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戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第四部 開発篇

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第五十五章 試作二号

 完成した。

 格納庫の中央に立つそれを見上げて、奏太は息を吐いた。試作二号機。全ての改良を詰め込んだ集大成。一号機とはシルエットが違う。肩部のラインが鋭く、背部主管が二本に分岐して両肩へ流れている。外装パネルの合わせ目はディーターの手で完璧に仕上がっていた。

 朝日が天窓から差し込んで、鋼の表面を白く染めている。

「計測系、全て正常。いつでもいけます」

 カティアが計測器の前から手を挙げた。緑の目が気合い十分。ディーターが壁際に立っている。灰色の目。いつもと同じ。ただ工具袋に触れる指が微かに動いていた。

 今日は正式な性能試験だ。立会人が二人いる。


        *


 ヴェーバー少将。白髪交じりの短髪、鋼の灰色の目。観覧席に腰を下ろし、顎の古傷を撫でている。元パイロット。機体の良し悪しを体で知る男。

 隣にゲルナー少佐。きっちり七三の黒髪。膝に革鞄、右手に万年筆。データを一数字残らず記録し、上層部への報告書にまとめる。それがこの男の戦場だ。

 リーゼも来ていた。壁に背を預け、腕を組んでいる。紫の瞳が機体から離れない。

 テストパイロットはフィン。白い前髪が跳ねている。首元のペンダントを一度握ってから、コックピットへ駆け上がった。一号機の時は奏太が乗って格納庫を千鳥足で蛇行した。今回はさすがに正式なパイロットを起用した。

「始めよう」

 ヴェーバー少将の短い一言。格納庫の空気が引き締まった。

 奏太はポケットの六角ボルトを一回だけ鳴らした。かちり。

「試作二号機、起動試験を開始します」


        *


 魔力回路に火が入った。ガルベルトの魔道刻印が光り、回路に魔力が流れ込む。同時に物理機構が目覚める。歯車が噛み合い、駆動軸が回り始めた。

 振動。だが一号機とは違う。雑味がない。澄んでいる。二つの周波数が完璧に同調した、純粋な共鳴だけが空気を震わせていた。

「出力上昇。二十、三十、四十——」

 カティアの声。計器の針は滑らかに上昇。一号機で暴れた五十パーセント帯を、何事もなく通過。

「六十、七十、八十——九十。安定」

「百パーセント到達。出力なお上昇——百十、百二十——設計限界値。完全に安定」

 カティアが息を呑んだ。

「従来機比、一・八三倍」

 一号機の限界だった九十三パーセントを大幅に塗り替えた。ゲルナーの万年筆が止まっていた。数値を書き留めるのを忘れている。


        *


 次は機動試験。演習場に移した。

「歩行テスト、行きます!」

 フィンの声が弾けた。一歩、二歩、三歩。真っ直ぐ。蛇行なし。奏太の千鳥足とは雲泥の差だ。

「歩行安定度、A判定」

 旋回。奏太が十五秒かけた半円を、フィンは三秒で回った。ブレなし。

「応答速度——従来機比四十パーセント以上向上」

「タカモリさん! この機体すごいです! 考えた通りに動く!」

「落ち着け、フィン。まだテスト中だ」

 加速。急停止。跳躍。全項目A判定以上。そして魔力消費のデータが出た。

 カティアが数値を二度確認した。三度目。緑の目が見開かれた。

「従来機比、三十二パーセント削減」

 三割以上の魔力削減。共鳴構造が入力を無駄なく増幅している証拠だ。

「戦闘継続時間が四割以上延びる」

 リーゼが腕を組んだまま言った。声は冷静だが、言葉に熱があった。魔力が長く持てば、それだけ多く帰ってこられる。

 ガルベルトが低く息を吐いた。二十三年間、一パーセントの効率改善に心血を注いできた男の前に、三十二パーセントという数字がある。


        *


 全テスト終了。カティアが最終報告を読み上げた。

「出力——従来機比一・八三倍。魔力消費——三十二パーセント削減。応答速度——四十パーセント以上向上。共鳴安定性——全項目A判定以上」

 ヴェーバー少将が顎の傷を撫でた。データを一瞥し、機体を見上げた。

「よくやった」

 短い。だが重い。三十年以上の戦場を知る男の四文字は、どんな賞賛より効いた。

 ゲルナーが一歩前に出た。

「上層部への報告書を作成します。この数値なら予算の増額は通せます」

 黒い目に、官僚の仮面ではない何かが覗いた。

「今回は、潰させません」

 かつて有望な技術を予算不足で失った男の決意だった。

「量産への移行について、見解をお聞かせください」

 奏太はボルトを握った。離した。

「リーゼ専用のカスタム機をまず一機。量産型への展開はその後です」

 きっぱり言い切った。

 ゲルナーの眉が上がった。ヴェーバー少将の灰色の目が細くなった。

「理由は」

「共鳴構造はパイロットとの相性が大きい。同じ設計でも乗り手次第で共鳴の質が変わります。まず最高のパイロットに最適化した実戦機を完成させて、そこから得たデータを量産設計にフィードバックする。それが最短ルートです」

 一呼吸。

「順番を間違えると、中途半端な機体が前線に並びます。それは——命に関わる」

 ヴェーバー少将が顎の傷を撫でた。考える時の癖だ。

「戦況は楽観できん。だが——急いで粗製乱造するくらいなら、確実な一機を仕上げて展開する方が早い。そうだな」

「はい、閣下」

「リーゼ。お前の意見は」

「タカモリの判断を支持します。実戦データなしの量産は博打です」

 短い。リーゼらしい。

 ヴェーバー少将が頷いた。

「承認する。ヴァイスフェルト中尉専用のカスタム機を一機。量産型の検討はその完成後だ」

 ゲルナーの万年筆が走った。迷いのない筆跡。奏太は静かに息を吐いた。通った。


        *


 ヴェーバー少将とゲルナーが去った。格納庫に残ったのはいつもの面々。張り詰めていた空気が緩んだ瞬間、奏太の膝から力が抜けかけた。

 ガルベルトの太い手が肩を掴んだ。

「倒れるな。格好悪い」

「すみません」

「百回はボルト握ってたぞ」

「数えてたんですか」

「暇だったからな」

 カティアが笑った。ディーターも口元を緩めた。

「お疲れ様です! やりましたね!」

「ありがとう。カティアの計測が正確だったから——」

「出た」リーゼが遮った。「全員の功績を並べて、自分だけ抜かす癖」

「いや——」

「褒めてるんだ。黙って受け取れ」

 奏太は口をつぐんだ。もう慣れた。

「……ありがとうございます」

 フィンがコックピットから降りてきた。汗だく。だが青緑の目がぎらぎら輝いている。

「タカモリさん! あの機体すごかったです! 考えた瞬間に動く!」

「フィン。息を吸え」とリーゼ。

「はっ、はい!」

 深呼吸の後、リーゼが続けた。

「お前の操縦データ、私の専用機の設計に使う。素直に乗るから機体の素性がよく出る。いいテストだった」

 フィンの顔が真っ赤になった。リーゼに褒められた。多分。

 その横で、カティアが口を開いた。

「あの、一つ提案があるんですけど」

 全員の目がカティアに向いた。

「量産するなら、整備マニュアルも作らないと」

 赤毛の下の緑の目が、真剣だった。

「今は四人で全部見てますけど、量産型が配備されたら各部隊の整備兵が扱います。共鳴構造の理論、統合整備手順、調律パターン——全部マニュアル化しないと、誰も触れません」

 ガルベルトが鼻を鳴らした。

「気が早い」

「早くないです」

 カティアは一歩も引かなかった。緑の目が師匠を真っ直ぐ見ている。

「量産が決まってから慌てて作るんじゃ遅い。技術は頭の中にあるだけじゃ、伝わりません」

 格納庫が静かになった。正しい。技術は文書にして、人から人へ渡せる形にして、初めて「技術」になる。

 ガルベルトの琥珀色の目が弟子を見つめた。五年前、整備棟の前で毎日待ち続けていた少女が、技術の未来を語っている。

「……勝手にしろ」

 声に棘はなかった。

 ディーターが壁際で小さく頷いた。灰色の目が、ほんの少しだけ和らいでいた。

「カティア」奏太が言った。「手伝うよ。俺の知識も文書化した方がいい。元の世界の工学をこっちの言葉で書き直す。それは俺にしかできない」

「ありがとうございます! じゃあまず共鳴構造の基礎理論から始めましょう。あ、テイラー展開の説明のところは私がチェックしますから。三次の項、打ち切らないでくださいね」

「まだ言うか」

「一生言います」

 奏太は苦笑した。あの深夜の指摘はカティアの技術者としての誇りなのだ。

 リーゼが腕を組んだまま、その光景を見ていた。紫の瞳が穏やかだった。技術者たちが作る話ではなく、伝える話をしている。明日が来ると信じている人間だけができることだ。

「タカモリ」

「はい」

「いい機体だった」

 六文字。リーゼはそれだけ言って踵を返した。銀灰色の髪が格納庫の光の中で揺れて消えていく。

 短い言葉。でも十分だった。リーゼの六文字には、エースの信頼が全部入っている。


        *


 夕方。格納庫にはガルベルトと奏太だけが残った。

 二号機が作業灯の下に立っている。テストの余熱がまだ鋼に残っていた。

 ガルベルトが杯を二つ出した。琥珀色の液体が注がれる。

「カティアのことだが」

「はい」

「あいつはもう弟子じゃない。自分の頭で考えて、自分の言葉で語っている。一人前の技術者だ」

 琥珀色の目が遠くを見ていた。

「——育てた甲斐があった」

 小さな声だった。弟子には絶対に聞かせない声。

「ガルベルトさん。リーゼさんの専用機、最高のものにしましょう」

「当然だ」

 かちん。杯が鳴った。

 従来機の一・八倍以上の出力。三割を超える魔力消費削減。大幅に向上した応答速度。だが、これは通過点だ。

 次はリーゼ専用機。その先に量産型があり、カティアの整備マニュアルがあり、技術が人から人へ渡っていく未来がある。

 奏太は酒を飲み干した。ポケットのボルトに触れた。

 いい機体だった、とリーゼが言った。なら次は、もっといい機体を作る。

 白い紙を広げた。ペンを取った。

 新しい線を引き始める。明日のための、一本目の線を。


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