第二十二話『三姉妹との邂逅のこと』
北郷一刀は追憶の夢を見るか――
日曜に投下できなかったのでいまします
一刀は闇の中にいた。
何故なら彼が浮いている場所、そこは色素もなく、地平もない。
全てが無であるという意味であれば、そこは間違いなく闇であった。
「また……この夢か」
呟いた言葉はその空間で反響する。
そして声に呼応するように動きがあった。
無色の中、突如として複数の窓が展開される。
数にして三つ。
四角に枠組みされたそれらは、緑、青、赤でそれぞれ縁取られていた。
窓の中、奥を通していた視界が砂嵐が映る。
間もなくして映し出されたのは映像だった。
緑の窓――
三人の少女と、一人の少年がいる。
桜が咲き乱れる場所で彼らは手を掲げていた。
天に見せ付けるように。自分達を確かめ合うように。
青の窓――
多くの将を前に、一人の少女が号令を上げた。
凜とした視線は遥か大海を見据えている。
とある少年がそんな彼女の傍らにいた。
天に誇るように。守るように。
赤の窓――毒に侵されながらも、味方を鼓舞する少女がいた。
彼女の気高き魂は、その場に立つ全ての者が震えさせた。
一人の少年が、彼女の後ろ姿を見つめていた。
天に刻み込むように。その意思を忘れぬように。
やがて三つの窓は多くの映像を映し出す。
戦乱、都市、穏やかな日常風景。
調練、学習、民の表情。
そのどれにも同じ少年が映っていた。
慌てたり、驚いたり、笑ったり。
謝罪したり、はしゃいだり、動いたり。
決して忘れない、誰かの記憶。
だが――
最後。それまでは別の光景を映し出していた三つの窓は、同じ情景が描かれていた。
朱だ。
真っ赤に染まった戦火の火。
形こそ違えど、土台より崩壊していく世界だ。
少年がそこで蹲っている。
自身の身が炎に巻かれていくのを微動だにせず、叫んでいた。
母音を伸ばしたその声は、幼子のよう。
喉も涸れ、身を炎熱の力で焦がしながら少年は言う。
『天の御遣いなんて、俺が――』
聞く者はいない。
応える者もだ。
だがそれを見ていた一刀が合わせるように口を開いた。
「『俺がいなければ――こんなことにはならなかったのに』」
その声は誰にも聞こえず。
しかしやがて全ての窓が統合された。
それは一つの光景だ。
少年が、荒野の大地に立っている。
彼は自身の身に対して、刀を突き立てていた。
これで彼女達は救われると、そう呟いて。
――こうして夢は晴れていく。
ゆっくりと浮上していく一刀。
視線を上げれば、無色だった空間は少しずつ色づいていく。
忘れるな、っと誰かが言った。
一刀はそれが、自分の声ととても良く似ているものに聞こえた。
◇
「主殿。ようやく目を覚まされましたか」
一刀が意識を目覚めさせ、最初に聞いたのは聞きなれた声だった。
急いで彼は自分の状況を確認する。
布団の中で横たわっている。場所は自室。
窓から零れ出る月光から時間は夜中。
声の主は、傍らに寄り添うように立っている。
星だ。その表情は眉を下げた安堵の表情。
「俺、どのくらい寝てたかな?」
「一日両日です。全く、風も師愉も心配したのですよ?勿論、私も」
「そんなに――あ、じゃあ今日の仕事しないと!」
そうして立ち上がろうとする一刀を、星は片手で押しとめた。
「主殿。今日はもうお休み下さい」
その言葉に一刀、慌てた顔で反論する。
「いや、そういう訳にもいかないだろ?今日ずっと休んでたってことは、仕事が相当溜まっている筈だ。今からでも遅れを取り戻さないと」
「今日の仕事なら私達で片付けました。全く、師愉にも気づかれないほど疲労を溜めていたとは、主殿も相当な役者ですな」
ですが、っと星が続ける。
「舞台から転んでしまえば、どんな素晴らしい演義も褒められませぬ。そう心配して風に主が掛けられた言葉、忘れた訳ではありますまいな?」
冷静な声だが、反論は許さないという強みもある。
それを感じた一刀は。
――心配かけちゃってるな。
当たり前だ。
風から頼まれていた仕事も、徹夜してまでやれと言われたものではない。
それを彼が自分で判断して、寝ずに行っていたのだ。
臣に言ったことを自分が守れてないというのは、どこまでも格好が悪かった。
でも、っと一刀は体を起こした。
「主殿……」
途端に表情を険しくする星に、一刀は慌てて言葉を並べる。
「星の言うことに従うよ。でも、ちょっと寝過ぎちゃったんだ。眠くなる少しの間で良いから町でも散策したいんだけど、どうかな」
「先日、夜の街での治安を確認したいとおっしゃっていた御仁がおりましたな」
「うっ」
――鋭い。
頬に冷や汗を如実に排出する一刀に、星はため息を一つ。
そして小指を一本上げて、言った。
「全く心配ばかり掛けさせる困った主だ。良いでしょう――但し、体調に問題があると私が判断したら無理やりにでも連れ戻します」
「星は疲れてるんじゃないか?無理しなくても」
言いかけた時だ。
いつの間にか彼女の手に朱槍が構えられているのを見て、一刀は言葉を呑んだ。
そして、
「あ、ああ。宜しく頼むよ、星」
「分かれば宜しい」
一息。
寄り添うように星が傍らに立ち、その腕を組んだ。
その歩行を補助する為にだ。
地面に地をつけたとき、若干の立ちくらみ。
それよりも、一刀は近づいた彼女の髪の仄かな日向の香りを感じていた。
◇
「やっぱり陽が沈むと人通りが少なくなるな――問題だな」
夜。
月灯りの下で城下町を進むのは星と一刀だ。
二人が歩く市場は昼間ならば人で混雑している。
しかし闇夜の深くなったいま、見える人影もまばらだった。
「何が問題なのですか?」
「暗がりで往来がなくなるってことは、身の危険を感じてるってことだろ?まだ治安の面に関して言えば、少なくとも心境の面では安心っていう訳じゃないってこと」
「ほお。しかし警邏の兵は充分に増やしておりますよ?」
「そうだよなあ。うーん。交番を作る考えは出来ているんだけど」
「交番?聞きなれない言葉ですな」
言った言葉、星が疑問の声を上げた。
説明を求められた一刀は人差指を立てながら、
「あー。天の都市にある治安維持専用の詰め所みたいな所。城下町や村に一定間隔で置かれて、市民の安全の為に日夜解放されてるんだよ。盗難や迷子の相談も受けたりもする――それに万が一暴漢が出ても駆け込めば助かるし、いつもそこで兵が目を光らせて言えば、抑止にもなる」
「成る程。しかしそれは民への過度な威圧にもなりませんか?」
「うん。だから説明とかもちゃんとしていかないといけないな。明日、風にどこまで詰めてるか聞いてみるよ。そうだ人も増えていくんだ、外の道にも詰所や宿を新設しないと、あと――」
腕を組みながらも思案げにする一刀。
その表情に星は眉を潜めた。
苦笑と呆れたものを混じった口元。
それを、若干に拗ねさせ、
「主殿」
「うん?どうした星――って、あ、あれ。何か怒って、ます?」
「怒ってなどおりませぬ。嘆いておるのです」
「嘆く?何か今の案で問題でもあったかな……気づくことがあったら是非言ってくれ。人に言われて気づくこともあるしさ」
その言葉に、しかし星は大仰にため息で返した。
「いえ。案自体は素晴らしいものでございましょう。しかし――夜、男と女が連れ添って歩くにはあまりにも色の無い会話ではございませぬか」
あ、っというような声が一刀の喉から発せられた。
――まずい、仕事人間になってるぞ俺。
本来ならそのような感情の機微を彼は見逃さない。
しかし今の自分は皆の主君だ。
皆を纏め上げ、政策を実行しないといけない。
だからそこに全力を出すのはおかしいことではない、だが、
「よしっ」
頬を両手で叩く。
そんな傲慢な思考が自分を倒れさせ、皆に心配させた。
「星、ちょっと行きたいところがあるんだけど、いいかな?」
「構いませぬが、しかしいずこに?」
「最近街で噂になってる場所があるんだよ。何でも、郊外で凄い旅芸人達が来て公演してるって。師愉や風に内緒で二人でちょっと見に行かないか」
いわゆるデートというやつだ。
大事なことは、他の人には内緒で、二人で、っという単語。
それにめざとく反応したのは星だ。
口元を若干綻ばせて、そして。
「ふふ――ならばお付き合いいたしましょう」
少し機嫌が直ったようで、そのことに一刀は若干の安堵を覚える。
そして二人が目指した場所は街下街の外だ。
郊外、数刻歩いた所でその公演は行われていた。
一刀と星の目に映る光景は、凄い旅芸人、なんて言葉で評価していいものではない。
本来なら暗闇の荒野。
しかし、いまそこは煌々とした輝きを放っていた。
多くの篝火が、並ぶように設置されていたのだ。
爛々と映る視界の中で、更に目を引くのは二つの光景。
数え切れない群集と、彼らの前に並ぶ巨大な舞台だ。
黄色と白で基調とされたその舞台は、横長で木造。
しかし決してお粗末なものでなく、丹念に趣向が施されている。
現在、赤い幕で舞台は覆われていた。
公演前。
しかし群集はその誰もが体を震わせ、声を上げ、その開始を待っている。
「凄い、数ですな。どこからこのような者達が」
思わず星も唸るほどの熱気だった。
その報告を風より聞いたときは一刀も驚いたものだ。
すぐに監視、若しくは捕縛を提案した風に対して、彼は若干の時間の予知を与えていた。
新しい地に来たその芸人達の力を図るためだ。
――でもこの結果は、さすが彼女達って言うべきなのかな?
別の世界だったら褒めるべきだ、っと一刀は思う。
彼女達のことは知っている。何故なら一度世話をしていた身なのだから。
感慨深く見守る一刀の前で、その幕が上がっていく。
「うっおおおおおおおおおおおお!」
歓声が動きに応えた。
遠く蜃気楼を起こすほどの熱気、幕より舞台に現れたのは三人の少女だった。
◇
「今日も私達、数え役萬☆姉妹の公演に来てくれてありがとうー!」
そう言ったのは舞台の上、三人の中央に立つ少女だ。
彼女達の中で最も背が高く、腰に届くまでの桃色の髪を黄色のリボンで纏めていた。
ふくよかな肢体を露出の多い衣装服で覆って、その無垢な笑顔を観客に見せる。
「昨日よりも盛り上がっていくからねー!しっかりついてきてねー!」
その右隣。
最も小柄な少女が大きく手を振っている。
成長途中な容姿は、元気を感じさせる魅了があった。
「皆がここまで着いてきてくれて本当に嬉しいな!」
左端。
肩までの髪を左右に纏めた少女が微笑みを見せる。
眼鏡を付けた知的な少女だ。
しかしその慈愛のまなざしは見る者の保護意欲を沸き立てている。
恐らく公演前の挨拶と言ったところだろうか。
三人それぞれが一通り言葉を発した後、桃色の少女が声を上げた。
「じゃあ皆、行っくよー!みんな大好きー」
全くの誤差もなく観衆全員が応じた。
「てんほーちゃーーーーん!」
次、小柄な少女が、
「みんなの妹ぉっー?」
「ちーほーちゃーーーーん!」
最後、眼鏡の少女が、
「とっても可愛い」
「れんほーちゃーーーーん!」
まるで訓練された兵士のように、完璧に呼応する観衆である。
しかもそれぞれに振り付けがあるようで、手の振り、声の掛け方。全く乱れが無かった。
見る者を圧倒するような光景だ。
星は、うっと呻いて。
「……色々な意味で、飲み込まれますな」
「ああ。でも、それだけじゃないよ」
一刀が言った時だ。
舞台の上。彼女達の背後。楽器を持った男達が現れる。
そして誰かの指示もなく、演奏を始めた。
最初は穏やかな、しかし段々と曲調を上げていく曲だ。
三人はそれぞれがあわせて歌を唄う。
三者三様の歌色は絡まり、そして流れていく。
耳を打つのは反響した音色だ。
心地よく、しかし次第に調子を上げていくそれは場を熱狂の渦に送る。
喧騒が好まない星にして、
「私には少し騒がしいくらいですが――」
一息。
目を笑顔で応援する群集に向けて、
「俗世の遊興も、そう悪くないものですね」
そう、言わしめるほどのものだ。
だから一刀は頷きで返して、目線を舞台の上に送る。
体を動かしリズムに乗る彼女達を、懐かしむような表情だ。
舞台は観客の数回に渡る追加演奏の要望に応えた。
そして疲労の色が見え始めたとき、ようやその声は止んだ。
大反響で幕が上がり、観客達が次々と闇へと消えていく。
帰る場所は城下町ではない、山々だ。
見れば、先日までなかった場所に木造の小屋が散見している。
流民が自分達で住居を作っていたのだ。
「まだ全然区間も住居も足りてないからなあ」
申し訳ない、とは一刀も思う。
だが帰属意識の無い集落が増えれば、国の混乱も比例する。
傍若無人な振る舞いは賊を生み、そして。
――ここが戦火になる、か。
その大元はどこか。考えれば分かる。
視線を戻す。
公演の終わった舞台では、一冊の書が置かれていた。
『数え役萬☆姉妹応援の書』とある。
並ぶように置かれたのは筆と墨。
居残った観客がそこに並び何かを一心不乱に書いている。
見れば、それは支援の言葉だった。
文字の書けない者は絵で、書ける者は文で。
三人に対する熱い応援が書き込まれていく。
一刀、それを見て自分も倣った。
しかしそれは応援の言葉ではない。
「主殿?何を書かれたのですか?」
「まあ、明日になれば分かるよ。今日は帰ろう、星」
去っていく二人に対して、残された書に風流が騒ぐ。
その悪戯で開かれたのは、一刀の書いた一文だ。
『見事な公演を拝見させて頂いた。是非直接話をお伺いしたい。明日、漢中城でお待ちしている。天の御遣い、北郷一刀』
◇
「という訳で領内にいる間諜の報告なのですー」
翌日。
広間で眠たそうな目をこすりながら風が言った。
朝の会議だ。
しかしその場には普段いる武官、文官がおらず、いるのは師愉と星と一刀だ。
「結論から言いますと、その旅芸人三人は黄巾党の首魁、張角さん、張宝さん、張梁さんですねー」
「なっ!?誠か」「本当かい!?」
星と師愉の二人が声を上げる。
黄巾党――大陸を騒がした邪教の武力蜂起。
その中心にいたのは張角を中心とした張宝、張梁の三人だ。
彼らは不思議な技を使い人民を惑わせたという。
しかし、今となっては黄巾党の勢力は衰えるばかりだ。
それに、その中心に女性がいたという話しは巷ではない情報である。
「どうも信じられんな。私には普通の旅芸人にしか見えなかったが」
星の疑問は最もなものだ。
それに風が頷きで返した。
「ええー。確かにその通りです。ですが私は放浪している最中に、一度だけ張角さん達をこの目で見たのですよ。軍の中心、黄巾党に祭り上げられた三人の姿をー」
それはただの旅芸人のいる場所ではない。
更に。
「それと彼女達に従っていた男に金を掴ませ聞き出しました。一月前、広宗で応戦していたものの、耐え切れずに逃げ出した、っと。鉅鹿という場所にある地名で、現在黄巾党が最後に立てこもる地でもありますねー」
「確認は取れているという訳か。しかし何故漢中に?」
「いま漢と真っ向から対立している地ですからねーそういう意味では潜伏し易いと踏んだのでしょう」
会話の途中。
城の警護を勤める兵が走ってきた。
その顔には若干の汗と、そして喜色ばんだ頬だ。
「ご、ごごごご報告を申し上げます!てんほーちゃ……天和と名乗る少女ら三名。北郷様への謁見を申し出ております。いかがなさいますか?」
「……数え役萬☆姉妹か。一番人気があるのは誰だろうな」
それは一刀の口から出た独り言のようなものだ。
しかし、伝えに来た兵はその言葉に目をくわっと見開き、
「何をおっしゃいますか!あの天真爛漫なわがまま肢体!穢れを知らぬ無垢な瞳!守ってあげたいと思わせながら、しかしお姉さんの包容力も併せ持つ!そして実質的な三人の大将格!てんほーちゃんが一番に決まっております!」
「否!」
否定する言葉だ。
伝令の兵はその声に辺りを見渡す。
太い支柱、その影より現れるのは彼と先ほどまで同じ場についていた兵だった。
「小柄な容姿で男を手玉に取る小悪魔系!しかしその口ぶりも快活な姿も見る者全てに歓喜という感情を与える。優しさと悪戯心、その交わらない二つを持つ彼女に男は光と闇の螺旋を見るという!姉系など古い!時代は溢れる若さな妹系よ!そんな私の推し旅芸人は勿論、ちーほーちゃんです」
「二人とも間違っているぞ!」
だが二人に比べ遥かに野太い声域が響いた。
扉より現れるのは鎧を深く身に纏う体格の良い男だ。
彼ら二人の兵の部隊長であり、警護の責任者である。
「妹系?姉系?そんな秤で何が見えよう!輝く二人を押し上げているのは、一歩引いた知的なあの子。自らを犠牲にしてまで献身的なまでの舞台での振舞いは、その控えめな魅力を更に引き立てる。めって怒られたい、手を繋いであげたい。そんな慈愛の感情を抱かせるのだ!通な者は皆、こう言うぞ!時代は、れんほーちゃんに来ていると!」
三人は息を荒げて目で交戦する。
そして突如として一刀に向き合い、右手を誘うように突き出した。
「「「さあ、北郷様は誰を推されますか!?」」」
「とりあえず三人とも懲罰房行きな。一日頭を冷やして来い」
お慈悲をー!数え役萬☆姉妹を間近に見れる機会がー!
悲鳴を上げながら現れた兵達に脇を掴まれ連れて行かれる三人であった。
「……と」
仕切り直すように風が言う。
「このように彼女達の活動は熱気を帯びて人を魅了するものがありますねー」
「それが暴徒に繋がった、と?些か乱暴な意見ではないか」
「星さん言うことも尤もだと思いますーだからお話を聞いてみようかと」
「まあ、そうなるな――事前の打ち合わせ通りに頼むよ、みんな」
頷いたのは一刀だ。
そして兵に告げた。
「来た三人を連れてきてくれ。くれぐれも粗相のないように」
◇
暫くして扉より三人が通された。
昨日の舞台衣装とは違う、簡素ながら清潔感の感じる衣服姿だ。
三人の先導、舞台で天和と呼ばれた少女が頭を垂れる。
「ほ、本日はお招き頂いてありがとうございます。それで、そのー」
戻した顔は笑顔だ。
「つ、ついに国から公認されるの?一流瓦版に載っちゃう?」
「天和姉さんは黙ってて……」
頭を抱えるように言ったのは眼鏡少女、人和。
しかしその声に小柄な少女、地和は首を傾げた。
「あれ?てもここを治める北郷っていう人が私達の演奏に感動してくれて呼ばれたんでしょ?じゃあ報酬ぐらい貰えるんじゃない」
「ごめん、ちぃ姉さんも、ね。黙って」
語気が強まり、二人が押し黙る。
そこでようやく人和が口を開いた。
「姉二人が失礼致しました。私は人和、姉は天和、地和とそれぞれ申します。私達は数え役萬☆姉妹というしがない旅芸人を名乗っています。本日のご用件を伺いに参りました」
「俺の名前は北郷一刀。こっちが配下の趙雲に、程イク、張魯だ。いや、そんな堅苦しくしないでも良いよ。今日はちょっとしたお話が聞きたくて呼んだだけだから」
お話?
人和は目を細めその真意を測ろうとする。
だが結論が出る前に、一刀が言った。
「それともこう言ったほうがいいかな。張角、張宝、張梁」
言われた言葉は一瞬だ。
しかし一刀の言に三人が雷に打たれたように動きを止めた。
「ど、どうして、その名を」
「嘘……なんでばれちゃってんのよ」
「……」
反応は三者それぞれ。
しかし地和だけが平坦な表情を崩さない。
ある意味で応えになっている様相に風が言った。
「もう取り繕っても無駄ですよー。きちんと複数の確認を取っているのです。時間を取るのもなんなので、ちゃっちゃと吐いてちゃってください」
「くっ……」
恐らく反論を出そうとしていたのだろう。
人和は口を噛み。そして。
――うん、良い表情だ。
覚悟を決めているっと一刀は思う。
「それで、私達から何を伺いたいのですか?」
「まず一つ。何故黄巾党を起こした?」
星だ。恐らく核心をつく言葉だろう。
民を巻き込み、多くの人名が失われた。
その勢力を興した者達に一言聞きたいことがあったはずだ。
「な、なによ!黄巾党なんて、私達が作った訳じゃないんだから!」
地和が叫ぶ。
どういうことだ?っと視線で訴える星達に天和が述べた。
「えっと。あの人たちは私達の熱狂的な支持者だったの。で、私達の夢は大陸一番の旅芸人になることだった。それを公演の度に言ってたら」
「そしたら追っかけが暴走した?」
こくりと頷く天和に星が呆れるような声色で言う。
それはいぶかしむ要素も混じったもので、
「そんなものを信じろというのか……」
「嘘じゃないわよ!気づいたら、何か軍勢が出来てて、指揮する漢に不満を持った人間が集まってて、それでもう止められなかったんだから!」
続く地和の言は要約するとこうだ。
自分達の公演で万を超えた支持者がいた。
その支持者達が大陸一の芸人になる、という言葉を伝言ゲームの要領で誤解。
気づけば漢に不満を持つ盗賊や有力者も加わって。
――あの大陸を巻き込む戦になった。
勿論知っていた一刀だが、本人の前で聞いたほうが良いだろう。
でも改めて聞いても。
――ひどい理由だよなあ。
亡くなった人たち、その遺族。
誰がこれを聞いて納得するのだろう。
「あの大戦がこんな理由かい。どうもやるせないものさね」
師愉が言い、そして。
「あたしは嘘を言っているようには見えないね。最も、信じたくないものだけど」
「――第二の質問です。あの取り巻きの人たちはどうしたのですか?」
風だ。
取り巻きとは昨日彼女達の公演にいた人たちだろう。
現在郊外で散見的な集落を作っている者達。
「広宗が陥落する時になって、ようやく私達の声を聞いてくれた人たちです。落ち延びる場所もなく、ようやく漢中までたどり着きました」
とは人和の言である。
「最も入ってから監視は続けてましたがねー」
風が静かに呟く。
「長い旅の間、私たちを守ってくれたので、そのお礼をと思って公演を」
「やつれてる人間の流入はそれか――」
言葉を纏めた。
入ってきた人間の数は出来る限り把握している。
何かを守るような一団の存在も、だ。
ようやく事情を完全に一刀は理解した。
妖術の書を使うパターンや既に死亡している、ということもあった。
考え、一刀は言う。
「今更説教なんてする気はないよ。そんなことしても死んだ人達は帰ってこない――命を掛ければ争乱を止められた筈だ、なんて栓無きことを今更言うつもりもない」
星、風、師愉は押し黙って聞いていた。
「ただ、君達はこれからどうするんだ?それを聞かせて欲しい」
言葉に、天和、地和、人和が黙る。
表情にあるのは迷いと混乱だ。
人和がぽつりと、
「あの、連れて来た人たちをここまで逃がすのに、精一杯で、これからのことは、まだ」
その言葉を聴いて、一刀は頷いた。
提案という形を以って
「じゃあ俺達に協力してくれないか?」
◇
聞いて、星、風、師愉の表情が変化する。
疑問だ。何故っといったもの。
一方、驚きを形にして地和が口を開いた。
「ちょ、どういう意味よ!」
「漢中の評判、聞いているだろ?いま続々と漢に不満を持つ人たちが集まってきてる。民の噂を通じてね――これからその中には黄巾党の人たちも混じってくるだろう。それらを纏める広告塔が欲しいんだ」
人和。その言葉に眼鏡を光らせた。
「つまり、私たちを利用して流入する民、そして元黄巾党の好感を得たいと」
「そういうこと。幸い君達黄巾党の首魁が女性で旅芸人っていうのを知っている人は少ないし」
一刀の元の時代でも行われていたものだ。
知名度や好感度の高いアイドルを起用して、情報を発信させる。
「勿論、普段やる講演や行動を抑制する気はないよ。他国に行くことは出来なくなるけど、それでも君達にとっては随分都合の良い条件だと思う――どうだろう?」
「それで、いいの?」
天和が手を組み、懺悔するように尋ねた。
「私達は乱の首謀者のようなもの。知名度が低いって言っても気づいてる人もいるかもしれないんだよ」
――曹操、いや華琳は気づいてるんだろうなあ。
昔あの子の場所にいたときこの三姉妹を利用してたし。
一刀は思うが、しかし声には出さず。
「分かってる。それが別の火種になりかねないことも――でも俺達も形振り構っていられない。亡くなった人たちの為に三人の命を奪うのは簡単だけど、今は君達の人を惹きつける才がどうしても欲しいんだ」
ここで無駄な正義感を出して殺しても、徳をするのは漢王朝だけだ。
――ならこちらは精一杯利用する。
そういう建前が、今の彼女達には必要だった。
「そうだ。庇護に入ってくれるなら一つだけ何でも願いを叶えるよ。どうだろ?」
それが止めだった。
彼女達三人が膝をつき頭を下げた。
それは請願だ。
「分かりました。北郷さん、いえ、一刀様。その提案お受けします」
「だから、お願い!私達に着いて来た人たちに、食料と住居、そして仕事を与えてあげて!」
「言うことは、きちんと聞くよう説得します。だから」
言葉に、星達三人がやれやれと首を振った。
それが合図だ。
合格、という意味の。
「良かった。その願いを出してくれて、本当に」
「はい?」
――だって。地位や命の保身や金銭の付与、自治権を求める。
若しくは国外脱出を訴えていたら。
風たちの事前協議の内容でなったであろう事象は、考えたくも無かった。
「分かった、これから宜しく頼む」
「「「は、はい!」」」
三人の声が元気よく重なった。
こうして天和、地和、人和の三人が一刀達の仲間に加わった。
まもなくして黄巾党壊滅の報が大陸を巡る。
旗印だった彼女達の戦線放棄は、黄巾党の自然消滅を意味していた
漢中に大きな動きが起こるのはそれから半年後。
皇帝死去の報告を、間諜が運んできたときだった。
二部終了です。
(昼休憩に見直しながら)
ず、随分長い。申し訳ないです。
これで第二部終了です。次は第三部。
『洛陽燃ゆる』です。