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戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第二部 証明篇

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第十六章 パイロットに合わせる

 フィンの機体の調整は、奏太がこれまで手がけた中で最も繊細な作業だった。

 操縦桿を分解した。バネの一つ一つを取り出し、反力を計測する。テーブルの上には小さな部品が整然と並んでいる。ワッシャー、スプリング、ジョイントピン、ガイドレール。一つ一つが操縦桿の動きを決める要素だ。

 フィンの手の大きさ、握力、指の長さ——パイロット待機室で計測させてもらった数値が手元にある。右手と左手で握力が微妙に違う。親指の付け根の角度。薬指の長さ。フィン専用の数値だ。カティアが「ここまで個人に合わせた調整は見たことがない」と驚いたのは、その数値の細かさだった。

 整備棟の奥の作業台を使った。ガルベルトの目が届きにくい場所だ。もっとも、カティアが隣にいる時点でバレるのは時間の問題だろうが。

「操縦桿の遊びを広げます。現状の二ミリから五ミリに」

「三ミリも広げるんですか? 反応が鈍くなりませんか?」

「鈍くなります。ただし、それは『通常時に不要な過敏さを削る』という意味です」

 奏太はカティアに図を描いて見せた。操縦桿の入力強度と機体の反応速度の関係。通常のセッティングでは直線的な比例関係だ。力を入れれば入れるほど、機体は急激に反応する。

「これを変えます。入力が小さいうちは通常通り。でも一定以上の力がかかったら、反応カーブを緩やかにする。力んでも機体が暴走しないように」

「つまり——恐怖で力んでも、急な動きにならない」

「そうです。フィンさんの問題は、硬直して力が入ること。それ自体は止められない。でも機体側で受け止められる」

 カティアは集中すると出る舌先を引っ込めて、真剣に頷いた。緑の目が技術者として輝いている。師匠には内緒の共同作業——だがもはや、それを後ろめたいとは思っていないようだった。

 操縦桿のバネを交換した。弱めのバネ。指先の微調整がしやすくなる。フィン本来の操縦スタイル——繊細な微調整を得意とする傾向——を活かすためだ。

 反応速度の曲線を書き換える。機体の動作伝達系の歯車比を変更し、操縦桿からの入力が機体の動きに変換されるまでのカーブを調整した。元の世界ならソフトウェアで一発だが、ここでは機械的にやるしかない。歯車とリンク機構の組み合わせで、疑似的な非線形応答を作り出す。

 さらに、もう一つ。

「フィンさんの操縦データを見ると、恐怖が出ない距離——五百メートル以上——では、信じられないくらい精密な操縦をしてる。微細な角度調整、繊細な出力制御。これを活かすモードを追加します」

「モード?」

「操縦桿の根元にレバーを一つ追加して、切り替えられるようにします。通常モードと精密モード。精密モードでは操縦桿の感度を上げて、フィンさんの繊細な入力をそのまま機体に伝える。遠距離での精密機動が得意なフィンさん向けの設計です」

 カティアが目を見開いた。

「それ——パイロットごとに操縦系統を変えるってことですか。そんな発想、この世界にはないです。機体は規格品で、パイロットが合わせるのが普通で——」

「元の世界でも、最初はそうでした。でも産業用ロボットの世界では、オペレーターの癖に合わせてインターフェースを調整するのが当たり前になった。同じ考え方です」

「ロボ……? タカモリさんの世界の機械ですよね。それは——いつか詳しく聞かせてください」

 カティアの目が好奇心でいっぱいだった。赤毛の下で耳が少し赤くなっている。技術の話になると興奮が隠せないらしい。

「パイロットを変えるんじゃなくて、機体をパイロットに合わせる。俺の整備哲学みたいなもんです」

 三日間かけて調整を仕上げた。操縦桿のバネ一つ、歯車一つ、リンク機構の角度一つに何度も微調整を重ねた。夜の格納庫で、作業灯の白い光に照らされながら、奏太の火傷だらけの指先がミリ単位の精度を追求する。

 ときにはカティアが計測値を読み上げた。「〇・三ミリ右にずれてます」「バネ定数、目標値まであと少し」。彼女の正確な数値読みは技術者としての素質を証明していた。ときにはディーターが無言で必要な工具を差し出してくれた。奏太が手を伸ばす前に、次に必要な工具がそこにある。二十年の経験が生む先読みだ。

 テスト走行の日が来た。

 朝から晴れていた。格納庫の外の訓練場に、フィンの機体が運び出された。三日間の調整を経た機体は、外見上は何も変わっていない。変わったのは中身だ。操縦桿、伝達系、反応カーブ。パイロットに触れる全てのインターフェースが、フィン・レクター専用になっている。

 フィンがコックピットに座り、操縦桿を握った。奏太は機体の足元で、カティアが計測器を構えて待機している。エーリヒも訓練場の端に立っていた。友人の変化を見届けるために。

 機体が動き出した。

 最初の一歩で、フィンの声が通信に入った。

「——なんだこれ」

 二歩目。

「操縦桿が、全然違う——軽い。でも軽すぎない。指先が、そのまま機体に繋がってるみたいだ」

 旋回。急停止。再加速。フィンの操縦が、訓練データと同じ精度で動いている。繊細で、正確で、無駄がない。

「精密モード、切り替えます——うわ、すごい。角度の微調整がこんなに楽に——」

 フィンの声が上擦っていた。興奮している。機体が自分の手の延長になっている。これまでの機体は「乗る」ものだった。この機体は「着る」ものに近い。

 通常モードに戻して、奏太が指示した。

「フィンさん、今から三百メートル先のターゲットに急接近してみてください」

 通信が沈黙した。三百メートル。あの距離だ。

「……わかりました」

 機体が加速した。二百メートルの表示を通信士が読み上げる。フィンの入力強度が上がり始めた——だが、機体は暴走しない。反応カーブの調整が、フィンの硬直を受け止めている。力んでも、機体は滑らかに動き続ける。

 百メートル。ターゲットの前で急停止。

「——止まれた」

 フィンの声が震えていた。今度は恐怖ではなく、驚きの震え。

「止まれた。暴走しなかった。力んだのに——機体が、受け止めてくれた」

 奏太は機体の足元で、小さく息を吐いた。

 カティアが計測器のデータを確認し、声を上げた。

「入力強度は上がってます。でも機体の挙動は安定してる——反応カーブの変更が効いてます。これ、すごいです」

 コックピットが開いて、フィンが降りてきた。タラップを二段飛ばしで駆け下りてくる。

 青緑の目が潤んでいた。涙を堪えている。だが笑っている。泣きながら笑っている。首のペンダントが走る勢いで胸の上で跳ねた。

「タカモリさん、これ——自分の身体の一部みたいです。こんな機体、初めてだ」

「まだ調整は始まったばかりです。実戦データが出たら、もう一回微調整します」

「——はい!」

 フィンの返事は、初めて聞く本気の声だった。「大丈夫です」ではない。「はい」。シンプルで力強い一語。

 パイロットを変えるのではなく、機体をパイロットに合わせる。

 機械屋にしかできない支え方がある。それを奏太は、フィンの涙で確信した。

 遠くの整備棟の窓から、ガルベルトが訓練場を見ていた。琥珀色の目が、走り回るフィンの機体を追っている。その表情を読み取れる者は、この場にはいなかった。

 ディーターだけが、ガルベルトの背中を見て、渋い茶をもう一口すすった。

 訓練場の端で、エーリヒが腕を組んだまま動かなかった。眼鏡の奥の灰緑色の目が、フィンの機体を見つめている。最も近くにいた男だからこそ、その変化の意味が誰よりもわかる。小さく、頷いた。


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