表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第四部 開発篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/81

第四十六章 設計図

 三日目の朝、奏太は黒板を全部消した。

 前日までに描いた線を、一本残らず。カティアが「え」と声を上げ、ディーターが手を止めた。ガルベルトだけは腕を組んだまま、琥珀色の目を動かさなかった。

「やり直します」

 奏太はチョークを握り直した。

「昨日までの設計じゃ駄目だ。物理構造と魔力回路が喧嘩してる」

 黒板には二日かけて描いた機体の骨格図があった。現代工学の構造計算に基づいた、合理的な設計。応力分散、重量配分、関節可動域。どれも最適解に近い自信があった。

 だが魔力回路を重ねた瞬間、破綻した。

「回路の主幹線を通すには、ここの隔壁を抜くしかない。でも隔壁を抜けば胸部フレームの剛性が三割落ちる」

 奏太は新しい線を引きながら説明した。

「逆に剛性を優先すると、主幹線が迂回して回路全長が一・五倍になる。魔力伝達のロスが許容範囲を超える」

「どっちを選んでも詰む、ってことですか」

 カティアがノートのペンを止めた。赤毛が作業灯の下で銅色に光っている。

「そういうことだ」

 ガルベルトが壁から背を離した。百九十センチの巨体が一歩前に出ると、黒板の前が狭くなる。

「物理屋の最適解と、魔道屋の最適解は一致しない。一致した例を、俺は二十三年間見たことがない」

 低い声だった。経験に裏打ちされた断言。

「だから今まで、物理構造は物理屋が決めて、魔力回路は後から無理やりねじ込んできた。それが帝国の機体設計のやり方だ。結果、回路はいつも最適配置から遠い。効率は六割がいいところだ」

「六割」奏太は呟いた。「残りの四割は、捨ててたってことですか」

「捨ててた。誰もそこに手を突っ込もうとしなかった。面倒だからだ」

 ガルベルトの声に苛立ちがあった。二十三年間、ずっと感じていた苛立ちだろう。

 奏太はチョークを置いた。黒板の前で腕を組み、白い粉がついた指で顎を撫でた。


        *


 午後。格納庫の専用区画に、紙が散乱していた。

 奏太は作業台でペンと定規を走らせていた。前の世界でCADの画面に向かっていた頃の感覚が、指先に蘇る。頭の中の三次元を、紙の上の二次元に落とし込む。全て手描き。もどかしいが、手で描くからこそ見えるものもある。

「ここだ」

 奏太はペンを止めた。

 胸部フレームの断面図を睨む。問題は隔壁の位置だ。構造計算上、隔壁は胸部中央に必要。だが魔力回路の主幹線も胸部中央を通したい。同じ場所を二つのものが奪い合っている。

 ならば——隔壁そのものを回路にできないか。

 発想の転換。構造材と回路を分離するのではなく、統合する。隔壁の素材に魔力伝導性を持たせれば、隔壁を残したまま回路を通せる。

 奏太は興奮して立ち上がり、ガルベルトの方を向いた。

「ガルベルトさん。隔壁素材に魔力を通すことって可能ですか」

 ガルベルトは椅子の背にもたれ、腕を組んでいた。琥珀色の目が細くなる。

「可能か不可能かで言えば、可能だ。魔力伝導合金というものがある。ただし——」

「ただし?」

「伝導率が低い。純正の回路管の三分の一以下だ。加工も難しくなる」

「三分の一じゃ、主幹線の代替にはならない」

「ならん。だが」

 ガルベルトが黒板に歩み寄り、チョークを取った。太い指が繊細な線を引く。

「主幹線を一本にこだわる必要があるか」

 描かれたのは、樹の枝のような図だった。太い一本の幹ではなく、細い線が何本も分岐して走っている。

「分散配管か」奏太が目を見開いた。

「主幹線を複数の細い回路に分割して、隔壁の中を並列で通す。一本あたりの伝導量は少なくて済む。本数で補える」

「でも並列回路は干渉を起こすんじゃ——」

「起こす。だから実用例がほとんどない」

 ガルベルトがチョークを置いた。

「干渉の制御が、この設計の核になる。解けるか?」

 挑むような視線だった。奏太はその視線を正面から受けた。

「やります」

「根拠は」

「ない。でもやる」

 ガルベルトが鼻で笑った。だが目は笑っていなかった。真剣な、期待の目だった。


        *


 夜。格納庫に残っているのは四人だけだった。

 ゲルナーは「明日の報告書を書く」と言って兵舎に戻った。あの男は毎日、技術本部に進捗報告を送っている。几帳面な字で。

 奏太とガルベルトは黒板を挟んで向かい合っていた。

「並列回路の干渉パターンは三種類ある」

 ガルベルトが語り始めた。チョークが走る。

「位相干渉、振幅干渉、共鳴干渉。このうち位相干渉は回路間の距離で制御できる。振幅干渉は負荷の均等分散で抑えられる。問題は共鳴だ」

「共鳴」

「二本以上の回路が同じ周波数で振動すると、魔力が暴走する。最悪の場合、回路が焼き切れる。パイロットごと」

 奏太の背筋が冷えた。

 設計ミスが人を殺す。回路が焼ければ、コックピットの中で人が死ぬ。

「共鳴を避けるには、各回路の固有振動数をずらす必要がある。配管の長さ、太さ、素材——全部変える。同じ回路は二本作らない」

「それ、設計がとんでもなく複雑になりませんか」

 カティアが口を挟んだ。ノートにはびっしりとメモが詰まっている。右手の魔道刻印が、作業灯にぼんやり光っていた。

「なる」ガルベルトが断言した。「一本一本の回路を個別に設計する。量産機では絶対にやらない手法だ」

「でもこれは量産機じゃない」奏太が言った。「一機だけの、特注品です」

 沈黙が落ちた。

 カティアがペンを唇に当てて考え込んでいた。緑の目が図面と黒板の間を何度も往復する。

「あの——」

 小さな声だった。だが全員の視線がカティアに集まった。

「配管の経路なんですけど」

 カティアが立ち上がり、黒板に近づいた。ガルベルトの隣に立つと、身長差が際立つ。チョークを受け取り、既存の図の横に新しい線を描き始めた。

「師匠の案だと、分岐点が胸部に集中してますよね。ここで全部分かれて、四肢に向かう。でも——分岐点を分散させたらどうですか」

 描かれたのは、胸部からいきなり枝分かれするのではなく、背骨に沿って段階的に分岐する配管図だった。

「背部主管から、肩で二本、腰で二本、段階的に分ける。こうすれば一箇所に集中する回路の本数が減って、共鳴のリスクも下がります」

 ガルベルトが黒板を見つめた。

 長い沈黙だった。カティアの指がチョークを握ったまま微かに震えている。師匠に意見するのは、彼女にとって相当な勇気が要ったはずだ。

「……筋は悪くない」

 ガルベルトが言った。

 カティアが息を呑んだ。奏太もだった。ガルベルトの「悪くない」は最上級の褒め言葉だ。だが今回は「筋は」が付いている。もう一段上だ。

「分岐点を分散させれば、局所的な魔力密度を下げられる。共鳴の閾値に達しにくくなる。理にかなっている」

 ガルベルトがカティアの描いた線をなぞった。太い指がゆっくり動く。

「ただし、背部主管を通すとなると背面装甲の設計が変わる。鷹森、そこはお前の領分だ」

「やります」

 即答した。背面装甲の再設計。難題だが、不可能じゃない。

 カティアが頬を紅潮させて席に戻った。ノートに書き込む字が震えている。

「カティア」

 ガルベルトが振り向かずに言った。

「はい」

「次からはもっと早く言え。遠慮する暇があったら案を出せ」

「——はい!」

 声が跳ねた。赤毛が揺れた。緑の目が輝いていた。


        *


 深夜。

 黒板は三枚目に突入していた。足りなくなって別の区画から引っ張ってきた。

 奏太は作業台の上に広げた設計図に、最後の線を引いた。

「第一稿、完成」

 声がかすれていた。水を飲むのも忘れていた。

 机の上には空になったコーヒーカップが四つ並んでいる。ガルベルトのは酒瓶だったが、中身は空だ。

「見せろ」

 ガルベルトが図面を覗き込んだ。カティアも横から顔を出す。三つの頭が作業台の上で密集した。

 設計図は三枚一組だった。一枚目が物理構造の全体図。二枚目が魔力回路の配管図。三枚目が——統合図。物理構造と魔力回路を重ね合わせた、この機体の核心。

「統合図の密度がすごいですね」カティアが呟いた。

 統合図は線が入り組んで、一見すると何が何だかわからない。だがよく見れば、全ての線に意味がある。構造材と回路が絡み合い、一つの体系を成している。

「これは」ガルベルトが低く言った。「今までの機体とは根本的に違う」

「ええ。構造と回路を別々に作って後から合わせるんじゃなくて、最初から一体として設計してます。骨格の一部が回路で、回路の一部が骨格。分離できない」

「分離できないということは」

「壊れる時は全部壊れます。部分修理は難しい」

 正直に言った。欠点を隠す気はなかった。

「整備性は最悪だな」

 声は作業台の隅からだった。ディーターだ。灰色の短髪の男は、ずっと黙って工具を磨いていたと思っていたが、聞いていたらしい。

「関節部の回路が構造材と一体化してるなら、回路の交換は関節ごとアッセンブリー交換になる。部品代が跳ね上がる。交換時間も倍以上」

 三十年以上現場で機体をばらしてきた男の言葉は重い。

「わかってます」奏太は頷いた。「でも性能を取りました」

「性能を取って整備性を捨てるのは、パイロットは喜ぶが整備兵が泣く」

「ディーターさんなら、どうしますか」

 ディーターは工具を置いた。立ち上がり、設計図の前に来た。太い指で関節部を指す。

「ここ。膝関節。構造材と回路の一体成型をやめて、嵌合式にしろ。回路ユニットを関節殻の内側に固定する方式なら、殻ごと外して交換できる。一体成型より重量は増えるが、整備時間は三分の一になる」

 奏太は頭の中で構造を組み替えた。重量増は片膝で二百グラム、両膝で四百グラム。

「いけます。四百グラム増で整備時間が三分の一なら、やる価値がある」

「肘も同じ方式にしろ。あと足首。可動部は全部だ」

「全部嵌合式にすると、総重量が——」

「二キロ増える。それでも、戦場で膝を壊した時に十分で交換できるのと、三時間かかるのと、どっちがいい」

 答えは明白だった。

「直します」

 奏太はペンを取った。設計図に赤い線で修正を入れていく。ディーターが指す。奏太が直す。指す。直す。言葉は最小限だった。それで十分だった。

 カティアが嵌合式に変更した場合の回路設計をノートに起こし始めた。

 四人が、それぞれの持ち場で動いている。

 ぶつかり合った。何度も。物理構造と魔力回路が干渉するたびに議論が起き、妥協点を探り、時には最初からやり直した。

 だが、止まらなかった。

 奏太はペンを置いた。赤い修正線だらけの図面を見下ろす。黒い線と赤い線が交錯して、まるで血管のように見えた。

「第一稿の修正版。明日、ゲルナー少佐に見せます」

「あの男は重箱の隅を突いてくるぞ」ガルベルトが欠伸をした。

「望むところです。突かれた分だけ、設計が良くなる」

 ガルベルトが琥珀色の目を細めた。笑ったのか。暗くてよくわからなかった。

 格納庫の窓の外が、うっすら白み始めていた。徹夜だ。また。

 カティアがノートを抱えたまま船を漕いでいた。ディーターが黙って毛布を持ってきて、カティアの肩にかけた。赤毛が毛布の上に散った。

「寝ろ。お前もだ、鷹森」

 ガルベルトが言った。

「ガルベルトさんは?」

「酒がまだ残ってる」

 嘘だ。瓶は空だった。奏太にはわかっていた。この人も、設計図から目が離せないのだ。

 奏太は作業台に腕を組んで突っ伏した。頬に図面の端が触れる。冷たい紙の感触。インクの匂い。

 目を閉じると、脳裏に線が走った。構造線。回路線。統合線。ぐるぐると回って、やがて一つの形になる。まだ見ぬ機体の輪郭。

 リーゼが乗る。フィンが援護する。ヨハンが指揮を執る。

 その全員を守る機体を、自分が作る。

 責任の重さが胸に沈む。だが怖くなかった。ガルベルトがいる。カティアがいる。ディーターがいる。ゲルナーが予算を守ってくれる。

 一人じゃない。

 その確信だけを抱えて、奏太は眠りに落ちた。作業台の上で。設計図を枕にして。

 格納庫の窓から、朝の光が射し込み始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ