表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第四部 開発篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/81

第五十九章 決戦会議

 大会議室には、見たこともない数の軍服が詰まっていた。

 帝国軍の濃紺。連邦共和国の鉄灰色。王国の深緑。南方同盟の砂茶。それぞれの国旗が長机の上に小さく立てられ、色の違いだけで室内が地図になっている。

 奏太は会議室の隅に立っていた。技術者の作業着は、この場では明らかに浮いている。ポケットの六角ボルトに触れた。冷たい金属が、少しだけ落ち着きをくれる。

 ゲルナー少佐が隣に並んでいた。手帳と万年筆を携え、黒い目を室内に巡らせている。

「鷹森、緊張しているか」

「してます」

「当然だ。私もしている」

 ゲルナーがそう言って、万年筆のキャップを無意識に回した。技術者は皆、指先に癖がある。

 正面の壇上にヴェーバー少将が立った。白髪交じりの短髪。鋼のように冷たい目。だがその目の奥に、奏太は微かな揺れを見た気がした。いつもの指揮官の顔とは、ほんの少しだけ違う。

「着席を」

 ヴェーバーの声は静かだった。それでいて、会議室の隅々まで届く。将官が座り、佐官が座り、衣擦れの音が止むのを待って、ヴェーバーは口を開いた。

「単刀直入に言う。蝕域の解放作戦を発動する」

 空気が変わった。

 蝕域。その名前だけで、室内の温度が二度は下がったように感じた。帝国の東部から共和国の北部にかけて広がる、敵の最大侵略領域。かつて三カ国分の領土だった場所は、今では異形の巣窟と化している。

 中央に門がある。敵が際限なく湧き出す、巨大な次元の裂け目。これを閉じない限り、蝕域は広がり続ける。そんなことは、ここにいる全員がわかっていた。

 わかっていて、誰も手を出せなかった。

「従来の戦力では蝕域中央への到達すら困難だった。だが状況が変わった」

 ヴェーバーが壇上の幕を引いた。巨大な地図が現れた。蝕域が黒く塗られ、中央に赤い印がある。門の位置だ。

「ロッテ」

「はい」

 通信士官のロッテが立ち上がった。手元の書類を広げ、明瞭な声で読み上げ始めた。

「新型機体——アウローラの技術を基にした改良量産機の配備が、現時点で三個中隊分完了しています。共鳴構造の搭載により、従来機比で出力一・四倍、応答速度は四割以上向上。さらに帝国・共和国間の技術共有により、共和国側でも一個中隊分の改良機が稼働可能です」

 数字が並ぶ。冷たい数字だ。だがその数字の裏に、奏太たちが費やした夜の数が詰まっている。ガルベルトの回路設計。カティアの検算。ディーターの部品管理。そしてカティアが切り拓いた「融合型整備」の技法。全部がここに繋がっている。

「問題は時間だ」

 ヴェーバーが地図を指した。

「新型機の技術的優位は、一時的なものに過ぎない。敵が適応するまでの猶予は、我々の推定で三カ月。場合によってはそれ以下だ」

 三カ月。奏太は息を呑んだ。あれだけ苦労して手に入れた技術が、たった三カ月の賞味期限。

「つまり、今しかない」

 ヴェーバーの声が硬くなった。

「今を逃せば、次の機会は来ない」


        *


 作戦の概要が説明された。

 三段階構成。第一段階は外縁の掃討。四カ国の通常戦力で蝕域の外周部を制圧し、安全圏を確保する。第二段階は突入路の確保。改良量産機部隊が蝕域内部へ楔を打ち込み、中央への通路をこじ開ける。

 そして第三段階。

「リーゼロッテ・ヴァイスフェルト中尉のアウローラを先頭に、改良量産機部隊が蝕域中央へ突入。門を破壊する」

 地図上を指揮棒が滑った。黒い領域の中心を、赤い矢印が貫いている。

 リーゼは将官たちの列から少し離れた場所に座っていた。銀灰色の髪を一つに束ね、軍服の襟をきっちり留めている。紫の瞳が地図を見据えていた。表情に動きはない。

 だが奏太にはわかった。リーゼの右手が、テーブルの下で拳を握っているのが。

 共和国側の席でイレーネが手を挙げた。先日視察に来た、知的な目をした女性士官だ。

「アウローラ単機で門の破壊が可能なのですか。門の規模を考えると、相当な火力が必要になるのでは」

「アウローラの共鳴出力を最大まで引き上げれば、理論上は可能だ」

 ガルベルトが答えた。腕を組み、琥珀色の目を細めている。

「ただし、出力最大時のパイロットへの負荷は未知数だ。通常運用の範囲を大きく超える」

 それはつまり、リーゼの体がどうなるかわからない、ということだ。奏太のポケットの中でボルトが回った。かちり。

「承知している」

 リーゼが立ち上がった。短い言葉。静かな声。それだけで、会議室が黙った。

「門を壊す。それが私の仕事だ」

 座った。それ以上は何も言わない。リーゼはいつもそうだ。必要なことだけを言う。余計な言葉は戦場では邪魔だと知っている。

 会議室が一瞬、沈黙した。


        *


 沈黙を破ったのは、大きな声だった。

「いい作戦だ。気に入った」

 東方連邦の席から、巨体が立ち上がった。

 セルゲイだった。鉄灰色の軍服がはちきれそうな体格。短く刈り込んだ赤褐色の髪。顔の半分を覆う豪快な髭。笑うと目が線になる、そんな男だ。

「うちの部隊も参戦させてもらう」

 連邦側の将官たちがざわめいた。セルゲイは気にしない。

「第二段階の突入路確保、連邦の重装中隊で引き受ける。蝕域の化け物相手に、うちの馬鹿どもがうずうずしてるんでな」

 ヴェーバーが僅かに頷いた。

「ありがたい。連邦の重装部隊は、突入路左翼の防衛に配置したい」

「防衛じゃなく押し上げだ。守ってるだけじゃ道は開かん。蹴り飛ばして進む。それが連邦流だ」

 セルゲイが拳でテーブルを叩いた。水差しが跳ねた。隣の連邦士官が水差しを押さえて、慣れた顔で溜息をついている。日常的な光景なのだろう。

 ヨハンが共和国の席から小声で呟いた。

「あの熊、相変わらずだな」

 豪快という言葉がそのまま人間になったような男だった。だがその豪快さの裏に、東方連邦随一の指揮官としての実力がある。セルゲイが参戦する。それだけで、作戦の成功率が確実に上がる。

 各国の配置が次々と決まっていく。帝国が主力。共和国が側面支援。東方連邦が左翼。南方同盟が後方補給と負傷者搬送。四カ国がそれぞれの持ち場を受け持つ、大規模合同作戦。

 奏太は立ったまま、黙って聞いていた。地図に引かれる矢印の一本一本が、誰かの命を乗せている。それがわかるから、喉が乾いた。


        *


 作戦配置の議論が一段落した頃、ゲルナーが立ち上がった。

「技術班の配置について、提案があります」

 万年筆で手帳を指しながら、ゲルナーが続けた。

「開発主任の鷹森は、後方指揮所での待機が妥当かと。現場のデータは通信で共有できますし、前線に技術者を出す必要は——」

「それはできません」

 奏太が口を開いた。自分でも驚くほど、はっきりした声が出た。

 会議室の視線が集まった。技術者の作業着を着た男に、四カ国の将官たちの目が向けられる。場違いだ。わかっている。でも、これだけは譲れなかった。

「機体の傍にいなければ、整備はできません」

 奏太はまっすぐ前を見た。ヴェーバーの目を見た。

「データだけじゃわからないことがあります。共鳴構造は生き物みたいなものです。数値に出ない振動がある。音で、手触りで、匂いで判断しなきゃいけないことがある。通信越しでは、それが伝わらない」

 ゲルナーが眉を寄せた。反論しようとして、口を開きかけた。

「鷹森の言う通りだ」

 ガルベルトが割り込んだ。腕を組んだまま、低い声で。

「共鳴構造の状態は、現場でなければ判断できん。私も前線に出る」

 ゲルナーは万年筆を止めた。黒い目が奏太とガルベルトの間を往復した。数秒の沈黙の後、手帳に何かを書き込んだ。

「了解しました。前線整備班として、鷹森を含む技術チームを同行させます」

 事務的な声だったが、万年筆の動きに迷いがなかった。ゲルナーも本当はわかっていたのだろう。後方で通信を聞いているだけの奏太など、ありえないと。

 リーゼがちらりと奏太を見た。紫の瞳がほんの一瞬だけ緩んだ。すぐに元の鋭い目に戻ったが、奏太はそれを見逃さなかった。

 安心した顔だ。自分の機体を預ける相手が、傍にいると知って。


        *


 会議は三時間に及んだ。

 最後にヴェーバーが全体を見渡した。鋼の目が、一人一人の顔を確認するように動いた。

「作戦名、『曙光』。発動は二週間後。各部隊は即日準備に入れ」

 椅子が引かれる音。軍靴が床を叩く音。四カ国の軍人たちが立ち上がり、会議室が騒がしくなった。

 セルゲイが奏太のところまで歩いてきた。近くで見ると、本当にでかい。ガルベルトより一回り大きい。

「お前が鷹森か。噂は聞いてるぞ。異世界の技術者だってな」

「はあ、まあ」

「いい機体を作れよ。うちの部隊が道を開けてやるから、お前んとこのエースが門をぶっ壊す。わかりやすい話だ」

 セルゲイが奏太の背中を叩いた。ヨハンより重い。内臓が揺れた。

「は、はい。よろしくお願いします」

「はっはっは! 礼儀正しいな、帝国の人間は。堅苦しくていけねえ」

 笑いながら去っていった。嵐みたいな男だった。

 リーゼが横に来た。

「セルゲイ将軍は見た目通りの男だ。戦場では先頭に立って突っ込む。だから部下がついていく」

 リーゼの声に、わずかな敬意があった。戦場を知る者同士の、言葉少ない信頼。

 人が減っていく。各国の将官たちが退室し、ゲルナーが手帳を閉じて出ていき、ガルベルトが黙って格納庫に向かった。準備はもう始まっている。二週間しかない。

 奏太も出ようとした。

 扉に手をかけた時、声が聞こえた。

 小さな声だった。独り言の声。

「何人、戻ってこられるか」

 振り返った。

 会議室にはヴェーバー少将だけが残っていた。

 巨大な地図の前に立っている。蝕域の黒い領域を見つめている。その背中は、いつもの鋼のような姿勢を保っていた。背筋は伸び、肩は水平で、一分の隙もない。

 だが声だけが、違っていた。

 指揮官の声ではなかった。部下を戦場に送り出す、一人の人間の声だった。

 奏太は動けなかった。声をかけるべきかどうか、わからなかった。聞いてはいけないものを聞いてしまった気がした。

 ヴェーバーが振り返った。

 目が合った。鋼の目。だがその奥に、ほんの一瞬、奏太は見た。疲れと、覚悟と、恐れに似た何かを。

 一瞬だった。

 次の瞬間には、いつもの指揮官の目に戻っていた。

「鷹森」

「は、はい」

「聞いていたか」

 嘘をつけなかった。

「……聞こえてしまいました。すみません」

 ヴェーバーは何も言わなかった。数秒の沈黙があった。長い数秒だった。

 そして、短く言った。

「機体を頼む」

 それだけだった。作戦の成否も、危険の大きさも、何人が犠牲になるかも、何も語らなかった。ただ三つの単語。機体を、頼む。

 奏太は背筋を伸ばした。ポケットのボルトから手を離した。

「はい」

 それだけ答えた。それ以上は何も言えなかった。何も言う必要がなかった。

 ヴェーバーが頷いた。小さく、一度だけ。

 奏太は扉を閉めた。廊下に出て、数歩歩いて、立ち止まった。

 背中の壁に寄りかかった。天井を見上げた。息を吐いた。

 二週間後、自分はあの黒い領域に入る。リーゼも、フィンも、ヨハンも、エーリヒも。ガルベルトも、カティアも。そしてセルゲイの部隊も、イレーネの部隊も。

 何人戻ってこられるか。

 ヴェーバーの独り言が、耳の奥で反響していた。

 奏太はポケットに手を入れた。六角ボルトを握った。金属の角が掌に食い込んだ。痛い。その痛みが、今は必要だった。

 格納庫に行こう。やることがある。二週間で、できる限りのことをやる。アウローラの最終調整。改良量産機の点検。予備パーツの確保。整備マニュアルの更新。全部やる。

 何人戻れるかはわからない。

 でも、一人でも多く戻れるように。自分にできることは、それしかない。

 奏太は壁から背を離し、歩き出した。格納庫に向かって。作業着のポケットでボルトが揺れた。かちり。小さな金属音が、静かな廊下に響いて消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ