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真・恋姫大戦記  作者: 明火付
第二部・逆賊、北郷一刀
18/34

第十八話『一刀、総大将失格のこと』

策も破られ絶対絶命の北郷軍。

前日書き溜めたのを再び昼に投下します。


重量のある一撃が身近にいた兵を襲う。

刃が陽の残光を残し、縦の軌跡を描いた。

怪力によって振るわれた戟が、兵の肩を深く切り裂いた。

鮮血を吹き出し、どっと音を立て倒れる兵士。

呂布は間断いれず、体ごと血を払い、一歩堀に踏み出す。

邪魔、っと言った表情だ。

しかし呂布の目が驚くように見開かれた。

轟、っと土煙が舞い上がったのだ。

それは空から来た。

壁の上より落下するように降って来る人影がある。

その手には煌く刀が握られていた。

姿は男だ。それも歳若い。

体制を整えながら、その落下速度ごと切りかかってきた敵に対して。

下より打ち上げるように呂布が方天画戟を振りかぶった。

刃物と刃物の触れ合った衝撃は、空を割るように響いた。

甲高く、悲鳴のような音だ。

威力は減衰せず、呂布の立つ地面に皹が入り、そして。


「……ッ。やる……」


陥没する。

あの呂布が膝を若干落として耐えていた。

その事実に張遼、動揺を示す。そして、降って来た男の正体に声を上げた。


「あの、馬鹿。仲間がやられて出てきおった!」


驚きと喜びを混ぜた複雑なものだ。

しかし、っと手に顔を当てた張遼はすぐさま表情を曇らせる。


「だがな北郷。あんたじゃ、呂布っちには絶対に勝てんで、どうする気や」





一刀は全身と落下速度を使った一撃が受け止められたことを知った。

関の上。身を乗り出した風が何事かを叫んでいる。

声は聞こえる。退け、っという意味だ。しかし、

――ちょっと難しいな。

震える刃を交差して見つめるのは赤毛の少女だ。

お互いの吐息の音が聞こえる距離であり、整った顔立ちは男という性を刺激するもの。

しかしそれ以上に、武人としての一刀の感覚が勝っていた。

刃より伝わってくる相手の力量だ。

その圧倒的なまでの実力差に、である。

現に今も、一刀は全身を使って刀を振るっている。定まらない力に刀は揺れていた。

だが一方で呂布の側は。

――微動だにしていない。

まるで金属に打ち付けているようだ。

これ以上交差していたら、いずれ自分は押し負ける。

故に一刀は、その剣を一度強く力を入れた。

気づき、呂布は無造作に得物を弾く。

その衝撃で、体が浮く。そのまま全身の無駄な力を解き後方に着地する一刀。

だが僅かな隙を呂布は見逃さない。

体を極端な前屈みにしたまま、距離を詰めた。

くっ、と苦悶の声が一刀より洩れ出た。

重く鋭い武が再び振るわれ、慌てて刃で受け止めたのだ。

再度、火花が散った。

威力に後退するように脚を下げる一刀。

一方、押し込んでいくように前進していく呂布。

連撃の音が響いていく二人は、しかしてゆっくりと関から離れていく。

刃物の残光が次々と生まれ、消えていく。

その幻想的な光景に堀の弓兵達は呆けるように見ていた。

しかし、そんな背中に罵声が飛ぶ。


「お前達!」


星だ。

体を起こした彼女が声を荒げていた。

痛みで顔を顰めながらだ。


「主殿の戦いを無駄にはするな!」


本来なら救援に兵力を動かす所だ。

しかしこちらが軍を動かせば、静観している張遼も兵を動かす。

そうなったら乱戦になり自分達は負ける。

だから、


「負傷者を連れて、早く!」


時間稼ぎとは言え、策が敗れたいま出来ることは一つだ。

慌てて関に入っていく兵達の中で、星は二人の戦いに目をやった。

少しずつ離れていく姿に、ただ音だけが届いてくる。

今すぐ1人で飛び出したい衝動を押し殺して、風は関の中に入った。

慌しい中ですぐさま駈け寄ってくる自分の兵達に向けて言う。


「私の馬を持って来い!騎兵の準備は出来ているな!」


「はっ。我らが500。命を捨てる覚悟は出来ております」


「よしっ。では行くぞ――」


従者が白馬を連れてくる。

それに飛び乗り星は告げた。


「我らは今より張遼軍に突撃を仕掛ける。その間にありったけの歩兵を出し、主殿を救援するのだ」


それは事前の策とは随分離れたものだ。

自分の命を捨てれば混乱を作り、一刀を救うことも可能になる。

星は本来の冷静な思考をなくしていた。

故に。


「許可出来ません」


壁より降りてきた風が静かに言った。

その言葉に星は馬上より抗議を上げる。


「しかし!」


「お忘れですか?風は今回の作戦の全権を任されています。それに虎の子である騎兵を使うのは、相手が退く時だけだと、事前にお兄さんと話したはずですよ」


「だが、主殿が危ないのだぞ」


呂布だけではない。

傍観している張遼が兵を出せば一刀の命はないだろう。

それでも、風は告げた。


「お兄さんを信じましょう。必ずその機会を作ってくれます」


星は納得出来ず、再び意を唱えようとして。

止まった。

風の足元に水滴が一滴(ひとしずく)落ちたのだ。

その色は、朱。


「風……お前、手が――」


肌を突き破るほどに食いしばる両手。

それを気にせず、風は言った。


「待ちましょう。私達に出来るのは、それだけなのです」





最早二人となった戦場では音が鳴り響いていた。

金属と金属のぶつかる破砕音だ。

そして時折体の熱を吐き出すように、お互いの声が洩れ出る。

両手に握った薄い刀を使い、相手の得物を受け流し続ける一刀と。 

重量のある方天画戟を縦横無尽に振り回し、押し続ける呂布。

技と力をお互い主軸にした対照的な戦いだった。

その立会いが十合を超えたとき、呂布が始めて口を開いた。


「……お前強い」


表情は伺い知れない。

しかし切っ先のような瞳は一刀を見据えていた。


「……でも、何で打ってこない?」


疑問だ。

そう、最初の一撃以降、一刀は自分から攻めていなかった。

彼が振るう刃はどれも向かってくるものを払うものだ。

一刀は答えない。

口を開く余裕などなかったのだ。

既に脳は言語を失い、思考することを捨てている。

刀を走らせ体を唸らせ、動作にのみ精神を集中させていた。

反応が無いことを確認して、呂布はため息一つ。

そして手に持つ方天画戟を振るう。

それは最初の一撃と同じ、下から振り上げるものだ。

対して斜め下に力を押し流そうと一刀は振りかぶり、

――そして上方に弾かれた。

受け流す力を遥かに凌駕する威だった。

刀ごと腕を引っ張り上げられ、体制を大きく崩す一刀。

その無防備になった腹部を凪ぐような形で刃が来る。

死んだ、呂布は思う。

この男の力では今からどう足掻いてもこの軌道は崩せない、っと。

だが一刀が動いた。

体を大きく背後に反らしたまま、再び刀を握りなおしたのだ。

相手の体が一瞬、膨れ上がったように呂布には見えた。


これこそが彼の本来の構えだった。

北郷一刀はその歳に似合わぬ経験を幾つも別の世界でしてきている。

その中ではこの天下無双の彼女や、猛将と呼ばれる手ほどきも受けた。

恐らく経験だけなら大陸一である。

ならこの世界で一番強いのか?

答えは否である。

彼は北郷一刀だ。特殊な才能をもった彼女達ではない。

現代で例えるなら人間である陸上選手が世界で一番早いチーターの走り方を真似ても、全く意味がないのと同じである。

しかし彼には一つだけ才能があった。

観察することだ。

それは時に女性を口説き落とすことにも使われたが、とにかく彼は相手の特徴や変わった様子を見ることが得意だった。

そして多くの太刀筋や、次の行動を学習した。

経験は着実な戦での思考を生み、そして一つの結論に達した。

自分では戦場で本気になった彼女達には絶対に勝てない。

なら、その勝てる隙を生み出すまで耐えて耐えて。

そのとある瞬間だけ、彼女達をほんの少しでも越えられれば良い。

適した羅刹の技を一刀は知っていた。


肺に入れていた力を貯めて、全身の血の流れを想像する。

体に巡る気をの厚みを増していく。

その全身に散った気を、大上段に握った刀を持つ指にありったけ込めた。

後のことは考えない。その剣筋を現代社会ではこう言われる。


「おおおおおおおおお!」


示現流。

その先手必勝の剣筋を、後手必勝とした一刀の亜流の型だ。

ただ振り下ろす。その一撃のみに速度を特化させた神速に対して、

受けることを予知していなかった呂布は即座に方天画戟を構え、

生じた衝撃は大地を揺らした。





遠く、張遼は二人の戦いの決着を見た。

衝撃は土煙を上げて視界を防いでいた。

晴れると、結果があった。

呂布が倒れていた。

その手に持つ武具は両断されており、絶たれた柄からは白い煙を上げている。

一方、一刀。

その手からは同じく白い蒸気のようなものが吹き出している。

振りかぶった姿勢で立つその表情を伺い見ることは出来ない。

しかし、立っている人間と、その対照的な人間。

勝敗は明らかだった。

かたんっと、何かが地面に落ちた。

それは張遼の1人の兵が持つ、鉄の槍だ。


「呂布将軍が、倒された――ば、化けものだ!逃げろ!」


わっと兵が恐慌を起こす。

それは幾つも伝播して、武具を捨てさせ、歩を外に向けたものだ、

――呂布っちがやられるなんて、ありえん!

内心では驚きを隠せない張遼。

しかし自分は将だ。


「くそっ。なんちゅうざまや。おい、兵を纏めえ!呂布っち連れて一旦退くで!」


そう配下に告げた時だ。

一度閉まった筈の関。その門が大きく開け放たれた。

そこには騎兵達は轡を並べている。先頭の白馬に乗るのは星だ。

星が槍を振り上げ、それに呼応するように騎兵が砂塵を上げた。


「みんな引きい!第三隊!うちと来い。奴らを食い止める!」


張遼も食い止めるために一隊を率いて出る。

そして衝突した。

お互いの隊が戦っているのを見届け、一刀がようやく倒れこんだ。

反面、倒れていたはずの呂布が起き上がる。

遠目から見れば分からなかったが、呂布は倒されてなどいなかった。

ただ尻餅をついていただけである。

証拠に彼女はあの一撃を受けて尚、傷一つついていない。

だが一刀は酷かった。

両手は焼け爛れており、体の至る所の筋肉は断絶された余波で痙攣している。

気の力も使い空気の抵抗も破った混信の一撃を。

しかし呂布は受け止めていたのだった。

首の上しか動かない一刀は起き上がった呂布を仰ぎ見る。

その目は何も変わっていなかったが、僅かな好奇心が感じ取れた。


「……名前、なに?」


「北郷、一刀だ」


「……覚えた。私は、姓は呂。名は布。字は奉先」


か細い声で名前を交換して、呂布は関を見る。

そこには風が指揮する歩兵達がこちらに向かってくるものだった。

倒れる一刀に背を向けて呂布は張遼のいる場所に歩いていく。


「……また会う。一刀」


そう言って疲労も無く去っていく姿を見て。

――何回経験しても、あの武までは遠いな。

そう、一刀は心中で思うのだった。




一刀達の戦、その初戦は勝利に終わった。

逃げ出す兵に脚を取られ動けなかった張遼の隊を、星が散々に蹴散らしたのである。

討ち取った数。最初の奇策と合わせれば千を超えた。

こちらの死傷者は百名に満たない。

大勝と言っても良かった。

関に凱旋する一刀は、星の肩を借りている。

大勝に沸く軍中で、彼は万歳を以って迎えられた。

風もそれを出迎えた。

だが、言葉が少ない。

彼女が無言で指を指した場所は、将にあてがわれた宿舎だ。

星、風、一刀。そこで三人だけの空間になった。


「風、あの――」


一刀が声を掛けようとした時だ。

近づいた風が、無言でその頬を叩いた。

軽い音が部屋中に響く。


「もう1回、こんなことをしたら。風はお兄さんの軍師を降ります」


それは怒りだった。

表情を滅多に出さない筈の少女が。

目に涙をためて、憤っていた。


「お兄さんは武将ではありません。総大将なんです。そんな人が、事前の約束を全部破って、一人の武で突っ走って。下手をすれば私達は全滅でした。お兄さんは総大将失格です」


返す言葉もなかった。

本来なら弓兵で時間を稼ぎ、呂布が突貫してきた所を関の上より鉄の網で捕縛する予定だった。

しかしそれより早く、一刀が飛び出したのだ。

網よりも二人目の犠牲が出ることを恐れて、である。


「兵の犠牲を哀れむのではなく、それを誇ることの出来る王になってください。お兄さんのは優しさなんかじゃありません。甘さです。兵達がそれを喜ぶと思いますか。彼らは、一体何のために戦っているのですか?」


夢である。

一刀が漢中にそれを掲げたのだ。

誰もが平等に暮らせる場所を作ろうと。

そう、宣言したのだ。

そして兵達はそれに殉じているのである。


「――ごめん」


王というのはこんな責任のあるものなのだ。

とある場所で小さな少女が、命を無視して戦おうとした姿を思い出す。

今ならそれが分かる。


「全部背負い込んでた。悪かった」


「もっと風を信じてください」


か細い声で言う。


「風を星さんを、師愉さんを。そしてお兄さんについていく人たちを、信じてあげてください」


「ああ」


何回学んでも、結局は人間はその立場にならないと本当には分からないのだ。

全部を学習した。そう思っていた一刀だったが、その驕りを今は呪った。

そんな一刀の手を、風が握った。

火傷をした肌を触り、続いていたわるように一時的に動かない手と脚を擦る。


「……兵士たちは1人の兵の為に身を張った総大将に対して士気を大きく上げました。また、呂布を一時的に倒したことで、あちらの士気は下がるでしょう。でもそんなことより」


「風はお兄さんが無事だったことのほうが嬉しいのです」


私も軍師失格ですね。そう言って、いつもの笑みを取り戻したのだった。





陽平関最初の戦い。

漢中軍、死者75名。負傷者130名。

張遼軍、死者1000名。負傷者1400名。(推定)




という訳で初戦終了です。

あと小説のあらすじを変更しました。

――あらすじ書くのは苦手です

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