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真・恋姫大戦記  作者: 明火付
第二部・逆賊、北郷一刀
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第十六話『陽平関攻防戦』

一刀の最初の戦が始まります。


陽平関。その壁の上。

陽が真上に上がった蒸し暑い昼下がり。

数人の兵に囲まれ、壁より戦地を見渡す一刀がいた。

軽めに作られた白の鎧に身を包み配下の報告を聞いている。


「敵将、呂布、張遼が二将。付近の山中に陣を構築したようです。竈の煙から察するに、そう遠くない時間に再び攻めてくると思われます」


「ありがとう。下がってくれ」


「はっ」


別の箇所に走っていく兵士と交代するように風が現れた。

関の上。大気の流れに目を細く狭めながらだ。


「私達が来る前は断続的な戦闘だったみたいですー」


「ああ。報告は聞いてるよ。この数日はまるで、反応を試すような攻め方だった、と」


「お兄さんはどう思われますー?」


「待ってたんだろ、俺達を」


漢中城より陽平関まで掛かった数日。

しかし、その時間、関は持ちこたえた。

兵士の士気が思いのほか高かったことと、二将軍が戦場に今だ姿を現していなかったことが幸いした。


「張遼さん達もそんな乗り気じゃないみたいですねー」


「ああ。でも情けを掛けてくれるような性格じゃないさ」


「と、言いますと」


「あの陣地を見ろ。まるで聞こえてくるようだよ。どうせやるなら、全力で楽しまんとな……そう陽気に笑う張遼の姿がね」


懐かしむように、しかしどこか嬉しそうな一刀に風は頬を膨らませた。


「武人の感ってやつですか――。風には分からないのです。一度刀を並べただけでそこまで通じ合えるものですか?」


「さあね。都合の良い妄想かもしれないな」


肩を竦めて、一刀は身を翻した。

右手を上げ、各所の部隊長を招集するように呼びかけながら。


「皆を呼んでくれ。俺達の国を守る戦を始めよう」






「きたきたきたあ!待っとったでえ!北郷!」


一方、董卓軍陣営。

関より数里離れた山中。その張られた陣地より張遼が喜声を上げていた。

人の姿までは視認出来ない距離だ。

故に、近くに座っていた人影が首を傾げて尋ねた。


「見える……?」


触覚のような赤毛をツンと跳ねさせた少女だ。

目は胡乱としており、その表情は読み取りにくい。

深紅の布を首元に巻いており、その華奢な肩には刺青が施されている。


「ああ。姿までは見えんがな!くー。楽しみやなあ!なあ、呂布っちもそう思うやろ!」


「さあ……」


呂布は興味なさそうに呟いた。

対照的な二人である。


「こんなつまらんことになってしもうて、北郷には気の毒やけど。でもどうせやるなら、全力で楽しまんとな!待っとり、北郷!打ち負かしてぴーぴー泣かせたる」


そう言って拳を深く握る張遼はどこまでもやかましかった。

――と。

そんな二人の幕を上げて、無遠慮に空間に入ってきた人物がいる。

白い布を大きく頭の上より被り、金銀で華美に施された官服を身に纏った男だ。

目は細く、布から篭れ見える顔は耽美だ。頬には紅く朱の化粧が施されており、これ以上と言わないほどに戦地に似合わぬ人物だった


「ほっほっほ。田舎者は五月蝿くて敵わんなあ」


そう二人に向けて言い放つ。

その人物に対して、張遼は一転、不快そうに目を狭めた。


「趙忠殿。あんたはただのお目付け役やろ。何の用や」


趙忠。

皇帝に我が母、とまで言わせた宦官の大物である。

張譲達12名の宦官で構成された十常侍に所属する有力者であり。

同時に宮廷の改築費用を横領した、気に入らない者を讒言して殺した。等の張譲以上に黒い噂の絶えない男である。

本来彼はこんな場所に出張る人物ではない。しかし、


「北郷一刀の件は陛下も心を痛めておるのでなあ。わたくし自らの目で死体を確かめよ、とのことである。なにせ」


そして目配せするように薄笑いを浮かべた。


「董卓殿も宮中では良い評判ではないのでなあ。万が一があっては敵わぬ。ほっほっほ」


笑い声に張遼は歯を軋ませる。


「うちらは黄巾党も順調に倒して、任された土地もきちんと治めとる。それで都に送る税も破ったことないで。そんな臣に対する、これが宮中の対応かい」


「人の心は悪鬼羅刹ですからなあ。まあ、これも普段の心遣い、宮中への配慮が足らぬからでしょうな。そう思われるなら精進されるがいい」


心遣いは心付け。

宮中への配慮は十常侍に対する賄賂のことだ。

その隠語に気づきながらも、張遼は無言で袴を翻し、背を向けた。


「もう時間やから失礼させてもらうわ。呂布っち、出るで」


こくり、っと呂布が頷き、その後に続く。

自分の言葉を無視され、趙忠はその顔を不快そうにしかめて後ろ姿に言い放った。


「ふん。主も主なら、部下も部下だわ――礼儀の知らん愚か者ばかりよ」


言葉に断裁音が響いた。

趙忠は何が起こったかわからない。

ただ、自分の鼻先を巨大な何かが通過して、その何かは足元の地面を大きく抉ったということだ。

唖然とする趙忠は、震える目線を前に向かう。

それは呂布の振り下ろした彼女の身には不釣合いな、得物。

槍のような刃の両側に横刃が付けられており、それは一般に比べて、遥かに大きく、無骨であった。

何より恐ろしいのは数歩は離れていた距離を、彼女はこちらの目線で一切視認出来ない速度で、成し遂げたことだ。

――これが、飛将軍か。


ぺたりと腰を抜かした趙忠に張遼が暢気に声を掛ける。


「おー。危なかったなあ。いま足元に蛇おったで」


「……そう」


こくりと頷く呂布。

武具を上げれば、確かにそこには潰された――しかし原型も止めていない血の塊があった。


「陣中じゃ何が起こるかわからんからな。どうかご自愛するよーに。じゃあ失礼するわ」


そう言って二人は今度こそ去っていく。

二将軍が去っていった後も、趙忠は座ったままだ。

汗が垂れ、そして、手の震えが止まらない。

そんな彼の視界が、ぱらりと開かれた。

無言で見れば。先ほどまで被っていた布が縦一直線に、寸分無く裂かれている。

下賎な者に顔を見せたたくがないために被ってきたそれを断たれ、趙忠は拳を握った。


「小娘共が調子に乗りおって。北郷一刀を殺せば、その次は貴様等が逆臣だ」


大物である趙忠がわざわざ行軍に参列したのは理由がある。

十常侍にとって董卓は目の上の瘤であった。

御するには大きく、しかし全く屈しようとしない。

そこで一計を案じた。

この戦いぶりを、陣地の羽振りを『正確』に報告すればいい。

隙のない董卓陣営だ。他の者では真偽が疑われる。

しかし、皇帝から信頼の厚い自分がこの目で見たと言えば?


「少しは分かる奴であれば、結果は変わったのにのお、ほっほっほ。後から後悔すればいいわ」


そう呟き、暗い瞳を浮かべながら趙忠が笑った。





「全く、こっちが無理して調子上げとるのに下がりきったわ」


「殺す……?」


馬に乗りながら張遼と呂布。

彼女達の後ろには無数の兵達が続いていた。

正規の軍である。西の荒れた大地で鍛え上げられた精強な男達だ。


「いやいや。それはまずい。まあ、賈駆っちや陳宮が何とかする言うてたし。うちらは出来ることしようか――ん?」


土煙を上げ、そして張遼は右手を上げる。

全軍がぴたりと止まった。

眼前には巨大な関。その上には、幾重も並んだ牙門旗が揺らめいていた。

――そして張遼の目が釘付けになった。

驚くことに関の門前には、1人の少女がいた。

槍を携え、その艶やかな容姿を切れ込みのある衣服に包んだその姿。

更に天険の関の上には今までいた筈の兵の姿は無く、守るべき門が大きく開け放たれている。


「常山の趙子竜――」


星は構え、2万の兵に対して。


「我が槍の紗枝、見たい者から掛かって来い」


たった一人でその切っ先を向けたのだった。



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