「ありがとう……呂布は?」


「董卓はご飯くれた。凄く感謝してる。だから、恋は助けたい……例え蒼天の空を汚す戦になっても、恋は戦う」


 二人の言葉は納得は出来ていないが、私人としての力添えだ。

 ただその事に、詠は頭を下げる。

 一方、合意に至ったことを確認して張譲は笑みを浮かべた。


「ほっほっほ。では。早速策を伝えよう。皇帝の名を使い、洛陽の外にいる軍勢、そして涼州の兵を都近くに呼び寄せるが良い――そして時が来たら」


 口を裂くように笑い、張譲は告げた。


「軍閥と歯向かう文官を皆殺しにし、洛陽にその董旗を高々と掲げ、新しい皇帝を祭り上げよ。後の時代に残るであろう……我らの名がなあ!」


 遠く響く声は始まりを告げ。

 そして新しい時節が動き出した。



洛陽城下街。

 庭園のある屋敷で、池の水面を見つめる少女がいる。若干巻いた金髪に髑髏の装飾を施した彼女は、手に持つ小石を小さく投じた。波紋が浮かぶ中、映る姿は息を飲む美しさがある。

 徹底的に磨き上げられたかのような白い肌。その背に比べ小さい頭部に引き締まった肢体。幼いながらしかし完成された色気があった。

 そんな彼女は薄桃色の唇をツンと上げ、投げた石で動く鯉を見つめていた。


「ふーん。そっちに行ったか」


 言った時だ。屋敷の扉を開け庭園に入ってくる少女がいる。

 それは猫耳のような装飾の施された服を身に纏った姿だ。

 肩まで伸ばした茶の髪をふわふわ揺らしながら告げる。


華琳(かりん)様ー!宮中よりの報告です!」


 言われ、少女。華琳は振り向かずに言った。


「董卓が張譲の手に落ちて、その軍勢が動き出した?」


「な、何故それを……」


「少し考えれば分かることね。精進しなさい、桂花(けいふぁ)。しかし、張譲も遂に動き出したのね。

これは環境が変わるわ」


 華琳は、今度は少し大きい石を投げる。

 生じた波紋で、中の鯉が四方に散った。


「このことを知っている者は?」


「はっ、はい。いましがた屋敷に告げてきた張譲の手の者の配下ですが、多額の謝礼と好条件で長年釣っていたので、他にはいないかと。そもそも他の官は張譲の手から離れないでしょう。何より報復が怖いでしょうから」


「そ。じゃあその密告者を殺しなさい」


 言われた言葉に桂花が固まった。 


「は……はい?」


「金銭で釣られるような不確定要素にこれからの戦いで左右されたくないもの。私たちだけが真実を知っていることを、他の諸侯に知られるわけにはいかない。分かるわね?」


「は、はい!しかし董卓を助けず宜しいのですか?今なら張譲の横暴を暴く証拠も多くありますが」


「自ら汚名を被ってまで、この腐りきった宮中を破壊してくれる。こんな役目は、呂布に張遼という素晴らしい将を持つ董卓と、西涼の屈強な兵隊しか出来ないことよ。彼女達には悪いけど、歴史に悪名を残して貰うわ」


 言って、華琳は手に持つ石を投擲する。

 それは今までのものとは違った手首の振りが効いたものだ。

 破壊が威を以って、水面を割り、水が弾けた。

 水中深く潜んでいた鯛たちが、発生した衝撃で多くが浮かび上がる。

 目に見えていたものとは大きく異なった数に、華琳は目を細める。


「この動乱で、名を挙げるのは誰かしらね。南の孫策?東の劉備?――それとも」


 言った時だ。池より大きな波が生じた。

 桂羽が頭を抱え、波より飛び上がったのは池の巨大な主だ。

 尻尾を震わせ、陽に輝く鱗を見ながら、


「貴方かしら?漢中が天の御遣い、北郷一刀」


 池の主は一度跳ねて、再び池に戻っていく。

 曹孟徳――真名、華琳はただ静かに微笑んでいた。



色々無茶がある内容となっていて大変申し訳ありません。

次回の更新は火曜日になると思います。

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