第十二話『拠点フェイズ 星編 1』
はい。星編です。
今回も多くのシリアスぶち壊しおふざけがあります。お気をつけ下さい
「子供の印象がまずい?」
議題に上がったその言葉に一刀は首を傾げた。
風は議事録を見ながら、訥々と言葉を並べる。
「そうですねー。ほら、この前お兄さんの肝いりで作った学校?っというのがあったじゃないですか」
「ああ、この前作ったやつだな」
漢中の民の識字率は低い。
学が無くても手があれば生きていける、という時代だ。
しかし農作物を作るのにも計算が出来れば良いし、文字が分かれば書状や立て札が出しやすい。
それは何よりの国民の力となるのだ。
そう考えて幾つか試験的に建て、著名な知識人を講師として招いたり、学校に行く子供の税を緩和したりと政策を進めていた。
「それで驚くべき結果が出たのですよー。これです」
渡されたそれは北郷一刀調査票と書かれた書だった。
中を捲れば、この土地を治める自分に対しての評価が書かれてある。
書いたのが学校に通う子供達だ。拙い文だが、一応読める。
その評価を見てみるが。
「特に悪いことは書かれていないじゃないか」
確かに少し誇大気味なものが多い。
天よりの使者格好良い、だの。
波才を討ち取って大陸最強、だの。
でも悪評が少ないということは問題じゃないはずではないだろうか。
しかし風は首を振った。
「問題なのはそこじゃありませんよお兄さん。天の御遣いである事が、やけに誇張して書かれていませんか?」
改めて見れば、確かにそんな言葉が多い気がする。
「天の御遣いを利用するのは結構ですが、領内の民に神聖視されても困るのですよ。もし、お兄さんが将来跡継ぎにこの地を継がせたとき、少しの失敗でこう言われるんです。ああ、やっぱり御遣いさまじゃないと駄目だ、っと」
「う。確かにな」
それはまずい。
跡継ぎと言わずに、他の勢力に漢中を取られたとき。民の無意味な暴走は大陸に影響を齎すだろう。
そしてそれは一刀にとっても喜ばしいことではなかった。
「子供達が大きくなったとき、植えつけられた心はそのまま大人の思考に直結されます。そうした次世代の国民は単一な考え方しか出来ず、国の疲弊を生むでしょうねー」
「じゃあどうすればいいんだ」
「うーん。そですねえ。もうちょっと身近な存在になってもらうしかないですね」
「身近な存在……市場にならよく出てるんだけどな」
「ずっと執務室に詰めている筈のお兄さんがどうして市場に出ているのですー?」
しまったやぶ蛇だった!?
顔を青ざめる一刀。
そんな二人の間を一本の手が上がった。
星だ。いつにもまして真剣な表情をしている。
そして一息呼吸して、戦に赴くような口調で言った。
「劇だ」
……は?
その言葉に一刀、風、眠りこけていた師愉。文官たちが目を丸くする。
お前は一体何を言ってるんでスカー?と言った空気を身に受け、うっと呻く。
しかし顔を真っ赤にしながらも、星は言ったのだ。
「劇をしましょう、主殿!!」
◇
「……で、本当にすることになるとは思ってなかったよ」
手に持つ脚本(作・常山の趙子竜)を手に持ち息を吐く一刀。
その姿はいつものポリエステル制衣服ではなく、派手な黄土色の外套に足元は黒の蹄をモチーフした手袋姿だ。ご丁寧にやけに尖った仮面なんぞも着用している。
「いやあ。この歳でするにはちょっと恥ずかしいねえ」
隣の師愉は額に『米』と書かれた仮面を身につけている。
それだけならまだ救いがあるが。全身白の肌着を身に着けており、下手な旅芸人なんぞよりも異質な姿と化していた。
「ふふ。皆さん似合っておいでだ」
星だけ仮装をしていなかった。
唯一、虹色の蝶の文様である仮面を、手の中で動かしている。
今は劇の開始時間待ちだ。
学校一つを貸しきって、劇をする場所に子供達が集まってくるのを待っている。一刀が舞台袖より外を見れば、もう席のほとんどが子供で埋め尽くされていた。
「うわ。兵達も親も見に来てる。あ、文官達までいる。これ、明日城で笑われるんじゃないか?」
「気にすることないのですよー」
ぴょこん、っとその懐の仮装から風が顔を出した。
「……いつから入ってた?」
「これ、結構広いですねー。お兄さんぬくぬくなのです」
「出てください。大の若者が女の子を懐に入れて出演したらもう一瞬にして教育問題です」
「つまらないですねー」
いそいそと這い出た風が、軍師として説明の責任を果たした。
「さて。ではこれから、星さん作、『華蝶仮面(星さん)と種馬仮面(お兄さん)の冒険』の説明を致しますー」
「なんてこんなに主演の名前に差があるんだ……?」
その呟きを全員が無視した。
「脚本はよくある英雄譚ですね。華蝶仮面と種馬仮面が世直しの旅に出ていると、次々と悪い相手が現れ、それを倒していくという話しです。途中の戦闘で種馬仮面が負傷し、華蝶仮面が治してくれる米屋仮面にお願いをしにいきます。そして扮する師愉さんが米を食べさせて回復させるんですね」
「分かった。せいぜい、気合を入れて食べさせてあげるさね」
陽気な笑顔を見せる師愉。
だが脚本の内容に一刀は首をかしげた。
「あれ?でも途中の戦闘って誰が出演するんだ?」
「旅から一時帰還しているゴッドヴェイドウ怪人、楊昂、楊松、楊任さん三人ですね」
「あいつ等かよ!時期的にどうなんだ」
「子供を驚かす為に客席からの参戦となってます」
「え、どこに――って、うわ。い、いる。子供に囲まれてる。服引っ張られてる凄く目立って辛そう」
「本人達からの言葉が届いてますね。『自分達は許されない事をした。民の怒りもあるだろう。この命、この役、全力で使わせてもらいます。』っとのことですー」
「じゃあ全力を出すのか?ゴッドヴェイドウの達人が?俺に?い、嫌だ。やらない。俺はやらないぞ」
「さあ開演の時間ですよ主殿」
星が手を引っ張り、一刀は抵抗も空しく壇上に引っ張り出された。
そして……
『我が二倍の攻撃受けるがいい!――あ、今の絵面的に大丈夫ですか』
『脚ががら空きだぜえ――あ、はい。もうちょっと綺麗な言葉使います』
『今度は私の番だな……ぐあああああ』『よ、楊任ー!』
「死ぬ、しぬ!」
「主殿。いきますよ!」
劇は更けていく……
◇
劇が終わった。
学校に零れる橙色の夕陽を背に一刀は肩で息を吐く。
劇の痕は兵達がやってきて綺麗に撤去されていた。
子供達もまばらに残っているだけで、まさに祭りの後だった。
「お疲れ様でした」
先ほどまで幼子と話していた星が声をかける。
倒れた姿のまま、一刀は片手で挨拶を返した。
その隣に腰をかける星。疲れはあるが、少し満足したような表情だ。
「なあ、星」
なんですか?っと返した横顔に、一刀は純粋な疑問をぶつけた。
「なんで劇だったんだ?」
若干押し黙った星だったが、目を学校入り口のところにやった。
そこにはこちらに手を振る、最後まで残って先ほどまで星が話した幼子がいる。
「さあ――何故でしょうな」
そう言って微笑む姿は夕日に映え、妖艶な美しさを見せる。
「ただ――癒えていく漢中でも、過去の争いの歪みは残っています。今日のゴッドヴェイドウ怪人の三人も、市街に出れば石を投げられることもあるとか」
「……聞いてる。一応、警邏の兵には注意を呼びかけているけど」
「当たり前です。感情というのはそう簡単についてこない。あの、さっきの父を亡くした幼子も同様でしょうね。誤ったら謝ればいい、なんて理屈は通らない。それは私も同じなのですよ」
告げて、星は倒れる一刀の腹部にすとんと顔を寄せた。
添い寝するかのように密接したことで甘い匂いと柔らかい感触にやや心臓の鼓動を早くする。
「少しだけ、こうやって休ませてもらってもいいですか?」
「――ああ、いいよ。俺も少し疲れた」
「ふふ。私もです。慣れないことをするものではありませんな」
そうして二人は目を閉じ、若干経って心地よい寝息が二人分、聞こえてきた。
一刀を呼びにきた風によると、それは大層安らかな寝顔だったという。
という訳で拠点編です。
今までのシリアス展開はなんだったの?民の感情はゴッドヴェイドウのこの三人出しても大丈夫なのか。大丈夫です。外史はそんなに引っ張らない(棒)
拠点編1 最後です。風になりますね