鋼の心身!?フラレブラック!!
筋肉こそ正義!筋力こそ真実!筋量こそ至高!
筋肉は裏切らずッッ!!!
叶須ジムの隅。鉄と汗の臭いが濃厚に立ち込める一角で、一際異様な存在感を放ちながらベンチプレスに打ち込み、己に磨きをかける男がいた。
浅黒い肌に玉のような汗でテカり、盛り上がった筋肉は躍動する城のよう。タンクトップとショートパンツで、いかにもな角刈りヘアーは、より変質者としての磨きをかけていた。
難通原 黒貞28歳。
筋トレを始めるにあたり、理由は例によって例の如く「モテたいから」である。
勿論のこと、モテるはずが無い。
かつてはプロレスラーを志したが、鳴かず飛ばず。
古臭い規則や無駄とも思えるトレーニングにも嫌気が差し、結局は脱退。
今は愛車「松風」(ホームセンターで購入の軽快車)と共に、街を駆け巡る宅配バイトの日々である。
「むんッッ…ッぷふぅーーッッ!!」
ガシャーン!
喘ぎ声と共にバーベルをラックへ戻す音が、ジムの空気を切り裂く。
設備はフリーウェイトしか無い。だが黒貞は、バーベルとダンベルを器用に駆使して筋トレを続けていた。
通常、ボクシングジムでウエイトトレーニングをやっている人物はほとんどいない。
しかし、黒貞は何故ここで行うのか。理由は単純ーー叶須ジムの会費が破格だからである。
それ故、ジムの雰囲気も独特だ。雑多で、どこか和やかなムードが漂う。
常連のおばあちゃんが、何もせずそのまま帰っていく光景すらある。
ひとしきりジムで汗を流した後は、筋肥大に必要な栄養補給を行う。
黒貞は愛車、松風にまたがり、いつもの惣菜屋へ向かう。
目的は、栄養補給……いや、正確に言えば、過去はそうだったが、今はそれ以上の目的があった。惣菜屋のパートの女性ーー彼女に会うためである。
店に入ると、黒貞は意気揚々とタンクトップにショートパンツ姿のまま惣菜を物色。
ただでさえデカい図体が、トレーニング後のパンプアップで更にデカく、暑苦しい絵面を放っていた。
レジで並ぶ時は、「シーッ…」と息を吸い込み、後頭部をかきながら、広背筋、胸筋、上腕に力を込めて筋肉を誇張する。
実にわざとらしい。
まるで求愛ダンスを披露する鳥類である。
黒貞が想いを寄せる相手はーー佐知 有珠芽。名札で知った名前だ。
彼女はまるで「親切心が服を着ている」かの様な女性だ。レジで右往左往するおばあちゃんの補助をしたり、袋詰めしてあげたり、荷物を持ってあげたり…。そんな姿を幾度も目にしている。
昼過ぎの閑散期。
他に客は見受けられず、店内は黒貞、レジの有珠芽、厨房のおばちゃんのみ。
混んでいない中、小銭を落とす。
「あっ、隙間に…。」
陳列棚の下に小銭が転がり込み、それを拾おうと腰を落とすのだが…。
ボディビルで言うところの、サイドバックというポージングだ。右手で床を探り、左手は力こぶを作って広背筋をアピール。…小銭を拾うのに、なんなんだその左手は。
「いやーっ、はっはっは!失敬!」
本当に失敬である。とっとと払え。
会計を済ませて帰ろうとすると、床には五百円玉が落ちていた。誰のものかは明らか。
(俺が落としたと気付けば、佐知さんが追いかけて届けてくれるはず…!)
(たとえ他の客がネコババしようと、たかが五百円。いや、五百円か…。)
さておき、その親切心につけこんだ、手の込んだ黒貞のアプローチの方法が、なんとも汚い。
実に腹黒い作戦だ。全く名前負けしていない。
その汚いやり口は、見事成功。
「あの! お客様! 落とし物です!」
こんな男のために駆け寄ってくれるのである。
「…あっ!五百円をわざわざ!!どうもすいませんねー、なんてお優しい…」
ここでもわざとらしい。ばけものメンタルである。
「お礼と言ってはなんですが、もしよければ…」
お誘い文句を垂れようとした瞬間、有珠芽の首から下げたスマホから通知音。全力の集中力で画面を覗き見した。最低である。
(新着…デートクラブ…?)
「さて、お店に戻らないと。またいらしてくださいねっ」
彼女は軽やかに店へ戻っていった。その後ろ姿ですら眩しかった。
黒貞は直ちに検索した。
「デートクラブって…な、なんじゃい!?もしかして、佐知さんと出会えちゃう的な!?」
高級感漂う、黒い背景に金色の文字列のホームページ。表示された料金表を見て絶叫した。
「はぁっ!?高っ!!!え、なんじゃこれ!!たっっか!!!!」
想像を絶する会費である。
「世の中、金かいっ!そうかよ…!!クソがっ!!!」
だが黒貞は、なおも「リアルな出会い」に賭ける。
時代錯誤な思考回路のおかげで、彼は『ネット上におる、どこの馬の骨とも知らない男となんて』というポジティブシンキングに走っていた。
夕日を背に、黒貞は松風と共に河川敷を駆け抜ける。
その横をすれ違いざま通り過ぎるのは、高級車に乗ったいけ好かない男。
まさにキザって感じのスカした野郎だ。
(けっ、どいつもこいつも。成金風情は大したもんだなぁおい。どうせ横に座っとるねーちゃんは…)
そして、助手に目をやるーー
「…佐知、さん。」
目を疑った。だが見間違えるはずがない。
黒貞は、ただただ呆然と立ち尽くす。
そして高級車は、そのまま真新しいタワマンへと吸い込まれていった。
「……ぐあーーっ!!!!」
「クソッ!クソクソクソクソクソクソクソッッッ!!!」
「はあ……クソが。……あほクセェ。帰るか。」
ーー世の中、クソだ。
どいつもこいつも。
いつだってそうだ。
救いを求めようが、苦しくてもがこうが、誰も助けてくれやしねぇ。
人が人である限り、このクソな世の中が続くだけーー
それでも黒貞は歩き続ける。
過去と今の「痛み」を抱えながら。
次回予告
佐知さんを救えるのは…黒貞!お前だけだ!!
フラレブラックの活躍や、いかにッッッ!




