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真・恋姫大戦記  作者: 明火付
第一部・漢中争奪戦
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第十話『漢中争奪戦 終』

長くなった漢中争奪戦、最後の章になります。

前日に書き溜めたのを昼に投下。忙しい日常の片手間に流し読んでいただければ幸いです。

ハイパー長いです

「北郷、一刀」


口で転がすように張遼は言う。

その名前は西涼にも届いていた。

自身を天の御遣いと名乗るだけではなく、あの漢の将も苦戦した波才を討ったと聞く。

高齢の老人。若しくは腕っぷしのある妙齢の男を想像していた張遼だったが、


「へえ。あんたが――なんや。想像してたのと比べて随分と貧相な男やな。」


「想像と違って悪かったな」


苦笑する一刀。

まあええわ、っと張遼は笑みで向き直る。


「名乗られたらこっちも名乗り返さんとな。うちの名は張遼、字を文遠。で、こっちが」


「程立と申しますー。お兄さん」


ぺこり、と。

その名に一刀は考えを巡らす。

程立と言う名前は風が自分の掲げる主を見つけるまで名乗っていた名前だ。

つまりここではまだ、風はあるべき主、華琳に会っていないことにある。

――じゃあ、何で漢中なんていう辺境にいたんだ?

その疑問はある。だが、今一番に気にしないといけないことは別だった。

目の前の女性、張遼の存在である。

彼女の所属がどこにあるのか。それを明確にしないといけなかった。


「先に聞きたい。張遼、君はどっちの味方だ?」


「どっち、ねえ」


その言葉に彼女は目元を大きく綻ばせた。

彼女とも付き合いのあった、一刀にはどういった意味か分かる。


「強いて言うなら、うちはうちの味方や」


言葉に、一刀は手の力を強く握った。

張遼は部下思いの良い武将だ。

だが華琳に会う前には、思量深い将である反面、強敵と戦を欲する欲求も持っていた。

そして今の表情はとある黒髪の、少し嫉妬深く、それでいて万の武を持つ少女に対する彼女の表情に似ていた。

まずい、っと思う。


「まあこの子に敵対する気はないで?うちも気に入ったし、それにあんな下種に渡す気もない。だから――あんたが助けに来たっちゅうなら、うちらは味方やな」


「なら」


「待ちい。いつ、あんたが本物の北郷一刀だと信じた言うたんや」


部屋の空気を切り裂き、その刃は宙を舞う。

自身の身ほどもある偃月刀を振り回して、張遼は笑った。


「武人に語るなら、その御遣いの力で示してみせてみい。それともその貧相な体じゃ、出来んか?」


挑発だ。

だから、っと一刀は応じた。

腰にある刀をおもむろに抜き去り、そして


「ああ、出来ないね」


自分の足元に投げ捨てた。





「――は?」


呆気に取られる。張遼。対して、一刀は苦笑いを浮かべたままだ。


「この場で敵対しないってことは、つまりは張脩の配下じゃないんだろ。それに今は俺達が争う時間もその理由もないんだ」


「そ、そしたら、うちはあんたを信用せえへんで」


「構わないよ。信用されようが、されまいが、俺がしにきたことは代わりないから」


断言する。

その瞳に疑念はなかった。

そして無手の相手に刃物を振るう趣味を張遼は併せ持っていなかった。


「……なんやつまらん男やな」


刃物を仕舞うその姿は渋々だ。

悪い子じゃないのだ、彼女は。だから、


「じゃあ、こうしよう。この程立を解放するのを手伝ってくれたら、一戦だけ付き合うよ」


「ほんまか!?」


がばっと気勢を取り戻して、張遼。

先ほどの渋々とした顔はどことやら、耳をぴんっと跳ねさせ喜色の笑みだ。


「いやあ、話が分かるなあ。一度で良いから天の武ってものを見てみたかったんよ。あんたの身のこなしも、ええ感じやしな。よっしゃ、協力するで」


ばしばしと肩を叩いてくる。

細腕とは打って変わって力強いその手に肩甲骨の損傷を本気で心配する一刀。

そんな心は露知らず、押し黙っていた風に張遼は顔を向けた。


「こいつ信用出来るで!」


「ただ、張遼さんが早く戦いためではないか、っと風は心配になるのですー」


目を問うように細めた風だったが、自分に残された手はそう多くない。

だから、っと顔を見上げ、助けに来た、っという少年を見つめた。


「でも今は選択肢がありませんね。なら、お兄さんー。少しの間、お世話になるのです」


そうして再びぺこり、そんな風に一刀は笑って頷いた。

この二人と歩を同じ方向に向かえる。

恐らく今回は、別々の道を歩むことになるだろう。

しかし、その胸中はすっきりしたものだ。

投げ捨てた剣を拾い、仕舞いながら一刀は思う。

先に扉から廊下に出た張遼が、「見張りおらへんでー」っと声を掛けた。


「今、行くよー」


そう声を掛け向かおうとする一刀の裾を、何かが引っ張った。

見れば風が指でちょこんと服を掴んでいる。

目元を眠たげに瞬きさせながら、しかしその瞳は細く、こちらを映していた。


「行く前に聞かせて下さい、お兄さんが天の御遣いだと仮定して、こんな敵陣深くに乱の総大将が無名の私を助けに来た理由はなんですかー」


うっ、その言葉に一刀は詰まる。

まさか別の世界では一緒に猫観察してた、などは言えない。

ましてや一度は男女の仲になったんだぜぐはははは、なんて剛毅な性格も持ち合わせていない。

言葉に悩んで、迷って、最後にはその心情を吐露した。


「君があの男に連れ去られていくのを見た時、助けたいって、思った」


それは何もない、青臭い感情だ。

でも一刀が歩みととめない原点の一つだった。


「――それだけだよ」


その言葉が相手に伝わったかどうかは分からない。

総大将が敵陣深く来るのは何故か、っという問いに答えられていないのも分かる。

だが感情は相手に伝わったようだった。


「分かったのです」


頷き、そして。


「つまり、お兄さんはその時に風に惚れたのですね」


「違うよ!?俺、そんなこと言ってないよね!?」


「……ぐー」


「そして寝るんじゃない!」


訂正。その思いは自由な風にはよく伝わっていなかった。





廊下を進みながらも、騒乱の混乱は感じられた。

血糊がところどころ廊下に撒かれて、窓から外を見れば兵と農民が刃物を散らしている。

戦いは、反乱軍が優勢に進んでいるらしい。

戦意を失った兵達が所々降伏していた。


「この戦は決まったみたいやな」


同じく窓を横目で軽く見ながら、張遼。


「ま、楽でいいんやけど」


そう言って視線を前にやった彼女は。

しかし、途端に目を険しくさせる。

右手で二人を制止するように伸ばした。


「敵だな」


「やね。数は――」


「二人だ。突き当たりの廊下から走りながら曲がってくる。武器は――槍」


風だけが二人の見ている者が分からず首を傾げる。

同じ場所を見ても音もなければ、姿も無かったからだ。


「風には分からないのですがー」


「武将ってのは感覚が鋭敏になるもんなんや。まあ、言葉はええ。どっちやる?」


その言葉の意味を察して、一刀は頷きながら答える。

腰の直刃の刀をゆっくりと抜きながら、


「右で」


「おっしゃ、じゃあうちが左な。行くで!」


そして、同時に疾走を開始した。

そんな二人を後ろで見ながら感嘆の声を上げる風。

――おおう、音が無いのです。

普通、走るように体を動かせばその脚で地面を力強く踏まなければならない。

なれば反応した地面は、その力に伴った音を奏でる。

しかしいまかなり速度を上げる二人は、異常なことに音を発していない。

無論、足音も含めてだ。

――踏みしめる瞬間、その力を押し殺してるのですか。

可能なのだろうか、そんなことが。

だが、っと風は考え直した。

――それが乱世の武将の力量なのかもしれませんね。

思考し、視線を改めて前に。

先に疾走した二人はそれぞれの敵に接敵していた。

曲がり角を曲がってきた鉄の鎧を身に纏う兵達は、寸前音も無く現れた二人に息を呑む。

戦いに置いてその隙は致命的だった。


「邪魔や!」


豪快に、しかし神速を以って振るわれた偃月刀は容易く兵の1人を縦より切り裂き、


「はああ!」


静かに、しかし確実を以って担われた刀がもう一方の首を吹き飛ばした。

血煙が舞う中で立ち並ぶ二人に、風は思う。


「息、ぴったしなのです」


言葉の先、二人が拳と拳を合わせて笑っている。

その光景は、血の海の中にしては和やかなもので。

ちくりと、風の胸を何かが叩いた。


「んー?」


首を傾げる。それは経験したことのない、疼きだった。

しかしそれが何か分かる前に、張遼が「はよ来いー」っと声を上げる。

とてとてと、慌てて走る彼女は、今はまだそれが何かを考えないことにした。





三人が食堂に着くと、戦いは既に終わっていた。

農民達が武具を掲げ、それに包囲されるように参列者達と兵達が拘束されていた。

そしてその中央、宴席を無残にも破壊された戦いの痕があった。

刃物で両断された無数の鍼に糸。それらが力無く伏せている場所だ。

そこでは星が槍を向けて、その先で平伏するような姿勢で座る張脩がいた。


「主殿!」


険しい顔をしていた星だったが、扉を開けて入ってきた一刀に若干顔を綻ばせる。


「お疲れ様。張脩は、生きてる?」


「はっ。ここにおります」


言って、その背後に立つ張遼と風の二人に気づいた。


「片方は連れ去られた少女ですな。もう一方は?」


「うちは張遼や。よろしゅう!なんや、あんたも強そうやな」


「程立と申します。よろしくー」


そう挨拶する三人を置いて、一刀は張脩の前に立った。

肉の塊が丸まっているような光景に若干の気持ち悪さを感じながらも、一刀は口を開く。


「顔を上げろ。張脩」


言われ、おずおずと塊より顔が這い出る。

血玉と多数の汗を浮かべた醜悪な顔立ちが、媚びるように笑みを作った。


「あ、あなたさまがかずとさまですかあ。い、いのちだけはあおたすけをお」


人というのはここまで醜くなれるものだろうか。

あの尊大な態度はどこへやら、その言動は小物のそれである。


「ざ、ざいならすべてさしあげます。びきも、よ、よりどりみどりでございますよお」


「黙れ」


それに掛ける言葉は少なかった。

あまり感情を荒げない一刀だったが、この小物が、少しでも風に触れたことを考え、そして助けに行かなかったらどんな目に合わされていたか――

想像するだけで視界が真っ赤になっていく。

しかし、その感情を目の前の男は汲まなかった。

手を摩りながら顔を下げながら、何度も懇願する。


「かんちゅうたいしゅのざなら、す、すぐにさしあげますよお。で、ですからあ」


「黙れと言っている!」


ひっ、っと巨体を震わし、後方に倒れ込もうとする張脩の首筋を掴み上げ一刀が言った。


「見ろ!何か言うことはないのか」


首筋を掴み、農民に無理やり視線を向かす。

やつれ果て幽鬼のようないくつもの無数の目が、爛々と張脩を見据えていた。


「た、ただのたみくさではございませんかあ」


本人は知らない。

それが一刀の与えた、幾重の言葉にも勝る最後の存命の機会だった。

そしてその回答は、最悪の結末を彼に齎すことが確定した瞬間だった。


「星。師愉が戻り次第、こいつを斬れ」


「はっ」


首を離し、去り行く一刀に張脩はようやく質問の意図を知った。

巨体を震わせていると、自分を打ち負かした女が、その瞳に意思を込めて近づいていくのが分かる。

もう自分は懇願しても助からない。ならば――


「へ、へいども!なにをしておる!よ、よをたすけんか!」


びくりと、武具を取られ、縄で拘束された張脩の兵達が震えた。


「無駄だ」


星が言う。


「武器を取られ、体も拘束され、どう抗う?しかも、貴様などのために」


「う、うるさい!ええい、やくたたずどもめ!みなごろしだ、つかまえておいたきさまらのかぞくもだ!」


それでも動かない兵達に張脩は苛立ちをもう、隠そうともしなかった。

唾液を散らしながら狂乱する彼は、師愉という言葉に一つの可能性を見出す。


「そ、そうだ!よにはしだいかんしょうたちがおる!みておれ!すぐにしゆをころし、よのまえにもどる。そうすればへいども、おまえらはこうかいするぞ!」


「無駄さね」


だが扉から入ってきた師愉がその最後の可能性の芽を抜いた。

彼女の腕には、抱きかかえるように1人の男が眠っている。

そして次々と入ってきたゴッドヴェイドウの信者達の中には、拘束された楊昂、楊松、楊任の姿もあった。


「あんたの頼りとした、私の弟子達は倒した。城外の兵もそれを教えたら皆降伏したよ」


それが皮切りだった。

もう助けるものは、何もない。

地位も力も財も、この漢中で全てを手に入れたはずだった男は、その全てを失ったことをここでようやく理解した。


「張脩。あんたなんでこんなことしたんだい。ゴッドヴェイドウの為と弟子を誑かして、ここまで横暴な振る舞いをして――最後に聞かせておくれよ」


それは最後の会話だろう。

だから師愉は怒りを隠さない。

その心中を知ってから知らずか。張脩喚く。


「よ、よはてんさいなんだ。なのに、なんでじぶんよりおとったものをたすけるなど、せねばならあん。ぎゃくだろう!すぐれたものこそうえにたつべきだ。そうだ!よは、よこそが。てんかをなおすみつかいなのだ!」


決壊だった。

もう張脩はその理性を無くしていた。

その体の如く肥大化させた自栄心が限界を超えてその精神を蝕んでいる。

師愉はその答えに眉を潜めさせた。深く嘆息し、そして。


「一刀様。もうあたしの話すことはないみたいだ。あたしの知ってる張脩は、既に死んでいたみたいだよ」


「そうか」


その脳裏をよぎるものが何なのか、一刀には伺い知れない。

しかし本来の快活な笑顔を曇らせた師愉はゴッドヴェイドウの信者たち、そして拘束した三人たちを従え入ってきた扉に向かう。


「もういいのか?」


「もう、興味はないよ。それに――」


顔を上げ無理やり笑みを作ろうとして、失敗する。

くしゃくしゃの顔に涙を浮かべ、師愉は告げた。

手に抱え上げる男を見下ろし、


「早くこいつを眠らせてやりたいんだ。いいだろう?」


「ああ。構わない」


「ありがとう。じゃ、さよならだ。張脩。昔のあんたは、もうちょっと良い男だったよ」


音が鳴り、扉が閉められた。

師愉が去り、そして残された者達は最後の決着に動き出す。

身を引くように張脩が呻いた。

もう何も残すものがない。星は主の言われるとおり、槍を向ける。

しかし、その刀身が星の横顔を映した。

思案げな顔になる星。そして、


「主殿。お願いがございます」


「どうしたんだ?」


「こやつを殺す儀ですが、遠慮させてはいただけませんか」


その言葉は意外だった。

張脩は嬉しそうに歯を剥きだしにほくそ笑み、一刀はいぶかしむように疑問を上げる。

星は顔を挙げ。自身の槍を見た。


「私は先ほど、この漢中で素晴らしい武人に会いました。そしてこの槍にはその武人の血が流れております――この者の血を混ぜたくはありませぬ」


「そういうことなら」


指を上げ、一刀は動いた。

張脩の肩を叩き、その顔を上げさせる。

そして諭すように言った。


「残念だが、俺も配下もお前を貫く刃は持ち合わせていないようだ。だから、好きな場所に行くがいい。争いなく無傷でこの部屋を出るならば、俺と星は手を出さないから」


「主殿!?」


「良いんだ。星。さあ、どうする?」


その言葉に我が意を得たり――とばかりに張脩は飛び上がった。

そして笑みを浮かべ唾液を散らしながら言い放つ。


「は、はははい。かんしゃいたします」


もう本性を出しているのにも関わらず、張脩は頭を垂れながら笑みを浮かべた。

勿論、その内心は煮えくり返っている。あの星とかいう女も、役にたたない兵ども。一刀に味方したであろう張遼にも。素直に抱かれなかった風。邪魔をした師愉にも。そして、何よりも。この歳若く腹立たしい男、一刀にもだ。

――必ず殺してやる。外で再び信者を集め、必ず漢中を襲う。

そして皆殺しだ。女は道具にし、男は皮を削いでゆっくり殺してやる。

決意を新たにした張脩は即座に立ち上がり、歩き始めた。

扉に向かう足取りだが、それでも星と一刀は動こうとしない。

そのことに張脩は安心しきった。本当に解放する意思を確認し、小躍りしたい気持ちを隠しながら出て行こうとする。

そんな彼の巨体に何かがぶつかった。

それは群集より抜け出た女だった。

顔を歪ませた女が、震わしながらその巨体より離れていく。

そして、そのぶつかった自分の腹部には、生えるように包丁が突き刺さっていた。


「き、き、きさま」


燃えるような痛みに倒れる張脩。

顔を上げれば、突き刺した女は先日の査察の際に、息子を殺された母親だ。

それを合図に、農民達が近寄ってくる。

どれも肉親を殺されたものばかりだ。故に、その手に迷いは無い。


「や、やめて。たすけてくれ」


何度も同じことを言われた、その言葉を吐いて。

張脩は農民の集団の中に埋もれ、ついぞその巨体は見えなくなった。





張遼と風を陽平関まで見送ろうと言い出したのは一刀だった。

漢中城下のあらかたの雑務を終え、ひとまずの落ち着きを見せた漢中城を星と師愉に任せ、本人は1人で数里もある陽平関まで付き合ったのだ。


「あんた、領地持ちの自覚ないなあ」


っとは張遼の言だった。


「分かってるけどさ」


「いいえ。お兄さんはわかっていませんねー。張脩の配下でもいたらどうするのですか?」


っとは風の言である。


「ごめんなさい」


二人に流石の一刀も項垂れた。

余談だが、漢中は完全に北郷一刀の勢力の手にある。

張脩の死は漢中を震撼させた。

その混乱は一時的に領内の波才が率いていた黄巾党の残存勢力を活発化させ、寄る辺のない民は慄いた。

それを破ったのが一刀である。

捕虜を解放することによって帰心した漢の兵達を率いて出撃し、散々に叩きのめした。

脅威が去った民は、悪政をした張脩を滅ぼし、黄巾党を領内から排除した天の御遣いに絶大な支持を持ったのだった。


「ま、こっからが大変やけど、しっかりしい。このことはうちの大将にも伝えておくわ。良い付き合いしようや」


「ああ。それで、いいのか?」


「何がや?」


「いや、星と他の兵を連れてこなかったのは、約束を守るためだったんだけど」


約束。その言葉にぽんっと両手を叩く張遼。

風を助けたら一戦しよう、というものだ。


「ああ、そんな約束したなあ。一騎討ちな。うーん」


だが、普段の彼女らしくない。悩む顔を見せた。

そして限界まで首をかしげ、うん、っと笑み。


「ま、今回はええわ」


「本当に?」


戦好き。戦い好きの彼女の意外な言葉に一刀は驚きの言葉を上げる。


「あんたも最近寝る暇無い忙しさやったろ?それに何かあんたとは長い付き合いになりそーな気がするしな。また今度や」


長い付き合い。それは一刀も感じていた。

今回はどんな付き合いになるかは、まだ分からない。敵になるのか、味方になるのか。

それでもこの気持ちの良い武将には、最後には幸せになって欲しいと思う。

そんな願いを込めて、一刀は片手を突き出す。

ん?っと目を丸くした張遼だが、すぐにその手を握り返した。


「じゃ、またな北郷。次は戦場で会おうなー」


そう言い残して馬を走らせ、張遼は去っていった。


「いや、戦場では会いたくないなあ……」


聞こえなくなった彼女に対して、そう独白する一刀だった。







「じゃあ張遼さんも行っちゃいましたし、漢中城に帰りましょうー」


風がそう言い、一刀が自然に頷く。


「ああ、そうだな……」


そこで会話の違和感に気づいた。


「じゃ、ない!程立も行くんだろ?」


「どこへですか?」


「いや、言ってたじゃないか。主を探す旅だよ」


領内に滞在していた頃、改めて風が何故旅をしていたかを聞いていた一刀。

それが誰を探す旅かはわかっている。

だからきちんとした路銭と食料、護衛の兵をつけようと提案したのだが、断られていた。


「風はお兄さんに命を助けられたのですよ。なら、その借りを返さないといけないのです」


「いや、それを言うなら俺だけじゃなくて張遼もだし」


「むむ。お兄さんは風の助けがいらないのですかー?」


「今は猫の手も借りたいよ。でも」


「でも、なんですか?」


「恩義なんかで、君を縛りたくないんだ」


それは願いだった。

確かに風が仲間になってくれれば、だいぶ現状が良くなる。

今後の展望も、だ。

だが彼女達。それは張遼も含めて――だが、作為的に仲間になってほしくなった。

自分の選択をして、それでこそ。

北郷一刀の目的は叶うのだから。


「だから。一回助けられたくらいで自分の願いを縛らなくていいんだ」


良いことを言った、っと一刀は思う。

だが対して、風は吐息を吐いた。

それはため息だ。駄目だこいつは、といった様子も含まれた。


「お兄さんは度がつく鈍感ですね。嫌よ嫌よも好きのうち、っと言うでありませんかー」


「え、え?」


「恩義と言えば転がり込めると思っただけなのです。一度助けられたくらいで夢を諦めるほど、風は軽い女じゃありませんよー」


「じゃあ、なんで」


「さあ?それは風にも分かりません。お兄さんの言葉を借りるなら、そうしたいと思ったから、です。まあ、それと」


にやあり、っと何かを企むように風は笑った。


「自分で好みの日輪を作るという発想もあることを風は思いついたのですー」


ぞくりっと、その言葉の意味することに一刀は慄く。

その手を握って、風は漢中城に向けて歩き出した。

そして最後に、笑顔を作った。


「そうそう。程立の名前を改めます。今度から程イク、真名は風です。末永く宜しく、お兄さん」


何が彼女の夢を変えたのか一刀には分からなかったが、そう選ぶのなら。

もう反論する必要も無い。

陽平関を後にしていく二人の影は、夕日が落ちる中で優しく寄り添いあう。

彼らの向かう先には、漢中の広大な山々が広がっていた。






はい。これで漢中争奪戦終了です。

次回からは漢の策謀渦巻く戦いに巻き込まれていきます

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