承6
「そんな卑猥な言い方っ」
「これくらいでたじろいでて王様になれるわけぇ?」
真っ赤な顔をする二十六歳成人男性を横目に、食傷気味でため息をついた。良い悪いは別として、食堂で給仕をしている未成年でも、もうちょっと耐性がありそうなものである。
「いや、君の言う通り、僕には向いてないんだ。小規模な領地を経営するくらいが身の丈に合っているのに、うっかり王位継承者になんか生まれてしまったから困ってるんだよ」
堂々と開き直る王子に、私は半眼で嫌味たらしく笑いかけた。
「王様になりたくないタイプの王子様なのねぇ。甘えたちゃんね」
「いや、当たり前だろ!王位なんて欲しいわけあるか!」
しかし、揶揄い半分の冗句のはずが、王子はやけに本気で吐き捨てた。
「国王なんて、少しの失敗で何千と人が死ぬし、隙を見せれば他国から攻め込まれるし、国中のあらゆる失敗の責任を取らされるし、あっちこっちから身に覚えのない怨嗟が襲い掛かってくるし、大変なばっかりなんだぞ!そこそこの貴族や王族やってる方がずっと良いに決まってるだろ!」
「んふ、あはははははっ」
王冠争いであちらの王国でもこちらの帝国でも悲劇が起きる世の中なのに、この王子様は本気で王冠をかぶりたくないらしい。面白い。
「ま、否定できないわ。この春も不作だったこの数年減税した代わりに、豊作の今年は増税しますっつったら大不評だったものね」
私としては、まあ国も相当無理したようだし、妥当だわねと思っていたのだけれど、一般国民は怒り心頭だった。あの冷静なお母さまですら、やっと借金を返して貯蓄に回せると思ったのにと血涙を流していたのだ。いや、お母さまは歯軋りしながらも国を恨んではいなかったから、本当に立派だと思う。私がへらへら小娘をしていられるのも、お母さまのおかげなので、感謝に耐えない。親孝行するためにも、一刻も早く解放されて実家に帰りたいところである。
「まぁアレで非難轟轟は確かに可哀想だったけど、国民なんて馬鹿なモノなんだから、仕方ないでしょ。諦めてちょうだい」
「うまくいっているときは感謝もされないし、つらい仕事だよ」
「あはは。でもわりと皆、王家の皆様のこと好きなのよ」
気の毒さに笑いながらも嘆きを慰めようと、私は肩を叩いてやる。だが疑心暗鬼の王子様には信じてもらえないらしい。青い目に疑いを浮かべてジトっと見上げられた。
「本当かい?」
「あら、信じてないのね。本当よ」
ここ最近、この国の王族は基本的に真っ当で、名君とまではいかなくとも、それなりに善政を敷いている。国民は増税にブーブー言いながらも、王家のことは割と好いているのだ。
「アンタのシンデレラ探しも爆笑しながらご成婚祝いができるのを楽しみにしていたんだから。私もね」
「よかった。早く結婚しよう」
笑顔でしれっと求婚してくる調子のいい王子様に、私はスンと表情を消してベッと舌を出した。
「嫌よ。自分がするとなると話は別なの」
「勝手だ……」
「アンタよりはマシよ」
国民は勝手だ、とぐちぐち言っている男に私は苦笑する。まぁ否定はできない。国民というのは勝手なモノなのだ。
「まぁ王位の大変さを理解してくれている王位継承者で良かったと思うわよ?国民としては」
「ん?」
寝る前にと優しい侍女が淹れてくれたハーブティーを飲みながら、私は妙にしみじみと呟いた。
「アンタ、情けないけれど、為政者としては馬鹿じゃないみたいだものね」
「ひどい言い方だな……?」
「女への理想はお花畑のアホ野郎だけど」
「本当にひどいな!?」
私の嘘偽りのない評価に、やさしさに包まれて生きてきたらしい耐性皆無の王子様はショックを受けている。目を見開いて、悲しいと訴えてくる可愛いお馬鹿さんに、私は肩をすくめて笑いかけた。
「だって、我が国の王子様は、国を治めるのがどれほど大変なのか、よく分かってくれてみるみたいだもの。その様子だと一応頑張って王様になるための勉強はしてるんでしょ?なんか帝王学とか、そーゆーやつ。というか、もうしっかり働いているみたいだし」
「当たり前だろ。王子は僕一人なんだぞ!?父もさっさと退位したいとか言ってるし!結婚して孫ができたら王位譲るとか言われてるし!生まれたときから王太子みたいなものなんだから、大変だよ!」
なにやら憤慨している王子を笑いながら、私はもうひとくちハーブティーを口に含んだ。
「あはは!一応ちゃんとした王様になりそうで、国民としてはちょっと安心したわ」
「……それはよかった」
私が本心から言っていると察した王子は少し押し黙ると、照れたようにまごついた。しかしすぐに調子を取り戻して私に胡散臭い顔で笑いかける。
「でも優柔不断で重大な決断では迷いがちなのは本当だし、優しくて外交でも押されてしまうことがあるから、気が強い妻が欲しいんだ」
「へぇー」
「他人事みたいに言わないでくれ。口説いているんだ」
「そうは聞こえなかったけど?」
「なんで通じないかなぁ」
大仰に嘆きながら王子はまっすぐ私を見つめて言った。
「君はとても素敵だよ。君の本質に気づいた人はきっとみんな君に惹かれてしまうだろうね。いつだって僕にない強さを持っていて、僕はそのまばゆい輝きに目を焼かれているよ」
「へーー?王子様ってば見る目あるぅー」
真正面から褒められて、照れてしまった私はふざけた相槌しか打てない。珍しい私の様子に笑いをかみ殺して、王子は楽し気に付け足した。
「それに、こんな風に僕にぽんぽん言ってくれる人は元婚約者以来だ。とってもゾクゾクしてるよ」
「被虐趣味は隠した方が良いと思いますね。私が王子様は変態だって言って回ったらどうするつもりですか」
真顔で忠告する私に、国中の乙女たちから顔だけは認められている王子様は、今日一番の綺羅綺羅しい笑顔を向けてきた。
「君はもう王宮から出られないから大丈夫だよ」
「お前まじでふざけんなよ?」
あと被虐趣味は否定しておけよ。
さて。
そこからも本人曰く、王子はずっと私を口説こうとしてきた。
しかしお忍びデートに誘われて城下に行けばグダグダ、贈り物をしたいと指輪を渡されるもぶかぶかなど、さまざまな情けなさをたっぷり浴びせられた。
リベンジだと連れ出された二度目のデートではタチの悪い客引きに引っかかって大金を巻き上げられかけた。詐欺師まがいの悪徳商売人と激しい言い合いの末に脱出した私は、呆れ果てて言った。
「こんなザマで、どうして私がアンタに惚れると思ったわけ?もう置いて帰っちゃうからね!」
精一杯やったんだよぅと情けない声を出す王子様をお守りの護衛たちに押し付け、私は置いて帰った。
「シーラ、待って!危ないよ!」
「待たないわよ。アンタみたいにチンタラ歩いてる方がスリに遭うわよ!」
護衛たちの中から慌てて駆け出して、王子が私の元に走ってくる。それがなんとなく楽しくて、必死で引き留める王子の声を、いつも私はちょっとした意地悪のつもりで無視して歩く。
そんなじゃれあいを繰り返していた。
その日もいつも通り、私は一人で街の曲がり角を曲がった。
それがいけなかった。
「—―消えろ」
「え?」
まさか痴話喧嘩じみた、こんな間抜けな具合で、とんでもない事態になるとは思いもしなかったのだ。




