第二十一話『「漢中の動向のこと』
今回会話が多いです。
恋姫は次ですね。長くなりすぎました……
前日にかいてものを昼休憩にひそかに投下。
今日も一日頑張りましょう
漢中城、その執務室。
青々とした月光が窓から零れ入る、そんな部屋の主、北郷一刀は目の前の惨状を呆然と眺めていた。
働きすぎだ、と思う。
机には無数の書状が漢中の山々が如く標高を作っていた。
しかも壁には『農耕中期計画』『人口流入増加報告書』『城下区画の増設嘆願書』――等々。
最早ほとんど壁の部分が紙で埋まっているのだ。
九割が紙。一割が壁――。
絶望的な戦力比の部屋だった。
「あー」
そもそも人間は長時間集中力が続くように出来てないのだ。
――よし、ちょっと夜風でも浴びるか。
そう考えて、一刀は部屋の扉に手を掛けた。
「外出ですか?」
開けた先、ぬっとした大男が現れる。
闇夜に映る彼は異様な迫力があった。
一刀の親衛警護に勤める男だ。
真面目なのがたまに傷だが、物分りの良い人だと一刀は思う。
「ちょっと夜風を浴びようと思ってね。いいだろ?」
「残念ですが、程イク様に止められております。『お兄さんが仕事を終えるまでに出ようとしたら止めてほしいのです』っということです」
一刀は内心で前言を撤回した。
真面目なのはやっぱり傷なのだ。
扉を無言で閉め、再び机に向かう一刀である。
「あー。君主ってこんなに忙しいんだな」
彼は仕えて来た三人を思い出す。
1人は仕事を分からない也にも精一杯頑張った。
1人は辛い顔一つ見せず、完璧にこなしていった。
1人は家臣の意見を尊重しつつ、きちんと纏め上げていた。
自分はどのタイプに当てはまるんだろうか。
それともまだ彼女達の足元にも及ばないのだろうか。
問題だけが山済みで、それでも足掻こうとする自分に着いてきてくれる人がいる。
愚痴だろうか――しかし。
「でも、人が足りないんだよな」
それにしても人材不足である。
政務は風。
軍務は星。
司法は師愉とゴッドヴェイドウの三人。
そして纏め上げるのには自分。
確かに最低限の人材はいる。
しかしそれはあくまで、軍を動かせるぎりぎりのところだ。
これから遠方に軍を動かしたりすれば、どうしても兵も将も足りない。
悩みながら一刀は、ふと壁に目をやって。
「――え」
止まった。
その紙は先ほど目をやって流した箇所だ。
手に取って引き剥がしたそれは、『人口流入増加報告書』と表紙で銘打たれている。
夕方に風が張っていったものだ。目を通してください、っと付け加えていた。
その意味をようやく悟って、一刀は口元で転がすように呟いた。
「なんで、逆臣なんて危ない奴が治める場所に人が入ってくるんだ?」
◇
「お兄さんなら気づいてくれると思っていたのですよ」
翌日。
朝の定例会議で、武官と文官が居並ぶ中で一刀は議題を出した。
それに対して風が頷く。
「二月ほど前の陽平関の戦いで、漢中に対する評価は大きく変わったみたいですね」
「どういうことだ?」
「お兄さんが思っているより、今の漢中は異常だということなのです」
それは、っと前置きして。
「張脩が前太守を追い出して、もう半年。この漢中にいた官職を持っていた人は皆、洛陽に逃げ帰りました。もしお兄さんが立たなければ本来なら彼が太守となって都より主簿などが新しく派遣されたことでしょう――ですが」
「俺達が挙兵した。それで本来の役職はこれなくなった」
「そうです。それで追い出そうとして送り込んだ漢の呂布、張遼という大陸が誇る二大将軍を私達は負かしましたー。最も、手加減されていたものと同義ですがー」
続けますね、っと風。
「では、私達は官職を持っていないのに何故、治世が出来ているのですか?」
「それは――」
あまりにも自然に行っていたから故に一刀には分からなかった。
経理を決め、軍門の部署を配置し。
税を決めなおし、適した人材を配置した。
一時的なものだと思った。だが必要だからした。
「教えましょう、お兄さん。それは」
言って、しかし割り込むように口を開いたのは星だ。
「主殿が民によって自主的に選ばれたからですよ。そうだろう、風」
「――はい」
言葉を取られて風は若干頬を膨らます。
しかしそれに対して師愉が声を上げた。
「あたしは政治に関しては頭の出来がよくない。つまり三行で言ってくれないかい」
「民は基本的に太守などの領主を求めない
しかしお兄さんは民によって選ばれた
だから税を徴収しても不満も反乱も起きていない。です」
「待ってくれ。俺は民の選任なんて正式に受けていないぞ」
「分からないのですか、お兄さん。今のこの現状、地位や血筋なんて建前がなきゃ受け入れないはずの行いを、民やそこにいる兵士が当然のものとして受け入れている――忘れてはいけないのです。この大陸を治めるのは現漢王朝であり、そしてその言うことを聞かず民が安全に暮らしているのは――」
前置き、に一呼吸を入れたあと。
風はその場にいる全員に宣言するように言った。
「遥か南方にある南蛮の地と――そして恐らく、この漢中だけです。つまりこの漢中という地は最早、漢王朝から独立した存在として内外から受け止められつつあるのですよ」
◇
静まり返った広間では風の透き通る声だけが響いていく。
「恐らく、当初。逆臣として大陸に名が知れ渡ったとき。民も名士も思った筈です。――黄巾党と同じように、一時的なものだ、と。すぐに鎮圧されるだろう。ですが」
結果は前回の戦ですね、っと一言。
「力で抑え込まれている筈の漢中の民が協力して、倍以上の相手を破った。そこで彼らは考えを変えました。もしかして、漢中はその地自体が既に。北郷一刀という男の個人の領土となっているのはないか、っと」
その言葉に文官の1人が言った。
「では、それと領土に流入する民の増加と何の因果関係があるのでございましょう?漢の国の一部を切り取ったということは、すなわち独立を差し、それこそもっとも漢王朝が恐れること―― 逆臣以上の戦火が及ぶこと、想像すること容易だと思われます」
言葉に風は目を閉じた。
それは考えるように。
「ぐー」
「ここで寝るなよ……」
一刀が言って、風は目を見開く。
「おおう。口を動かし過ぎて思わず眠ってしまいました」
こほん、と咳を一つだ。
「黄巾党の乱――もうほとんど鎮圧されていますが。大陸を戦火に変えた彼らの暴挙。その元の行動原理は、さあなんでしょうね、お兄さん」
「現王朝の腐敗に対する不満。そして現体制の打破――」
「そうですね。しかし彼らは失敗しつつあります。では彼らは抗うことを止めたのですか?」
「ッ!まさか」
そうです、っと風は頷く。
一刀の想像は最悪なものだった。
違っていてくれればいい、っと言うその考えを。
風は無情にも肯定した。
「彼らは次の担ぎ手を決めつつあるのです。北郷一刀という名前の、漢に反乱する天の御遣いを」
「波才を討ち取った俺に対して、そこまで」
呻く様な声が洩れ出た。
「あの一戦で、変わったっていうのか?」
「はい。それほどまでに張遼、呂布の名前は大きいものでした」
「これから、漢中はどうなる?」
「大陸全土から、現体制に不満を持つ人が訪れるでしょう。それは元黄巾党であったり、漢に恨みを持つ人だったり。正当に評価されない不遇の人だったり――もしかしたら移住自体が抗議の意味を持つ人もいるかもしれません」
恐らく大陸中の不満分子が集まってくる。
異能の才もあるだろう。
そして勿論暴徒の類も。
国境で止めれば混乱はない。しかし、一刀は思う。
――彼らをそこに駆り立てたのは俺の行動だ。
降伏せず、漢と戦をした。その行動がこの結果を生んだ。
自分は決めた筈だ。
――あの時、この地に降り立った瞬間に。
もう二度と、あんな思いはしないと。
「ありがとう。現状は分かった」
そうして一刀は席を立った。
「風。前回話した国境管理所の創設、具体案を詰めて。星、兵の調練と馬舎の創設。それと実戦で扱えるまでの新兵の日程表の提出。師愉、城下町の区画の増設に加えて、流民の家屋も計画に入れてくれ。それと」
文官、将に矢継ぎ早に指示を出した。
それらを補佐する文官は要点を書簡に書き上げていく。
全ての指示を出し終えて、一刀は言った。
「来る人間が何を思おうと勝手だ。でも、その弊害で漢は更に俺達に敵意を向けるだろう。もしかしたらまた戦になるかもしれない、だから――」
言葉をゆっくりとかみ締めるように。
「せめて内からは、いらない気を絶対に起こさせないような、そんな漢中を作っていこう!不平不満を飲み込んで、更に良い場所を作ろう!皆、頼りにしている!」
応っと返ってくるのは表明の意思だ。
そして己の場所に皆が散っていく。
一刀も執務室に向かおうと一歩、歩を進めた。
そして倒れた。
寝不足と過労だった。
凄く恋愛が書きたいです。
最近ずっとおかたい内容ですからね。
次こそ新しい恋姫を出して、もっと明るく、一刀君にいちゃいちゃさせたいです