第二話『趙雲、真名を明かすのこと』
という訳で第二話。
時間を空けずにさくさく行きましょう。
「天の御遣い、ですか」
そう憮然とした物持ちで星が言う。
一刀と星は漢中郡の街に来ていた。近くに入った茶店で一刀は自分のことを話した。
天の御遣い。
この世界のこの時代に限る、殺し文句。
時の占い師が残した言葉。
蒼天に降り注ぐ白き流星 と共に現るは天の御遣いなり。かの者、乱れし世を照らす一筋の光なり――
それを名乗ることにしたのだ。
今は、まだ。
「ってことにしてくれ。信じろとは無理して言わないさ」
ずずっと茶を啜る一刀。
その暢気な面持ちに星は眉を思案するように顰めた。
「いえ、疑う訳ではありませぬ。私は占い師の言葉を真に受けないのです。しかし……成る程。それなら私の名前を知っていることも奇妙な衣服も合点がいきます。それに見た光景も――ふむ」
星は手に持つ饅頭を口に含む。
しかしまだ口の中には入れない。悩んでいるからか。意識してないかのようにまるで甘く接吻するように、何度も口を付ける。
それを横目でうらやましそうに見ていた一刀の姿を見て、ニヤリと星は笑った。
「成る程――御遣い様にも人間の性欲はあるようですな?」
ぶっ
自分の邪な考えを見透かされ北郷はお茶を吹き出す。
茶店の女主人がニコニコしながら掃除を始めに飛び出したのを謝りながら、慌てて弁明を始めた。
「い、いや。今のは違っ。」
「はは。良いのですよ。しかし――安心しました」
「う、うん?何が?」
吐息を吐き、手を胸元で組み直し、星は言った。
「あの。波才と相対していた時の貴方は――とても怖かったのですよ。それこそ、私の武人としての心が震える位に。まるで、理を外れた悪鬼のようだった」
そして頷き、
「だが今の貴方は、まるで年頃の青年だ。ふふっ。その極端なところ……気に入りましたぞ」
「ありがとう……って言うべきなのかな」
手で頬を掻きながら苦笑いの一刀。
それと同時にズキリとその胸が痛んだ。
こんな笑顔を向けられているのに騙していることに。
◇
北郷一刀は天の御遣いではない。
それも偉大な人物でもない――正真正銘唯の人間である。
魔術的な能力も無ければ神秘もない。奇跡も起こせなければ、特殊能力も無い。
純に人間である。
しかし、彼は年季が違う。
確かに最初は非力な少年だった。
だが、とある場所で他者を愛する仁愛を学び、覇道を実践し、鮮烈を掴んだ。
眼帯の女武将に剣戟の極地を。桃色の少女に無双の振る舞いを。西涼の武将に馬を。水辺の君主に船を。関西弁の少女に発想力を、慕ってくれる部下に体術を。子を愛す母に弓を。
多くの軍師に策を。彼の学んだものは数え切れない。
しかし一刀はそのことを目の前の少女に言うか――?
否である。
彼の胸にあるものはこの世の理を外れたものだ。
そしてそれを言った瞬間に、これから起こる全ての武将との出会いも、新しい時代の流れも、未来の決定路線として相手に処理されてしまう。
だから一刀は口を開かない。
ましてや星との出会いが、涙が出るほど嬉しいということも、表情に出してもいけなかった。
閑話休題
◇
「それで、これから一刀殿はどうされるのですか?」
一服をついて、星は尋ねてくる。
明快だ。一刀は力強く答えた。
「ああ、天下を目指す」
一息。今度は隣からお茶を吹き出す音が聞こえた。
「げふっげふっ。一刀殿!今は漢王朝が世を統べております。それは世を騒がす黄巾党と同じことをするおつもりか」
黄巾党。
腐敗した漢王朝を打破すべし――導師張角の元で結成された民草と無法者による一斉蜂起。
彼らは自らを黄巾党と名乗り、怪しげなまやかしで一大宗教組織を作り上げたのだ。
その命を恐れぬ兵達に漢王朝は対応を悩ました。
――そしてそれは漢王朝滅亡の切っ掛けになることも今の一刀は知っている。
「漢中城下に入るまでに、多くの村を見たよな」
だから問いを一刀は無視した。
「相対した君なら分かってると思うけど――俺は人間だ。ちょっとだけ特別な。でも、誰かが御遣いをしないといけない世の中になっている。幸い俺が討ち取った波才と空から降った石は御遣いと関連づけで話題に上っている」
「それで、貴方は名を挙げると。そして、漢王朝を打破するとおっしゃるのか」
「なら聞こう。趙雲。国とは何だい」
「国とは民のよるべとなる場所。民が守るべき場所です」
「違う。違うよ趙雲。国は一体何で構成されているんだ?この見果てぬ大地だけか?」
「それは――」
一刀は力を入れて言葉を紡いだ。
「民だ」
声にならない息を呑んだ音がした。
「勘違いしちゃいけない。民が国を守るんじゃない。国が民を守らないといけないんだ。でなければ土台が無くなり根本が崩れる――だが道行く村々を見ただろう。暴行された女性の遺体。飢餓で腹を膨張させた子供。この狭い漢中でも良い。どこでこの国、漢は民を守っているんだ?」
そもそも、と付け加える。
「黄巾党は異国の侵略軍か――?違う。彼らもこの国に生きる民だ。邪教に騙されているかもしれないが、それでも守るべき者だ。じゃあ何故それを治められないんだ?この国は」
「それは、綺麗事です」
黙っていた星の表情は険しい。
まるで身も捩るように、言葉を紡いだ。
「暴力に晒される無垢な民草がいれば、例え同胞でも討たねばなりません」
「そうだ。その通りだ、趙雲――だから、これ以上民を悪戯に傷つける国を討って、何故批判される?」
なっ――と星は表情を固め、慌てて言った。
「ろ、論理の飛躍ではありませんか!一刀殿」
「ああ、そうだ。だけど黄巾党の彼らはそう思っているんだよ。そして怨嗟を生みながら最後まで走り続け、作った怨嗟は国という名前の大樹の土台を腐らしていく――」
なら。っと一刀。
「でも、大樹が折れる前にその腐った部分を取り除いて、新しい部分に取り替えても、何が変わる?生える物も、宿にする鳥も。生きていく虫達は――変わらない。そして、趙雲。君はどちらに重きを置く?そこに生きる物か、それとも。取替え可能な土台の方か?」
シンっと空間が静まった。
道行く人の息遣いも、街の騒乱も二人の前から消えうせた。
星は答えた。
それも緊ではない、小さな笑みだ。
「……一刀殿は例えが下手ですな。大樹の土台を変えたりしたら折れてしまいます故」
「うっ」
「それに国と木々と民を同一にしてしまったら、国に民、つまり虫が寄生してるとも取れますよ?」
「ううっ」
これは、覇道を教えてくれた少女に頭を下げようっと内心で一刀。
インプットとアウトプットは違うのだ。
しかし、星は笑みを崩していない。
「ですが、貴方様の考えていることは、伝わってまいりました。我が名は、趙雲子竜。真名を星。一筋の武を預ける大樹を探しておりました――ゆえに、北郷一刀様。いえ、主殿。貴方様を宿木とさせて下さいませんか」
主殿、という言葉に一刀の心臓が響く。
ある生では、主と言われた。
ある生では、貴方とは味方で会いたかったといわれた。
ある生では、飲み仲間だった。
満ちていく喜びを言葉と表情に変えて、一刀はその両手を握る。
「ああ、宜しく頼むよ!星」
その突然の暖かさに、顔を真っ赤にした星だが、すぐに口元を涼やかに弓状にしたのだった。
今までになかった頬の上気を悟られぬように。
◇
「で、これからどうなさるのですが、主殿」
「そうだなあ。理想だけじゃ現実は着いてこない。まずは自分の力が要る」
「名を上げ地位を得なければなりませんが――黄巾党には否定的ではないとなると難しいですよ?」
「だよな……」
今まではある程度の名声、地位、領土があった開始地点だった。
しかし今回は零からの試みだ。
どこから取り組めば良いか頭を悩ます。
「今までも……じゃなかった。黄巾党を何人か倒せば確かに名声も入るし、名前が上がれば官職も貰えるかもしれない――でも、それじゃ駄目だと思う」
思いついたことを口に出しているような感じだ。
だがその纏まりのない主君の言葉を、星はただ聞いていた。
「ではどうされるのです?」
「黄巾の民を、出来る限り解放して取り込む」
「出来るのですか?」
「いや、正直。まだ思いつかないよ」
苦笑。だが、
「ある人が教えてくれたんだ。人が獣になるのはきっと理由がある。即ち理性を捨てるのは食料が無いからで、殺意を抱くのは安心出来る場所かがないからだって」
とある巨乳家庭教師が教えてくれた講義を思い出していた。
「だからそれを奪って反乱を起こす方法もある。今は国全体が自然にそうなっているんだ。だからそれを何とかすれば――」
「――難しい問題ですな」
「いっそのことお腹一杯になって満足して終わればいいんだけどな」
二人して頭を捻る。
っと。
蒸気が二人の顔を覆った。
何事か、っと二人とも眼下を見れば、そこには盆と二人分の茶碗にどっさり注がれた白米があった。
持ってきた主は茶店の女店主だ。
「おい、店主よ。これは頼んでないぞ」
星が言う。
女店主は目を弓状にしたまま快活に笑った。
「はっはっは!いやあ、良い話しを勝手ながら聞かせてもらっててねえ。そのお礼だよ。たーんっと白米をお食べさ」
「でもお腹一杯なんだけど」
饅頭も食べてたし、っとの一刀の言葉に女店主は歯をむき出しに睨む。
「なに!いけないよ。それはいけないねえ!体には白米。気には針。これさえあれば大抵何とかなるもんさ。だからお食べね!良い子だから」
母親を思わせる有無を言わさぬ迫力である。
今まであったこともない女性のタイプだ。新しい行動をしているからだろうか――
一刀は疑問に思いながら、しかし出された米を食べない教育は受けていない。日本人の心は誠意だ。
星と目を合わせ、
「「いただきます」」
そして箸をつけた。
途端である。二人とも頬が緩んだ。
その米は、今まで食べたことも無いものだった。
一口噛むと口の中で甘く広がる。かみ締めれば十色の味が口内を刺激した。
美味しい物を食べると笑みしか出てこないものである。気づけば二人とも笑いながら、箸を動かし続けた。完食までそう長い時間はかからなかった。
「「ごちそうさまでした」」
「いやあ、良い食べっぷりだね!いいねえ、その笑みは良い。やっぱり笑いながらお腹一杯白米を食べる、それこそ本当の幸せさね」
女店主は二人分の盆を下げた。
一息ついた後に、星が一刀に代弁して疑問を投げかけた。
「それで、何故我々にこのような追加をしていただいたのですか?正直な所、物騒な話ししかしていませんでしたが……」
「ははっ。物騒ならここら一体全て物騒さね!耳に入るのは黄巾党の乱暴と国の無策さ。でも、黄巾の将が倒れたなんて話しが来てねえ!」
その言葉に。
一刀は、そうか、という感想しか抱かなかった。
「だから、その討ち取った人が来て面白い話しするんだ。あたしも久々に活力が出たさね!」
天の御遣いといいう会話を聞いていたのだろう。
一刀はこれからこの店主がそういう類のやからに騙されぬよう釘を差す。
「……放言かもしれないじゃないか」
「ははっ。あたしの目に狂いはないさね!お米は全てを見通し、針は全てを見直すのさっ」
そして続けて。
気づけばその両の手は一本一本に薄長い針を構えている。合計十本の大小の針。
笑みと会話の中にあったその流れるような動作は、武を極めつつある二人でも一瞬、反応が遅れた。
「天の御遣いと言ったね!その心、気に入った。もしお眼鏡に叶うなら協力してあげようじゃないか!この漢中の一大勢力。ゴッドヴェイドオが導師、張魯様がね! 」
そして針は二人に向かって何の遠慮もなく、投擲された
オリジナルキャラ、張魯です。