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戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第四部 開発篇

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第五十一章 テストパイロット

 改良版プロトタイプの起動テストは、あっけなく成功した。

 出力百十二パーセント。安定。干渉ゼロ。共鳴構造が理論通りに機能し、物理機構と魔力回路が互いを増幅し合っている。前回の試作一号機は五十パーセントにすら届かなかった。それが百十二。カティアがペンを落とし、ガルベルトが「……動いたな」と唸り、ディーターが壁際で微かに頷いた。

 だが、これはまだ起動テストにすぎない。


        *


 翌日。

 格納庫に人が増えていた。

 リーゼロッテ・ヴァイスフェルト中尉。銀灰色のロングヘアを背に流し、深い紫の瞳でプロトタイプを見上げている。

 ヨハン。濃い金髪をかき上げ、翡翠色の目を面白そうに光らせている。腕を組み、壁に背を預けていた。

 フィン・レクター。白い前髪の下で青緑色の目がきょろきょろと機体を観察している。

 そして、ゲルナー少佐。万年筆を胸ポケットに差し、革鞄を脇に抱え、黒い目を細めている。


「起動テストの数値は確認しました」ゲルナーが切り出した。「出力百十二パーセント。素晴らしい結果です。——しかし」


 万年筆を取り出し、一回転させた。


「起動テストと実動テストは別物です。実際に操縦して初めてわかることがある。本日はその確認を行いたい」


 当然の話だった。機体が動くことと、パイロットが操れることは別問題だ。


「で、誰が乗るんだ?」


 ヨハンが壁から背を離した。


「新型のテストならリーゼだろ。エースに乗らせるのが筋だ」

「いや」


 奏太が口を開いた。全員の視線が集まった。


「俺が乗る」


 一瞬、格納庫が静まり返った。

 ヨハンが真顔になった。フィンが目を丸くした。カティアがペンを落とした。二日連続だ。

 リーゼの紫の瞳が奏太を射抜いた。


「正気か」


 低い声だった。殲滅の堕天使。帝国最高のパイロット。その目には純粋な疑問があった。なぜ操縦が壊滅的に下手な整備士が自ら乗るのか。


「正気です」


 奏太は六角ボルトをポケットの中で一回転させた。


「この機体は素人でも動かせるように設計してある。共鳴機構が操縦入力を補正して、パイロットの技量差を吸収する——理論上は。それを証明するには、上手いパイロットじゃ駄目なんです。操縦が下手な人間が乗って、それでもまともに動けるかどうか」


 ガルベルトが腕を組んだまま、短く頷いた。


「理屈は通っとる」

「よし、面白い」


 ヨハンの目が輝いた。翡翠色の瞳に愉快な光が灯っている。


「鷹森の操縦なんて見たことねえぞ。楽しみだ」

「期待するな」奏太は苦笑した。「見世物じゃないんだけど」

「見世物だろ。こんな面白い実験、他にないぜ」


 ゲルナーが万年筆でメモを取りながら言った。


「合理的な判断です。操縦技量の下限を確認することで、この機体の汎用性が証明できる。——どうぞ、お乗りください」


 奏太はプロトタイプの前に立った。見上げた。自分が設計し、自分が組み上げた機体。隅々まで知っている。ボルトの一本一本まで。

 だが、乗ったことはない。


「俺は作る側だから」


 いつもの口癖が、喉元まで来て止まった。今日だけは違う。今日だけは、乗る側だ。


        *


 操縦席は狭かった。

 いや、狭くはない。リーゼやヨハンが座ることを想定して設計したのだから、奏太の体格なら余裕があるはずだ。それでも狭く感じた。整備士の居場所は機体の外側だ。中に入ると、感覚が狂う。


「操縦桿を握ってください。そうです、両手で——違う、そっちはスロットルです」


 カティアの声が通信機越しに聞こえた。


「わかってる。わかってるから」


 わかっていなかった。スロットルと操縦桿の配置は自分で設計したのに、実際に座ると全部逆に感じる。作る側と使う側の違いが、こんなところに出る。


「起動します」


 レバーを引いた。共鳴機構が動き出す。振動が座席を通じて伝わってくる。昨日の起動テストと同じ滑らかな振動。だが操縦席で感じると、全く別の感触だった。機体が生きている。そう思った。


「前進してください。ゆっくりでいいですから」


 カティアの指示に従い、操縦桿を前に倒した。

 がくん。

 機体が跳ねた。


「うわっ——」


 操縦桿を引きすぎた。機体が急停止する。慣性で体が前に投げ出されそうになった。


「タカモリさん! もっとゆっくり!」

「やってる! やってるんだけど!」


 再び操縦桿を倒す。今度はおそるおそる。機体がのろのろと前進した。だが真っ直ぐ進まない。わずかに右に逸れていく。


「左に補正——いや、もう少し——違う、行きすぎ!」


 機体がジグザグに進んだ。酔っ払いの千鳥足だ。格納庫の前の演習場を、アウローラ試作一号機改がふらふらと蛇行している。

 通信機越しに、笑い声が聞こえた。


「ぶはっ——」


 ヨハンだった。我慢の限界を超えたらしい。翡翠色の目に涙を浮かべ、腹を抱えている。


「おい鷹森、お前二度と乗るなよ!」


 声が裏返っていた。笑いすぎだ。


「うるさい! 集中させろ!」


 叫び返しながら操縦桿を操作した。旋回の指示。右に曲がろうとした。機体が傾いた。大きく傾いた。


「わわわ——」


 転倒しかけた。咄嗟に逆方向に操縦桿を倒す。機体がぐらりと反対側に揺れた。何とか持ち直す。冷や汗が背中を伝った。

 フィンが通信機の端で叫んだ。


「タカモリさん、大丈夫ですか!」

「大丈夫じゃない!」


 正直に答えた。額の汗を拭く暇もない。操縦桿から手を離したら何が起きるかわからない。


「停止動作を試みてください」


 カティアの声はどこか引きつっていた。笑いを堪えているのだ。


「了解——」


 停止レバーを引いた。機体が止まった。だがブレーキの加減がわからず、前のめりに揺れた。がこん、と鈍い音がした。


「……着地が雑すぎる」


 リーゼの声だった。苦笑が混じっていた。銀灰色の髪を押さえ、紫の瞳を細めている。


「これ以上乗るな、機体が可哀想だ」


 その言葉に、格納庫が笑いに包まれた。ヨハンは地面に座り込んで笑っている。フィンは口を押さえていたが隠しきれていない。カティアは計測器を抱えたまま肩を震わせていた。

 ガルベルトだけが笑っていなかった。琥珀色の目が、計測データを凝視していた。


        *


 奏太が操縦席から降りたとき、足が震えていた。

 地面を踏む感触が妙に嬉しかった。俺の居場所はここだ。機体の外だ。もう二度と乗らない。心からそう思った。


「お疲れ」


 ヨハンが背中を叩いてきた。まだ笑っている。翡翠色の目が涙で濡れていた。


「いやあ、最高だったぜ。あんな操縦、訓練生でも見たことねえ」

「褒めてないだろ、それ」

「褒めてねえよ」


 即答された。清々しいほどの率直さだった。


「でもな」ヨハンの声が変わった。笑いが消え、真剣な色が浮かんだ。「あの動き——機体の方は凄かったぞ」

「え?」

「お前の操縦はめちゃくちゃだ。素人以下だ。だがな、あの入力であの動きが出るのは普通じゃねえ。俺の乗ってる正規機なら、お前の操縦じゃ三歩目で転倒してる。それがジグザグながらも走り切った。旋回で転びかけたのも、普通なら間に合わない補正が利いてた」


 ヨハンの目が鋭くなった。歴戦のパイロットの目だ。


「あの機体、操縦を補正してるだろ。パイロットの入力のブレを、機体側で吸収してる」

「共鳴機構です」奏太は答えた。「物理機構と魔力回路の共鳴が、操縦入力の不安定な成分を打ち消す設計になってます」

「理屈は知らねえが、体感でわかった。あれはいい機体だ。まともなパイロットが乗ったら化け物になる」


 ヨハンはそう言い切って、親指を立てた。


 フィンが駆け寄ってきた。白い前髪が揺れている。青緑色の目が興奮で光っていた。


「タカモリさん、あの機体すごいです! 操縦の——その、失礼ですけど——あの荒い入力で、あれだけ動けるなんて」

「遠慮しなくていいぞ、フィン。下手って言っていい」

「い、言ってません!」


 フィンの耳が赤くなった。


 リーゼが歩み寄ってきた。紫の瞳が、プロトタイプを見上げていた。


「乗りたい」


 短い言葉だった。だがその声には、パイロットの本能が剥き出しになっていた。あの機体に座りたい。操縦桿を握りたい。全力で動かしたい。

 殲滅の堕天使の目が、獲物を見つけた猛禽のように光っている。


「次のテストで」奏太は言った。「ちゃんとしたパイロットに乗ってもらいます」

「当然だ」リーゼが頷いた。そして、ほんの少しだけ口角を上げた。「お前はもう乗るな」

「乗りません。二度と」


 心の底からの宣言だった。


        *


 夕方、ゲルナーが作業机にやってきた。

 カティアがまとめた計測データの束を受け取り、万年筆を指で回しながらページをめくっていく。黒い目が数字を追う。

 一枚目で手が止まった。


「これは——」


 眉間に皺が寄った。ページをめくる。二枚目。三枚目。めくる速度が上がっていく。


「タカモリ技師」


 ゲルナーの声が変わっていた。いつもの事務的な冷静さが剥がれている。


「はい」

「このデータは正しいのですか」

「はい」

「操縦者の技量が最低レベルで、この出力安定度? 反応速度も従来機の一・三倍。旋回性能に至っては——」


 ゲルナーが万年筆を止めた。数字をもう一度読み直している。


「報告書の数字が間違っているのかと思いました」


 声に驚愕があった。予算管理担当として数々の開発案件を見てきた男が、目を見張っている。


「間違っていません」ガルベルトが低く言った。「全数値、三重に検証済みだ」

「しかも、これは素人操縦での数値です」カティアが付け加えた。赤毛が揺れた。緑の目が誇らしげに光った。「エースパイロットが乗れば、数値はさらに跳ね上がります」


 ゲルナーは万年筆を胸ポケットに戻した。データの束を革鞄に丁寧にしまった。その手が、わずかに震えていた。


「報告書を書き直します」


 静かな声だった。


「当初の報告書は、開発中止を示唆する内容になる予定でした。——書き直します。継続を推薦する内容に」


 ゲルナーは一礼し、踵を返した。革靴の音が格納庫に響く。その足取りは、来たときより速かった。


        *


 夜。

 格納庫に残ったのはいつもの四人だった。

 ディーターが茶を淹れた。四つの杯が作業机に並ぶ。湯気が立ち昇り、作業灯の光の中でゆらゆらと漂った。


「動いたな」


 ガルベルトが杯を持ち上げた。琥珀色の目が、プロトタイプを見ていた。


「動きましたね」


 カティアが両手で杯を包んだ。赤毛が湯気で揺れた。緑の目に、涙が光っていた。今度は悔しさではない。


 ディーターは黙って茶を啜った。灰色の目が、ほんの少しだけ緩んでいた。


 奏太はボルトをポケットから出した。指の間で回す。かちり。


「でも、まだ途中です」


 六角ボルトを握り、プロトタイプを見上げた。改良版はうまくいった。だが試作機は試作機だ。ここから先——量産を見据えた設計、耐久試験、実戦想定の負荷テスト。やることは山のようにある。


「ああ」ガルベルトが頷いた。「だが、一歩目は踏み出した」


 奏太は茶を一口飲んだ。いつものディーターの茶。いつもの温度。疲れた体に、ちょうどいい温かさ。


 ボルトをポケットに戻した。


 明日はリーゼが乗る。本物のパイロットが、本気であの機体を動かす。そのとき何が起きるのか。楽しみでもあり、怖くもあった。

 だが、もう不安はなかった。

 機体は動く。共鳴は成立した。あとは、手を動かし続けるだけだ。


 俺は作る側だから。


 奏太は茶を飲み干し、立ち上がった。明日の整備の段取りを頭の中で組み立てながら、プロトタイプの側面パネルに手を当てた。冷たい金属。だがその奥に、共鳴の余韻がまだ微かに残っている気がした。


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