表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第二部 証明篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/44

第十三章 初陣の調律

 作戦開始から十分が経過していた。

 奏太は基地の通信室にいた。格納庫でも整備棟でもない。通信室だ。ここにいることしか許されなかった。

 通信卓の向こうで、通信士官のロッテ・シュミットが冷静に座標を読み上げている。淡い金髪を耳にかけ、ヘッドセットを片耳に当てた姿勢は微動だにしない。

「ブラボー隊、座標E-7に敵反応。数、六。接近速度——速い」

 通信機からヨハンの声が弾けた。

「了解、迎撃する。——おい、なんだこれ! 俺の機体が別物みたいに軽いぞ!」

 奏太の心臓が跳ねた。ヨハンの機体。昨夜、最終調整を施した一機だ。関節のクリアランス修正と重心バランスの最適化。旋回時のブレを消し、反応速度を上げた。

 その効果が、戦場で出ている。

「アルファ隊、ヴァイスフェルト中尉。座標F-3にて交戦開始」

 リーゼの声が通信に入った。

「——殲滅する」

 短い宣言。その直後、通信に爆発音が重なった。リーゼ機が動いている。奏太が昨夜徹夜で調整した機体が、今まさに戦場を駆けている。従来よりも少ない魔力消費で、より大きな出力。物理構造の最適化がもたらす効率の改善は、数値の上では数パーセントに過ぎない。だがパイロットの体感では、別の機体に乗っているような差になる。

 奏太は拳を握りしめていた。

 通信室の椅子に座って、戦闘の音を聞いている。遠くで爆発が響き、通信から叫び声が飛び交い、座標と状況報告が矢継ぎ早に行き来する。金属がぶつかる音。魔力が炸裂する音。そして——誰かが痛みに叫ぶ声。

 通信室は狭かった。計器の並ぶ壁に囲まれた、四畳半ほどの空間。天井の低い蛍光灯が青白い光を落とし、通信機のランプが赤と緑に明滅している。この小さな部屋が、基地と戦場を繋ぐ唯一の線だ。

 自分は何もできない。ここに座って、聞くことしかできない。

「戦闘は初めて聞きますか」

 ロッテが通信の合間に声をかけてきた。澄んだ青い目が、奏太をまっすぐ見ている。

「……はい。こんなにきついとは思いませんでした」

「慣れはしません」

 ロッテは短く答えた。ヘッドセットの位置を直しながら、ぽつりと付け加えた。

「兄もパイロットでしたから」

 「でした」。過去形。それ以上は聞かなかった。聞けなかった。

 ロッテは通信に集中を戻した。声は震えない。指先も震えない。プロフェッショナルとして、この椅子に座り続けている。兄を失った後も、この場所で、戦場の音を聞き続けている。ヘッドセットの脇に、小さな写真が貼ってあった。パイロットスーツを着た青年が笑っている。

 奏太は自分の無力さを噛みしめた。機械を直すことはできる。だが戦場に出ることはできない。あの通信の向こうで、自分が調整した機体に乗った人間たちが命をかけている。その事実の重さが、通信室の硬い椅子を通じて背骨に響いた。

「チャーリー隊、レクター少尉。座標G-2にて敵と遭遇——」

 フィンの声だ。通信越しでも緊張が伝わってくる。フィンの機体はまだ奏太の個別調整が入っていない。標準のセッティングのまま、大規模作戦に出撃している。

「レクター少尉、落ち着け。呼吸を整えろ」

 エーリヒの声が割り込んだ。僚機として、友人として、フィンの隣を飛んでいる。

「——わかってます。大丈夫です」

 フィンの口癖。「大丈夫」。大丈夫じゃないときに言う「大丈夫」。奏太にはもう聞き分けられる。

 だが今は、信じるしかない。

 通信室の窓から、遠くの空に光が走るのが見えた。魔力の放出。爆発の閃光。あの光の一つ一つが、誰かの命のやり取りだ。

 三十分が経過した。

 戦闘は佳境に入っていた。ヨハンの小隊が敵の左翼を押し込み、リーゼが中央を突破。フィンの小隊は後方支援に回っている。通信の密度が上がり、ロッテの読み上げるテンポも速くなった。

「ブラボー隊、クライス大尉。敵、後退開始。追撃する」

「ヴェーバー司令より全隊へ。追撃は各小隊の判断に委ねる。深追いはするな」

 四十五分後、通信に変化が現れた。

「アルファ隊、ヴァイスフェルト中尉。敵残存勢力、撤退を確認。追撃を打ち切る」

「ブラボー隊、クライス大尉。同じく確認。撤退していく」

「チャーリー隊、レクター少尉。こちらも——敵、いなくなりました」

 フィンの声が震えていた。安堵の震えだ。

 ロッテがヘッドセットを外し、静かに息を吐いた。

「作戦成功。帰還開始」

 奏太は椅子の背にもたれかかった。握りしめていた拳を開くと、爪の跡が掌に残っていた。何も持たない手。何も振るえない手。だがこの手で調整した機体が、戦場で人を守った。

 格納庫に走った。

 機体が次々と帰還してくる。着地の振動が床を通じて伝わってくる。コックピットが開き、パイロットたちが降りてくる。汗だくの顔。疲労の色。でも——生きている。全員が。

 ヨハンが機体から降り、奏太を見つけて親指を立てた。

「おい整備士。あの調整は本物だ。右旋回の切れが全然違った」

 短い賛辞だが、ベテランの言葉は重い。奏太は頭を下げた。

 リーゼが機体から降りてきた。銀灰色の髪が汗で額に張り付いている。軍服の肩に焦げ跡。被弾したのだろうか。だが足取りはしっかりしている。紫の瞳が奏太を捉えた。

「機体の反応が良くなっていた。特に左旋回から急停止への繋ぎ。魔力の伝達ロスが減ったのがわかった」

「物理構造の最適化で、魔力回路との干渉を減らしました」

「——悪くなかった」

 リーゼにしては、最大級の賛辞だ。ほんの僅かだが、口元が緩んでいた。

 そして——ルーカスの機体が着地した。着地はやや荒い。初めての大規模作戦。淡い茶色の髪の青年がコックピットから出てきたとき、全身が震えていた。

 ルーカスは地面に降り立ち、まっすぐ立てなかった。膝が笑っている。それでも、震える手で敬礼した。

「ルーカス・ヴェント、帰還しました」

 声が上擦っている。目が赤い。泣くのを堪えているのか、恐怖の名残か。

 フィンが駆け寄った。

「よくやった。帰ってきたじゃないか」

「レクター少尉……俺、何もできなかった。怖くて——」

「それでいい。帰ってきたことが全部だ」

 フィンは自分の言葉に、自分で驚いたような顔をした。かつて「大丈夫です」しか言えなかった青年が、後輩に本当の言葉をかけている。

 奏太は格納庫の隅で、帰還した機体の損傷チェックを始めた。やることはいくらでもある。次の出撃に備えて、今から整備を始めなければ。

 ロッテが通信室から出てきて、格納庫の入口で立ち止まった。全員の帰還を確認して、初めて表情を緩めた。小さく、本当に小さく、息を吐いた。

 戦えない者たちの戦いが、ここにある。

 通信室の椅子に座って祈ること。格納庫で機体を整えること。厨房で食事を作ること。それぞれの持ち場で、それぞれのやり方で、戦場を支えている。

 カティアが整備棟から走ってきた。赤毛が風に揺れている。

「戦闘データの記録、始めましょう! 今回は調整済みの機体と未調整の機体の比較ができます」

 師匠には「記録の確認」と言うつもりなのだろう。だが緑の目は技術者の興奮で輝いていた。データが待っている。数字が真実を語る。

 奏太は工具を手に取り、帰還した機体の足元に膝をついた。ポケットの六角ボルトが指先に当たる。くるくる。くるくる。

 全員が帰ってきた。今回は。

 次も全員を帰す。そのために、もっといい状態で送り出す。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ