表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第五部 解放篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/81

第六十八章 整備官の戦場

 爆発音が闇を裂いた。

 奏太がアウローラのデータを睨んでいた整備テント。その天幕を突き破って、紫色の結晶弾が飛び込んできた。

「伏せろ!」

 ガルベルトの怒号。工具棚が吹き飛び、部品が散乱する。

「敵襲! 前線整備拠点に敵襲!」

 蝕域の闇から敵の群れが這い出してくる。主力が前方で戦っている隙を突いた奇襲だった。通常個体が十五。上位個体が二。指揮個体が一。

 戦闘要員はほとんどいない。整備士と補給係と負傷者。それがこの拠点のすべてだった。


        *


 ガルベルトが踏み出した。百九十センチの巨体が闇に聳える。琥珀色の目が、一瞥で敵の布陣を読み取った。

「整備班、防衛配置! 非戦闘員は後方テントに退避!」

 地鳴りのような声が拠点に響く。パニックに陥りかけていた人間たちが、その声で我に返った。

「ロッテ、主力に緊急通信!」

「了解!」

 ガルベルトの両手の魔道刻印が白く発光した。周囲の金属——装甲板の端材、予備部品、工具箱の中身——が宙に浮き、圧縮され、壁になる。

 高さ三メートル、幅十メートルの防御壁。即席にしては上出来だ。

 通常個体が突進してきた。激突。金属が軋み、火花が散る。二体目、三体目。壁にひびが走った。

「師匠!」

 カティアが駆けつけた。赤毛が乱れている。緑の目に恐怖がある。だが足は止まっていない。

「防御壁の魔力供給、手伝います!」

「来い!」

 カティアが隣に立ち、魔力を流し込んだ。師匠が金属の構造を操り、弟子が魔力で強度を底上げする。ひびが塞がった。

 師弟の連携。何百回と繰り返した整備の呼吸が、そのまま防御に転じていた。

「三秒後に右側を補強しろ。上位個体が来る」

「了解!」

 読み通り、結晶装甲の上位個体が右から突っ込んできた。カティアが壁を瞬間硬化させ、受け止める。四体目の通常個体が壁を乗り越えようとした。ガルベルトが片手を振る。壁の上端から金属の棘が伸び、個体を貫いた。


        *


 奏太は崩れたテントから這い出した。

 防御壁だけでは限界がある。拠点の簡易防御結界の発生装置——それが最初の爆発で壊れていた。あれが動けば、防御は格段に楽になる。

 工具袋を掴んで走った。結晶弾が飛び交う中を十メートル。怖い。体が震える。だが工具を握ったら止まった。いつもそうだ。道具を持てば、やるべきことが見える。

 カバーをこじ開け、内部を確認する。

「接合部が外れてるだけだ。直せる」

 指が動いた。接合部を繋ぎ直し、ネジを締め、結晶のヒビに補修用の樹脂を流す。正規の修理じゃない。でも動けばいい。

「ガルベルトさん、あと二十秒!」

「急げ! 壁が——」

 上位個体の二度目の突撃。壁の中央に亀裂が走る。

 十五秒。配線を繋ぐ。十秒。起動シークエンス。五秒。結晶が光り始めた。

 起動。

 青白い結界が拠点を覆った。防御壁と合わせて二重の盾。通常個体の結晶弾が弾かれ、地面に落ちた。

 安堵する暇はない。非戦闘員の避難だ。奏太は後方テントへ走り、補給係を誘導し始めた。

 その奥で、ディーターが動いていた。

 前の戦闘で倒れ、復帰したばかりの男。左腕の包帯がまだ取れていない。だが黙って負傷者を背負っている。動けない兵士を一人ずつ、防御壁の内側へ運んでいた。

「手伝います」

「いい。お前は結界装置を見てろ。出力が落ちたら終わりだ」

 短い言葉。だが正しい。奏太は結界装置に戻った。応急修理の結晶では出力が徐々に落ちる。こまめに調整しなければもたない。

 ディーターは三往復目に入っていた。額から血が滲んでいる。それでも足を止めない。


        *


 ガルベルトとカティアが限界に近づいていた。

 通常個体は抑えられている。だが上位個体と指揮個体がじりじりと距離を詰めてきていた。壁の弱点を探している。

 カティアの呼吸が荒い。

「師匠、私の魔力があと——」

「持つか持たないかだけ答えろ」

「……持ちます」

「それでいい」

 指揮個体が高密度の結晶弾を放った。壁面が大きく凹む。このままでは抜かれる。

 そのとき、医療テントから白衣の姿が飛び出した。

 赤褐色の編み込み。琥珀色の目。アンネリーゼ・ドルン。ガルベルトの長女にして軍医。昨日この拠点に到着したばかりだった。

「負傷者はこっちに! 止血が必要な人から優先!」

 ディーターが運んできた負傷者を受け取り、素早く容態を見極める。

「右大腿部の裂傷。動脈には達していない。止血帯で圧迫固定。——次」

 二十二歳。だが手は震えていなかった。その冷静さが、周囲の人間にも伝染していた。

 三人目の縫合中、ガルベルトが振り返った。

 目が合った。琥珀色と琥珀色。

 ガルベルトの動きが一瞬止まった。娘が戦場にいる。逃げろ、と叫びたかった。

 だがアンネリーゼは慌てなかった。血に染まった手で縫合を続けながら、真っ直ぐに言った。

「お父さん、手当は任せて。あなたは防御を続けて」

 命令でも懇願でもない。同じ戦場に立つ者同士の、対等な言葉だった。

 ガルベルトの目が見開かれた。目の前にいるのは膝の擦り傷で泣いていた娘ではない。軍医だ。一人の専門家だ。

 歯を食いしばり、前を向いた。

「カティア。壁を再構成する。全力で支えろ」

「了解です!」

 魔道刻印が今までにない輝きを放った。防御壁の表面に鋭い棘が無数に生える。壁が巨大な針鼠に変貌した。通常個体が突進し、棘に串刺しになる。

「整備士を舐めるな」

 低く、静かな声。だからこそ重かった。

 怒りではない。矜持だ。四十五年間、機体を直し、部品を作り、現場を守ってきた男の誇り。戦うために鍛えた力ではない。守るために磨いた技術だ。それが文字通り盾になっている。

 カティアが師匠に魔力を重ねた。整備で何百回と合わせた呼吸が、防御の精度を極限まで高める。

「師匠がやるなら——私も最後まで!」

 緑の目に涙が滲んでいた。だが手は震えていない。


        *


 上位個体が側面に回り込んできた。奏太が結界の出力を偏らせると、反対側が薄くなる。そこを通常個体が突く。

 ディーターが工具箱を盾にして上位個体の前に立ちはだかった。

「結界を直せ。ここは俺が持つ」

 金属が歪む。足が地面にめり込む。だが退かない。

 ガルベルトが防御壁の一部を切り離し、ディーターの前に飛ばした。金属片が壁を作り、上位個体を押し返す。

「借りだぞ、ディーター」

「いらん」

 アンネリーゼは手を止めなかった。包帯が尽きればテントの布を裂いて代用品にした。

「大丈夫です。お父さ——整備統括が守ってくれます」

 言い直した。だが口が勝手に動いたことに自分でも驚いていた。戦場でも、あの人は父親なのだ。


        *


 全員が限界だった。ガルベルトの腕は鉛。カティアの魔力は底が見えている。結界装置は七割。ディーターは膝をついていた。

 だが——誰も退かなかった。

 指揮個体が最後の突撃を仕掛けた。防御壁が悲鳴を上げる。金属が折れ、崩壊が始まる。

「分かっている!」

 ガルベルトが吠えた。魔道刻印が限界まで輝く。崩れかけた金属を再び集め、圧縮し、真正面から受け止めた。

 拮抗。指揮個体の質量とガルベルトの意志がぶつかり合う。

「う、おおおおっ!」

 職人の叫びだった。自分の手で作ったものを、自分の力で守り抜く者の叫び。

 カティアが最後の魔力を注ぎ込む。壁が硬化した。突進が止まった。

 その瞬間、二機の機体が闇を裂いて降り立った。

「全員無事か!」

 フィンだ。改良量産機の魔導刃が指揮個体を砕く。エーリヒが上位個体を仕留める。残りの通常個体は統制を失い、散り散りに退いた。

 静寂が戻った。

 戦闘開始から十二分。長い十二分だった。


        *


 ガルベルトが膝をついた。防御壁に使った金属は原型を留めていない。工具も部品も全部盾にした。

 だが全員生きている。

「師匠、水」

 カティアが水筒を差し出した。彼女も立っているのがやっとだ。それでも師匠より先に動く。

「すまん」

「弟子ですから」

 アンネリーゼが医療テントから出てきた。白衣は血と泥にまみれている。

「負傷者全員の処置が終わりました。命に別状はありません」

 軍医の声だった。

 ガルベルトが立ち上がった。ふらつく体で。それでも立った。

 父と娘が向き合う。琥珀色の目と、琥珀色の目。

 ガルベルトは娘を抱きしめたかった。よく頑張ったと言いたかった。危ないところに来るなと怒鳴りたかった。全部同時に込み上げて、どれも口から出なかった。

 アンネリーゼが先に動いた。父親の腕を取り、脈を確認する。

「魔力の過剰消費です。座ってください」

「わしは平気だ」

「座って」

 軍医の目だった。ガルベルトは黙って座った。

 アンネリーゼが水を差し出しながら、小さく言った。

「——立派だったよ、お父さん」

 声が震えていた。軍医の声ではなく、娘の声だった。

 ガルベルトは水を受け取り、空を見上げた。蝕域の紫色の空に星は見えない。

「お前もな」

 それだけ言った。不器用な父親には、精一杯だった。

 カティアがそっと目を逸らし、散乱した工具を拾い始めた。奏太は結界装置の修理に取りかかった。ディーターは壁にもたれたまま、少しだけ口元を緩めていた。

 整備士は戦わない。だが、守ることはできる。

 ガルベルトがレンチを一本引き抜き、指先で回した。工具を触ると落ち着く。防御壁の部品を回収して、結界を本修理して、テントを直して——やることは山積みだ。

 だが整備士の仕事はいつだってそうだ。壊れたものを直す。終わりはない。

 ガルベルトが立ち上がった。今度は膝が笑わなかった。

「全員、休憩は三十分。その後、片付けに入る」

 整備統括の声が夜の拠点に響いた。低く、太く、揺るぎなく。

 戦いは終わった。だが整備士の仕事は終わらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ