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真・恋姫大戦記  作者: 明火付
第二部・逆賊、北郷一刀
20/34

第二十話『良将、引き際を間違えずのこと』

師愉たちの参戦により戦場は新たな局面を迎えます。


目の前、一刀と武を交えながら張遼は思う。

既に胸中には突如として山々より湧いて出た敵の存在がある。

殿にいる武官の報告によると8000程度だという。

統一されてない武装で、兵達の規律もばらばら――しかし。

報告してきた人間は敵軍の見極めが強い人間だ。

彼の言は信用出来、そして陣容を伝えたあとその兵は言った。

やけに士気が高い。

まともにぶつかれば相当な損害が生まれるでしょう、と。

――どれぐらい被害を許容するか、やな。

陽平関は既に陥落寸前だ。

あと一刻(30分)も戦えば一刀を捕縛し、漢中までの道のりを付けられる。

しかし、その為には。

虎の子の精兵である2万のうち、半分は捨てなければならないだろう。

それでも良い。勝てれば。

――だがうちらの戦はこれからや。だから。

そこまで考え、張遼は決を下した。


「退くで!この戦、うちらの負けや!」


その決断の速さもまた、鬼将軍と呼ばれるに値するものだった、

一刀はその言葉に驚きを見せない。

だが合わせていた武具を、挙動なく降ろした。

その動きに張遼、おっ?っと目を丸くさせる。


「どしたん?同情でもしてくれるん?」


「先にしてくれたのはそっちだろ」


先ほどまで死闘を演じたとは思えない剣呑な会話だった。

彼はわかっているのだ。

このまま戦を続けていれば自分達が負けていたことを。

賭けだった。

圧倒的戦力差、武将の優劣。

どれも自分達より格段上の相手だった。

捨て身で来れば終わりだったのだ。

それに、っと一刀は続けた。


「最近まともに寝てないんだよ。そろそろ家に帰って休みたい」


そう言って笑う一刀に、張遼は思わず吹き出しそうになってしまう。


「はっ。なんやそれ。自分楽したいだけやないか」


「あ、やっぱり分かる?」


二人は声を合わせて笑った。

それは血煙漂う戦場では場違いな光景だった。

だが暫くして一刀はその表情を消す。


「なあ、張遼。最近、鼠に困ってないか?」


「やっぱりあんたもか」


思案するように張遼。


「ああ。畑を荒らす一匹を退治したら、実は元に大きな巣があってさ。そこの大物に台所どころか家中狙われてるよ」


首を竦めて一刀が言う。


「同情するわ――。ま、ウチのとこも似たような鼠がおるけどな。具体的に言えばこの陣中」


「あらら。それはお気の毒に。退治出来そう?」


「ウチらも馬鹿やないで。ようやく巣から離したわ」


張遼が胸を張って、まるで自慢する子供のようだと一刀が笑う。

それが契機だった。

彼女が刀を振りかぶり、武官に合図する。

それは波のように軍に広がり、一斉に兵達が反転した。

後退だ。規律ある兵は戦いを止め、個の生物のように退いていく。


師愉たちは暫く交戦していたが、その動きを確認すると中央の道を空けた。

事前の風からの書状の命令通りの動きだ。

逃げる張遼を正面から交戦したらただでは済まない。

死兵になる前に逃げ道を空けろ、というものだ。

張遼の隣には、いつの間にか関より降りてきた呂布もいた。

一方逃げ遅れた関の上にいる張遼の兵は、本軍が後退すると分かると、一斉に武具を捨てて降伏し始めている。



「捕虜の兵は後日引き渡すよ。書状も添える。無駄かもしれないけど」


「感謝する。この借りはいずれ絶対に返すで――せや」


張遼、最後に言った。


「ウチの真名は霞や。覚えとき、一刀」


真名。それは自分の信頼した者にしか教えない神聖な名前。

今まで彼女の真名は、仲間になった時にしか教えてもらえなかった。

だがこうして矛を交えて、今も勢力が違うのに。

その事実から彼女はどこでも変わっていないのだ、っと一刀は思う。

快活で、朗らかで、人懐っこい。

――いつか戦が終わったら二人で旅に出ようか。

そのある場所で守れなかった約束を、一刀だけが胸に秘めて。


「西涼の騎馬将軍から真名を教えてもらえたなんて光栄だ」


「おだてても何も出んで……ほな、またな」


少し名残惜しく感じるのは一刀だけだろうか。

こうして張遼――霞は馬を後方に向けた。

戦は終わった。

かに見えた。

1人だけ微動だにしない姿がある。

赤毛を靡かせ、浅黒い肌を土煙に晒す。

呂布だ。



「あ、あれ?」


疑問に思うのは一刀だけではなかった。

彼の隣。いつのまにか少し衣服を乱した星が槍を構えている。


「どうした呂布。張遼軍が撤退していくぞ。それとも、まだ私とやるか」


「……(フルフルフル)」


だが戦場の気勢はどこへやら。

首を振ったあとに所在無くうつむく呂布。

そしてその感情の伺いしれない目が一刀に向けられる。


「……恋」


れ、れん?

ポツリと呟かれた言葉に一刀は思考を回転させ。

すぐにそれが彼女の真名であることを思い出した。


「真名、か?」


「…………(こくり)」


――どういうことだろう。

彼女の琴線に触れるようなことをした覚えは、ない。

だが、そんな頭を悩ます一刀に。


「一刀は、犬は好き?」


「ああ、す、好きだけど」


「そう……じゃあ、今度会う時は恋の友達を連れてくる。セキト、撫でると気持ち良い」


――何がなんだか分からんぞ。

表面は笑顔を作りながら、しかし一刀は悩む。

自分はまがりなりにも逆臣だ。

彼女は確かに寝る、食べる、セキト――と優先順位がそれらで固まっているのは別の世界で知っている。

しかし、民を傷つけるうような存在は基本的に好まない。

となれば、嫌われて当然な噂があるはずだ。

首を捻らせ悩む一刀に、


「……?」


まるで鏡をあわせるように恋が首を捻った。

その小動物のような仕草に、殺気が消えたのか。

星はため息をついて言う。


「主殿は手癖が悪いのですな」


「ち、ちが。俺何もしてな」


言いかけた時だ。


「呂布っちー!帰るでー」


遠方。言ったのは霞。

恋はその言葉に振り向き、しかし。


「………」


名残惜しそうに一刀を見る。

二人が見つめ合うのは一瞬だ。

だがその交差を境に、ツッと恋は去っていく。

次第に遠くなっていくその姿に、星が呟いた。


「一体なんだったのですか、あれは」


「さあ?俺にもよくわからないよ――けど」


馬を下りて、どっち地面に腰を下ろす一刀。

関の上、兵士達が勝利の雄たけびを上げていた。

山からは師愉たちが近づいてくる。

いつのまにか陽はゆっくりと落ちており。

陽平関の巨大な影が、戦の痕を覆っていた。

門から駈け寄ってくるのは風だ。

そんな配下達を見て、一刀は呟く。


「守れたんだよな、俺達は」


そう言って、一刀は立ち上がった。

全力を尽くした仲間達を労うために。



後日談。

陣地を撤収する準備をしている霞と恋の元に趙忠が怒鳴りこんだ。


「き、貴様!何故、何故逃げた!もう少しで勝てたであろう!」


「うちらは最後まで本気やった。あそこはああするしかなかったんや。それに――援軍が現れた時にいち早く逃げた奴の言葉とは思えんな」


対する霞は冷淡だ。


「う、うるさい!それに私は見たぞ!貴様、北郷一刀と話しておったな!貴様達も、やはり漢を裏切る一味だったのだろう!ほ、ほっほっほ。このことは皇帝に報告してやるわ」


「ほー。それは困るなあ」


だが趙忠の切り札とも言える言葉にも、霞は人事のようだ。

しかし彼女は動いた。

目配せだ。

それに気づき、近くにいた兵達が幕を下げて出て行く。

気づけば視線の無い場所に、霞、恋、趙忠の三人だ。

自然に密閉された空間になり、その不穏な空気を彼は察した。


「な、なんだ貴様等――」


「ウチなあ。知っとるんや」


日常会話の延長のように。

彼女は告げた。


「ウチらの大将にちょっかいを掛けようとしとった奴がおること。そいつは宦官のくせに、性欲がある大ばか者で、金銭どころか大将の体すら要求しておったこと、なあ。舐めた奴がおると思わんか?」


じりっと寄ってくる。

趙忠が下がろうとした。だが恋が塞ぐように背後を絶つ。


「き、貴様等。誰に物を言っているのか分かってるのか!」


「あれ?別にアンタのこと言っとるわけやないで?」


白々しく笑う張遼。


「ほ、ほっほっほ。そ、そうだ。こうしようではないか」


趙忠は声を張り上げる。

肌に塗った化粧が汗で濡れて赤く線を引いているのにも気づいていない。


「捕虜の交換があるだろう?その時に待ち伏せて、北郷一刀を殺せ!奴が来なければあの趙子竜でも、軍師の小娘でも、その部下でも構わん!首を持って来い!そ、それさえあれば皇帝にとりなしても良いぞ」


「ほお?ウチの部下はどうなるんや?」


抑揚の無い声だった。

機微が分かれば、彼は別の答えを出したであろう。

しかし、趙忠は疎かった。

皇帝の機嫌は分かっても、部下思いの将の心境は察せられなかった。


「ふん。西涼の兵など代わりは幾らでもおるであろう!」


言って。

その体が浮かび上がった。

張遼の刀がその胸を貫いたのだ。

彼の肉を裂く音と血の流れる音が重なった。


「が、あ。き、さま」


「あー。よーやく、すっきりした」


言った彼女は、胸元から書面を出した。

それは前日、篝火に炊いた内容と同じもの。

そして今朝使者から届いた、正式な命令書である。


「あんたのやってきた悪事やけどな、ぜーんぶウチらの軍師二人が暴いてくれたわ。ほれ、みい」


それは告発書だった。

中身は横領、職権の乱用。数え切れない。

よっぽど手際よく行ったのだろう。

そこには高い官職に付いている者達の連名がある。

更に、その上には、見知った名前があった。


「張、譲……?」


その名を含んだ十常侍たち、宦官である。


「そ。あの狸も宮中でここまで大っぴらにされたアンタより、ウチらとの交友を選んだっちゅうことや。皇帝、えらく嘆いて体調崩しおったらしいで。でもその前に命令出しとってな」


「や、やめ……」


「ウチらは今回の犠牲で十常侍や漢に大きな借りを作った。一刀は呂布と張遼を破ったといって恐れられる。そしてアンタは首になって、めでたしめでたし」


言って。

張遼は刀を抜く。

血が流れ、膝をつく趙忠に、返す刃が首を跳ねた。

絶望に沈んだ首は、やがて武官の手によって塩漬けの容器に入れられ、宮中へ運ばれる。

こうして陽平関の戦いは終わった。

それは皇帝が没する、丁度一年前のことだった




よ、ようやく終わった。

次は拠点フェイズの前に新しい恋姫が一刀君陣営に現れます

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