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戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第五部 解放篇

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第六十七章 リーゼの背中

 蝕域が変わった。

 空気が重い。紫がかった霧が地を這い、結晶化した岩柱が視界を遮る。大地は黒紫色に脈動し、まるで生き物の体内を歩いているようだった。

 中核が近い。

 それは、敵の密度が教えてくれた。

「接敵。前方、三群。合計十二体以上」

 ロッテの声が通信に乗った。淡々としているが、報告内容は重い。

「うち上位個体が四。結晶装甲持ち」

「四体かよ……」

 ヨハンが呻いた。昨日まで上位個体は一体出るかどうかだった。それが四。蝕域の中核に近づくとは、こういうことだ。

 だが——リーゼは止まらなかった。

「全機、私に続け」

 短い命令。それだけで十分だった。

 アウローラが前に出る。黒銀の装甲が紫の霧を裂き、共鳴駆動の唸りが大気を震わせた。従来機の一・八倍の出力。その全てが、リーゼの意思に従って動く。

 先頭を走るアウローラ。その背中を、フィンが追った。

「付いていきます!」

 フィンの改良量産機が加速する。リーゼの動きをトレースするように、最短距離で追従。精密機動が持ち味のフィンだからこそ可能な追走だった。

 ヨハンが左翼に展開。セルゲイが右翼。

 布陣は一瞬で整った。

 前線整備拠点。戦場から離れた場所で、奏太はモニターに張りついていた。

 アウローラの機体データがリアルタイムで流れてくる。出力、関節負荷、装甲状態、魔力残量——すべての数値が奏太の目の前にある。

「ロッテさん、データ中継の状態は」

「安定してます。ただ、汚染濃度が上がってるので——随時調整します」

「頼む」

 ロッテが通信機器のパネルを操作する。蝕域深部の魔力汚染は通信波を乱す。その中でクリアなデータを維持するのは、並大抵の技術ではない。

 だがロッテはやる。青い目は冷静そのもの。淡い金髪がヘッドセットの下で揺れていた。

 最初の敵群に、アウローラが突入した。

 通常個体三体が前衛。リーゼは減速しなかった。

 一体目。魔導刃の一閃。横薙ぎ。胴を断つ。

 二体目。返す刃で。逆袈裟。崩れる。

 三体目が飛びかかる。リーゼは機体を半身にずらし、すれ違いざまに首を落とした。

 三秒。

 三体を三秒で沈めた。

「速い……」

 フィンが息を呑んだ。何度見ても慣れない。リーゼの戦闘は、芸術と暴力の境界線上にある。

 だが——上位個体は別格だった。

 結晶化した装甲を纏う巨体が、地鳴りとともに迫る。通常の魔導刃では傷一つつかない硬度。それがアウローラの前に立ち塞がった。

 リーゼが踏み込む。魔導刃に共鳴出力を集中させ——斬った。

 結晶装甲に亀裂が走る。貫通。通常機では不可能な一撃。

 上位個体がよろめいた隙に、追撃。二の太刀で仕留める。

「上位個体一、撃破」

 リーゼの報告は簡潔だった。息も上がっていない。

 だが、奏太の目はデータを見ていた。

 リーゼの声は平静でも、機体は嘘をつかない。

「リーゼさん、右膝関節の負荷が上限に近い。八十七パーセント」

 通信に奏太の声が割り込んだ。

「さっきの踏み込みで跳ね上がった。次の回避は左に取ってください。右膝を軸にすると危険です」

「了解」

 リーゼの返答は一言。だが、その一言には信頼が詰まっていた。

 戦場にいない男の言葉を、リーゼは疑わない。

 二体目の上位個体が右から来た。結晶化した腕を振り下ろす。重い。地面が砕ける衝撃。

 リーゼは左に跳んだ。奏太の指示通りに。右膝に負荷をかけない回避。

 着地。左脚で踏ん張り、カウンターの斬撃。上位個体の脇腹を抉る。

「左肩関節の温度上昇。連続斬撃は三回までにしてください」

 奏太の声。休む暇なく次のデータを読み、次の指示を出す。

「ロッテさん、今の指示はリーゼさんに届いた?」

「クリアに届いてます。遅延〇・二秒」

「十分だ。この精度を維持してくれ」

「任せてください」

 奏太が読む。ロッテが繋ぐ。リーゼが動く。

 三人の連携が、歯車のように噛み合っていた。

 ヨハンが左翼で通常個体を捌きながら、リーゼの戦闘を横目で見ていた。

「あの背中はよ——追いかけるだけで精一杯だ」

 ぼやくように、だが誇らしげに言った。

 リーゼの背中。

 いつも先頭にいる。いつも一番危険な場所にいる。指揮官なのに——いや、指揮官だからこそ、先陣を切る。それがリーゼロッテ・ヴァイスフェルトという女の戦い方だった。

 セルゲイが右翼から声を飛ばした。

「帝国のお嬢さんは化け物だな! いい意味でだぞ!」

「褒め言葉として受け取っておく」

 リーゼが涼しげに返す。三体目の上位個体と切り結びながら。

 奏太のモニターに警告が点滅した。

 右膝——九十二パーセント。

 まずい。限界が近い。

「リーゼさん、右膝が九十二。これ以上の格闘は膝が持たない」

「だが目の前に敵がいる」

「だから退くんじゃない。戦い方を変えるんです」

 奏太は一瞬でデータを組み立てた。アウローラの構造は自分が一番よく知っている。

「左脚を主軸にしてください。右脚は接地を最小限に。移動は滑るように——共鳴駆動の推力で浮かせる感覚で」

「片足で戦えと?」

「片足じゃない。推力で補うんです。アウローラの共鳴駆動なら出力は余ってる。膝に頼る代わりに、背部推進で機動を確保してください」

 通常なら無茶な注文だ。機体の推力バランスを戦闘中にリアルタイムで切り替えるなど、教本には載っていない。

 だが——これはアウローラだ。奏太が設計に関わった機体。どこまで無理が利くか、誰よりも知っている。

 そして——リーゼだ。このパイロットなら、できる。

「やってみよう」

 リーゼがペダルを踏み替えた。右膝への荷重を抜き、背部推進ユニットに出力を振り分ける。

 機体のバランスが変わった。重心が浮く。地に足をつけた格闘から、滑空するような機動へ。

 三体目の上位個体が突進してくる。

 リーゼは横に滑った。地面を蹴るのではなく——推力で移動する。右膝に負荷がかからない。

 すれ違いざまに一閃。

 結晶装甲を斜めに断ち割った。

 上位個体が崩れる。三体目、撃破。

「右膝、七十八パーセントまで低下。いい感じです」

 奏太の声に、安堵が混じった。

「お前の指示は——いつも的確だな」

 リーゼの声にも、かすかな笑みが乗っていた。

 フィンが感嘆の声を上げた。

「今の動き、見たことないです。推力で横移動しながら斬るなんて——」

「タカモリさんの指示があるからこそだろう。あの二人は別次元だな」

 ヨハンが口髭をしごきながら言った。

 四体目。

 最後の上位個体は——これまでと違った。

 巨大だった。他の上位個体の二倍はある。全身が黒紫の結晶に覆われ、その中核で何かが脈動している。

「指揮個体だ」

 ロッテの声が緊張した。

「蝕域の中核付近に配置された最上位の個体。データベースにも記録が少ない——」

「つまり、ぶっつけ本番か」

 リーゼが剣を構えた。

「タカモリ。見えているか」

「見えてます」

 奏太はデータに集中した。指揮個体のスキャンデータが流れてくる。不完全だが、読めるものは読む。

「結晶装甲の厚さが段違いです。正面からの斬撃は通らない可能性が高い。ただ——関節部の結晶が薄い。脇、肘の内側、膝裏。そこを狙ってください」

「関節部か。了解」

「それと——その個体、中核部分が脈動してます。攻撃のタイミングと脈動が同期してる。脈動が速くなったら攻撃が来ます。こっちでタイミングを読むので、合図を出します」

「頼む」

 指揮個体が動いた。

 速い。巨体に似合わぬ俊敏さで、アウローラとの距離を詰める。

「来ます!」

 奏太の声。脈動データが跳ね上がった瞬間に。

 指揮個体の右腕が振り下ろされる。リーゼは左に滑り、回避。推力移動。右膝を使わない機動。

「次——左から!」

 左腕の薙ぎ払い。リーゼが身を沈めて躱す。

「今! 右脇が開いてる!」

 リーゼが突いた。共鳴出力を乗せた魔導刃の刺突。指揮個体の右脇——結晶が薄い関節部に、刃が食い込んだ。

 指揮個体が咆哮した。衝撃波。アウローラが押し返される。

「損傷は?」

「装甲健全。ただし右腕のアクチュエータに振動。軽微です。続行できます」

「続行する」

 リーゼの声は揺るがない。

 ヨハンとセルゲイが周囲の通常個体を抑えていた。フィンがリーゼの退路を確保し、いつでもカバーに入れる位置を維持している。

 全員がリーゼの背中を支えていた。

 指揮個体が再び突進する。脈動が速まる。

「三連撃来ます。右、左、右の順!」

 奏太がデータから攻撃パターンを読んだ。二度目は読める。この男の真骨頂だ。

 右。リーゼが左に滑る。

 左。身を反らす。

 右——三撃目が来る瞬間、リーゼは前に出た。

 回避ではなく、突進。敵の懐に飛び込む。

「肘の内側!」

 奏太の声。

 魔導刃が閃いた。指揮個体の左肘の関節部を、深く切り裂く。

 左腕が落ちた。

 指揮個体がよろめく。バランスを崩した巨体が、一瞬——中核を晒した。

 リーゼは見逃さなかった。

 アウローラが跳躍した。背部推進の全力噴射。右膝を使わず、純粋な推力だけで宙に舞う。

 頂点から——急降下。

 重力と推力と共鳴出力。その全てを乗せた一撃が、指揮個体の中核を貫いた。

 黒紫の結晶が砕け散る。脈動が止まる。巨体が崩壊し、蝕域の大地に沈んでいった。

 沈黙。

 それから——歓声。

「やったぞ!」

 ヨハンが拳を突き上げた。

「すげえ……」

 セルゲイが素直に唸った。深い緑の目でアウローラを見上げる。

「あの整備士の声が聞こえるたびに、あのお嬢さんの動きが変わる。あれは——ただのサポートじゃねえな」

 フィンが息を整えながら微笑んだ。

「タカモリさんの指示って、聞いてるだけで安心するんですよね。理屈があるから。勘とか度胸じゃなくて、全部データに裏打ちされてる」

 アウローラのコックピットの中で、リーゼは静かに息を吐いた。

 右膝の警告は消えている。奏太が提案した推力移動のおかげで、負荷は許容範囲に収まっていた。自分では気づけなかった。戦闘中は機体の悲鳴が聞こえない。だから——聞いてくれる人間が要る。

「ロッテ」

「はい」

「タカモリに伝えてくれ」

「何と?」

「——頼りにしている」

 短い言葉。だが、リーゼがそれを口にする重みを、ロッテは知っていた。

「そのまま伝えますね」

 ロッテが通信を繋いだ。

 整備拠点で、奏太はその言葉を受け取った。

 三文字。頼りにしている——それだけ。

 だが、それで十分だった。

 奏太は小さく頷き、モニターに目を戻した。右膝関節のデータを確認する。次の休止時間に修復が必要だ。部品は——限られている。だが何とかする。いつもそうしてきた。

 指揮官としてのリーゼ。遠隔サポートの奏太。

 立つ場所は違う。見ている画面も違う。

 だが——二人の視線の先にあるものは同じだった。

 この戦いを終わらせること。全員を連れて帰ること。

 蝕域の中核が、もうすぐそこに見えていた。

 黒紫の結晶が天を衝くように聳え立ち、異次元のエネルギーが空気を歪ませている。

 リーゼは剣を構え直した。

「全機、小休止のあと前進する。次が本番だ」

 その背中を、全員が見ていた。

 先頭に立ち、道を切り開き、仲間を守る背中。

 追いかける価値のある背中だった。


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