表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

信長狙って失敗したよ。スナイパー杉谷善住坊。

作者: コロン





 

「よお杉谷(すぎたに)お疲れ〜」


 会社の自販機の前、ポケットに手を突っ込んで小銭を探す俺に声をかけてきたのは、同期の根来(ねごろ)だった。


「おーお疲れ〜。あ〜…お前から引き継いだあの案件、ようやくオッケー出してもらえたわ。ありがとね」



「え?あの案件通ったの?」

 一瞬…根来の顔が強張ったように見えた。

 根来に回された案件。

 向こうの難しい要求に、こちらの出来る事を理解してもらうため俺は何度も足を運んだ。

 向こうの担当も譲らず、しばらく平行線のままだったが…


「まぁね。大変だっけど…なんか誤解があったとか言って…そこからはスムーズに交渉できたよ」

「そ…そうか。凄いな!おめでとう!」

「いやいや、お前が土台を作ってくれてたおかげだわ。本当、助かったよ」


 ようやくオッケーをもらった時に担当者がぽつりと言っていた。

 根来にいい印象がなかったと。出された企画書も要点もよくわからなかったし、話し合いも上からの物言いで不愉快だったと笑いながら言っていた。

 担当者の言っている事はよくわかる。根来はそういう印象を受けやすい。しかし付き合ってみるとわかる。根来は周りをよく見てるいい奴だと俺は思っている。


 根来に渡された資料を元に、俺なりの改善案などを盛り込み分厚くなった企画書。

「来週、これを渡せば契約になる」

「……そう…なんだ。……あ、ところでお前、週末来るんだろ?」

「いや…疲れてるからどうしようか迷ってる」

「なんだよ!お前が来なきゃつまらねーよ!絶対来いよ。俺、この前のリベンジしたいし!な、頼むよ!」


 根来が拳を握り、俺の肩をトンと押す。


「…ああ。わかったよ」

「やった!絶対来いよな!」



 。。。


 週末。


 根来と共通の趣味のサバゲー。

 根来はサポート役が他のやつより上手かった。チーム戦で根来と組むとやりやすい。


「今日はちょっと違う道を通るから」

 珍しく根来がそんな事を言ってきた。

「フィールドから外れるって事?」

「まあ、そうなる」

「それって違反じゃないの?」

「……主催者にも許可を得てるんだ。…主催者側は今後フィールドを広げたいから下見とかなんとか…」

「ゲーム中に?」

「臨場感あっていいだろう?さ、行くぞ!」


 なかば強引にフィールド外へ連れて行かれた。

 人の手が入っていない、鬱蒼と木々が茂る道。下から水音が聞こえ、覗いてみれば高い崖だった。

「やっば。こっちすげー崖じゃん。落ちたら死ぬかもね。これはフィールド広げるの無理だな。もう戻ろう」


 そう言って背後にいる根来に声を掛けようと振り向くと、至近距離で俺に銃を向ける根来がいた。


「ね…ごろ?」

「お前…いつも俺を見下して…仕事も奪って満足か?」

 こちらを向いた根来の顔が酷く歪んでいた。俺を見ているようで、その目は虚で…

「え…根来…!ちょっと待てよ」

「大丈夫。あの仕事は俺が引き継ぐから」


 パンパンパン…


 根来の銃から弾が撃ち出された。


「ヒット」

 そう言って根来は俺の肩を強く押した。





 。。。



「……う…っ……」


「おいっ!おいっ!目が覚めたか?」



「ここは…()っ…」

 痛みに腕を見れば、添え木と裂いた布で固定するだけの簡素な処置がされていた。


「無理するな。腕が折れてる」


 それよりここどこだ?

 板を張っただけの天井、汚くて薄い布団。

 俺を心配そうに覗き込むお前は何故ちょんまげなんだ?



「お前…三日三晩眠り続けていたんだぞ。それで……残念だったな…」


「残念…?」


「親方から名をもらうはずだったろう。杉谷(すぎたに)善住坊(ぜんじゅうぼう)の。その名はお前の兄弟子が名乗ることになった。」




「はああ??」


「驚きの声を上げるのも無理はない。今回は運が悪かったと諦めろ。…夕刻また来る」


 そう言うと、ちょんまげは小屋から出て行った。



 一人になって状況を把握する。

「記憶、記憶…」

 記憶を集めると二つの記憶が混ざって出てくる。

 さっきまでサバゲーしていた「俺」と、さっきまでこの時代に暮らしていた「私」の記憶。


「うぅ…」

 過去(こっち)に転生した未来の「俺」も苦しいし、今を生きる「私」に未来(あっち)の記憶は苦しかった。


「しかし…今はこちらの世界…俺はたぶんあの時死んだんだ…。根来に崖に落とされて…」もう、あちらには戻れないだろう。


 鼓動と連動してズキンズキンと痛む腕。



 どうして私は大切な腕を…




 …………あの夜…


「おい、親方のお使いを頼まれてくれるか」


 いつもお使いを頼まれるのは昼間の明るい時間だった。不思議に思いつつ私は兄弟子の申し出を快く引き受けた。

「はい。それにしても…夜のこんな時間に珍しいですね」

「急な物入りだそうだ」


 兄弟子に指示された家に向かう途中、闇から飛び出してきた野盗に襲われ…




 そこまで思い出した時、不意に小屋の扉が開いて男が一人、入ってきた。

「兄さん…」

「お前生きていたのか。まあ、今更どっちでも良い事だけどな」


 声の主は私の兄弟子だった。

 幼い頃から一緒に親方の(もと)で火縄銃の指導を受けて育った…血の繋がりがなくとも大切な兄。


「すみません兄さん…こんな事「あーあ、大切な腕を折ってしまっては銃を扱う事は出来ないなぁ」

 兄はニヤニヤと下衆い笑みを浮かべ、私の言葉に被せて続ける。

「お前が呑気に寝てる間に「杉谷善住坊」の名は、俺がもらった」


 一年前…「より腕の立つ方に名をやる」親方からそう告げられ…二人して頑張ってきたのに…。

「そうですか…私は…最初から兄さんがその名に相応しいと思っていました…」

 私ではその名は重すぎると。


「…チッ!そういうところが気にいらねぇんだよ!!俺はなぁ!昔からお前が気に入らなかった!!なんでもかんでもうまくやりやがって!!これでお前とはおさらばだ!せいせいする!!」


 薄暗い部屋の中、こちらを向いた兄さんの顔が酷く歪んでいた。私を見ているようで、その目は虚で…


「根来…」


「ん?なんだ?」


 私が答えないでいると、興がさめたのか兄弟子は「二度と俺の事を兄と呼ぶな」そう言って部屋から出て行った。


 俺にはアイツが根来と重なって見えた。いや、顔も声も根来そのものだった。


 俺は大きくため息を吐く。

『でも…良かった…』


 私は何が良かったか分からなかった。

「良いもんか。兄に裏切られて…二度と銃も握る事が出来ない。そんな人生でこの先何があるっていうんだ…」


『でもお前はまだ生きている。俺は…死んでしまった……それに…』

 言うつもりはなかったが、記憶を共有しているせいで杉谷善住坊の未来が伝わってしまった。



「…そうなのか?それは本当なのか!?」

 俺は沈黙で返すしかなかった。


「ならば今すぐ兄に伝えなければ!!」

『やめとけ。なんて言って伝えるんだ?そのまま伝えて誰が信じるっていうんだ?』


 今度は私が黙るしか出来なかった。




 。。。


 怪我が治る頃、私は鉄砲隊から外された。

 そしてそのまま鉄砲隊との関わりを一切絶ち、里を離れる事にした。


 行き着いた小さな村。そこで畑仕事や狩りをしながらひっそりと暮らす事に徹した。

「俺」は鉄砲の知識が凄かった。狙い方や獲物への近づき方、それだけでなく生活の工夫も色々教えてくれた。

 この後の世の中がどうなるか教えてくれもしたが、私はそれらを夢物語として聞き、人に話す事はしなかった。



 。。。


 元亀元年(1570年)

 あれから6年の時が過ぎた。

 少しの記憶を残したまま、私の中から「俺」は消えていた。


 私は村の女と結婚し、子どもも二人授かりささやかな幸せを見出す暮らしに満足していたころ


「杉谷善住坊を探している。隠し立てすると容赦しない」


 そう言って信長様の使いの者が尋ねてきた。


 私は俺の記憶の通り、本当にこの日が来たと思った。



 。。。



 元亀元年(1570年)5月。

 織田信長は、越前朝倉氏攻めの途中で浅井長政に挟撃され一時京都に逃れていたが、翌5月に岐阜城への帰途についていた。


 5月19日、善住坊は20数mの距離から信長の胸に狙いを定め、火縄銃で2発銃撃した。


 手応えはあった。

 しかし、信長のその胸からバラバラとこぼれ落ちたのは干し餅であった。




 これより少し前。

 信長は立ち寄った織田家の菩提寺の萬松寺を去る時に、和尚から綿布に包まれた干し餅を渡されていた。

 ありがたく受け取った干し餅を、そのまま懐に入れていたのだ。


 幾重にも重なる綿布と硬い干し餅は、善住坊の撃った弾の威力を吸収し、信長にかすり傷をおわせる程度にとどめた。



 かすり傷ですんだものの、命を狙われた信長は激怒した。

 蟻の子一匹逃すなと、あらゆる手段で徹底した犯人さがしが始まった。






 。。。



「杉谷善住坊を探している。隠し立てすると容赦しない」


 私は使いの者に言う。


「私は… 杉谷善住坊とは関係ない者でございます。疑うのであれば家の隅々までお探し下さい」


 小さな小屋暮らし。隠れるところなどあるわけない。

 役人が数人、家を見回り「今後、杉谷善住坊が現れたら必ず知らせるように」そう言って去っていった。



 私を心配そうに見つめる妻に「もう大丈夫だ」と微笑んだ。そして上の子を高く抱き上げるてやる。


「俺」の記憶では、暗殺を失敗した善住坊の逃亡生活はそう長く続かない。

 近江国の阿弥陀寺に隠れていたところを見つかり、織田家へ引き渡され尋問された後、生きたまま首から下を土中に埋められ、竹製のノコギリで時間をかけて首を切断する鋸挽きの刑に処されるのだ。



 あの日…初めて「俺」の記憶が混ざった日。

 名前をもらえず、兄弟子に裏切られて項垂れる「私」に「俺」が言った「良かった」の意味を噛み締めた。




 私はまだ生きている。





《杉谷善住坊 》

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E8%B0%B7%E5%96%84%E4%BD%8F%E5%9D%8A#%E5%A4%96%E9%83%A8%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AF

Wikipediaより。



毎度毎度、歴史にうといコロン。

杉谷善住坊を初めて知りました。


日本人初のスナイパー。

干し餅で助かったという言い伝えも面白く、もっとふざけたものにしようかと思いましたが、その壮絶な死に方から、良い人を杉谷善住坊にしたくありませんでした。

一人の思考を「俺」と「私」で分けたり、シーン展開も多く、読みにくいところもあったと思います。

サバゲーについても知識ゼロです。


詳しい方からしたらとんでもないストーリーかと思いますが、どうか創作物としてお楽しみください。



拙い文章、最後までお読みくださりありがとうございました。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他にもあるよコロンの作品
(=^▽^)σ歴史★
― 新着の感想 ―
スナイパーというのは非常に強力ですが、失敗すればその代償も大きく…。 主人公が家族とともに幸せになってくれて嬉しいです。
拝読させていただきました。 そう。杉谷善住坊は悲惨な最期なんですよね。 城山三郎氏の「黄金の日々」では主人公の納谷助左衛門に帰ると捕まって殺されるからルソンに残れと忠告されたのに、寂しいと言って日本に…
転生しようとも魂(性根)は変わらないのかなぁ(;´ᯅ`) そう思える雰囲気でした。 名前をもらったところで、偉くなって腕がよくとも、この杉谷さんだと人徳なさそ(´・ω・`)ソロ活向き Wikiped…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ