第二十五話『拠点フェイズ 天和・地和・人和編 1』
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朝儀の場。太い幾つもの支柱で支えられた広間では、一刀を含め漢中の面々が居並んでいる。
零れる朝日と寒風に幾人かの諸将が体を震わす。
「ご報告申し上げますー」
言うのは風だ。手に持つ書簡を開き、述べる。
「戸籍作成は順調に進んでおります。漢中の内訳は大体分かりました。まだ深い詰めは必要ですが戸数にして六万、人口にして三十万に登ります。人口比率は若い方が多いですねー。新たな新天地を求めている、という意味合いもあるかとー。今も尚続々と増えております」
精査出来たのは風の力あってのものだ。恐らくこの会議に間に合わせる為に相当な無理をしたのだろう。若干の目のクマを確認して、一刀は頭が下がる思いで胸が一杯になった。
ありがとう、っと一刀は告げて、次に師愉を見る。
その視線に合わせ彼女は結んだ黒髪を揺らしながら一歩前に出た。
「財政の件だよ。灌漑工事と流入した民達への公的な仕事の斡旋で相当な出費が出てる。一層の倹約に勤しんで欲しい。あと一刀様の足踏み式脱穀機を輸出可能かってのも出てるね。肥料はもうちょっと試験的運用が必要。但し、実験用の畑に通常より大きく作物が出来たとの報告あり。それと――」
一言。迷うように言葉を詰めて、
「南の蜀郡一帯が日照りによる不作で相当ひどいことになってる。太守の劉璋が不作に備えた貯蔵を充分にしてなかったせいで、民草が特にひどい。なんとかしてやりたいんだがね」
聞けば相当な飢餓が発生しているという。
近い漢中がその影響を受けていないのは奇跡に近かった。
そして言われる意味は分かる。
米を放出出来ないか、ということだ。
「確か漢中の貯蓄は――よし、まだ余裕があるな。劉璋に手紙を出してくれ。当方、兵糧を相場の三割増で譲渡する用意あり、と」
「相手の足元を見て吹っ掛けるっていうのは感心しないねえ」
師愉が目元を険しくさせて言う。
ゴッドヴェイドウ。その弱者を救うという信義を得る彼女としては不愉快なのだろう。
しかし、っと一刀は続けた。
「無償で渡して、次を期待されても困るよ。それに隣接する袁術は悪智恵が働く。どうせ商人の足止めでもして、米の流入を邪魔しているんだろう。でなければ国単位でそんなひどいことにはなってないさ」
漢中は蜀の喉元といえる場所だ。南方は南蛮。東は袁術となれば、必然的に蜀郡との流通が可能になるのは漢中だけだ。
「それに発展途上の俺達にとって金銭はどうしても欲しい。汚名のせいで他国とほとんど交流出来ないからね。でも逆臣と言えども今の劉璋にとっては藁でもすがる思いの筈。ここで交易の道を作っておきたい――益州は鉱山資源が多い。それは必ず漢中の為になる」
「……そこまで考えてるならあたしに異論はないさ。つまらないことを疑ってすまなかった」
師愉が首を下げた。馬鹿正直に言わなくてもいいことを――だからこそ一刀は彼女を信頼する。自分が誤った道に行かぬように、これからも監視してくれるだろうから。
「いいよ。だから師愉にその場所を任せてあるんだ。次は――軍務か」
「待ちかねましたぞ、主殿」
言ったのは星だ。
「漢水が豪族の連合を配下に治めました。これで領内の勢力は全て主に収まったことになります。また流入する民からも志願を募り、軍の補強を急いでいます。現在すぐに動かせる兵は、槍兵一万、騎兵五千、弓兵五千。後は無所属の歩兵一万。計三万と言った所でしょうな」
「随分増えたんだな」
半年前はすぐには五千しか動かせなかった。現在はその六倍が運用出来るということになる。
「他国で実戦経験のある者も入っておりますからな。騎馬兵が少ないことが気がかりですが、西涼より降った兵達に馬舎や馬の調練の方法を学んでおります。それと――主殿の提案された案ですが、現在隊を分けて訓練中です。もう暫くたてば実戦に移せるかと」
「ありがと。急いでないから気長にやってくれ。あと――」
「存じておりますよ。間諜が紛れてないか気をつけろ、ということですね。管理体制の構築は急務な課題です。鋭意取り組んでいますよ」
「苦労をかけるな、星」
最も仕事の多いであろう軍務。
一刀の中での改良点は多くある。それは天の知識と他の人生で培ったものだ。そのノウハウを現実的に運用出来るレベルに取りまとめ、実行するのが彼女の仕事だ。
「そう思うなら是非夜にでも――っと。皆が怖い顔をしておりますので、後よりお誘い致します。それと新たに風が推挙した者達を前に」
くくっと、手を口元に当て笑いを一つ。
居並ぶ武官、文官の中より一歩先に出るのは三名の少女だ。
「数日仕事を見ました。廖化、周倉の二名は武の気が強く、また兵法も通じます。参軍すれば良い将となりましょう。閻圃は武、知識共に旺盛。良い中核となると存じますよ」
灰色の髪を肩まで伸ばした少女が、静かに頷き。
目を弓状にして笑みを絶やさない少女は両手を大きく振り。
生気の無い瞳で気だるそうに頷く少女がいる。
彼女達は他より流れてきた流民だった。先の二人は黄巾党より流れてきた者たちで、残り一名は蜀の大将に嫌気が差して隠遁してきたものだ。
風が募兵した中で特に目をつけ推挙したのだ。どれとも一刀の今までの人生では関わりがないため、実力は未知数である。しかし漢中にはより多くの軍を任せられる将が必要不可欠だ。
「色々大変だと思うけど、これからも宜しく頼む」
「はっ」
「任せてー」
「はーい……」
三名それぞれの返礼を行い、居並ぶ将の中に戻る。
頼もしい言葉だが、廖化以外は表情と返礼が公のそれではない。後で星に再訓練させようみっちり――そう思った一刀だが表情には出さず、代わりに手を叩いた。
乾いた音が朝。身も刺さる空間に響く。
肩の力を抜くためだ。見せるのは眉を下げた苦笑するようなもの。
「これで今朝の朝議は終了だ。さてと――今日は寒かった?」
はっ!っと全員が同意の声を上げた。
「だよな。うん、最近は特に寒い。でも」
ふっと視線を上げる。先には太い支柱に囲まれた空間。
その窓辺だ。見えるのは竈の煙が上がり、市民の往来が激しくなりつつある城下街だ。
「あの下に入れていない人達がまだ沢山いる。農地も、市場整理も、法も――何もかもが足りていない。この広間はそれらが足りてから改築する。だから、身に得た寒さは民の声だと受け止めてくれ」
一拍置いて、居並ぶ将たちは声を上げた。
「応っ」
「よし。良い声だ。じゃあ解散。今日も宜しく頼――」
――前日より考えていたちょっと良い訓戒を一刀が言い終えた時だ。
広間の扉が大きく開かれた。
空間を裂くような轟音と、続いて響くのは床を進む足音だ。
桃色の髪を伸ばした少女、小柄で目つきの鋭い少女、眼鏡で表情の平坦な少女――すなわち先日加入した、天和、地和、人和の三名である。
彼女達は入室するや否や、一直線に一刀の元に向かう。
その表情にあるのは怒りと困惑の入り混じったものだった。何故は人和のみ表情に焦りがあるが。
「一刀聞いてよー。皆が歌を聞いてくれないのー」
「一刀!どうなってるのよこの漢中は!」
「ちょっと天和姉さんにちぃ姉さん。いま一刀様会議中……!」
入ってくる三人は数え役満☆姉妹という名の旅芸人だ。
その熱狂的な歌声は大陸に大きな影響を及ぼし、それが原因で支持層が暴走。黄巾党の乱という大陸全土を巻き込む争いが発生してしまったという過去がある。
今は名を隠して漢中の広告塔として活動しているのだが――
「子供は射的とか剣道とか学校とか農地の手伝いとかで見てくれないしー。」
「大人は学門に農地整備で大忙し。支持してくれてた皆も割り当てられて仕事で舞台に来れなくなってきてるし!どうすればいいのよ!」
「ちょっと。一刀様困ってるから……!」
天和が左手を掴み、地和が右手を引っ張って抗議する。その周辺を人和が困ったように歩を右往左往させていた。
本人達には全くその気はないが。傍目から見れば三人の一刀争奪戦だ。見ていた警備兵の男達が小声で言う。
「両手に花とかもげればいいのに――ああ、しかし天和ちゃんの体が揺れてその豊満な肢体が大きく。う、うむむ。眼福だ」
「ちょっと壁殴ってくる。ああでも地和ちゃん可愛いなあ。お持ち帰りしたいなあ」
「好色君主め……でも人和ちゃん今日も可憐で嬉しい」
呪詛の声に近い。
理不尽を感じながら一刀は両手を引っ張られながら叫んだ。
「今は会議中だ!後からちゃんと話を聞くから!」
そして。
「あと今言ってた警備兵三人もう一回懲罰房行きね。気持ちは分かるから今回は半日」
お慈悲をー!っと連れて行かれる三人の面子に前回も似たようなことがあったな、と頭を捻る一刀であった。
◇
場所は変わって一刀の執務室。
今だ多くの書類が並ぶ中で、三人の少女がちんまりと長椅子に座っている。
向かい合うように置かれた机の前。一刀が手元の書類を見て呟いた。
「うーん。確かに入場人数芳しくないなあ」
いま一刀の手元にあるのは支援者によって作られた彼女達の舞台に来てくれている人数だ。日によって割り当てられた欄には、一刀が教えた縦線グラフが並列に並んでいる。
決して悪い数字では無い。だが問題は少しずつ下降気味になっているということだ。
「さっきも言ったんだけど、ここ本当に娯楽多いよねー。一刀が普及したの?」
天和の言葉に一刀は頷き、引き出しより幾つかの機材を持ち出す。
それは試験的に作らせているもので、
「ああー。えーっと。花札やトランプに始まる札物から、果ては鬼ごっこ、かくれんぼに始まる子供の遊びものまで。取り合えず天の娯楽は少しでも浸透させるつもり」
「話に聞いてたけど天って本当に遊興の種類多いわね……」
「でも面白そう」
地和は呆れ顔、人和は若干の興味を示していた。
「学も遊びも両立出来てこそ生きるってものさ。で、話は戻してこの入場人数の問題だけど」
「そうそう。何とか良い案ないかなあ?」
天和がねだるように首を傾げる姿勢を見せ、対して一刀は頷きを以って返した。
そして、一息を入れるように間を持たせて言う。
「まあ――まずは広報活動を頑張らないと」
「お言葉ですが一刀様。私達はきちんと動いています」
言ったのは人和。彼女達の中で縁の下の力持ちだ。
「巡業も定期的にしていますし、舞台だって手を抜いたことは――」
「でも、人が来ない。実際にこう数字に出てるんだ。そこは認めようよ」
反論を封じるように割って入られ、若干眉を逆立てる彼女に、一刀は、まあまあ、っと宥め、
「でも、実力と人気が無いってのは比例しない。現に他の地の人たちの入場者数は一定以上確保しているんだ。なら新規の客層――つまり漢中の人たちの取りいれが出来てないってことだ。ここまではいい?」
「大丈夫ー」「まあ、なんとか」「はい」
三人とも疑問符を持ちながら答えた。
うん、っと一刀は笑みを見せる。
「じゃあ何が問題か?簡単だ。いま漢中は改革の真っ最中。子供も親も時間なんてほとんど無い。その無い時間を割いて見に行きたいって思う。その情報が足りてないんだよ」
「う、うーん?でも一刀ぉ。私達ちゃんと地域巡業のときは村々に挨拶してるよ?」
「だろうね。で、気になって舞台の時間を見たら――ほとんどが昼間だ」
言われて三人が目を見開いた。
しかしすぐに、地和が反論する。
「だ、だってしょうがないじゃない。前に一刀が見た舞台は漢中に流れ着いての特別な慰労の場で――暗かったら可愛いちぃの姿が後ろの人たちに見えないんだもん」
「それはそうだけど、昼間は皆本当に忙しいんだ。その時間を使って行こうって――思う?それも他の地から来たよく分からない旅芸人の為にさ」
「思わないわ」
「ちょ、ちょっと人和!?」
同意した人和に地和が怪訝な声を上げた。
しかし末の出来る妹は、眼鏡を上げて、そのフレームの中の涼やかな瞳を光らせる。
「つまり一刀様はこう言われるのですね?農家や市場の閉まる時間、その隙を突け、っと」
「そう。まずは浸透してもらわないと話にならない。それは口伝もだけど、見てもらうのが一番の広報活動だろ?農家も市場も休みがない。ただ暗くなれば作業は滞る。一作業を終えて、家路に帰ろうと思ったとき、若しくは休憩しようと思ったとき、楽しそうな音が聞こえてくる――」
「なるほど。他の大陸より民が鋭意に働いている分、こちらも合わせるのですね」
「そ。後は、お酒やつまめる物の屋台とかも並ばせると良いかもね。天ではそうやって楽しい時間っていうのを提供していた。お店には場所代を要求すれば活動資金にもなるし、お店は普段より多くの客入りが見込めるから」
「――となれば市場にいって協力を仰がないと。あとは夜行うための舞台の改造や、火を焚く油や篝火も。それに広報活動もしなきゃ」
二人の会話が頭上を行き来し、
「ちょ、ちょっと、人和ちゃん?」
「人和、あんた何言って……?」
残された天和と地和が話しの進行に疑問の声を上げた。
だが次の瞬間、三人の体が椅子より立ち上がる。普段はおとなしいはずの人和が、姉二人の手を掴んで起き上がらせたのだ。
「一刀様!所要が出来たのでこの辺で失礼させて頂きます」
「うん。頑張って」
「ちょっ人和ちゃん!?」「ま、待って引っ張らないでよ!」
「姉さん達急いで!行きながら説明するから!」
ばたばたと慌しく部屋を出て行く三人である。
その動きに、一刀は吐息を上げ、残された部屋で一人、手首を組んだ。
「あーあ。焚付けちゃった。これってあれかな。他のアイドルに対する協力になるのかな?地和に裏切り者ってどやされるかも。それを天和が諫めて、人和が苦笑いを――」
言った時だ。
一刀の表情が一瞬だけ歪む。
だが次には元の表情だ。眉を下げた苦笑の表情。
そして、だだ一言。疲れてるな、っとだけ吐き捨てた。
次回はオリジナル武将編になります。
その次がようやく本編ですね。
拠点フェイズ長くなっておりますが、もう暫くお付き合いくださいませ