告白即フラれ!俺がフラレッドだ!!
ーー古びたプレハブ二階建て。
サンドバッグのきしむ音と、ミットの打撃音が響くその建物は、町の外れにひっそりと佇むボクシングジム『叶須ジム』である。
一階は雑居めいた寮で、選手志望の若者や訳ありの男たちが身を寄せ合って暮らしている。
二階はボクシングジムのフロアとなっており、その古びた佇まいとは裏腹に、トレーニー達の熱気でむせ返るほどだ。
剥げたサンドバッグ、リングも古びてはいるが丁寧に管理されており、清潔に保たれていた。
午前8時。既に十人ほどの会員が汗を流していた。二十代の青年が縄跳びを熱心に行い、三十代のサラリーマンがシャドーを繰り返す。中には白髪交じりの初老の男や、七十を越えているであろうおばあちゃんまで混じっている。世代も性別も入り乱れる、実に雑多な空間だ。
目的は各々だろう。健康増進、ボディメイク、暇つぶし、趣味…。
そんな中、ひときわ激しい音を響かせている男がいた。
――見向手 紅、21歳。
住み込みでジムに身を置き、昼間は現場作業員として汗を流し、夜はリングの上で拳を振るう日々を送っている。
短く刈った黒髪に、精悍な顔立ち。身長は180を超え、絞り込んだ身体つきは見栄えもいい。ぱっと見ただけで「モテそう」と思われるだろう。
だが、実際は――モテない。
理由は本人にもわからない。
ボクシングのきっかけは些細なことだった。「ボクシングを始めればカッコよく見えるんじゃないか。」その程度の動機…基い、軽い下心で拳を握り始め、気づけばここまで来てしまった。
確かに身体は鍛えられた。だが、女子と出会うことは無い。それも当然の結果で、日中は現場で仕事に汗を流し、夜はジムで汗を流している。
また、ボクシングそのものにモテ効果があるわけでも無い。
結果、彼女いない歴=年齢という記録だけが更新され、仕事と殴り合いで得た汗臭さが重なっていく。
紅「ッッッしぁああああッッ!!!」
今日の紅は、さらに声を張り上げ、サンドバッグを叩き込んでいた。まるで己の孤独を殴りつけるように。…いや、実際には、『ボクシングやってる俺、かっこいい』と、自分に酔っているだけだった。
ジムの片隅でその姿を見守る二人がいる。ジムのオーナー叶須 四股郎――通称「親父」と、その娘である叶須 未恋。
けたたましい音量で鳴り響くタイマーのブザー。一抹の小休止の合図とともに、泥臭いながら爽やかな汗が、さらに床を濡らした。
叶須家の長女、未恋は20歳。大学生にして、ジムの手伝いを幼少期からしている。
皆の分の麦茶を用意している黒髪セミロングヘアは汗で額に貼りつき、動きやすそうな袖丈の短いTシャツとホットパンツ姿。低身長に不釣り合いな豊満なシルエットは、女性経験の無い紅にとって刺激があまりに強い。健康的で明るく、何より――可愛い。紅の心臓を鷲掴みにする可愛さだ。
紅はミットを叩く手を止め、心の奥で固く誓った。
(プロライセンスを取ったら……未恋さんに、想いを伝えるッ!)
ジム仲間たちも紅の気迫に気づいていた。
「なんか、あいついつもに増して気合い入ってるな」「今日プロテストだってよ」
親父は「全てを出してこい」と声を飛ばす。紅は黙って拳を握り返した。
そして彼は、テスト会場へと旅立った。
---
――結果は、合格。
審査員の前で「ッッッしゃぁああーーー!!!」と叫んだ瞬間、「声のトーン落とそうか」と注意されるオチはあったが、それどころではない。
紅の頭を占めているのは、ただ一つ。未恋への告白だった。
(今しか、ねぇッッッ!!)
ーーー
震える足でジムへ戻る。入口で洗濯物を運ぶ未恋の姿が目に入る。心臓が飛び出そうになるし、言葉なんて用意していない。
だが、俺を止められるものなんて、もうない!!
ここまで頑張れたのも、理由は一つ!告白だ!男らしく、真正面にストレートを放つ!!
「未恋さん!」
「あ、紅くん、おかえりなさい!プロテスト、どうだった?」
いつもの微笑みが眩しすぎて、言葉が飛ぶ。だが、もう逃げられない。
ーしかし、なんとも美しく可愛い。嗚呼…良い。良いよ未恋さん。
「合格、しました」
「やったぁ!よかったね、めっちゃ頑張ってたもんね!おめでとー!」
未恋の小さい身体がピョコピョコと跳ね、容赦ない光量の笑顔を見せた。
(頑張ってたもんね、か。見てくれてたんだな!ああ可愛い嬉しいぐへへへ…好き。)
「…はっ!違う!!」
「えっ!?落ちちゃったの!?」
「ああっいやそうじゃなくて!合格はしたんです!俺が言いたいのは、そうじゃなく!」
「んん〜?なんか変だよ紅くん!」
アハハと笑う彼女の笑顔が尊すぎて、頭がクラクラする。そう思った瞬間、心臓が爆ぜる。
「すっ、好きですッッッ!!未 恋 さ ん!!好 き で す ッ ッ ッ!!!」
「声、デカッ!!!」
窓ガラスがビリビリと震え、世界が止まった。近所のアホ犬もけたたましく吠える。
そして未恋は一呼吸置いてから、少し眉を寄せて言った。
「あー、マジかぁ…。ごめんね紅くん、私……大学のテニスサークルにね、気になってる人いるの」
脳内に「チーン」という音が鳴った。
紅は無理やり笑みを作り、「ですよね!」と一言。
ロードワーク行ってきますね、と言葉を残し、空元気で去った。
だが、その胸には針を突き立てられたような痛みが広がっていた。
ーークラクラする。先程の笑顔を見た時とは違い、世界が歪んで見える。
---
夕暮れの川沿い。紅は号泣しながら走っていた。
「青春のバッキャロー!!!」
通行人の子供が「ママ、ヤバいのがいる」と指を差す。母親は「今の時代は多様性を尊重するのよ」と諭す。世知辛い世間が、紅の失恋を優しくも冷たく見守った。
紅は周りの目線など気にするわけもなく、走り続けた。色々な汁を迸らせながら。
ー気づけば、見知らぬ街を彷徨い、ふと気づくとラブホテル街に迷い込んでいた。
「今、一番縁のない場所だな……」
周りには幸せそうな若いカップル、ハゲ散らかしたおっさんと美女、この世のものとは思えないデカい体格のメスゴリラとヒョロガリのメガネ男。
そんな人々が、場に相応しくない汗だくの男の横を通り抜けるが、こちらのことなんて一切気に留めず、ホテルを出入りしていた。
「…帰るか。」
そう呟いた時、視線の先に映ったのは―
―未恋と、チャラついた男がラブホテルへ入っていく光景だった。
紅の膝が崩れ落ちる。
刹那、思考停止に陥った。
何が起こったか理解出来なかった。
しかし、身体は勝手に動いていた。
「うっ…ぅぁぁ…、うぉぉぉおおおおおおッ!!」
足をもたつかせ、全力で走り出した。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら。
「なんなんだよ!俺が何か悪いことしたのか!?前世か!?前世の所業かぁああ!!」
叫ぶ紅の耳に、突然声が響いた。
『失恋の炎よ、君を戦士に変える……!』
幻聴だと思った。疲労と絶望の産物だと。
瞬間、疲労でもつれた足が言うことを聞かなくなり、居酒屋のゴミステーションに向かい転倒し、身体を投げ出した。
だが声は続く。
『今は時間が無い!未恋の身に貞操の危機が迫っている!!』
「うるせぇ!やめろ!想像させんなぁああ!!……オゲーーッ!!」
ズタボロの心身とゴミステーションの匂いが相まって、派手に嘔吐する紅。
『いいから聞け!彼女を救えるのは君だけだ!!』
「…は?」
間髪入れず、光が全身を包み、赤いタイツにオープンフィンガーグローブを模したスーツが身体に装着されていく。
力が漲る。全身が熱い。
そして、疲労困憊だったはずの身体は快眠後の様に軽い。
ー俺が今、なすべきこと。そう、大切な人を守る時が来た。
「轟沈戦隊――フラレッド!!!」
こうして、失恋から生まれた赤き戦士が誕生したのであった。
次回予告
未恋の危機! 謎のチャラ男の正体とは!?
そして、フラレッドの運命やいかにッッッ!