第二十三話『拠点フェイズ 風編 2』
第三部突入です。
今回は最初に拠点フェイズ。
大陸を巻き込んだ戦。
黄巾党の乱、その最後は大陸全土に伝わった。
一刀は執務室で風が全国に散らした間諜による情報を書簡で確認している。
そこには以下のことが書かれてある。
広宗の戦いを最後に、漢王朝は黄巾党の乱の終結を宣言した。
そして各地の群雄を都に集め、功を労い、褒賞を授けた。
曹孟徳。《曹操》
各地での黄巾党の撃破。
十を超える黄巾党の将を討ち取る功績を称えられる。
兗州が州牧に命じられ広大な領土を得るに至った。
更に最終決戦である広宗の地にて奮闘、皇帝自ら病室でそれを称えたという。
また西園八校尉と言われる皇帝直属の部隊を指揮する立場の一角に収まる。
現在王朝にて影響、力を持ちつつある群雄。
袁本初。《袁紹》
三公を輩出した名門汝南袁氏の出身。
現在は冀州が州牧であり、青州の一部も納める。
配下には猛将、軍師を多く揃え大陸最強の一角。
各地にて転戦。数に任せた戦は単純だが効果があり黄巾党を震え上がらせた。
曹操と同じく西園八校尉に選ばれるが、格は袁紹の方が上である。
洛陽が大将軍、何進に従い武官の派閥に属する。
宦官である張譲達とは犬猿の仲。
袁公路。《袁術》
上記に上げた袁紹の従姉妹。
袁一族の一人で功績が称えられ荊州太守に。
配下には孫策、張勲がいる。
広大な領土を持つが宮仕えを好まない。
また重税によって民は貧困に喘いでいる。
漢中に来る流民の中で彼女の領土から流れてくる者が一番多い。
劉玄徳。《劉備》
自称、漢の皇帝の傍系が劉氏の血を引く者。
義勇兵ながら、その奮戦、転戦ぶりは大陸に名を響かす。
最終決戦地である広宗にて、主要部隊を撃破。
その功績によって徐州が州牧に命じられる。
配下には関羽、張飛の二人の将を従えている。
軍師も並外れた才略を持つ者が二人いる。
董仲穎。《董卓》
西涼の主。
領土の黄巾党をいち早く壊滅させ、并州牧に命じられていた。
黄巾党の乱の間は前将軍に命じられて多くの兵を預かっていた。
しかし現在、領土の治安を理由に乱が終了し前将軍を解任された今も漢兵を手元に置いている。
北郷一刀に一時破れるもその精強ぶりは健在。
将に呂布、張遼、華雄等がいる。
他、多くの将が功績を称えられていたが。
何より目に惹くのはこの群雄達だ、っと一刀は思う。
目を擦り、そして書いてある文を吟味する。
その最後の欄。
書いてあるのは外から見た自分達の評価だ。
北郷一刀。
自称、天の御遣い。邪教を崇める。
益州が漢中郡を不法に治める。
現在多くの流民、黄巾党を吸収している。
過去に張遼、呂布の二将を撃破。
黄巾党の乱も終わり、次の征伐対象との噂が高い。
――だよなあ。
結局の所、人の評価は簡単に変わらないものだ。
善政を敷いている、なんてうぬぼれる気は彼にはない。
しかし、
「まあ、唯一の救いは俺達が何も漢に対して具体的な行動を起こしていないってことか」
黄巾党と違う所はそこだ。
洛陽からすれば再三命令書が送られている筈だろうが、しかし将軍含め群雄は不当に圧力を受けた董卓を除いて動いていない。
――恐らく何かに理由をつけて先延ばしされているのだろう。
わざわざ呂布と張遼を破った沈黙を続ける不気味な相手と戦いたくない、というのもあるだろうが。
そもそも張譲の茶々で始まったようなものだ。
――この逆臣という評価も心の中では納得していない人間もいるかも。
「お兄さん。楽観視するのは危険ですよー」
「……人の心を読むなよ風」
扉の前、風が立っていた。
その手に持つのは書簡だ。
「どっちにしろ風たちが群雄に警戒されているのは変わらないのですからねぇ。今でも多くの間諜さんが領内をうろうろちょろちょろしているのです」
「でも風がきちんとその動きも報告にあげてくれるからね。そんなに心配はしてないよ」
「まあその通りなのですが、それでも限界がありますからねー」
そう言いながら歩を進める風だ。
距離が近づくに連れて、一刀は疑問を口にした。
「それて風はどうしたんだ?何か俺に用事でも?」
「はい。仕事をしに来ました」
――仕事?
この執務室は現在も多くの素案や用件で部屋が埋まっている。
人の入る場所はない。だが、
「よいしょっと」
「ッ!?」
風は自然な動作で椅子に座る一刀に腰を落とした。
途端にたおやかな髪が視界一杯に広がる。
窓辺より零れる日光に照らされ。砂金のように細かく滑らかなものだ。
女性特有の甘い香りと、体を通して伝わる生々しい弾力。
動けば、ふにっ、むにっ、といった擬音で伝わるそれは。
――まずい。
柔らかい。というか蕩ける。
更に場所が悪い。
彼女が腰を落としている場所は、自分の膝より上、腹部より下、つまり。
――ここで反応したらお兄さんとしての威厳が!?
「な、なあ。風。何で俺に座っているんだ」
声を震わせながら一刀が言うと、
「今からお兄さんに見てもらいたい内容が幾つかありましてー。これが一番効率的なのですよ。軍師は無駄を嫌うものですからね」
なんてのたまうのだ。
しかも一刀の表情を見て、くふふ、なんて笑みを零していた。
更に時折座りなおすように体を動かす。
その動作は一刀のとある箇所をリズミカルに大きく刺激して、
「く、は」
「どうしたのですかー?お兄さん。何か苦しそうですよ」
「だ、大丈夫だ」
一刀は相手が確信犯だと悟った。
こんな積極的に攻勢を仕掛けてくるのは予想外だった。
故に彼は最後の足掻きに出る。
妄想だ。これ以上ないくらいの、悪い奴だ。
目を瞑れば筋肉隆々マッチョな男と、髭面に褌姿の老人。
その二人がシナを作りながら迫ってくる。
そんな光景を頭の中で必死に思い浮かべた。
強烈な想像は、すぐさま現実を凌駕した。
「……うえ。で、一体何を見てもらいたいって?」
「くふふ。さすがお兄さんなのです。これですねー」
そういって一刀の目の前の机の上に広げられたのは設計図だ。
「ああ、完成したのか」
「はいー。職人さんたちがやってくれました、足踏み式脱穀機です」
中心に回転する円筒を装着した木造の装置だ。
足で踏み込む板があり、それを押し込むと回転する。
円筒には鉄で作られた針金が山状に配置されており、稲を押さえつけ回転させることでより多くの脱穀を行うことが出来るものだ。
「等間隔で作る細い針金とやらの細工は苦戦されたようですがー。ともかく形にはなりました。随時量産して農家に配布していく予定です」
「うん。宜しく。作ってくれた職人さんたちにも謝礼を送っておいてくれ」
昔、社会の時間で勉強して一刀が覚えていたものだった。
使えるものは何でも使う。
学生であった一刀は多くを知らないが、それでも天の知識はこの時代には大きい成果を残すだろう。
「あと戸籍の作成は出来たかな」
「勿論です。次を」
開けば、そこには体制や当てる人材に際しての草案がある。
「民一人一人の居場所、仕事、家族構成を確認する部署を作る予定です。申告は民自身にして貰いますが、それによる利益、税制の免除等が発生することを伝えます」
「いまこの漢中は着の身着のままで来ている人もいるからね。畑を与え、市場に仕事を斡旋して、そういうことが公共で出来るっていうのも伝えていかないと――勿論定期的な確認と、ズルをする人間に対する罰則は厳しく行おう」
「勿論です。甘いものばかり与えても民が悪戯に肥えるばかりで国はやせ細りますからね」
畑を与えても、すぐには作物は収穫が出来ない。
また勝手に開墾をされて自分の土地とされても困る。
ならば最初から管理しておけば早い。
その為に優遇措置を作り、差別化すれば民も従うだろう。
「またその畑の件ですが」
「ああ、もしかして肥料のこと」
「はい。農民の中で疑問を声が上がっています」
「まあ、そうなるか。いきなり糞尿ばらまけって言われてもなあ――」
勿論、そのままばらまいても意味が無い。
無駄に蓄積された養分は農作物に被害を齎すからだ。
しかし作物の熟成には栄養素が土壌に必要なことは未来では常識である。
「りん酸、窒素、カリウム。あとはカルシウムもだったっけ。そういう畑のご飯も必要なんだよ。えっと、天の国ではわらを腐らせたものや石灰、あとは加工した糞尿。それには家畜の糞も乾燥させて使ったのもあったりして。細かく砕いて畑に撒くんだ」
「成る程。土壌が生きていると思われているのですねー」
勿論、適度な配分や量がいる。
「俺も詳しくは配分を理解出来てないんだ。農家の人も疑問に持つのも当然だ。季候とかもあるし、まずは城下で畑を幾つか作って、試験的に適度な配分を調べておこう」
「御意。まずは知ってもらうことからですね」
――他の人生だとこういう提案も却下されたしなあ。
君主だから無理が言えるっていうのも大きかった。
「これらの広告は勿論、天和たち三名にやってもらおう」
「そですねー。そういえばお兄さん。あの方々のぷろでゅーさー?というものになったとお聞きしましたが、何をされているのです?」
「ああ。まだここいらで知っている人は少ないからね。本当に国民的アイドルになってもらうつもり。その為に裏で色々支援しようと思って」
「あい、どる?」
「えーっと。凄い人気のある人、とでも言えばいいのかな。ともかく皆に愛されてもらうようにさ」
「……それは構いませんが、多くの予算は落とせませんよー」
「分かってる。それに無理に押しても国民が離れていくからね。これは俺自身の手で行うよ」
一刀には一度彼女たちを導いた経験もある。
だから国で支援せずとも自助努力で何とかなる自信があった。
二人の会話はどこまでも続いていく――
◇
気づけば夕刻。
陽が落ちてきた辺りで風は目の前の書簡を閉じた。
「これで判断を仰ぐことは大体聞き終わりましたね」
「そっか。お疲れ様。部屋に戻ってゆっくり休んでくれ」
一刀が言った時だ。
今まで動かなかったその体が動いた。
「わ!」
視界を覆っていた小さな頭が凭れるように身を預けてくる。
体より感じるその背中は小さく、そして温かい。
「用件が終わればさよなら、とは。星さんの言うとおりですね。お兄さんは仕事しか頭にないのですかー?」
振り向き、仰ぎ見る風の上目遣いがしっとりと濡れていた。
その子悪魔のような、少し顔を上げれば唇がぶつかりそうな、そんな状況に一刀の胸の心拍が上昇していく。
何より問題なのは彼の頭の中で煩悩を守るマッチョや髭爺の姿が少しずつ消えていっているということだ。
「い、いや。そんなことは、ないよ?」
「じゃあ少しお話ししましょう。こういう時間無かったですし」
「そ、そっか。じゃあ」
こういう場合は男が話題を出すものだ。
風の心境に何があるのか考えながら、一刀は思っていた疑問を。
「そういえば風は一人で旅をしていたのか?それに何で漢中に?」
他の人生では彼女はこんな遠くにいなかった。
確か陳留辺りを、もう一人とうろうろしていた筈なのだ。
「いえ、もう一人友人もいたのですがー。何か遠い地に胸騒ぎを感じまして、別れて来たのです」
――どんな胸騒ぎだ。
それは動物の直感というのか、はてさて。
少し思案げにする一刀に風は微笑む。
「くふふ。動物の直感でも働いたのか、っという顔をしてますねー」
「……だから心を読むなというに」
――もしかして本当は心を読めているんじゃないか。
「お兄さんは顔に出るから分かり易いのです。でも――今はその感に従ってよかったのですよ。こうして私にしか出来ない仕事が出来ますし、お兄さんとも会えました」
「風……」
「でも、動物扱いされたのは心外なのです」
そう言って振り向いたまま風は顔を狭める。
少し背伸びするように近づいてきて、
「うわ、わ!」
一刀の首筋に顔を埋めた。
肌を通じて付けられた唇の形を如実に体感する。
そのまま動きを止めた風の、日向の香りが鼻腔をくすぐる。
既に煩悩を守る二人は頭から消え去り、甘い臭いに全身がしびれていく。
そして、
「かぷ」
「痛ああああああ!」
その首筋に思いっきり風は歯を突き立てたのだった。
悲鳴だけが執務室より響いた
――後日。
朝礼を前にして現れた一刀に、星は笑った。
「おや、主。どこぞの猫でも怒らせたのですかな?」
「まあ、懐かれてると思って受け止めるよ」
その首筋には小さな歯型が作られていた。
しかし、歯形の中心、小さな、何かをつけたような赤い痣があることを。
その様子を見ながらくふふっと笑う風以外は、誰も知らないのだった。
という訳で拠点フェイズでした。
これって必要なのかなー?っとも思うのですかキャラとのイベントを膨らませたいと思うのでどうかお付き合いを。
次は星の拠点フェイズとなります