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戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第一部 邂逅篇

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第十一章 構造が見えた

 きっかけは、深夜の整備棟だった。

 全員が引き上げた後、奏太は一人で残って作業台を片付けていた。日課になっている残業だ。元の世界から持ち込んだ悪い癖がここでも発揮されている。窓の外は月明かりだけ。整備棟の天井灯は半分だけ点いていて、作業場を薄暗い影で満たしている。

 片付けが終わり、帰ろうとしたとき——格納庫との連結通路の先に、一機の機体が待機していた。

 損傷が軽微で後回しにされている機体だ。左脚の装甲にへこみがあるが、稼働自体には問題ないとされている。明日の哨戒任務には出る予定だ。

 奏太は立ち止まった。

 この二週間、雑用をしながらずっと機体を観察してきた。十数機の機体が出入りするたびに構造を目で追い、作業の合間に部品の構造を指で覚えた。荒野で拾った歯車から始まった異世界の機械への理解が、少しずつ積み重なっている。

 あの機体——通りすがりに見ただけで、いくつかの問題が目についた。左脚の装甲のへこみは見た目の問題ではない。凹みによって装甲の取り付け角度が変わり、脚部全体の重心バランスがずれている。走行時に左に引っ張られるはずだ。パイロットが無意識に補正しているから稼働には問題ないと判定されているのだろうが、補正のために余分な魔力と操縦負荷がかかっている。

 それだけではない。

 奏太は通路に立ったまま、機体を見つめた。二重構造。外殻と内骨格。魔力回路と物理的な骨格。二つのシステムが一つの体を動かしている。

 今まで断片的に理解していたものが、一気に繋がった。

 魔力回路がエネルギーの「生成と伝達」を担い、物理骨格が力の「伝達と実行」を担う。二つは独立しているのではなく、互いに依存している。魔力回路がどんなに完璧でも、物理骨格のアライメントがずれていれば出力はロスする。逆に物理骨格が完璧でも、魔力回路の伝達効率が悪ければ骨格に十分なエネルギーが届かない。

 つまり——両方が揃って初めて、機体は本来の性能を発揮する。

 ガルベルトが魔力回路を完璧に調律しても、機体の性能が頭打ちになっている理由がこれだ。魔力側は百点満点。だが物理側が七十点のままでは、総合性能は七十点に引きずられる。

 ポケットの六角ボルトを指で回した。くるくる。くるくる。思考が加速する。

 あの機体の問題を列挙する。左脚の重心ずれ。右肩関節のクリアランス不足。背部の装甲固定具が非対称で、旋回時にブレが出る。膝関節の可動範囲が設計値より五度ほど狭い——固着ではなく、軸受けの位置がわずかにずれている。

 全部、物理的な問題だ。全部、奏太に直せる。

「構造が見えた」

 呟きが口をついて出た。

 この二週間の観察が一つの絵になった。魔道兵器の全体像。二重構造の相互依存。物理側の改善余地。そして——自分にできることの輪郭。

 奏太は整備棟に引き返した。工具を揃え、作業灯を点けた。

 あの機体に触れる。今なら、誰もいない。ガルベルトに見つかったら問題になるかもしれない。だが、明日あの機体が哨戒に出る。重心がずれたまま出撃すれば、パイロットの負荷が増える。緊急回避の時に左に引っ張られたら——最悪の場合、命に関わる。

 迷いは一秒もなかった。

 格納庫に入り、機体の足元に取りついた。作業灯の光が暗い格納庫の中で円錐形に広がる。巨大な脚部が頭上にそびえ立つ。油と魔力の残り香が混ざった空気の中、奏太の呼吸だけが響いていた。

 左脚の装甲パネルを外した。へこみの内側を確認する。やはり、固定具の角度がずれている。奏太は工具を選び、固定具を外して位置を修正した。装甲パネルの凹みは完全には直せないが、取り付け角度を補正すれば重心への影響は最小化できる。

 次は右肩関節。外殻のボルトを一本ずつ外していく。工具の感触が手に馴染む。元の世界と同じだ。ボルトの規格は違っても、回す手の感覚は変わらない。

 内部にアクセスすると、球面ジョイントの座面にわずかな段差があった。荒野で見た残骸と同じ問題だ。クリアランスを修正し、可動範囲を確認する。五度ほど広がった。たった五度。だがパイロットにとっての五度は、生死を分ける五度になり得る。

 背部の装甲固定具。左右の取り付け位置を計測し、ずれを特定。右側の固定具を三ミリ外側に移動させて対称にした。

 膝関節。軸受けのずれを指先で感じ取り、締め付けを微調整。可動範囲が設計値まで回復した。

 そして最後に——全体のバランスを確認した。各関節を手で動かし、重心の位置を体感で把握する。左右対称。前後のバランス。旋回時の慣性。全てが、さっきよりも整っている。

 気づいたら二時間が経過していた。額の汗を拭い、工具をポーチに戻す。指先が油で黒くなっている。火傷だらけの指が、この世界でも同じ仕事をしている。それが少し、嬉しかった。

 翌朝、整備棟に最初に来たのはカティアだった。

 昨夜の作業台にデータ記録用の器具が出しっぱなしになっていた——奏太が数値を確認するために使った計測器だ。カティアがそれを見て首をかしげ、何気なく格納庫を覗いた。

 そして足を止めた。

 機体の前で、計測器を構えた。右肩関節の可動範囲を測定する。数値を見て、目を見開いた。

「これ、可動域が広がってませんか……?」

 独り言だったが、その声には驚きが満ちていた。

 カティアは左脚の重心バランスも計測した。昨日までのデータと比較して、明らかに改善されている。背部の装甲対称性。膝関節の可動範囲。全てが向上していた。

 振り返ると、奏太が整備棟の入口に立っていた。目の下にうっすらと隈がある。

「タカモリさん、これ——昨夜、やったんですか」

「……すみません。勝手にいじって」

「いえ、そうじゃなくて——」

 カティアは計測器のデータを奏太に見せた。

「関節可動域が五度改善、重心偏差が二十パーセント低減、装甲対称性が九十七パーセントまで向上。これ、魔力回路には一切触れていないんですよね?」

「触れないですから。物理構造だけです」

「物理構造だけで、これだけの改善……」

 カティアの緑の目が変わった。弟子の目から、技術者の目に。好奇心が、師匠への忠誠を一瞬だけ上回っている。赤毛のショートカットの下で、額にうっすら汗が浮いていた。興奮しているのだ。データが示す事実に。

「どうやったんですか。教えてください」

 声が裏返りかけていた。

 ガルベルトには報告しない——そういう暗黙の了解が、二人の間に成立した。

 カティアは師匠の技術を信じている。だが同時に、目の前のデータが示す事実も無視できない。技術者として、知りたいのだ。

 奏太はカティアに、昨夜の作業を一つずつ説明した。重心ずれの原因と対処。クリアランス調整の原理。装甲対称性と旋回性能の関係。

 説明しながら、奏太自身も驚いていた。自分の中に蓄積されていた知識が、言葉にすると整理されていく。二週間の観察が、体系的な理解になっていたのだ。

 カティアは早口で質問をぶつけてきた。

「じゃあ膝関節の可動域が狭いのは、軸受けの位置ずれが原因なんですか? 師匠は魔力回路の出力不足だって言ってましたけど——」

「両方だと思います。ただ、物理側を直せば出力不足の何割かは解消されるはずです。魔力の出力が足りないんじゃなくて、物理構造のロスで出力が届いていない可能性がある」

「……なるほど」

 カティアは計測器を胸に抱え、少し黙った。師匠の見解と違う答えを、データが支持している。技術者にとって、それは無視できない事実だった。

 照れると早口になる癖は、このときから始まったのかもしれない。

 整備棟の扉が開く音がして、二人は同時に口を閉じた。ディーターが入ってきた。灰色の目が奏太とカティアを一瞥し、格納庫の機体を一瞥し——何も言わずに自分の作業台に向かった。

 ディーターは何かに気づいたのかもしれない。だが、何も言わなかった。いつも通りだ。

 奏太はそんなことは知らない。ただ、壊れた機械を直しただけだ。それが自分にできる、唯一のことだから。


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