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戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第五部 解放篇

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第七十二章 俺は作る側だから

 警告音が鳴り止まない。

 端末の画面が真っ赤に染まっていた。アウローラの推進系データが異常値を叩き出し続けている。左翼推進ユニットだけじゃない。右側の主推進器にも被弾の影響が波及していた。

 門まであと六キロ。

 だがアウローラの速度が目に見えて落ちている。

「推進出力、六十二パーセントまで低下。さらに降下中です」

 カティアの声が震えていた。データが刻々と悪化していくのを、彼女は正確に読み取っていた。

「このままでは門に到達する前に推進系が停止します」

「リーゼさん!」

 奏太は通信に叫んだ。

「一度帰ってきてください。推進系がもちません」

 返事はなかった。一秒。二秒。三秒。通信越しに、荒い呼吸だけが聞こえた。

「——了解した」

 リーゼの声が返ってきた。低く、硬い声だった。

「帰投する。フィン、エーリヒ、三十秒だけ押さえろ」

「了解!」

 フィンの声が跳ねた。調和型の感覚が全開になり、上位個体の動きを先読みしてリーゼの退路を切り開く。エーリヒがその側面を塞ぎ、追撃を許さない。

 アウローラが反転した。白い煙が左翼から噴き出し、機体が不規則に揺れる。

「ヨハン小隊、中尉の帰投経路を確保!」

 ヨハンの声が通信を貫いた。

「全機、中尉が通るまで持ちこたえろ!」

 奏太は端末を閉じて立ち上がった。

 整備車両の中で、すでに動いている人間がいた。ディーターだ。灰色の短髪の古参整備士は、一言も発さずに工具を準備していた。予備の推進ユニット部品、冷却パイプ、接合ボルト。必要なものが作業台の上に整然と並んでいる。奏太が指示を出す前に、全て揃えていた。

 目が合った。ディーターは一つ頷いた。それだけで十分だった。

「カティア、ガルベルトさんとのリアルタイム回線を確保してくれ」

「はい!」

「ガルベルトさん、聞こえますか」

「聞いている」

「推進系の応急修復をやります。ですが——魔力回路の調律だけは俺にはできません」

「わかっている。遠隔で指示を出す。カティアにデータを中継させろ」

 短いやり取り。無駄な言葉は一つもない。物理機構は奏太が直す。魔力回路はガルベルトが調律する。どちらが欠けても、この修復は成り立たない。

「ディーター、車両をもう五百メートル前に出してくれ。アウローラが戻ってくる地点の近くまで」

 ディーターが運転席に滑り込んだ。整備車両が前進する。最前線に向かって。

 ロッテの声が通信に入った。

「タカモリさん、整備車両の位置が前線に近すぎます。敵の攻撃範囲内に——」

「わかってます。でも、近くないと間に合わない」

 整備車両が停止した。前方の空に白い煙を引きずる影が見えた。アウローラだ。黒銀の装甲が煤けて灰色になり、よろめくように飛んでくる。

 着地。衝撃で地面がひび割れる。機体が片膝をついた。

 コックピットハッチが開く。リーゼが顔を出した。銀灰色の髪が汗で額に張り付き、紫の瞳が奏太を捉えた。

「推進系だけじゃない。右肩の装甲接合部も歪んでいる」

 謝罪のような声だった。

 奏太は答えなかった。もう、機体を見ていた。

 火傷痕の残る指が、損傷箇所を次々と確認していく。左翼推進ユニットの外殻が裂けている。冷却パイプが三本断裂。主推進器の接続フランジに亀裂。右肩の装甲接合ボルトが四本飛んでいる。

 頭の中で修復手順が組み上がる。十五分でやる。

「ディーター、左翼の外殻を外してくれ。俺は冷却パイプから行く」

 ディーターが工具を手に取り、無言で作業を始めた。骨張った指が正確にボルトを外していく。

 奏太は冷却パイプの断裂箇所に手を伸ばした。

 指が震えていた。

 戦場の轟音が耳をつんざく。爆発の振動が機体を揺らし、工具を握る手が定まらない。頭上を光弾がかすめた。紫色の閃光が網膜を焼き、一瞬、視界が白く飛んだ。

 怖い。

 当たり前だ。ここは戦場で、自分は戦闘員じゃない。武器もない。装甲もない。作業着一枚で、光弾と爆発の中に立っている。

 手が震える。指先が工具を取り落としそうになる。

 ——俺は作る側だから。

 奏太は歯を食いしばった。

 ポケットの中の六角ボルトが、太腿に当たっている。あの夜からずっと持ち続けている、何の変哲もないボルト。格納庫でリーゼに誓った夜の記憶が、指先に蘇る。

 震えが止まった。違う。止まってはいない。手はまだ震えている。だが、その震えの上から工具を握り締めた。震えたまま、動かした。

 俺は作る側だから。

 冷却パイプの断裂部を切除する。予備パイプを所定の長さに切り出し、接合部を合わせる。火傷だらけの指が、コンマ一ミリの精度でパイプを繋ぐ。手は震えている。だが接合は完璧だった。

 技術は裏切らない。町工場で父の背中を見て学んだ手の動きは、戦場でも変わらない。

「カティア、冷却系のデータをガルベルトさんに」

「送信しました!」

「冷却パイプの接合は済んだな」

 ガルベルトの声が通信に響いた。

「よし。魔力回路の冷却補助系を起動する。カティア、七番回路のデータを寄越せ。出力を四十一パーセントに引き上げる。ただし位相を〇・三度ずらせ。ずれが大きいと回路が焼ける」

「〇・三度、了解です」

 カティアが数値を入力する。集中すると舌先を出す癖が出ていた。だが今は誰もそれを笑わない。彼女の指先に、アウローラの命運がかかっていた。

 奏太は主推進器の接続フランジに移った。亀裂に沿って補強板を当て、ボルトで固定する。締め付けトルクが甘ければフランジが砕ける。締めすぎれば別の場所が壊れる。

 一本目。トルクレンチが所定の値で止まる。二本目。正確に。三本目。光弾が近くで炸裂し、爆風が身体を揺らした。だが手は止めない。四本目。完了。

「上位個体がこちらに向かっています。三体!」

 ロッテの声が鋭かった。奏太の血の気が引いた。

 通信にノイズが走り、すぐに別の声が割り込んだ。

「俺が引きつける」

 ディーターだった。整備車両を動かし、上位個体とアウローラの間に割り込ませている。装甲車両じゃない。上位個体の攻撃を受ければひとたまりもない。だがディーターは車両を動かし続けた。

「ディーター、無茶するな!」

「——黙って直せ」

 それ以上の言葉はなかった。

 奏太は右肩の装甲接合部に取りかかった。歪んだフレームを仮止めし、飛んだボルトの代わりに予備を打ち込む。

 ——俺は作る側だから。

 あの夜、リーゼに誓った。矛盾ごと受け止められる機体を作ると。その誓いが、今、ここで試されている。格納庫の静寂の中で交わした言葉じゃない。爆音と悲鳴の中で、震える手で工具を握って、一本ずつボルトを締めていく。これが整備士の戦い方だ。

「ガルベルトさん、物理側の修復完了。魔力回路の最終調律をお願いします」

「カティア、全回路のリアルタイムデータを開け。一つも漏らすな」

「はい、師匠!」

 ガルベルトの指示が飛ぶ。遠隔での魔力回路調律。通常なら機体に直接触れて行う作業を、データだけを頼りにやる。だがガルベルトは四十五年の経験で回路を「見る」感覚を持っている。

「十四番回路、出力を〇・七上げろ。次は二十一番。位相を戻せ、〇・一度だ」

 カティアの指が走る。師匠との連携。これが魔道整備の真髄だった。

 奏太は最後のボルトを締めた。トルクレンチが止まる。完璧な固定。

「修復完了。全箇所、応急処置済みです」

「——こちらも終わった」

 ガルベルトの声は、いつもより少しだけ柔らかかった。

「持つ。門まで持たせてみせる」

 十二分。作業開始から完了まで、十二分だった。

 コックピットの中から、リーゼが奏太を見ていた。紫の瞳が、まっすぐに。

「タカモリ」

「はい」

「——完璧だ」

 リーゼがハッチに手をかけた。閉じる前に、一度だけ振り返った。

「待っていろ。必ず帰る」

 奏太の心臓が跳ねた。

 リーゼの母、エルフリーデの最期の言葉。「生きて帰りなさい」。その言葉を胸に二十年間戦い続けてきたリーゼが、今、自分の言葉でそれを言い換えた。帰りなさいではなく、帰る。命令ではなく、誓い。待つ側ではなく、帰る側の覚悟として。

 あの夜、奏太はリーゼに誓った。あなたが部下を庇っても生きて帰れる機体を作ると。リーゼは「期待している」と答えた。今、リーゼは誓い返している。お前が作った機体で、必ず帰ると。

 ハッチが閉じた。

 アウローラの共鳴駆動が咆哮する。蒼い光が機体を包み、修復された推進系が安定した出力を叩き出す。

 アウローラが地を蹴った。白い煙はもう出ていなかった。満身創痍の機体が、再び弾丸になった。紫色の空を裂いて、門を目指す。

 奏太はその背中を見送った。

 火傷だらけの指を見下ろした。油にまみれ、擦り傷だらけの手。パイロットのように操縦桿を握れない手。だが、この手は機体を直せる。壊れたものを蘇らせ、戦う人間を送り出せる。

 俺は作る側だから。

 震える手で工具を握り、爆音の中でボルトを締め、十二分で機体を戦場に送り返した。その言葉は、もうただの口癖じゃなかった。それは誇りだった。

 ディーターが車両を元の位置に戻していた。何事もなかったかのように運転席に座っている。だが、ハンドルを握る骨張った指が白くなっていた。カティアがデータ中継を続けている。震えていた指は、もう震えていなかった。ガルベルトの遠隔調律が続いている。四十五年の経験が、遠く離れた戦場で発揮されている。

 誰一人、武器を持っていない。誰一人、敵を倒せない。だが彼らは確かに戦場にいる。それぞれの持ち場で、それぞれの武器を握って。

 奏太は六角ボルトをポケットの中で握りしめた。火傷だらけの指に、角が食い込む。あの夜と同じように。

 信じている。自分が直した推進系を。ガルベルトが調律した魔力回路を。そして——必ず帰ると誓ったあの人を。

 端末に目を戻す。技術者の戦いに休憩はない。次の修復に備えて、奏太は分析を再開した。

 手は、もう震えていなかった。


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